Infinite Stratos:Archetype border 作:ぱらさいと
扉が閉まると廊下の音が消えた。
長机の端へ資料を置く。書記は背後を振り返った。分厚い装甲板で内外が遮られている。厚さと材質を考えれば、扉と呼ぶには随分と大袈裟だった。
IS学園地下最下層。一般生徒はもちろん大半の教職員も立ち入りを許可されない特別区画だ。どころか地上構造物で放課後を過ごしている学園関係者はそのほとんどに周知すらされていない。
ここまでに無数の隔壁が設けられている。金属探知機に電波探知機まで仕掛けられており、出入りするには専用の非接触式の許可証が要る。普段の委員会室なら気軽にパイプ椅子を引くところだが、今日は腰を下ろすにも少し気を遣った。
独立電源と生命維持設備を備えた地下施設である。核攻撃を想定した防護構造を持ち、地下貫通爆弾への備えまで施されている。万一の際に学園の機能を残すための場所だった。
足元ではデータサーバーが動いている。
生徒の成績から健康診断の結果、教職員の勤務記録。施設への入退室と学内ネットワークの通信履歴。IS関連設備の稼働記録まで、学園が保管する膨大な情報がここへ集められていた。
学生の自治活動の場には不釣り合いな空間だった。
「きた! 秘密基地きた! メイン施設きた! これで勝つる!」
「いやはや、いつもながら近未来的な絡繰りでございますな。ワタクシいつ
副会長が肩を揺らしながら続けた。
ガタガタと音を立てながら椅子を引く。
座るときに「ふぃ~」と気の抜けた声が漏れる。
「何に勝つんだろうね。てか秘密基地ツアーを宣伝したら秘密じゃなくなるっしょ、常識的に考えて。あとドロイドカスってさぁ。ひっでぇ誤訳じゃん、誰だよ翻訳したの。監督に直訴したら更迭されないかな」
会計は笑いを含んだ声で、予算資料を指で叩いた。
「流石は会計殿、古の
「正気じゃないって言ってるのと同じじゃないですかーやだー!」
声を挙げて笑う副会長に会計と書記も爆笑を禁じ得ない。
「秘密基地ではありません。特別区画です。それから、予定時刻一分前です」
ペトラ・ノヴァクは平然と振る舞っていた。
彼女だけがネットミームを理解していないのだった。
委員長はいつもどおり資料を整え、議事の開始を待っている。三人が顔を揃えたところで、薄く微笑んだ。
「皆さん揃いましたね」
長机の向こうでペトラ・ノヴァクが顔を上げた。
委員長は普段と変わらなかった。口元には薄い笑みがあり、手元には綺麗に揃えた資料がある。机の端に置いた筆記具さえ、いつもの委員会室で見るものと同じだった。
会計が背もたれに体重をかけた。
「始める前に一つ。コレって臨時なり予算出るヤツ?」
会計が気楽な口調で尋ねた。
「その点についても議題に組み込んでいます」
「あ、あー……ハイハイ、ハイと。このハナシね。おk、りょ」
慣れた手つきでページをめくる。該当の記述を即座に見つけた。
にんまりとした笑みにペトラは一切応じなかった。
書記が雅な指運びで端末を起動する。
「どうにもワタクシこのデジタル文章というのが馴染まんのですなァ。ブルーノ・ガンツの映画、アレの最終盤! 国防軍も親衛隊も総出で機密文章を焼いてしまうシーンがあるのですが、イヤァあの画面中を舞い散る『白』のなんと見事な……」
「レトロ映画マニアでもあったかぁ。流石だのぅ」
「なっ、何を仰いますか副会長殿!? 『ヒトラー最後の十二日間』は二〇〇四年公開でしょう!? まだ旧作です旧作!」
「ゴメンゴメン。戦争映画ってむつかしくってねえ、機会が」
「ウチらが見たって多分ずっと笑ってんじゃない? アレ総統閣下シリーズの元ネタだし」
「え!? そうなの!?」
「いや知らんかったんかい!」
「It's 判断力足らんかった!」
会計と副会長が腹を抱えて笑う。
