ルッケンスの三男坊   作:康頼

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第八話

 都市外用スーツを纏い、ヘルメットを頭に被る。

 習慣染みたこの行動も、実は一年ぶりだということをふと気づいた。

 ツェルニに来て、武芸は捨てるつもりであった。

 新たな地で、新たなことを。

 そう思い、辿りついたこの地でも、レイフォンは再び剣を取ることとなる。

 

 カリアンのせいではない。

 恐らくカリアンにレイフォンの存在がバレてなかったとしても、前回の襲来のときも最終的には剣を取ることとなっていただろう。

 もし、故郷にいるリーリンがこのことを知ったら、何て言うだろうか?

 人が良すぎると呆れてしまうかもしれない。

 レイフォンらしいと笑ってくれるかもしれない。

 そのことを確認する術は今はないが、それでも笑ってくれたら嬉しいとレイフォンは思う。

 

 武芸以外の道を諦めたわけではない。

 だが、それでもここで剣を手放すわけにはいかなかった。

 

 着替えを終えて、更衣室の扉に手をかける。

 と同時に気持ちを切り替える。

 

 

 レイフォン・アルセイフは今日も戦場へと出る。 

 

 

 

 

 

  ・ ・ ・ ・ ・ 

 

 

 

 

 

 

 都市部よりも遥かに下に位置する都市の心臓部とされる機関部。

 そこを通って、放浪バスの搬入口から大地に降り立ったレイフォンは、頭部を覆ったヘルメットの中で深呼吸をする。

 フェイススコープに接続された念威端子から送られてくる映像は、濁った空と荒れ果てた大地以外は見ることができなかった。

 

 これが、人々が住む移動都市(レギオス)の領域から離れた世界。

 汚染獣という絶対的な存在が闊歩する死に満ちた場所である。

 無数の汚染物質が舞うこの場に、もしも生身で放り出されたとしたら、幾ら天剣授受者だったレイフォンでも、五分ほどで命を落とすことになるだろう。

 人類には、理不尽なほどに厳しい世界の空の下で、レイフォンはランドローラーのアクセルを回す。

 エンジン音を鳴らし、走り始めるランドローラーのサイドカーには、食料を始めとする物資と、今回のために作られたハーレイ達錬金科特製の錬金鋼――複合錬金鋼(アダマンダイト)が乗っている。

 レイフォンのために作られた錬金鋼。

 ツェルニの錬金技術が結集したソレの担い手に、武芸者を辞めるつもりであったレイフォンが選ばれるのは、何とも因果めいたものを感じるが、今はそのことを素直に感謝していた。

 都市外の戦闘は、万全の用意をしておかなければならない。

 その中で最も注意しなければならないのが錬金鋼である。

 特にレイフォンのような人間は、普通の錬金鋼では十分な力を発揮することができない。

 天剣のようにまではいかないが、複合錬金鋼という一時的にでも力を発揮できる物はありがたかった。

 

 ツェルニに住む人間の想いと願いを背負い、レイフォンはランドローラーを走らせていると、ヘルメットに搭載された念威端子からは突然、声が聞こえた。

 

 『全く、貴方には呆れてしまいます』

 

 呆れた声でヘルメットの中を響かせるのは、レイフォンと同じ小隊に所属するフェリの端子である。

 念威操者であるフェリが、今回の戦闘に現地参加することはないが、その能力はレイフォンにとって心強い存在である。

 グレンダン時代は特に思うことはなかったが、念威操者の存在のありがたみをレイフォンは前回の襲来のときに身に染みていた。

 幾らレイフォンが圧倒的な武芸の力を持っていたとしても、肝心の索敵などを行う目がなければ、どうしようもないのである。

 特に今回のような都市外戦闘の場合、念威操者に命を預けているといってもおかしくはないのだ。

 

 相棒とも言えるフェリは、どうやらレイフォンの判断に呆れている様子で先程から溜め息が聞こえてくる。

 確かに武芸を捨てようとする人間が、再び命がけで汚染獣と戦おうとしているのは矛盾でしかない。

 そのことはレイフォン本人も、十分に理解しており、先程から苦笑いしかできない。

 

 「けど、誰かがしなきゃいけないことですから」

 『それなら、ヴァンゼ武芸長が言ったように都市が近づいてから、皆で倒す方が安全だったんじゃないですか?』

 

