Infinite Stratos:Archetype border 作:ぱらさいと
厭気するほど同じエラー画面だ。
入力した情報は正確だった。操作ミスとは考えがたい。往復も片道も同じである。最終確認から先へ進めなかった。満席かとも思ったが確かめると空席が目立つ。サイトの不具合が起きているのかもしれず、ミーシャに報せたところ「そんな情報はどこにもない」と言われた。
少し時間を開けることにした。宿はすぐに確保出来た。
一週間を費やしても肝心の移動手段がどうにもならない。
電話で問い合わせるべきかとも思った。放課後の教室でミーシャへ提案し、「電話予約で、高速バスを使おう」と言われた。
新幹線より安上がりである。生活費への圧迫も、軽減出来る。
どうにか二人分の座席を確保出来た数日後のことである。突然の来客があった。箒が借りぐらしをしている屋敷で、呼び鈴が鳴った。インターホンを覗く。一人は見知った交番勤務の青年である。見覚えのない女は警察手帳を開き、こちらが応じるを待った。
用件を尋ねると女は真っ直ぐにカメラを見ながら答えた。
「突然お伺いして申し訳ありません。警視庁警備部特科車両二課第一小隊長、南雲しのぶです。篠ノ乃箒さんご本人でいらっしゃいますね」
「はい。私に何かご用でしょうか」
「あなたが近々、東京へ行く予定だと伺いました。その件について、直接お話ししておきたいことがあります。少々、お時間をいただけますか」
物腰は丁寧だった。怒って訪ねてきたようには見えない。それでも警察官が東京行きの話をしに来たのである。何でもない用事ではなさそうだった。
箒は少し考え、女と巡査を迎え入れた。どうやら巡査は身元保証人として連れて来られただけらしく、玄関先に留まった。女学生が一人暮らしする住宅へ入るのを遠慮したのも大きい。
南雲だけを応接室へ通す。机を境に向かいあう形で座った。
南雲という婦警は、あまり若く見えなかった。
化粧はしているが最低限である。焦げ茶色の髪もヘアゴムで束ね後ろへ流している。何より目を引いたのは鮮やかなオレンジ色の制服だった。ワイシャツやネクタイは普通だ。ジャケットの胴体部分が何故だか派手すぎる。
箒の視線に気づいた南雲は苦笑した。
「新しい制服です。新しい部署には新しいセンスを、ということらしいですが……こんなおばさんにまで着せるのは。ねえ……」
似合っていると返すのは憚られた。
本人の自覚する通り似合っていない。
年齢以上に本人の風貌と、ポップな色調が不一致を起している。この人も苦労しているのだなと思うと警戒心が少し和らいだ。
「幾つか確認させてください。今月末、二泊三日の旅行を計画している。そうですね?」
「はい。友人と一緒に行くつもりです」
「新幹線の切符を予約しようとして、何度か失敗されていることも把握しています」
箒は顔を上げた。何故か警察が把握している。携帯電話でも東京へ行く話題は徹底して避けたはずだった。
「……なぜ、そのことを知っているんですか」
「順を追って説明させてください」
南雲は居住まいを正した。表情に鋭さが宿っている。
「結論から申し上げると、一連の障害は予約システムの不具合によるものではありません。篠ノ之さんが東京へ移動するのは好ましくないと判断した政府による、交通機関に対し発せられた
箒は言葉を止めた。
何度も確認した入力欄が頭へ浮かぶ。日付を変えて、時間を変えて、それでも同じエラーが出た。別のサイトでは同じところまで進めた。それを偶然だと思っていた。
画面の向こうで何者かの意思が働いていたのだ。
「……意図的な、妨害行為があったと」
「はい。恥ずかしながら、その通りです」
「誰が、そんなことを?」
「私からお伝えできる範囲ではありません。ご理解いただけるとは思いませんが、組織としての都合が優先された点は事実です」
「ではどうして私が東京へ行くのを止める必要があるんですか。私は旅行に行こうとしているだけです」
「仰る通り、本来であれば妨げて良い理由はありません」
南雲は抗議が終わるまで待って答えた。
「問題視されたのはあなたの安全です」
箒は発言を控えた。
「箒さん、あなたは篠ノ之束博士の妹ですね」
「当然です。私の姉ですから」
「束博士はIS開発者であり、ブラックボックスであるコア技術に関して詳細を知る、ただ一人の人物です」
「ですが、私は姉の研究について詳しいことなど知りません」
「承知しています。発表当時の年齢を考えれば当然の判断です」
一度言葉を切る。
「悪党にも色々な人間がいます。物分かりの輩は、結びつかないものに関係性を見出す。そうして無関係の人間を自分たちの都合で利用するのです」
「利用、ですか」
「首都圏全域で各国が不審な動きを見せています。こちらも後追い続きです。そのような状況で、箒さんとお友達の身の安全を確保しきれると、とても言い切れません」
穏やかな声は変わらなかった。南雲の語る内容はゆるやかに緊迫度を増していく。
箒は眉を寄せた。
こうして説明が出来ている。わざわざあちらから出向いてだ。そこまで可能なら、始めからそうするのが道理ではないのか。
「でしたら……先に伝えていただきたかったです」
沈黙は同意だった。南雲自身、この不正に反発していると察せられる。
