Infinite Stratos:Archetype border 作:ぱらさいと
キーボードが絶え間なく奏でられる。
掌に比べてアンバランスな指が蠢く。
セシリア・オルコットはじっと技官を見た。
ウィルトシャー州は風光明媚な英国の田舎町である。
観光客も少なくない。御伽噺に語られる魔法の世界がそのまま現実へ描かれたような、長閑な街並みそのものが観光資源となっている。
ポートン集落などはその最たる一つと言える。
一方、この土地は、大英帝国の戦争科学の中枢でもある。
ポートンダウン研究所。二〇世紀の幕開けを告げた
セシリアは現在開発中の――ロールアウトになかなか漕ぎ着けずにいる――最新鋭機《ブルー・ティアーズ》の専属パイロットとして、担当技官との打ち合わせを予定していた。
議題は特殊兵装とイメージ・インターフェースの同調率だった。
モニターパネル上のデータを一瞥したところ、機体となんの関係もないと分かった。
「そちらの数値は何を示していますの?」
「見りゃ分かんだろセシー。だぃじょび? 眼精疲労?」
長い銀髪はぴくりとも揺れない。少しも振り返らず、技官は問いかけへ否定を返した。その躊躇のなさに慣れきってしまっていた。セシリアはあだ名で呼ばれたことも構わず、ゆるくウェーブしたブロンドヘアを後ろへ流した。
「
「センスは好きだぜ、けどB号だけじゃつまんねえな。第二形態ぐれーはやらしてくんなきゃ」
原発へのハッキングとビデオゲームを同列に語る。
不謹慎な態度も平常運転だから気にするだけバカらしい。
政府傘下の研究所に勤めるには不適切なアロハシャツを着用している時点で、分かりきっていたことだ。
「
「その説明で納得しろと?」
「よく『納得』は『誇り』だか『納得』は全てに優先するとかゆーけどよ。世の中なんてのぁ
けらけらと笑う声がした。
セシリアは眉間へ手を当てた。
未成年に聞かせる話ではない。
本人的には笑い話の類いらしい。
「アタイだってこーして宮仕えしてんじゃない。給料が安いとか待遇が悪いとか上司がクソとか社長がゴミとか同期がバカとか部下が無能とか首相がアホとか政府がダメとか、ガタガタメソメソゆーなこのボケナスと思うワケ。
笑い飛ばしたかと思えば醒めきったアナーキストの顔が覗く。
この得体の知れない技官の本心がどこにあるか、セシリアは三年近い付き合いになるが、まだ掴み切れずにいる。
「あなたの場合は自業自得でしょう。
「いやあ、あの予備役中佐は仕事熱心だったねえ。苦労してゲッチュしたネタを横から掻っ攫ってくんだぜ。つかlolの配信中に来んだもんスワッティングかと思たわガチで。ちなこれ窃盗罪で訴えたらアシュレイちゃん勝てんじゃね?」
「
「細かいことを気にするとハゲっぞセシリア。英国の未来を担う国家代表候補生がアタマだけジュリアス・シーザーでどーする」
「誰のせいだと……!」
アシュレイは呵呵大笑しながらキーボードを叩く。
セシリアはその横顔を見た。常識を期待する方が間違っているのかもしれない。だが放置するには危険過ぎる。ゲーム感覚で国家機密を盗んだ人間が、最重要国家機密を扱う施設で働いているのだ。
適材適所の原則と言われればその通り。
どうにも不安が募るのは、神経質だろうか?
