Infinite Stratos:Archetype border 作:ぱらさいと
改札を確かめずにいられない
新幹線改札口は午前中から人が多い。
旅行鞄を引く家族、スーツ姿の会社員、土産の袋をいくつも提げた人が、絶え間なく行き交っている。
自動改札は切符を入れれば開いた。少なくとも、今見ていた人たちは皆そうだった。
箒は切符入れへ指を当てた。改札を見るのはこれで何度目だろうか。
駅構内には土産物屋のほか飲食店も入っている。箒とミーシャはフードコートとして置かれたテーブルを囲み、座り心地の今一つなベンチに腰掛けていた。
「……本当に、通れるのだろうな」
「切符はある。予約も成立している。いま考えられる限り、問題はないよ」
隣のミーシャが答えた。
二人とも私服姿である。箒は濃紺の上着とベージュのロングスカートに歩き慣れた靴を選んだ。長い髪も後ろへまとめてある。ミーシャは淡いシャツにカーディガン、長ズボン。旅行鞄は足下に置いていた。
相手の顔はいつもと変わらない。落ち着いていられるのが少し羨ましかった。
「お前は平気そうだな」
「少しは緊張しているよ。でも、予約が取れなかったときよりはずっといい」
「……それはそうだが」
鞄の持ち手を握り直した。
数日前には予約画面の先へ進めなかった。南雲しのぶが来て説明するまで、関係機関から止めるように頼まれていたとは思いもしなかった。
その後に調整があったらしい。すぐに座席の予約が完了した。東京行きの日程は、最初の悪戦苦闘をあざ笑うようにすんなり決まった。
ただし警察官が同行するという条件もついた。二人で計画した旅行は四人で出発することになったのである。
「待ち合わせはこの辺りだったな」
「そう聞いている。二人とも、もう来ているはずだけど」
ミーシャが人の流れの向こうへ目を向けた。
「おーい。箒ちゃんと、ミーシャちゃん?」
片手を上げた女がいた。
短い髪は黒に近く、右目には黒い眼帯がある。仕立てのよい黒のスーツだったが、襟元は少し気楽そうだった。こちらを見る笑顔だけなら、知り合いを迎えに来たようにも見える。
斜め後ろには背の高い青年がいた。同じ黒のスーツに白いシャツとネクタイ。青みのある黒髪を後ろで小さく結び、耳にはピアスが光っていた。
女が手を振っているあいだも、青年は改札と通行人を見ていた。
「どうも。あたし、ヒメノ。こっちはハヤカワ。二人の東京行きに付き合うことになったオマワリさんね」
「ハヤカワです。よろしくお願いします」
青年が短く頭を下げた。二人は順に警察手帳を示した。
箒は写真と顔を見比べた。聞いていた名前を思い出し、それからミーシャへ目を向ける。
「……間違いないようだな」
「うん。事前に聞いていた名前とも一致する」
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。まあ、いきなり知らない大人が二人も付いてくるんだもんね。警戒するのが普通か」
ヒメノは手帳を見せたまま言った。身分を確かめる時間を惜しむ様子はなかった。
「聞いてると思うけど、あたしたちは旅行を止めに来たわけじゃない。東京まで、無事に連れていくのが仕事。観光の邪魔をするつもりもないから」
「東京まで、ですか」
箒はそこを聞き直した。東京に着けば全部終わるとも思っていない。
「まずはね。着いてからのことは向こうで改めて確認しよう。勝手に行動を制限する、って話じゃないよ」
「予定を変えるときは私たちにも話していただけますか」
ヒメノはしまいかけた手帳を持ったまま、箒を見た。
「うん。説明できることはその場で言う。急ぐときもあるだろうけど、置いてきぼりにするつもりはないよ」
「それを、先に聞いておきたかったんです」