 一人で戦う———というレイフォンの主張に、ツェルニの武芸者代表である武芸長のヴァンゼは真っ先に反対した。

 武芸科とは都市を守るために存在するのだ———というヴァンゼの主張は、この世界では正しく、当たり前で、真っ当な武芸者らしい言葉である。

 だが、汚染獣と戦うにはツェルニの武芸者はあまりにも未熟過ぎた。

 

 「そうすれば無駄に犠牲者が増えます。 それに都市付近で叩けば、少なからず都市への被害が出ますよ。 せっかくこの前の襲来からやっと復興の目途がたってきたんですから、その努力を無駄にはしたくありません」

 

 都市に住まう者達が懸命に築きあげてきたモノを、汚染獣に壊されたくない。

 故に、レイフォンは危険を冒してまで、都市外へと行くことを決意した。

 

 『格好良い発言ですね。 まさしく英雄(ヒーロー)です』

 「そんなんじゃないですよ」

 『わかっています。 貴方はそんな格好良いモノじゃありませんから』

 「厳しいですね」

 

 フェリの言葉は、切り捨てるような無感情にも聞こえた。

 だがレイフォンには、自分のために怒ってくれたり、心配してくれているようにも聞こえて、少しだけ嬉しくなった。

 

 「ふむ、今までの話から察すると、妹さんはレイフォンに気があるというわけですね」

 

 和やかな空気が一変した、レイフォンは額から冷や汗を流す。

 レイフォン達の会話に、全く空気を読まずに入ってきたのは空気を読まないことに定評がある———セヴァドスという男であった。

 セヴァドスは、先ほどからレイフォンの走らせるランドローラーの隣を並走するように、ランドローラーを走らせてレイフォン達の話を静かに聞いていた。

 今回のレイフォンの戦闘における唯一の同行者だった。

 ツェルニの武芸者達と違い、セヴァドスは汚染獣との過酷な戦場を既に経験しているツェルニ最大戦力の一人に数えられ、そのためにレイフォンはセヴァドスの参加に特に反対はしなかった。

 むしろ、セヴァドスの参戦に最も反応したのが、念威探索を務めるフェリである。

 ファーストコンタクトの際に言ったセヴァドスの発言が、フェリの中での彼の評価を最底辺にしたことは間違いなかった。

 レイフォンと話していた時とは違い、明らかに苛ついたように舌打ちをつくと辛辣な口調でセヴァドスに向けて言葉を吐き捨てる。

 

 『どこをどう聞けばそういう解釈になるんですか? その能天気な頭は』

 「ふふふ、知ってますよ、貴方のようなことをツンデレって言うんですよね?」

 

 フェリの言葉を受けても全く揺るぐことなく、いつも通りのマイペースを維持するセヴァドスに、フェリは遂に行動を起こした。

 

 『死んでください』

 「おや? いきなり視界が真っ暗に……」

 

 フェリの凍るような声色と同時に、突然セヴァドスのハンドルが曲がる。

 明らかに前が見えておらず、セヴァドスは右へ左へと蛇行運転をし始める。

 その光景にレイフォンは血の気が引きながら慌てて口を挟む。

 

 「ちょっ!! フェリ先輩、流石にそれはやめてあげてくださいっ!!」

 

 恐らくセヴァドスのフェイススコープの接続された端子を切ったのだろう。

 流石にフェリ本人もやり過ぎと思ったのか、再び舌打ちをすると少しの沈黙の後、わかりました、と苛立った声を上げた。

 その後、視界が見えてきたのだろう。

 運転をどうにか持ちなおしたセヴァドスが、突然何処か楽しげに笑い声をあげ始める。

 

 「ふう、流石に初体験でした。 都市外で念威繰者に裏切られるのは」

 「自業自得ですよ。 ていうか、こっちも初めてですよ。 都市外で念威繰者に喧嘩を売る馬鹿を見たのは」

 「え? 私は喧嘩なんて売ってませんよ?」

 

 本当に驚いたように声を上げるセヴァドスに、フェリも相手をするのが馬鹿らしくなったのか、呆れたように言葉を漏らす。

 

 『レイフォン、放っておきなさい。 話していると貴方まで変態が移りますよ』

 「はぁ……」

 「しかし、ここまで離れたのも初体験です。 ここでスーツが破れてしまったらそのままあの世行きは確定ですね」

 