「貴女の意見は?」
アシュレイ・ゴールドヴェッセルは間もなく作業を終えた。ゲーミングチェアに腰掛けたままくるりと椅子ごとセシリアの方を向いた。
「んー?」
「日本政府の発表ですわ」
ティアドロップのサングラスを外した。
不通にしていれば相当の美人に思える。
奇矯を通り越して素っ頓狂、下手をすれば佯狂を疑われても仕方ない言動を繰り広げる怪人は、そこにはいなかった。
「ドデカな花火ってとこだな」
「花火、ですか」
「しかも事故ってやがる。
アシュレイは右手の人差し指を立てた。
「どう転んでも四方八方から棍棒で殴られっかんな。バカな政治家は救えねえぜ」
俗世を冷笑しつつ「地獄に落ちやがれ」とサムズダウンを贈った。
どっちが大人でどっちが未成年なのかときどき忘れそうになる。
けれども物事を分析する能力に関して、アシュレイは優秀なのだ。
「ISを動かせるのは女だけ。コイツは絶対原則だったワケさ。
「一夏さんの性別発表を疑っていますのね」
「信じちゃいないね。検査のヘマかデマか知らねえケド。駄法螺だよ駄法螺。こんだけ騒ぎにしちゃったら落とし前は大変だずぇ」
「従来の理論を優先すれば、ですわよ」
「
完全に分け隔てられたもの、という仮定への反証だった。精神面ではなく肉体的、生物学的な中間、あるいは両面も現実に確認されている。珍しい例ではあるが『男がISを動かした』という椿事への否定と肯定、双方を認めるならばこの仮説に落ち着く。
「織斑さんにとっては終始不本意ですわね」
「そりゃな。しょうがねえべさ、世界ってヤツがもうIS抜きに回らねえんだ」
セシリアは返事を止めた。
ISによって変化した
国際条約で制限されたISの軍事利用へ突き進むイギリスだからこそ、ブルー・ティアーズをロールアウト目前まで運べた。仮に平和利用の原則を遵守していれば到底不可能であった。
「……これでまた、世界は変わるのでしょうか」
「さあね」
さらりと言い放ってくれる。仮説は立てる。予測もする。だが予言はしない。自由奔放な言動に惑わされがちだが、アシュレイ・ゴールドヴェッセルは徹頭徹尾の科学者だった。想像力がないではない。むしろ並外れている。だが、想像力を働かせる方向が違っている。
自分と視野が違う人間からもたされる意見は貴重だ。
常識外れな放言と一蹴しないところがセシリア・オルコットの美点である。
「それこそあの海軍中佐サマにでも聞いた方が早えぞ。アタイよりよっぽど世間ってヤツにお詳しいんだから」
「ミスター・ボンドは御多忙ですのよアシュレイ」
「こないだウォッカのCMに出てたぜ。しかもポーランドのベルヴェデーレ」
「それは……その、初代ダブルオー・セブンからの伝統ですから」
「それでいいのかよ情報局。教えはどうなってんだ教えは」
「開会式にミスター・ビーンが出るくらいですわよ?」
「それもそっか。言われてみりゃトップ・ギアやっ……アレいまアマプラじゃん」
そこまで言ってアシュレイは左手で額を叩いた。
数年前に不祥事で名物三人組がそろって降板した。
セシリアは意外な人物から意外な言葉を聞き、少し驚いた。
一歩間違えば無政府主義テロリストになりかねないアグレッシブな厭世家が、イギリス国営放送の番組を視聴していた。
何より嬉しかったのはアシュレイが同好の志であったことだ。
アシュレイはセシリアの微笑の意図が察せず困惑した。
「お好きですのね自動車」
「自動車好きの番組かァ?」
「違いますの? 私はクラークソン氏の愛国精神に深く感銘を受けましたわ」
「過激過ぎだろ……ハイブリッド動力車を
「自動車はガソリン。これこそ絶対不変の真理でしてよアシュレイ」
「おいマジかよ」
ウッカリUlrich Eichhornの名前を口にしようものならジッポーで点火した
微笑みには確信があった。
誇りに満ち満ちている。
ここを刺激したら、タダでは済まない。
アシュレイは「にしてもヨ」と急ハンドルで話題を切り替えた。
「日本政府のやることかね、コレ」
天井に敷設されたフレームが稼働する。先端に取つけられたモニターへ映る、織斑一夏を巡る日本国内の報道は過熱している。普段ニュース番組を見ないアシュレイでさえ過激だなと感じるほど、メディアは連日この話題を取り上げていた。
ハイエナのような連中に思えた。
端から勝負を捨てた、惨めな生き物だ。
相手はまだほんのガキだろうに。楽な商売である。
心から冷笑するアシュレイと裏腹に、セシリアは「不自然ですわね」と直感を働かせた。
「最序盤以降、政府の声明がありませんわ」
「言われてみりゃそうだな。こんだけフロア湧かせてダンマリなんてフツーはしねえ」
「政府と一口に申し上げても実態はいくつもの省庁や部局で構成された複合的、多面的な組織です。未成年の個人情報の取り扱いについて関係省庁と官房で意思疎通が図られていなかったとすれば、動きが鈍い理由には尤もらしい説明が出来ます」
「カノジョ第一号が出来た童貞じゃねーんだからさ、んな先走って身内にシバかれるなんてアホな真似するか?」
「ええ。テロ組織紛いの独裁国家でしたら」
賛成ひとつするのに言い方が回りくどい。
セシリアの貴族らしい物言いにアシュレイは笑った。
「どこの差し金だろーな?
「どこでも結構。そちらは日本国政府の役割です」
「連れないじゃ〜んセシィ〜トトカルチョしよ〜ぜ〜?」
「未成年者を違法賭博に勧誘しないでくださいまし!」
握り拳を腰に当てながら毅然と拒絶する。
ゲーミングチェアの上で三角座りをしながらぐるぐる回るアシュレイ。この《ブルー・ティアーズ》担当技官とて、セシリアと同じ未成年の可能性があるのだ。三年前に開示された情報資料の時点で年齢に関する項目はすべて非公開処理とされていた。
あれから三年。冗談を冗談と受け流せるようにはなった。
けれど、彼女は未だ実年齢を明かしてはくれていない。