今回はネタを拾い切れなかった書記が、ペトラに尋ねる。
「嗚呼、ちなみに資料の扱いは如何に?」
「会議終了後に回収します。担当ごとの連絡事項は別に渡します」
「議事録のクリアランスは?」
「織斑先生が審査されます。学外組織との提携も発生しまので」
書記の指先が液晶パネルをなでる。
テーブルと一体化したコンソールである。
近未来的な絡繰りという会計の指摘は、正しく正鵠を得ていた。
ペトラが手元を操作すると、壁の大型モニターが点いた。
『学内における防諜活動の強化』
表題を見て、隣の副会長が資料を開く。
政府発表は既に読んでいた。世界初の男性IS操縦者――織斑一夏という名前を目にしない日はない。学園内でも注目の的である。
彼を受け入れ判断は当然ながら、体制に不備が多すぎる。風紀委員会として懸念事項に対処しようというのは、全員が認識を一つにしていた。
「対象者との接触を試みる外部関係者をすべてチェックします」
ペトラの発言に従ってモニターへ計画書が表示される。
ISに搭載されているものを再設計した音声認証システムである。
「正規手順を無視したアプローチを試みる者も想定されます。」
書記はあっさり言った。ペトラは一瞬だけ顔を上げたが、異論はなかった。
壁の大型モニターに表題が表示される。
「本議案は風紀委員会の一般業務の範疇に留まりません」
ペトラは全員の顔を見渡した。
「生徒会との衝突は回避するように。各員、この認識のもと行動してください。組織全体と比較しても我々の権限は生徒会長単独に譲る立場です。エスカレートすれば収拾がつかなくなる」
「個人崇拝と分権化と。あるいは清廉な独裁体制と腐敗した民主制でしたか」
「新しい革袋に古いナントヤラだね。どうせなら革袋も新品にしちゃいたいな」
副会長が相槌を入れた。
銀河英雄伝説の引用なのはペトラも理解出来た。
義眼の軍務尚書パウル・フォン・オーベルシュタインと、内務省社会秩序維持局長官ハイドリッヒ・ラングのやり取りである。会計はツッコミこそ控えたが「久々にワロタ」と微笑むラングのアスキーアートが脳内でオーケストラを始めた。
「生徒会との協調路線は私の悲願でもあります。旧弊刷新の第一歩としたい」
風紀委員会の三役は会長の独白を聞いた。
なかなか彼女の本音を聞く機会がないせいだ。
ペトラは新たな図表を表示して、その違いを説明し始めた。副会長が「説明が増えた」と会計に目配せをする。
「本計画は既に織斑先生の承認を受けています。というより、
「おいィ? ぽまいらはいまの言葉聞こえたか?」
長身と長い銀髪がのけぞった。書記も扇子で口元を隠している。
「いやこら裏金だよ」
「さすが委員長。ワタクシどもにはできないことを平然といってのけるッ」
「そこにシビれる!」
「アコガレルゥ↑」
三役揃ってノリが軽い。ペトラだけが地味だった。
自動音声ソフトの物真似を流された副委員長は頬を膨らませた。
焼けた丸餅のような頬を会計が「ほりゃ」と指で突く。
「下手しなくっても大量に
「ご心配なく。私の方で多少は
ペトラはさらりと言った。要は『本国』にも供出させるというのだ。二十一世紀に取り残された冷戦国家からの全面協力である。薄ら寒いものがある。三役たちのゆるい笑みが一瞬だけ硬直した。
「では、対象への接触についてですが」
ペトラは見学案内の見本を画面に出した。
「研究施設の見学、企業からの招待、個人的な面会。無制限です」
「そこで一席『ちょいとお茶でも』と誘ったら、出てきたのは茶菓子より不味い調査票。御隠居様のトーシロ
「政府や民間企業から資金援助を受けた生徒は多い。誰が諜報員となっても不自然ではない」
「一服のお茶が外交案件になる。いやはや、なんともマァ恐ろしい時代でございますねェ」
「なりません」