 そう言ってくつくつと笑うセヴァドスの心境を、レイフォンには一生理解はできないだろうと思った。

 だが普段通りのセヴァドスに、レイフォンは少しだけ頼もしさを感じながら安心から肩の力が抜けた。

 

 『こんなところで死なないで下さい。 死ぬなら囮になるか、汚染獣を倒した後に自分でスーツを破いて勝手に死んでください』

 「はははは、だそうですよ、レイフォン」

 「えっ?! 何故、ここで僕に振るんですか」

 

 緊張感のかけらもない他愛もない会話。

 普段なら、流石のレイフォンと言えど、戦闘への緊張により言葉数が減るのだが、セヴァドスのおかげで調子が狂ったままである。

 だが、明らかに緊張していたフェリが、いつもの調子を取り戻しているのだから、その件に関してはレイフォンは感謝していた。

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 ツェルニを出て、丸一日が経った頃。

 レイフォン達は、今まで汚染獣に出会うことなくここまで来ることができた。

 フェリの念威端子により、逐一近辺の汚染獣の居場所が報告されて無駄な交戦を避けるべく、そのたびにレイフォン達は気配を殺して汚染獣達をやり過ごした。

 セヴァドスは、戦いたそうに汚染獣がいる方に視線を向けていたが、外での戦闘は少しの消耗でも命取りになることを知っていたため、流石に汚染獣に襲い掛かることはなかった。

 

 そんな中、レイフォン達はある奇妙な光景に出くわしていた。

 周囲の風景は変わり映えのない荒地のみが広がっていた———ただ一点を除いて。

 

 『……これは?』

 「汚染獣ですね。 正確にはだったものですか」

 

 それを見つけたのは、全くの偶然であった。

 一度ランドローラーを止めて、休憩を取ろうと岩陰に止まった時に、偶然フェリが見つけたものだった。

 岩陰に隠れたように積まれている汚染獣の残骸をレイフォンが手にとってみる。

 表面はネチャっと気持ち悪い感触がしたが、どうもつい最近死んだ汚染獣ではないようだ。

 通常の汚染獣は死んだとしても、別の汚染獣が捕食し、滅多に遺骸が残ることはないのだが、こうしてここに残っていることに、レイフォンは微かな違和感を覚えた。

 

 「まるで餌箱のようですね」

 『え?』

 

 汚染獣の遺骸を確認するセヴァドスの言葉に、レイフォンも同意するように頷いてしまう。

 

 「まず、これは明らかに人が倒したものではありませんね」

 

 セヴァドスが遺骸の一つを持ち上げて、傷口らしき部分を指さす。

 そこには、剣などで斬った時のような真っ直ぐな傷口ではなく、むしろ凄まじい力で引き千切られたようになっていた。

 さらに遺骸についた円形の傷口も銃弾の後ではなく、巨大な牙が突き刺さったような歪な穴となっていた。

 つまりこの汚染獣達を倒したものは、人間などではなく、汚染獣の可能性が高いということになる。

 だが同時に、レイフォンの中に疑問が残る。

 

 「しかし、妙なのはこの汚染獣の遺骸ですね。 汚染獣としてはやはりおかしい」

 『? 先程の見解で汚染獣の仕業だということになったのではないのですか?』

 「ふむ、ならば何故———遺骸が残っているのでしょうか?」

 

 レイフォンの疑問はセヴァドスの言う通り、何故汚染獣の遺骸が残っているのか、だ。

 この汚染獣を倒したのは、間違いなく汚染獣の仕業だろう。

 しかし、汚染獣が倒したというならば、何故その遺骸を喰らわなかったのか。

 栄養源となる遺骸を残すのは、汚染獣の本能からしてやはり違和感を感じる。

 ———まるで、その汚染獣がわざと残しているかのようだ。

 ゆえにセヴァドスの言った餌箱は、この状況そのものと言える。

 

 「色々興味が引かれるものですが、今はこうしているわけにもいきませんからね」

 

 名残惜しそうに遺骸から離れたセヴァドスが、自分のランドローラーへと跨るとアクセルを吹かす。

 確かにレイフォン達にはやるべきことが残っていた。

 携帯用ゼリーを飲み込むと、レイフォンもセヴァドスに続くようにランドローラーを走らせる。

 微かに過る一抹の不安を覚えながら。

 

 

 

 

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