「私は何度も予約を試しました。入力を間違えたのか、システムに問題があるのか、自分で調べました。それでも原因が分からなかったんです。まさか、警察や関係機関が裏で予約を妨げていたなんて、考えもしませんでした」
声が強くなった。自分でどうにかしようと画面を開き直した時間を、簡単に片づけられたくなかった。
「私は犯罪者ではありません。誰かに危害を加えようとしているわけでもない。ただ東京へ行こうとしていただけです。それなのに、理由も説明されず、切符を予約することすらできないようにされる。そんなことが許されるんですか」
南雲はすぐには答えなかった。机の端の携帯電話へ目が向いた。箒も一度だけそこを見た。来客がなければ、まだ同じ操作を続けていたかもしれない。
「あなたの言うとおりです。危険を未然に防ぐことは重要ですが、それを理由に本人への説明を省いてよいわけではありません」
南雲は顔を戻し、正面から箒を見た。
「今回の対応については私も問題があったと考えています。安全確保の必要性と、あなたの行動を制限することの妥当性は分けて考えるべきでした」
「私が入力を間違えたわけではないと、鉄道会社には説明されるんですか」
「必要な調整はこちらから行います」
「必要な調整では分かりません。私は機械を壊したのかもしれないと思った。問い合わせたら、自分のやり方が悪かったと言われるのではないかとまで考えました」
遮られなかった。箒は言い終えるまで南雲を見ていた。
「私とミーシャがどれだけ時間を割いたか、誰も考えなかったのでしょうね」
「会議室に閉じ籠もっていると想像力を失います」
怒りが消えたわけではない。ただ、取れなかったなら取り直せばよいと済まされなかったことは分かった。箒は机に置いた手を少し緩めた。
「では今後は予約できるようになるんですか」
「その方向で調整します。少なくとも、理由を明らかにしないまま、予約を妨げ続けることは適切ではありません」
「その方向、というのは?」
「関係機関との調整が必要ですので、今この場で確約することはできません。ただ、今回の措置を無期限に継続することは避けるべきだと考えています」
箒は相手を見た。調整という言葉だけではいつ画面を開けばよいのか分からない。
「こちらの予定はいつまで止められるのですか。宿にも返事をしなければなりません」
「今日中に結論が出ると、お約束はできません。けれど、調整の途中でも一度ご連絡します」
「取れなかった理由だけ聞いて、また何も分からないまま待つのは嫌です」
「承知しました」
南雲が名刺を出した。箒は受け取り、所属と連絡先を読んだ。玄関で見た警察手帳より、小さな紙の方が今は具体的に感じられた。
次に分からなくなったとき、尋ねる先が一つできた。
「ミーシャも同じ旅行に行きます。私への説明だけで、済んだことにしないでください」
「お友達への説明が必要ならその方法も相談させてください」
「勝手に家へ行かれても困ります。まず、私から話します」
南雲は頷いた。箒は名刺を机へ置いた。連絡先が分かっただけで終わらせたくはなかった。
「警察は私を守ろうとしているんですか。それとも、私を管理しようとしているんですか」
今度は返事まで間があった。南雲は問いを聞き直さずに考えた。
「本来の目的はあなたの安全を確保することです。しかし、結果としてあなたの行動を制限してしまった以上、管理と受け取られても仕方がない」
「……」
「だからこそ、今後の対応は改めて検討する必要があります。あなたを守るという名目で、あなた自身の意思を無視し続けることは私も望んでいません」
箒は少し目を開いた。警察のしたことだから正しいと言うつもりはないらしい。それだけですべて納得できるわけではないが、こちらの話を続ける理由にはなった。
「私は東京へ行くつもりです」
可否とは関わりない。意思を示したまでで、
「ミーシャと約束しています。それに、一夏のことを知りたいんです」
「織斑一夏さんについて、ですか」
名前を言い直されると、箒は膝の上で手を握った。
束の妹で、一夏の幼馴染。説明を聞いていると、自分はいつも誰かの関係者だった。姉に連絡がつくなら、こちらから聞きたいことも幾つもある。
そう言いかけてやめた。南雲へ怒っても、束が電話へ出るようにはならない。
「姉への伝言を、私に頼むつもりもあるのですか」
「今日はそのために来たのではありません」
「だったら、私の旅行について話してください。姉がどこで何をしているかは私にも答えられません」
膝の上で指を組み直した。知らないことを謝る必要はないはずだった。姉の名前を出されるたびに自分が答えなければならない気がするのは昔からの癖らしかった。
「はい。日本政府は彼を世界初の男性IS操縦者として発表しました。でも、発表だけでは、彼の今の状況まで分かりません。私は彼の友人です。何も知らないまま、遠くで報道を見ているだけというのは……」
言葉を切った。居場所も気持ちも知らない。だから報道だけで判断せず、一夏の口から聞きたかった。そのために東京へ行こうとしている。
「あなたは一夏さんに会いたいのですね」
「……はい」
「会って、どうなさる予定ですか」
「それはまだ分かりません」
正直に答えた。会ってすることを決められるほど、今の一夏を知らなかった。
「彼が今どうしているのか、何を考えているのか。それを知りたいんです。できることなら、彼自身の言葉で」
