ルッケンスの三男坊   作:康頼

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第三十二話

 「まあ、こうなるわな」

 

 最後の力まで使い尽くしたシャーニッドは、力尽きたように後ろに倒れると、大きく息を吐き、痛む横腹を抑えた。

 ああ、これ完全に折れてるわ、と呟くシャーニッドの目の前では、先程まで戦っていたディンとダルシェナが緊張の糸が切れたかのように尻餅をつく。

 同時に、会場には試合終了のサイレンが鳴り響き、第十七小隊の敗北が決まった。

 

 「シャーニッド………」

 「そもそも、俺は狙撃手だぜ? 前衛に、二人相手に勝てるわけねぇだろ」

 

 セヴァドスによる地獄の特訓を行ってきたとはいえ、ほんの一週間程度の短期間ではツェルニ最高峰の前衛と指揮官を相手に勝てるほど世の中は甘くできていない。

 もしも、この程度の努力で勝てるならば、ツェルニはこのような状況までに追い詰められていないだろうし、ディン達も違法酒などには手をつけることはなかっただろう。

 それでも、シャーニッドは自分がやるべきことを終えたことに満足感を得ていた。

 かけがえのない友と再び語り合うことができたのだから。

 

 同時に、ディンとダルシェナも先程の戦いで自分達の安易な考えを痛感していた。

 ディン達第十小隊に面々は、違法酒により絞り出された多量の剄に振り回されていただけであった。

 二人がシャーニッドに勝つことができたのは、長年培ってきた戦術と連携によるものだった。

 シャーニッドと共に鍛え上げた誇るべき連携攻撃、それがディン達の本当の強さであった。

 

 「俺達は………間違っていたのか」

 「……だろうな」

 

 ディンの問いにシャーニッドは答える。

 強くなろうとすることは、間違いではない。

 だが、それはあくまで正当な方法で行うからこそ成り立っているのだ。

 

 「実際、立場が逆だったら、俺がお前達の立場だったかもしれねぇ」

 「だが、お前はこうして私達の前に立ってくれた」

 

 普段の自信に満ちた表情とは違い、弱弱しさを感じさせるダルシェナに、シャーニッドは当たり前のように答えた。

 

 「それはお前のことが好きだったからじゃねぇか?」

 「は? お、お前っ」

 

 突然の告白に狼狽するダルシェナに、シャーニッドは思わず笑みが零れる。

 シャーニッドがこうして、二人の前に立ち塞がったのも、本当のところは負い目や責任ではなく、純粋な思いからの行動であった。

 愛した人と親友に、もう間違えてほしくないという思い、ただそれだけのことであった。

 

 「順番の問題だろ、まあ、こればっかりは仕方ねぇよな」

 

 故に、もしも前隊長のことが好きだったのがシャーニッドだったならば、止める立場にあったのはディンとダルシェナの二人だったかもしれない。

 考えても意味のない憶測であり、無意味な仮定だ、とシャーニッドは考えるのを止め、ゆっくりと重い体を起こした。

 

 「ディン、シェーナ、後はお前達で考えて、決断しろ。 今のお前達なら冷静に判断できるだろう?」

 「いや………もう答えは出ている」

 「………そうだな」

 

 ———もう答えは出ている。

 そう言ったディンとダルシェナの眼を見たシャーニッドは、それだけで理解をした。

 シャーニッドがようやく本当の意味で第十小隊から抜けることができたのだ。

 

 「……そうか、なら俺はチームメートのところに行ってくるわ、今回かなり無理を言ったしな」

 「ああ、俺達もあいつらに話すことがある」

 

 お互いのチームメイトがこちらに向かって歩いてくる。

 ボロボロな姿の第十小隊員や臨時入隊のナルキと違い、レイフォンは遠くから見ても無傷そのものだった。

 レイフォンは、シャーニッドとの約束を守ってくれたようだった。

 レイフォンにフェリ、そして今回のみ参加してくれたナルキ、そして自分自身の特訓に付き合ってくれたセヴァドス。

 彼らがいなければ、シャーニッドはこうしてここにいることができなかっただろう。

 こちらに駆け足で向かってくるレイフォンに手を上げて答えると、隣のダルシェナと目が合った。

 

 「あ、そう言えば、シェーナ。 あの裏技は驚いたぜ」

 「それはこちらの台詞だ。 普段のお前と違い、見違えるような動きだった」

 