ようやく少し声が緩んだ。
予約が通ったと聞いたときも、嬉しいより先に次の条件を考えてしまった。目の前の二人が予約を止めたわけではない。それでも不安を隠して出発する気にはなれなかった。
「この切符は自分で持っていていいんですね」
「もちろん。なくさないようにね」
なくすなと言う調子は普通の旅行の注意だった。箒は切符を確かめ、鞄のいつもの場所へ戻した。
全部任せろと取り上げられずに済んだ。それだけのことが、今は少しありがたかった。
ハヤカワは時刻を確かめていた。こちらの話が終わると、必要な連絡を始めた。
「切符は四人とも同じ列車です。座席も近くに確保してあります。改札を通ったら、ホームで離れないようお願いします。それと、何か気になることがあれば、二人だけで判断せずに声をかけてください」
「分かりました」
返事を聞いてハヤカワは頷いた。それから黙った。
十五歳の女学生が二人。私服で鞄を持ち、休日の小旅行へ出るところである。教師でも保護者でもない自分が何を話せばよいのか。仕事の注意以外はあまり出てこなかった。
立つ場所も難しい。近づけば威圧的だろうし、離れれば護衛にならない。ヒメノはその辺りを考える前に、もう少女たちへ話しかけていた。
「アキくん、顔が怖いよ」
肘で軽くつつかれた。ハヤカワは先輩を見た。
「普段どおりです」
「それが問題なんだって。せっかくの旅行なのに、お巡りさんの事情聴取みたいになってる」
「任務の説明をしただけです」
「はいはい、真面目だねえ」
ヒメノは笑って少女たちへ顔を戻した。
「さて。それで、二人はどういう仲なの?」
「……どういう仲、とは?」
箒は眉を寄せた。身元の確認が続くのかと思った。
「ほら、クラスメイトとか、幼なじみとか。いつから一緒に遊んでるのかなって。二人で東京に行くくらい仲がいいんでしょ?」
「同じ学校の友人です」
先に答えたのはミーシャだった。箒はそちらを見た。
「最初に話しかけたのは同じ教室にいたときです。箒が剣道の大会で優勝したと聞いて、気になって」
「へえ、剣道。箒ちゃんがやってるの?」
「はい」
「強いの?」
「強いですよ。全国大会で優勝しています」
「ミーシャ!」
思わず名前を呼んだ。大会の結果を隠すつもりはないが、自分で言う前に話が広がっていく。
「事実だろう?」
「そうだが、わざわざ初対面の人に言うことではない!」
「えー、すごいじゃん。全国優勝って、普通に自慢していいやつだよ」
ヒメノが感心した顔で見た。箒へ試合の説明を求めるでもなく、今度はミーシャへ続きを聞いた。
「それで、剣道の話から仲良くなったの?」
「そのとき、食事に誘ったんです。箒の食生活が、少し気になったので」
「食生活?」
「ちょっと待て。そんな言い方をすると、私がろくに食事をしていなかったみたいじゃないか」
「そうは言っていないよ。運動量に見合った食事ができているか、確かめてみたかっただけだ」
「ほら、それだ!」
ヒメノが吹き出した。箒は反論の続きを一度止めた。
「何それ。剣道が強いって聞いて、最初に気になったのがご飯? 変わった出会い方だねえ」
「よく言われます」
「お前、言われたことなどあったか?」
「今、言われたよ」
箒は言い返しかけ、やめた。今の一言まで数えれば確かに言われている。
ヒメノは二人を見比べた。すぐ顔に出る方と、その顔を見ても平気で返す方。違う性格なのに、話をする速さは合っていた。
「なるほどね。仲がいいわけだ」
「それほど特別なことでは……」
箒が言い淀むと、ミーシャが首を傾げた。
「僕は箒と一緒に東京へ行けて嬉しいよ」
「……そういうことを、平然と言うな」
「本当のことだからね」
「うんうん。いいねえ、青春だねえ」