「それは重畳。恋仲とのデートまで帳面に記しちゃあ無粋の極みと申します」
「ええ。本人の学校生活を守ることが前提です」
「はい先生! 今北産業でお願いします! イマキ・タ・サンゲウ[Imaky Ta Sungueu](1889-1973 ルクセンブルク)くらい偉い人から『俺 渋井丸拓男 略してシブタク つきあってよおねーさァん』って西村朋紘ヴォイスで誘われた場合、三行だと?」
副会長が楽しそうに口を挟んだ。会計が机に突っ伏し腹を抱えた。涙を浮かべながら「バカヤロイドじゃんか」と声を震わせる。
「見晴るかす、あな顔中が草まみれ。大茶の湯にはよいお日柄で」
「……三行では済みません。招待状の執筆者。届け人。会場の所有者。施設によっては管理を企業に委託している場合もありますからね」
「三行ってレヴェルじゃねえぞ!?」
「省略すれば良いというわけではありません」
「アンドレアス・リーガンよりハミ出しがデカいんだよな」
アンドレアス・リーガンとは誰だろうかと思ったが検索履歴に残る。
そう思うと流していい気分になる。
「各生徒の身元も洗わないとかぁ。多国籍と言っても知れてるケード」
「生徒会の副会長と合同でリスト作成に着手していたのは幸いでした」
書記が議事録のためコンソールを操作する。副会長は風紀委員会のアーカイブ領域からこの一週間で集った各種『要請』の分析ファイルを呼び出す。
「見て見てこのデータ量。ネゴトハ・ネティエも黙って首を振るね!」
「私だって呆れます。歴史上の人物を持ち出すまでもありません」
「委員長、いまのネットの言い回し。実在する偉人じゃないない」
「……そうですか」
「はいはい。ここまでは普通の話。さて、どこから怖くなるのかな?」
会計が脱線を修正したところで、ペトラは次の画面へ切り替えた。
「事後的な対応だけでは足りないと考えます。内外を問わず、あらゆる接触と干渉に対し予防的な情報収集を行なうこととします」
「ほほう、事前と申しますと、いったいどこまで?」
書記の問いに、ペトラは用意した項目を読み上げた。
「関連する無制限の通信傍受。学園内の映像記録を分析。関係者の動向調査。必要な電子記録に閲覧制限がある場合は、アクセス権限も確保します」
書記の指が止まった。
「ははあ。これはまた、大事になりやしますまいか」
間を置いて書記は大げさに驚愕の形相を作る。
元落語研究会所属なだけに表情筋の可動域が豊かだ。
「
「『校則適用』はいーんだけどさ。『超法規的な情報収集』の予算執行記録そのままつけて大丈夫そ? コレって二十四時間の監視に相手を選ばずハッキングしまくって情報抜き取るってコトですよね」
「流石にアタマからケツまで誤魔化すワケにいかないしなァ。つっても一般に公開するモンでなし、織斑センセ以外まともに読まないっしょ。表題だけいーカンジにしとくよ」
ようやく冗句のない真っ当な会話が発生した。
「よろしくお願いします。ああ、もちろん理事会への内偵は機密費扱いで」
「ですよねー! けど大したネタがないのにまだやるんです? ぶっちゃけ他に予算回した方が効率的じゃないですかね」
笑い飛ばしつつも
「
「つべこべ言わずにつべこべぇ!」
「うっわ出た荒木先生渾身のギャグ」
前振りなしの微妙なボケを書記は丁寧に拾う。
さっきまでの不貞腐れは綺麗さっぱり消え去った。
副会長の機嫌がよくなったのを見て、会計は委員長へ釘を刺す。
「黄金の鉄の塊じゃーないけど。予算ガッチリ組んで、伝手もあるっちゃあるけど。だからこそ相手さんが結託されちゃ困るくない?」
口調は変わらず飄々としている。課題の提出期日を確かめるときの方が真剣である。そこまで考慮していると内心察しつつ委員長の秘密主義には同調しない。悪癖を自覚しているなら改善しろという、後輩からの無言の苦情である。
