ルッケンスの三男坊   作:康頼

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第三十九話

 吹き出した血を見ても、セヴァドスは笑みを浮かべるのを止めなかった。

 ああ、そうだ。

 これがレイフォン・アルセイフなのだと文字通り全身で実感した。

 セヴァドスの友であり、好敵手であり、そして敬意に値する武芸者の一人であり、ある意味では兄であるサヴァリスに近い存在である。

 武芸を教えてくれたのはサヴァリスだが、それを熱意に変えてくれたのは目の前にいるレイフォンであり、そのレイフォンに勝つことこそ、セヴァドスが掲げた目標の一つだった。

 

 外力系衝剄の化錬変化、粘糸。

 

 傷口を塞ぐと、セヴァドスは一歩足を踏み出した。

 

 「やっぱり、この程度では沈まないですよね?」

 

 外力系衝剄の変化、針剄。

 

 追撃とばかりに放たれた衝剄の槍が、セヴァドスの横腹を掠める。

 再び鮮血が飛び交うが、先ほどとは違い、セヴァドスの拳は放たれていた。

 

 外力系衝剄の変化、点破。

 

 方向性を保ち、収束された衝剄は、レイフォンの左肩を撃ち抜く。

 肩を撃ち抜かれた衝撃で、一瞬バランスを崩したレイフォンだが、コンマ数秒で体勢を整えたが、それだけの時間があれば十分であった。

 

 内力系活剄の変化、水鏡渡り。

 

 一瞬のうちに背後に回ったセヴァドスが放つ拳がレイフォンの背骨を軋ませる。

 

 「がっ!?」

 「知ってましたか? 私もサイハーデン刀争術も少しは使えるんですよ」

 

 三連打。

 金剛剄を使わせる暇を与えず、放ったセヴァドスの必殺の連撃は確実にレイフォンを捉えた。

 吹き飛ぶレイフォンを、セヴァドスは追いかけずに自分の右腕を振り上げる。

 

 「捕まえましたよ」

 

 外力系衝剄の化錬変化、粘糸。

 

 まるでゴムのように引っ張られるレイフォンに向けて、セヴァドスは拳を振り抜く。

 横腹を打ち抜き、左頬を捉えた拳に、レイフォンは再び弾き飛ばされるが、粘糸の特性により、再びセヴァドスの元へと返ってくる。

 

 活剄衝剄複合変化、金剛剄。

 

 しかしその反動を活かしたのは、攻撃を喰らっていたレイフォンであり、金剛剄と同時に放たれた頭突きをセヴァドスの額に捉えた。

 

 「がはっ!?」

 「お返しだ」

 

 今度はセヴァドスが吹き飛ばされると、その間にレイフォンは見えざる化錬剄の糸に刃を振り下ろす。

 だが、その一撃では粘糸を切り裂くことができず、刃が糸に食い込むだけで終わる。

 しかし、レイフォンは刀を回しながら、千切るように糸を斬ると、セヴァドスからの追撃を防いだ。

 

 「ふむ、そういう破り方があるんですね。 勉強になりました」

 「そっちこそ、いつの間にモノマネが得意になったんですか?」

 

 額から血を流すも特に動じることのないセヴァドスに対し、レイフォンは乱れた呼吸を整えつつ、口元から溢れる血を拭う。

 骨が折れたか、自身の体のダメージを考えながらレイフォンは、悟られないように静かに相手の様子を見る。

 

 「ふふふ、モノマネではありませんよ。 ちゃんと道場に通って教えていただきましたから」

 「へぇ、でもいつまでも二番煎じが通用すると思っているんですか?」

 

 外力系衝剄の化錬変化、蛇流。

 

 互いに同じ剄技を放ち、二人の中間地点では、斬撃と拳撃がぶつかり合う。

 その衝撃により、お互いに引っ付いていた剄の糸は完全に切れることとなった。

 