 険の取れた視線を向けるダルシェナに、シャーニッドは面白おかしくこう答えた。

 

 「あれは……特訓の成果ってやつだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニーナが目を覚ましたのは、ただの偶然であった。

 極度の疲労、そして廃貴族に憑かれたことによる後遺症による深い眠りからようやく目覚めたニーナが目にしたのは、苛烈な戦闘風景であった。

 戦場は圧倒的なまでの戦略差で、数で言えば、二十対一。 しかし、どう見ても追い込まれていたのは二十の方であった。

 迫りくる斬撃を紙一重で躱し、返し拳を叩き込む男を、ニーナは知っていた。

 セヴァドス・ルッケンス。

 ニーナにとって苦い記憶と共に思い出させる人物であった。

 そんな彼を囲む武芸者達は、ニーナの顔見知りではないが、ただツェルニの武芸者達よりも圧倒的に上の位置にいる武芸者であるということはニーナでも理解ができた。

 だが、そんな武芸者を相手にしてもセヴァドスの余裕に満ちた笑みは消えることなく、ただこの状況を楽しんでいるように見えた。

 悲鳴に何かが潰れる音、辺りには当たり前のように赤黒い血が至る所に飛び散っている。

 ニーナがそんな凄惨な光景に気をとられているうちに、既に戦闘は、殲滅戦に、鬼ごっこへと切り替わっていた。

 逃げ惑う武芸者達を、弄ぶかのように追い潰していくセヴァドス。

 その光景は、まるで人類と汚染獣の関係性のように思えた。

 数多くの人々から選ばれた武芸者達。

 そんな彼らですら、容易に食い散らす汚染獣という化け物。

 だが、ニーナは知っていた。

 そんな汚染獣たちですら容易に蹴散らすことができる存在を。

 レイフォン・アルセイフ、セヴァドス・ルッケンスという存在を。

 故に幾ら、この光景が容認できない酷い光景だとしても、ニーナ如きが立ち塞がって止めることができないだろう。

 ニーナ・アントークは、レイフォン達のようにはなれない。

 故にニーナは————

 

 「っっ!! 待てっ!!」 

 

 ニーナ・アントークを貫くことにした。

 

 ニーナの言葉に、セヴァドスの動きが止まると、辺りに響いていた悲鳴が、呻き声へと切り替わった

 ゆっくりとこちらに振り返ったセヴァドスは、拳こそ収めたとはいえ、まだ全身から溢れる膨大な剄と戦意は健在である。

 動きの止まった今をついて動き出すしかない。

 

 「もう決着はついている。 そうだろう?」

 

 ニーナの言葉に、セヴァドスは倒れ伏せた者や膝をついた者へと視線を向ける。

 セヴァドスの視線に誰もが、その視界から逃れようとする。

 既に決着はついた。

 

 「ふむ、確かにそうですね」

 

 あっさりと認めたセヴァドスに、ニーナは思った以上に簡単に話がついたことに安堵の表情を浮かべた。

 状況を確認するため、セヴァドスに話しかけようとしたニーナより先に、話しかける者がいた。

 

 「ハイアちゃん……ハイアちゃんは……何処?」

 

 血塗れの男の肩を揺らしながら、心ここにあらずといった風に放心状態の少女に気が付いたセヴァドスは、何でもない様子で答えた。

 

 「そう言えば、何処に行ったのでしょうか? 色々へし折ってしまいましたけど、止めは刺していませんでしたから、ここにいると思ったのですが」

 

 待ってたらここに来ますかね?、と何でもないように答えたセヴァドスに、少女は小さく震え、右手の錬金鋼を握りしめた。

 そして、次の瞬間———

 

 「お前がっ!! ハイアちゃんをっ!!! 皆をっ!!!」

 「っ!! やめろっ!!」

 

 ひび割れた眼鏡の奥先、焦点の合わない眼をセヴァドスに向けた少女は、手に持った錬金鋼を復元させて構える。

 引かれた弦とともに向けられた矢の先にはセヴァドスがいた。

 そんな少女の凶行に、ニーナは制止の声をかけたが、既に遅かった。

 

 放たれた矢は、セヴァドスの眉間に目掛け飛来し、そして———容易にセヴァドスの右拳により弾かれた。

 

 「なるほど、弓使いですか。 では私と弓比べでもしてみましょうか」

 