南雲はしばらく箒を見た。答えを言い直させたりはしなかった。
「分かりました。あなたが一夏さんを心配していることは理解しました」
「なら、東京へ行くことに問題はないんですね」
「危険がないと保証することはできません。ですが、危険の可能性があるというだけで、あなたの行動を際限なく制限することが妥当だとも考えていません」
それでも声の調子は変えず、注意することを挙げていった。
「ただし東京へ行くのであれば、いくつか注意していただきたいことがあります」
「何ですか」
「まず、あなたの姉や一夏さんに関する情報を求めてくる人物には注意してください。相手がどのような立場の人間であっても、身元や目的がはっきりしない場合は安易に情報を渡さないことです」
「それは分かります」
「また、あなたやミーシャさんに接触してくる人間がいた場合、相手が何を目的としているのか、慎重に判断してください。親切そうに見える相手であっても、すぐに信用するべきではありません」
「……分かりました」
「これは警察官としての命令ではありません。あなた自身の安全のための忠告です」
南雲は静かに頭を下げた。箒は名刺へ一度目を落とした。
「あなたの意思を尊重するためにも、必要な情報は可能な範囲でお伝えしておきたいと考えています」
聞き終えても、初めの疑問が残っていた。南雲が帰る前に、もう一度尋ねることにした。
「南雲さん。もうひとつ、聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「私が新幹線の予約を何度も試みていたことを、どうやって知ったんですか」
相手の顔が僅かに引き締まった。今度も答えないのだろうと、箒には分かった。
「その情報が、どの経路でこちらに伝わったのかについては詳しくお答えすることができません」
「……では誰かが私の行動を監視している可能性があるということですね」
「その可能性は否定できません。ただし情報を把握していることと、私的な通信を傍受していることは同じではありません。私自身が、あなたの通信を傍受していたということでもありません」
「それでも、誰かが私の行動を把握している」
「ええ。だからこそ、注意していただきたいのです」
南雲は言い換えずに答えた。分かるところと話せるところが、同じではないらしかった。
「分からないことは確認してからでないとお伝えできません。お答えできない部分が残ることもあります」
箒は相手の顔を見た。何を隠しているか、見て分かるものならよかった。
神社で聞いた組織の名が浮かぶ。しかしそのどれかを犯人だと決めても、切符が取れるようになるわけではない。今は自分の質問を残しておきたかった。
「では私が何を尋ねたかも、記録してください。予約を止めた理由と、誰が再開を決めるのかです」
「分かりました」
南雲は手帳を開き、目の前で二つ書いた。答えが増えたわけではない。それでも尋ねたことまで、なかったことにはならずに済んだ。
「……気をつけます」
「お願いします」
南雲が立ち上がり、箒も席を立った。
「本日は突然お伺いして、失礼いたしました。今回の予約の件についてはこちらでも対応を改めて確認します。あなたに事情を説明しないまま、同じ措置を続けることは適切ではありませんから」
「分かりました。説明してくださって、ありがとうございます」
「いいえ。こちらこそ、もっと早く説明すべきでした」
玄関まで見送った。南雲はもう一度礼をして出ていった。
扉が閉じても箒はしばらく動かなかった。切符が取れなかった理由は分かった。姉のために危険が及ぶという説明も理解はできる。だが本人に知らせず、予約を止めてよい理由には思えなかった。
名刺を裏返した。裏には何もない。帰り際に穏やかに挨拶を交わせたからといって、全部済んだわけではなかった。
応接室へ戻り、携帯電話を取った。予約はまだ確定していない。取れるようにするという話にも確約はなかった。
もう一度試す前にミーシャへ連絡した。
警察官が来たこと。関係機関の要請で予約が成立しなかったと説明されたこと。再開はまだ決まっていないこと。
途中で、監視されていたと書きかけて消した。南雲が予約の失敗を知っていたのは確かだ。いつから何を見ていたかは聞けていない。腹を立てていると、分からないところまで言い切ってしまいそうだった。
文を送ってから手帳へ日付を入れた。覚えているうちに説明を書き留める。うまくいかない画面を眺めていた時間を、また書くために使っているのが少し奇妙だった。
それを終え、一夏への手紙の下書きを開いた。
最初の一行は空いていた。姉のことも一夏のことも南雲へ説明した。しかし一夏に伝える文は一夏には、まず自分が何を伝えたいか考えて書く必要があった。
「久しぶりだな」
声にすると、その挨拶がいちばん馴染んだ。気の利いた文句を考えなくてもよいのかもしれない。
携帯電話が鳴った。ミーシャは切符を取り直す前に、二人で南雲の連絡を待とうと言っていた。そのあとに一人で話を聞いた箒をねぎらう文があった。
箒は読み返した。今回はこちらを置いて先に決められたわけではなかった。
連絡への返事を送り、電話を置いた。書きかけの手紙へ戻る。さっき口にした短い挨拶から、まず入れてみることにした。