 「私にも同じ手は通用しませんよ」

 「そのよう、ですねっ!!」

 

 内力系活剄の変化、旋剄。

 

 踏み込みと同時に振り抜かれた斬撃は、セヴァドスの右拳に打ち払われた。

 お返しとばかりに放たれた左拳は、レイフォンの剣の腹により受け流された。

 互いに放った蹴りは交差するように、辺りの地面を衝撃で吹き飛ばした。

 そして競り勝ったのは、格闘戦に優れたセヴァドスである。

 後方へと弾き飛ばされたレイフォンに向けて、衝剄を放つ。

 

 外力系衝剄の変化、剛昇弾。

 

 先程の一撃で、足が痺れていたレイフォンは回避が不可能と判断したと同時に、左足を軸に刃を振るう。

 

 外力系衝剄の変化、閃断。

 

 放たれた衝剄の斬撃により、剛昇弾を真っ二つにしたレイフォンを待ち受けていたのは、弓を構えていたセヴァドスである。

 

 「さあ、どんどん行きますよ!」

 

 外力系衝剄の化錬変化、鬼火。

 

 息をつく暇もなく、放たれた爆炎の矢は、レイフォンを飲み込むと同時に辺りを吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あいつ、やっぱり馬鹿なんじゃねぇのか!?」

 

 突然の爆発により。舞い上がった大量の砂埃を浴びたシャーニッドは珍しく大声を上げて抗議した。

 その隣では、ニーナとナルキが非戦闘員であるメイシェンとミィフィを守っていた。

 

 「というよりもレイフォンもだな。 セヴァドスが塞がなければ、観客を巻き込んでいたぞ」

 「ミィにメイ。 二人共大丈夫か?」

 

 瞬間的に衝剄を放ち、飛来する石礫を砕いたニーナの背後で、二人に覆いかぶさるように守ったナルキが、メイシェンとミィフィに手を差し出す。

 

 「あ、ありがとうナッキ」

 「いやー凄い迫力だね。 写真に納めればなお良かったんだけど、ね」

 

 突然の衝撃的な光景に、顔を青くさせたメイシェンとこの日のために奮発し新調させていた相棒の哀れな姿に少しだけ涙目のミィフィが口を開く。

 

 「どっちに請求したらいいんだろうね?」

 「そんなこと言ってる場合かっ!! 早く二人を止めないとっ!」

 「二人を止める、か」

 

 軽口を叩くミィフィの隣で、ナルキは二人を止めるべく立ち上がろうとしたその時、ニーナが冷静な眼つきで二人の姿を捉えると口を開く。

 

 「どうやって止めるんだ?」

 「っそれは……」

 

 ニーナの問いかけに、ナルキは言葉を詰まらせた。

 この状況下で二人を止めるということは、二人の間に入るということだ。

 そのような死地に飛び込んでいくならば、まだ幼性体の群れに突っ込んでいった方がまだマシと言えるだろう。

 

 「我々、いやここにいる全員で二人を抑えようとしても、それは不可能なことだ」

 「お、ゴルネオのダンナも無事だったみてぇだな」

 

 現れたゴルネオは傷らしい傷はなかったが、全身に砂塗れになっていた。

 しかし当人は動じることなく、ニーナ達に視線を向けた後、周囲の様子を見渡す。

 

 「怪我人らしきものはいないようだ。 まあ、周辺の建物には修繕が必要だがな」

 

 とは言え、いくら掛かるかわからんがな、とカリアンが頭を抱えるだろう光景を想像しながら、ゴルネオは溜息をついた。

 そんなゴルネオに、ナルキが大股で近づく。

 

 「ゴルネオ武芸長!! 指示をください!! 二人を止める指示を!!」

 「ゲル二、先程アントークも言ったと思うが、セヴァとレイフォンの戦いを止めるのは不可能だ。 それは意思や思いでどうにかできるものではない」

 