 矢を向けられたことにすら、笑みを浮かべるセヴァドスは両拳の装着した錬金鋼を大弓へと変化させると、引かれた弦に真っ赤に燃える剄の矢を込めた。

 その技は、ニーナも見覚えのあるもので、あの都市外戦闘の際に汚染獣に向けられた技であった。

 もしも人が喰らえば、怪我どころでは済まないだろう。

 矢を向けられた少女は、セヴァドスから発する圧倒的なまでの剄の圧により、腰が砕けたようにその場に座り込んだ。

 周りにいた仲間の武芸者達も、必死に頭を庇うように地面に伏せるが、誰一人として少女を助けようとするものはいなかった。

 

 自業自得と言ってもいいだろう、ニーナはふとそう思った。

 矛を収めた者へと突然攻撃を仕掛けたのだ、自分自身がその業を負ったとしても仕方のないことだ。

 セヴァドスがツェルニでここまで暴れていても誰も止めに入らないということは、彼らはツェルニと敵対関係にあるのだろう。

 恐らく彼らには、セヴァドスと戦うことになった原因があり、この結果はこの弱肉強食の世界では当たり前のことだろう。

 故に、助けることが本当に正しいことなのか?

 そう考え、ニーナは————

 

 外力系衝剄の変化、鬼火。

 

 放たれた爆炎の矢は、真っ直ぐ少女に迫り————直撃する瞬間、ニーナが少女を抱きかかえるような形で横へと押し倒した。

 タイミングは間一髪と言ったところで、ニーナの背中には焼けるような熱が通過したのを感じ、程なくして遠く離れた場所で爆発音が聞こえた。

 

 「馬鹿がっ!! 死にたいのか!?」

 

 放心状態の少女を怒鳴りつけると、辺りの武芸者達を睨み付ける。

 ニーナの怒りの声が響き渡り、微かな沈黙の後、少女から離れたニーナは弓を下ろさないセヴァドスに向かって歩き出す。

 

 「弓を下ろせ、決着はついた」

 

 そう言ったニーナの言葉に、絶対的な命令権はない。

 寧ろ、先程のことを踏まえても、まだ戦意を切らさないセヴァドスの方がこの状況では正しいだろう。

 

 「もう決着はついたんだ、セヴァドス」

 

 矢を下ろさないセヴァドスに、ニーナは近づいていき、そしてその右手を握りしめた。

 それでも矢を下ろさないセヴァドスだが、周囲に見渡し、最後に目の前のニーナに眼を向けると

 

 「一つだけ、聞かせてください」

 

 と話しかけた。

 そんなセヴァドスに応えるように、ニーナは真っ直ぐな視線を向けて頷く。

 

 「なんだ?」

 「もう察しはついていると思いますが、彼らは他の都市の武芸者です。 同じ都市に所属する私と対峙している状況から、彼らはこのツェルニに害をもたらす存在だとは理解されていますか?」

 

 セヴァドスの問い。

 それは彼個人のためではなく、このツェルニに住まう人々へと思いが込められていると感じた。

 その言葉に、ニーナは目の前の武芸者は戦うだけではなく、人々のことを想うことも出来る武芸者だと、ようやく自分自身の思い違いに気が付いた。

 だからこそ、ニーナの自分の思いを打ち明けることにした。

 

 「ああ。 理由はわからない上、状況も把握しきれていない所はある。 だが、もう勝敗のついた状況で、同輩が彼らを打ち潰さんとする所は見てはいられない」

 「なるほど……武芸者の誇りというわけですね?」

 「いや、私の意地であり、願望だ」

 

 それがニーナという人間のあり方であり、願いでもあった。

 たとえ、武芸者でなくても、ニーナはこの状況を見過ごすことができなかっただろう。

 

 「ふむ……わかりました。 ではニーナさんの判断にお任せしましょう」

 「ああ、ありがとう」

 

 構えていた弓を下ろし、何故か上機嫌に笑みを浮かべるセヴァドスを見て、ようやくこの場が収まったことにニーナは安堵の表情を浮かべた。

 程なくして、カリアンにより派遣された第一小隊を含む小隊員と都市警察の武芸者が現れて、戦意喪失していたサリンバン教導傭兵団を拘束していく。

 

 第十小隊との清算、サリンバン教導傭兵団との対峙、そしてニーナ・アントークの目覚め。

 この日、ようやくツェルニの抱えていた問題に決着がつくこととなった。

 

 

 

  

 

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