ルッケンスの三男坊   作:康頼

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第二十五話

 嫌なことは続くことだ。

 シャーニッドは、一人観客席に座って目の前の試合を眺めていた。

 今日試合を行っているのは、小隊の中でも中堅クラスの強さを持つ第六小隊とシャーニッドが第十七小隊に来る前に所属していた第十小隊の試合であった。

 飛び抜けた強さを誇るエースがいない第六小隊だが、六年生である隊長の指揮の元、集団戦術を得意としているのに対し、第十小隊は、第六小隊と同様に集団戦闘を念頭においた布陣となっている。

 チーム一の攻撃性と突破力を持つダルシェナの後ろを守るように、司令塔であり、隊長でもあるディンの指示の元、残る小隊員がその回りを囲む。

 これこそが、第十小隊の戦術であり、シャーニッドのよく知っている姿であった。

 去年までなら狙撃手であるシャーニッドが彼らの進撃をサポートするようになっていたが、どうやら今はディンがその役割を兼ねているよう、ワイヤーを周囲に飛ばして牽制を行っている。

 だが、それでも三人柱の一つを失ったことは大きく、第一小隊、第五小隊に次ぐ勢いの合った第十小隊は、明らかにその勢いは衰えていた。

 しかし、それでも隊長であるディンの作戦と突破力に定評のあるダルシェナのチーム力は健在であり、何とか上位に食い込む成績を誇っていた。

 

 ダルシェナを先頭に、相手陣地に迫る第十小隊の攻勢に、迎え打つ第六小隊の面々は、距離を取る布陣でソレを向かい撃つ。

 剄弾や衝剄を放って、ダルシェナの足を止めようとするが、ディンのワイヤーがその迎撃を防ぐ。

 それでも防ぐことができない攻撃は、周囲の小隊員がダルシェナの間に立ってその身を砕き、彼女の足を止めることを防ぐ。 

 そして、ダルシェナに詰められた第六小隊は、陣形を崩され、そしてディンのワイヤーにより分断されたのち、体勢が崩れたところを各個撃破されていく。

 こうなってしまえば、第六小隊が体勢を整えるのは難しい。

 隊長が先に討たれるか、本陣のフラグが折られるかのどちらかだろう。

 旧友達の勝利に対し、シャーニッドの表情は珍しく険の色が見えていた。

 

 袂を分けたとはいえ、彼らはシャーニッドの同士であり、シャーニッドも道を違えど、あの時の誓いを忘れたわけではない。

 ゆえに彼らのことは、こうして見ているだけでわかってしまうことがある。

 あの時も、そしてこうしている今も。

 

 馬鹿野郎、そうまでして誓いを守ろうとしたのか――

 

 違法酒ディジー。

 彼らは、武芸者としてやってはいけないことに手を染めてしまった。

 ディンもダルシェナも他の面々も、前回の第十四小隊戦よりも剄量が増えてきている。

 明らかにそれは昨日今日で成長し、増えた量ではなかった。

 こうしてシャーニッドが気づいたということは、遅かれ早かれこの事実は明るみに出ることだろう。

 いや、やり手のカリアンのことだ、もう既に情報をつかんで対策の一つでも立てておいてもおかしくない。

 そして、事態を把握したカリアンは行動を起こすだろう。

 この事実が明るみになれば、ツェルニの今年の都市対抗戦に間違いなく影響を及ぼすことになる。

 そうなる前にカリアンはこの事実を揉み消そうとするに違いない。

 その判断は決して責められるものではない、彼は生徒会長としての役目を果たすだけだ。

 ならば、シャーニッドは急がなければならない。

 もう残された時間はそう長くはないのだから。

 

 試合終了のサイレンが響き渡り、観客からは声援が上がる。

 砕かれた旗を眺めながら、シャーニッドはゆっくりと立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 †

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合が終わり、控え室に戻るディン達の第十小隊の面々に勝利に湧く笑顔は存在しなかった。