 ゴルネオやニーナの言う通り、これはツェルニの武芸者で止めることが困難だということをナルキも理解していた。

 ただそれでも、二人が血を流して戦っているのを黙ってみているわけにはいかなかった。

 

 「しかしっ!!」

 「まあ、言いたいことはわかるけどな。 けど、俺はもう少しだけでも見ていたい」

 「私もだ」

 「隊長っ!?」

 

 ナルキを引き留めるように肩を叩くシャーニッドの隣では、真っ直ぐ二人の戦いを見つめるニーナの言葉に、静観していたフェリも驚きの声を上げる。

 

 「私は武芸とは人々を守る高潔なものだと思っていた。 だが、レイフォンのように手段として選んだものやセヴァドスのように戦うことに楽しむためのものとして考えているやつもいた。 正直言って私はその二人の考えを好ましいと思わなかった」

 

 だが、この数か月、色々なことがあった。

 幼性体の襲来、老生体との戦闘、廃都市での決闘、サリンバン教導傭兵団の襲撃。

 その中で、ニーナは様々な感情を覚える中で純粋に感じたことがある。

 

 「だが、それでも凄いと思った。 こうして見ていると体の中の何かが沸き立つような感じがしたんだ」

 

 それもまた武芸の形の一つではないのかと、ニーナは感じた。

 その思いは、ニーナだけではなく、他の武芸者にも伝播しつつあった。

 

 「決着を見届けよう。二人の決着は二人が決めることだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 強い――体中が千切れそうになる痛みを抑えながら、レイフォンは静かに立ち上がった。

 爆炎との間に衝剄の壁を作って直撃を免れたレイフォンだったが、それでも被害は甚大であり、特に背中が焼け付くような痛みを発している。

 

 だがそれでも立ち上がったレイフォンの脳裏には、セヴァドスとの戦闘についてだ。

 セヴァドスが生家であるルッケンスの武芸以外にも、色々な流派を習っていたことは知っていたが、まさかサイハーデン刀争術まで覚えてくるとは思っていなかった。

 

 最近、刃を交えることとなったサリンバン教導傭兵団の団長であるハイアもサイハーデンの技は使っていたが、セヴァドスの動きは正しくそれと同等以上の出来であった。

 そしてハイアと違い、セヴァドスにはレイフォンと同等の膨大な剄量を兼ね備えている。

 戦闘技術もずば抜けており、対人戦闘で言えば、レイフォン以上の怪物であるということ。

 そして何より、セヴァドス自身の自由すぎる発想がその才能の神髄である。

 レイフォンが、他の武芸者の武芸をコピーするのが得意とする模倣の天才だとしたら、セヴァドスは一から新たな武芸を生み出すことができる発想の天才である。

 

 「お、流石はレイフォンですね。 確実に捉えたと思ったのですが」

 「こんな大技を使って、周りの被害を考えたことはないんですか?」

 

 焼け焦げた服や煤に塗れた頬を手で拭いながら、レイフォンは思わず憎み口を叩いてしまう。

 そんなレイフォンの心情を知ってか知らずか、セヴァドスはいつも通りの笑みを浮かべる。

 

 「ああ、大丈夫ですよ。 私は手加減というものを覚えましたから」

 

 再び、セヴァドスは舞のような鮮やかな足捌きで、距離を詰めるとその拳を振り下ろす。

 その一撃を転がるようにして回避したレイフォンは剣を一閃させる。

 振り抜かれた一撃をセヴァドスは慌てることなく、後方に飛ぶと同時に衝撃波が地面を削り取る。

 

 外力系衝剄の変化、裂空牙。

 外力系衝剄の変化、渦剄。

 

 互いに放った一撃は、二人を分かつかのように中間地点でぶつかり合う。

 そして二人は、示し合わせたかのように距離を詰めて、拳と刃を交え合う。

 