ヒメノは楽しそうだった。ハヤカワは時刻を見ていた。
「姫野先輩。時間です」
「まだ余裕あるでしょ」
「余裕があるうちに移動するんです」
「アキくんって、こういう話にほんと興味ないよね」
「ありません」
箒は少しむっとした。しかし青年の目は改札の向こうへ向いていた。会話を軽く扱ったというより、自分の仕事を続けているらしい。
そこでミーシャが保冷バッグを持ち上げた。旅行鞄の脇に、もう一つ荷物があった。
「改札に入る前に、一ついいですか」
「ん? 何?」
「朝、持ってきたものがあるんです。少しだけ、味見してもらえませんか」
出てきたのは密閉容器だった。蓋越しに緑と白、赤が見えた。
「酢漬けです。昨日、僕が作りました。キュウリと大根、ラディッシュ。それからパセリを少し。移動中につまめるよう、小分けにしています」
「へえ。自家製のピクルス?」
「そうです。キュウリは歯応えを残して、大根は少し薄めに。ラディッシュは酸味が入ると色がきれいになります。パセリは香りが強いので、漬ける時間を短くしました」
「相変わらず、手が込んでいるな」
箒は容器を見た。旅行の支度のほかに、いつの間にこんなものまで作っていたのか。
「朝食を食べてきたばかりだぞ」
「だからほんの一口でいいんだ。食事の代わりにするつもりはないよ」
小さな紙カップへ四種類を分け、フォークを添える。酢と香草の匂いがした。保冷バッグから出したばかりで、まだ野菜は冷たかった。
箒はキュウリを一つ取った。噛むと小さく鳴る。酸味のあとに少し甘みが残り、もう一つ食べたくなった。
「……うまい」
「よかった。塩を強くしすぎないようにしたんだ」
「前よりも、少し酸味が柔らかいな」
「砂糖を少しだけ増やした。長く保存するための漬物ではないから、作ってすぐ冷やして、今日中に食べるつもりだよ」
ヒメノが赤いラディッシュを口へ運んだ。噛んでから目を細める。
「お、これ好き。見た目もかわいいし、ちゃんと歯応えがある。ミーシャちゃん、料理うまいんだ?」
「まだ勉強中です。でも、食べることも作ることも好きなので」
今度はパセリを少しだけ取った。さっきより長く香りを確かめていた。
「こっちは香りがいいね。独特の苦みも残ってる」
「長く漬けると葉が柔らかくなりすぎるので、これは短時間だけです」
「いやあ、こういうの作れる子、いいなあ。お酒のつまみにも合いそう……って、二人の前で言うことじゃないか」
ヒメノは笑い、上着のポケットへ手を入れかけた。途中で止める。煙草があっても、改札の前で取り出すつもりはないらしい。
「アキくんも食べてみなよ」
「俺は結構です」
「えー、なんで?」
「これから移動するんです。今、食べる必要はありません」
「そんなこと言って。女の子の手料理を断るなんて、愛想ないなあ」
ハヤカワは答えを探した。
食べ物を疑っているのではない。腹が空いているわけでもない。護衛する中学生から手作りの漬物を勧められたとき、どうすればよいかを考えたことがなかった。先輩はもう二種類も食べている。
「無理には勧めませんよ」
ミーシャは青年の顔を見て言った。
「ただ、仕事をお願いするのはこちらですから。何もできないよりは少しでもお礼ができたらと思って」
そこでハヤカワの目が少し動いた。
「……礼を言われるようなことはまだしていません」
「それなら、無事に東京へ着いてからでもいいですね」
ミーシャは無理に待たず、容器の蓋を持った。
「待ってください」
閉じる前に声が掛かった。
「一つだけ、いただきます」
ヒメノの口元が緩んだ。
「ほら、素直に言えばいいのに」
「姫野先輩」
「はいはい」
ハヤカワは大根を選んだ。一切れをゆっくり噛み、飲み込んでから口を開く。