「あくまで我々が把握するのは『主体者』と『アクションの意図』までです。それ以上の介入はありません、もちろん攻撃は論外です」
「「ワルシャワに向け
核ミサイルを発射!!」」
会計と副会長が同時に声を張り上げる。委員長は面食らっている。
「『ゴルゴ
「……どういうマンガなんです、ソレ」
「んなッ!? ゴルゴをご存じない!?」
「女子で読んでるのは少数派っちゃ少数派よ。ヘイヘイ、仲良くしよーぜ
「嘘だッ」
断末魔を放った書記が回復するまでに、しばらく時間を要した。
「嘘だドンドコーンじゃないんかい」
「オンドゥルではコミカルさで悲壮感が希釈されましょう」
「ひぐらしも割りと……いや、もうミーム化してるけどもね? アニメにコンシューマーもあるし?」
「何を仰いますやら副会長。モチのロンで原作同人版でございます」
「ガチ過ぎて笑えなかったや。月姫半月版よかマシだけどさぁ」
「アレも是非手元にお迎えしたく存じますねぇ。その頃には流石にリメイク版も完成しているとは思いますが」
「私はDDDの続編が」
「きのこ仕事と言わずに済むのはいつになるんだか……」
サブカルチャーに疎い委員長は沈黙する。
風紀委員会では日常の一幕だった。
しばしの脱線も数え切れない。ソドー島並みである。
副委員長が咳払いをし、「だけれども」と一言で修正を図る。
「コレさ。手段としちゃ真っ黒過ぎない? バレたらフッツーに不味いよ?」
「警告の意味も含めての先制です。無論、詳細な計画が決まり次第、顧問の承認を得ます」
「そーじゃなくって。織斑先生が首を振る振らないは一旦脇に置きます。やり返される可能性だってあるでしょ? 風紀委員だけじゃなく一般の生徒も巻き込む可能性もあるじゃないですか」
「そのための
蚊帳の外に置かれるのは慣れている。
価値観が違うと理解していても、不満はある。
委員長を拝命したペトラも重々理解している。
「ズレた感性であることは承知しています。私では、民主主義すらも弾圧される」
一党独裁の共産主義体制。
ユーゴスラヴィアが『冷戦の遺物』と称される所以である。
一瞬でも歯車が狂えば崩壊するという恐怖心は、自由を否定する抑圧的な統制社会を構築した。ペトラ・ノヴァクはそんな国を支える側の人間である。どころか揺るがしうるリスクを、腫瘍さながらに切除する
同級生や後輩たちと噛み合わなくて当然だった。
IS学園という環境に馴染み、ようやく自覚させられた。
ペトラは眼鏡を外した。伊達眼鏡だ。
わざわざ趣味でもない丸眼鏡を買った。
目つきの悪さを和らげられると期待したのだ。
「織斑一夏くんの
珍しく野次がなかった。三人の視線が、ペトラに集る。
「ですが、彼がIS学園へ来ることはまず間違いないでしょう」
世界初という肩書きは無視出来る。
男性操縦者という情報も無視出来る。
適性ランクがどうあれ、関わりない。
織斑一夏は織斑千冬の弟なのだ。仮に妹であったとしても、ISからは逃げられない。そういう運命を背負わされている。
誰かが望んだわけではない。
一夏自身の望みでもない。
「戦争も同然とお考えなら速やかに修正を。本校は既に攻撃を受けている。我々の後輩となる人物が、本校の生徒となる人間が。その自由を毀損すると予告されているのです」
IS学園宛ての正式な要請だけでも数え切れない。
文字通りに世界中からの情報開示、取材の申し入れ、原因究明への協力。箱をひっくり返して探せば一つ二つの善意も紛れているのだろう。だが。汚泥の底から一粒の砂金を見出したとき、ペトラは達成感よりもそれまでの苦痛が先に立つ。
ましてこの砂金はなんの価値もない。
この一粒で成し遂げられることなど、皆無なのだ。
深い失望と激しい怒りが指を震わせる。
彼女なりに。彼女なりの正義はある。
秘密主義者がまた一つ、ヴェールを脱ぎ捨てた瞬間であった。