 彼らの表情からは苦痛に歪んだ表情と微かな後悔、そして確かな決意だけだった。

 自分達が小隊戦に勝ち上がり、そして隊長であるディンが指揮権を掴み取るために。

 武芸長であるヴァンゼは、確かに武芸者としての力は認めるが、総指揮官としての力は実に疑わしい。

 事実、そういった面々が武芸長についたことにより、ツェルニはここまで追い詰められることとなった。

 それに次ぐゴルネオも同様に、彼自身の小隊も二本のエースの戦闘力により勝ち上がっているが、戦略面としては期待はできない。

 そして、ツェルニ最強の二枚看板となったレイフォンとセヴァドス、彼らは戦略家としても武芸者としても論外である。 彼らに都市の命運を託すことなど到底思えない。

 一方はただ流されるように惰性的に、もう一方は欲望のままにその力を振るっている。

 そんな人間をツェルニの人間として認めるわけにはいなかった。

 だからこそ、ディンは……

 

 「よう」

 

 ディジーの影響か、全身に痺れるような痛みが発し、近くにいったベンチの上に腰を下ろしたディンに、彼はそうやって現れた。

 見慣れた、そしてあの時と同じようなヘラヘラした笑みを浮かべて。

 

 「――シャーニッド」

 「調子は良さそうだな。 今日の試合は完全にお前達が優勢のまま押し切ったみたいだしな」

 

 試合を見ていたのか、今日の試合の様子を語るシャーニッドは、通路の端にある自販機に小銭を入れる。

 手慣れた手つきで、飲み物を二つ購入したシャーニッドは、その一つをこちらに向かって投げ渡す。

 ディンは、反射的にそれを受け取ってしまうが、それを口に運ぶことはなく、ベンチの上に置き、かつての戦友を睨みつけた。

 

 「俺達の調子をチームメイトですらないお前が気にしてなんになる?」

 「そんな冷たいことを言うなって、このツェルニを守る同じ武芸者だろう?」

 

 シャーニッドはそう言って、ディンの横のベンチに座る。

 ディンは、シャーニッドの隣には座れないとその場から立ち上がろうとしたが、太腿に巡るような針を刺すような痛みに、再びベンチへと腰を下ろした。

 

 「……」

 「っなんだ?」

 「いや、疲れているところは悪いなーってな」

 「ふん、土壇場で裏切った奴の台詞なんぞ信じる気にはなれん。 もし心配する気があるんならさっさと俺の前から消えろ」

 

 ディンの強い怒気の籠もった言葉に、シャーニッドは怯むことなく飲み干した飲み物の缶を自販機の隣のゴミ箱に投げ捨てた。

 「お、百発百中だな」と綺麗な放物線を描いた缶がゴミ箱に吸い込まれるのを見て、シャーニッドはベンチに向かって天井を仰ぐようにもたれかかった。

 

 「はっはは、随分嫌われたな。 まあ、今度お前のところと十七小隊と当たることになるから、隊長代理として偵察を兼ねて挨拶に来ただけだ」

 「は、隊を我が儘で抜けたお前が、今度は隊を纏める立場になるとは、上の考えることは理解できんな」

 「まあ、俺も自分が隊長なんて似合うとは思ってねぇよ。 隊長なんて役柄は責任感がある奴でないとな、ニーナやお前みたいなやつみたいに」

 

 そう言って気安く肩を叩こうとしたシャーニッドの右手を、ディンは左手で払い除けると、気安い笑みを浮かべた隣人を睨みつける。

 

 「ふん、アントークと一緒にするな。 自分の体調も管理できずに自滅した者が隊長なんて務まるはずもない。 隊を抜けたお前を真っ先に引き抜きにいったやつにな」

 「そうか? 俺はニーナは隊長に向いてると思うぜ、彼奴がいないと第十七小隊は作ることもできなかったし、俺がこうして再び銃を握ることができたしな」

 

 ベンチから立ち上がったシャーニッドに、ディンは見上げるように視線を上げる。

 そこには、先ほどまでのふざけたような笑みとは違い、こちらの考えを見通すかのような鋭い視線をシャーニッドはこちらに向けてきた。

 

 「それにお前はさっき、上の考えていることは理解できないって言ってたけど、カリアンの旦那のことだ、俺達以上に何かを考えているはずさ」

 「……何が言いたい?」

 