「……うまいです」
「ありがとうございます」
「酸っぱすぎないのがいいですね」
ミーシャが少し嬉しそうに笑った。頬へ掛かったざんぎりの黒髪を払う。箒には教室でも見慣れた仕草だった。
ハヤカワはその顔を見て、ますます返す言葉に困った。友人との外出を楽しみにし、食べ物を持参して感想を聞く。そういう少女たちが、機関同士の調整を経なければ列車にも乗れなかった。
何でもない旅行者として扱うだけでは仕事にならない。だからといって事情を聞き出すのも自分の役目ではなかった。
*
箒は鞄の肩ひもを掛け直した。ヒメノが手を出しかけたので、首を振って自分で持つ。
「重くない?」
「二泊分ですから。大丈夫です」
鞄の底には封筒がある。書き直した手紙はようやく一枚になった。会って渡すか誰かへ預けるかはまだ決めていない。
ミーシャへ中身を見せるつもりはなかった。ただ、何を持ってきたかは気づかれているようだった。
「持った?」
「……持った」
ヒメノは二人の短いやり取りへ口を挟まなかった。ハヤカワが改札の列を見て、空いたところで声を掛けた。
切符を通した。扉は何事もなく開いた。
箒は出てきた切符を取り、数歩進んで振り返った。ミーシャも二人の警察官も通ってくる。画面の前では何度試しても進めなかった。それが、今は歩けば先へ行けた。
四人でエスカレーターを上がった。四階のホームでは東京方面の案内が出ていた。十三番線の乗車位置へ人が集まり始めている。
ヒメノは二人のそばを歩き、ハヤカワは少し後ろへついた。速さは合わせてくれるが、視線は止まらない。周囲の安全を確かめながら歩いていた。
ミーシャは横目でその動きを見た。この二人がいるからといって、関心を持つ者まで二人だけになったわけではない。だが並んでいる旅行者を一人ずつ疑うつもりもなかった。
箒へ話せる確かなものがないのに、警戒する理由だけ増やしても仕方がない。
「ミーシャ」
「何?」
「……東京に着いたら、まずどうする?」
箒が前を向いたまま聞いた。
「荷物を預ける。それから、予定を確認しよう。二泊三日あるんだ。全部を一度に決めなくてもいい」
「そうか」
「一夏のことも、すぐに何か分かるとは限らないよ」
「分かっている」
今度は曖昧な返事にしなかった。
「会える保証がないことも、話を聞ける保証がないこともな。それでも、自分の目で確かめられることがあるなら、確かめたい」
「うん」
ミーシャが頷いた。
「だったら、まず東京へ行こう」
「手紙を渡せる相手が見つかるといいな」
「渡す前に、相手を確かめよう。そこは忘れないで」
「分かっている。お前も、私より先に店へ行くなよ」
「一緒に行くよ。予約していない店なら、相談して決める」
いつもの言い返しができた。箒は少し肩の力を抜いた。護衛がいるからといって、二人の話し方まで全部変える必要はない。
ヒメノが後ろから顔を覗かせた。
「東京、楽しみ?」
「……はい」
「そっか。なら、楽しいこともちゃんとやろうね。護衛がいるからって、全部お堅い予定にする必要はないんだし」
「姫野先輩」
「分かってるって。仕事はちゃんとするよ」
ヒメノが手を振ると、線路の先から列車の音がした。
箒は顔を向けた。新幹線がホームへ入ってくる。数日前には切符すら取れなかった列車だった。今はその中に自分の席がある。
行き先は東京。行くと決めたのは自分である。
扉が開き、乗客が降りてきた。
「では乗りましょう」
ハヤカワの声に、箒は一歩進んだ。すぐ隣にミーシャがいた。
「行くぞ」
「うん」
ヒメノが笑い、ハヤカワが周囲を確かめた。
四人は順に東京行きの車両へ乗り込んだ。箒は鞄を持ち直す。ようやく旅が始まった。
それをほかに誰が見ているかはまだ分からなかった。