 「は、ははははは!! やっぱり貴方は最高ですよ!! レイフォンッ!!!」

 

 全身で喜びを表現するかのような膨大な剄を垂れ流すセヴァドスに、レイフォンはひたすらその動きを見逃さないように剄を全身に張り巡らせる。

 両手、両足がまるで全てを切り裂くような名刀であり、全てを打ち砕くような鈍器と化したセヴァドスに対し、レイフォンは全身の神経を尖らせて、その全ての動きに対応しようとする。

 踏み出したセヴァドスの一撃は、レイフォンの刃とぶつかり合う。

 

 「こうして、再び戦うことができただけでも、ここまで来た甲斐があります!! さあさあ、もっと楽しみましょうか!!」

 「ぐっ!?」

 

 セヴァドスの剛拳に、レイフォンはじりじりと後退を余儀なくされる。

 苦し紛れに放った一撃も、セヴァドスを捉えることができず、代わりにと横腹に拳を突き立てられた。

 

 「ぐぎっ!?」

 「金剛剄ですかっ?! 素晴らしい反応ですね!!」

 

 そう言って、セヴァドスは褒めるが、当のレイフォンは金剛剄すら突き抜けた衝撃に呼吸が止まりそうになる。

 しかし、たった一呼吸の隙すらセヴァドスは与えてくれない。

 並みの武芸者ならば、一撃で卒倒するであろう無数の乱撃をレイフォンに叩き付ける。

 

 「ぐっ、そっ!!」

 

 相討ち覚悟で放った衝剄は、軽やかなセヴァドスの足捌きにより、捉えることはできなかった。

 しかし、セヴァドスが後方に飛んだことにより、再び距離ができた瞬間、レイフォンは剣を持っていない左手に剄を溜める。

 

 外力系衝剄の変化、九乃。

 

 放たれた弾幕に、セヴァドスは慌てることなく両手で叩き落した。

 その隙に、レイフォンは錬金鋼を形状変化させる。

 

 「レストレーション02」

 

 使い慣れた長剣から、余りに強力なため小隊戦には使えなかった鋼糸へと変化させる。

 レイフォンが右手を振り抜くと、上下左右から無数の鋼糸の刃がセヴァドスに襲い掛かる。

 

 内力系活剄の変化、水鏡渡り。

 

 後方に下がるセヴァドスに対し、レイフォンの鋼糸は、着実にその逃げ場を塞いでいく。

 

 「はははははははっ!! 流石はレイフォン!! あのリンテンスさんが唯一教えたその絶技を使うことができるとはっ!!」

 「これで、終わりです!!」

 

 鋼糸の網からは逃れることができない。

 その絶対包囲を前にしても、セヴァドスの笑みは崩れない。

 

 「じゃ、こちらもそろそろ行きますよ」

 

 外力系衝剄の化錬変化及び内力系活剄の変化、雷神蒼々、改。

 

 その瞬間、セヴァドスはレイフォンの視界から消えた。

 そして気づいた瞬間には、張り巡らされた鋼糸は焼き切れたように千切られ、レイフォンの左側頭部に衝撃が走った。

 そこでレイフォンは、初めてセヴァドスの一撃を喰らったことを認識し、焼き切れた鋼糸の残骸が宙を舞っていることに気づいた。

 見えなかった——その剄技はレイフォンにすら理解ができなかった。

 この技こそ、セヴァドスが打倒天剣授受者、そしてレイフォンに勝つために作り出した奥義。

 雷速化したセヴァドスは、レイフォンの眼ですら捉えることができなかった。

 

 衝撃と痛みにより、意識を失いそうになるレイフォンは死に体の身体で悟る。

 レイフォン・アルセイフは、セヴァドス・ルッケンスには勝てないということを。

 放たれた右拳はレイフォンの顎を捉えて、身体は宙を舞う。

 そして、レイフォンは意識を失った。

 

 

 

 

 「……あれ?」

 

 

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