 何かを知っているような素振りのシャーニッドにディンは思わず口にしてしまった。

 いや、正確にはディンも既に気づいてしまったのかもしれない。

 シャーニッドが、自分達第十小隊の過ちを既に感づいていることを。

 

 「別に何も、ただお前がそういうのなら、何かあるんじゃねぇの?」

 「ふん、いつまでもお前の相手をしているわけにはいかない。 シェーナ達が待っている」

 

 そうなれば、こうしてシャーニッドと話しているわけにはいかない。

 そう思いディンはベンチから立ち上がると、シャーニッドに一度も視線を向けないまま逃げるようにこの場をあとにしようとする。

 

 「ディン、あの時の約束はそんなに大切だったものなのか?」

 

 背を向けたディンに対し、シャーニッドは尋ねてきた。

 その声はやけに真剣で、それでいて悲しんでいるようにも思えた。

 だからなのか、立ち去ろうとしていたディンの足は、その場に根付くように動かなくなってしまった。

 

 「当たり前だ。 だからこそ、俺は隊長を引き継いだ」

 「そうか……けどな」

 

 ――それよりも大切なものがあったんじゃねぇか?

 その言葉を残したシャーニッドに対し、ディンは答えることもできずにその場で立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 †

 

 

 

 

 

 

 

 

 「今日もお疲れ様でした」

 「あ、ああ……」

 

 にっこりと童のような純粋な笑みを浮かべるセヴァドスに、付き合っていたゴルネオは力尽きるように床へと倒れ込んだ。

 その光景は、セヴァドス達が再会した時によく似ているが、あの時と違いゴルネオは傷の深さからではなく、単純に訓練による疲れで倒れ込んでしまった。

 その周りにはゴルネオと同様に床にしゃがみ込んだ者やベンチの上でピクリとも動かない赤い野生娘などがいたが、誰一人声をあげることができなかった。

 

 ――地獄だ。

 セヴァドスの訓練に付き合わされた第五小隊の面々の脳裏に浮かぶのはその一言であった。

 訓練自体は至ってシンプルで、剄息を整える基礎的なモノを含めて、体捌きなどの簡単なものであったが、第五小隊の面々には考えさせられる時間となった。

 そのあとのセヴァドスの一言がなければ、有意義な時だったと言える。

 

 ――それでは、今から手合わせと行きましょうか?

 まさか休日だったとはいえ、八時間に及ぶ訓練の後、まさかのセヴァドスの提案に第五小隊の面々は顔を青くさせて耳を疑ったが、当の本人は普段の笑みを浮かべたまま、楽しげな足取りで準備を開始し始めた。

 そこからの光景をゴルネオは思い出したくもなかった。

 とりあえず、殆どの小隊員は今日食べた昼ご飯を戻したことはいうまでもない。

 

 

 

 倒れた第五小隊員を医務室に運び終え、自宅への帰路を歩いていく。

 今日の訓練で、息一つ切らすことなく、最後の模擬戦において一度も被弾しなかったセヴァドスだったが、それでもその表情には充実感に満ちていた。

 今日一日見ていて、兄であるゴルネオはまだまだ実力不足であり、セヴァドスとまともに戦うまで時間がかかるだろう。

 だが、それでもゴルネオの眼には力が戻ってきており、兄とこうして訓練に励むことがセヴァドスにもやりがいを覚えた。

 

 「兄さんもそうですけど、シャンテさんも中々筋が良いかもしれませんね」

 

 一つ楽しみが増えた、と普段以上の笑みを浮かべていたセヴァドスは、ふと足を止めた。

 

 「ふむ、先程まで兄さん達と訓練をしていたのですが、よければ貴方も如何でしょうか?」

 「ああ、そいつは願ってもいない機会だな」

 

 路地裏から現れた男———シャーニッドの言葉にセヴァドスは目を丸くして首を傾げた。

 

 「頼む、セヴァドス・ルッケンス。 この俺に鍛錬をつけてくれないか」

 

 普段は飄々としていた狙撃手の目は熱い何かが宿っていた。

 

 

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