Infinite Stratos:Archetype border 作:ぱらさいと
ポートンダウンでは国家機密を扱っている。
国防科学技術研究所のIS開発ラボもその一つ。第三世代型機に搭載するマインド・インターフェース兵装の開発のみならず、正式採用された既存機の改良や強化案の研究も進められ、管理者権限を持つ研究員でも申請が受理されなければ入れない区画がいくつもある。情報管理規則は分厚いファイルになっており、入室前の認証も多段階だった。研究員たちは毎年、情報保全の研修を受ける。
アシュレイ・オールヴェッセルにとって、諸々の手順書はうっちゃって問題なかった。
彼女に倫理観や道徳観というアセットは適用されない。
エーペックス・レジェンズの息抜きに最重要軍事機密へ不正アクセスする人間が目を通したところで、役に立つかは甚だ怪しい。
「シャアィッ!
ディスプレイの前でアシュレイは両手を天高く掲げた挙げた。
壁一面に並ぶモニターと天井から垂れるケーブルが振動した。
彼女は英国のIS開発、その一翼を担う優秀な技術者だった。とりわけコンピューターサイエンス分野における能力は突出している。
残念ながら人間性とトレードオフの才能だった。
奇声を発する様は違法薬物の影響を疑いたくなるが、これが平常運転だ。
今も専用ラボで一人エキサイトしている。
「ゴジ公の放射熱線は石仮面の吸血鬼に効くのかねえ。あとでちょいと確かめてみっかァ? けどアタイ平成ヴァーサスシリーズってフライドポテトにマヨネーズつけるみてぇで趣味じゃねンだヮ! っとと、ザッピングしすぎたぜ。アッブねぇ~~~~~~~~ノエルの前でリーアムの話するぐれえアッブなかった」
ディスプレイモニター群が映す映像は、遠く離れた東京の街並みである。
一つの画面から箒とミーシャが消える。次の画面の隅へ二人が現れる。アシュレイはその切り替わりを眺めていた。
「フゥムフムゥ? 午前中は静嘉堂文庫美術館か。渋いねえ、箒の嬢ちゃん。アタシだったら展示されてる刀に『お前、切れ味いいな!』って挨拶しちゃうぜ。返事があったら研究所に持ち帰って解剖だィ!」
長い脚で勢いをつけ床を蹴る。反動で猛烈に椅子を回転させながら不気味な笑い声を響かせて遊んでいる。戻ってきたところで指を伸ばし、別の映像を出す。
「おおっとォ現在は丸の内で店を物色中、と。おい炒飯食え炒飯。丸ノ内つったら炒飯だろうがッ!! ンだよ服屋かァ? いいじゃねえか。成長期のおにゃごには新しい服が必要だもんなあ!」
そこで触手じみた指の蠢きが止まった。
「……成長期?」
顔を上げた。思いついたことがあるらしい。口元へ随分よくない笑みが浮かんだ。
「……おいおい、おいおいおい、待て待て待てよ。アシュレイちゃんってばとホォんでもねえ金脈を見逃すところだったんじゃねえのン?」
キーを打つ音が数段階は加速する。
映像へ補助線が重なった。輪郭と関節の位置、姿勢を推定するモデル。過去の記録を開き、歩幅と重心の比較へ進める。画面の二人が普通に歩いているあいだに、別の窓では数字が増えていった。
「さァーあ始まりました、第一回チキチキ! 遠隔人体計測選手権! 実況と解説はこのアシュレイ・オールヴェッセル様がお送りいたしゃーす!」
自分で紹介し、自分で拍手した。ほかに聞き手がいるかは気にしなかった。
「まずは箒選手! 公称身長百六十五センチ! 一年前の記録から堂々の成長を遂げております! いやあ、伸びたねえ! タケノコもびっくりだ!」
スチールラックへ詰まれたサーバーが静かに空気を揺らす。
冷却装置と結合された演算機が瞬く間に計測値を弾き出す。
最初の結果はものの十秒で出た。
「身長はイケるな。最終の誤差も無視出来らぁ。んじゃコイツをブチ込んでっと」
アシュレイが身を寄せた。さっきまで遠くから眺めていた顔ではない。
「ッぱアスリートってのは筋肉の操縦がお上手ですことよぉ~。おかげで歩行動作の観測もやりやすいったらアリアナ・グランデ、おおデンジャラスボンバーウーマン大爆発っと」
次の映像へ切り替える。今度はミーシャの周囲へ線が集まった。
「さあ、お次はミーシャ選手! こちらも同条件で解析開始! 服の形が違うから誤差補正が面倒だが、そこを何とかするのが天才ちゃん様ってもんよ!」
推定値が揃い始めた。アシュレイは腕を組んで見ていた。
「……なるほど」
大きく頷いた。
「なるほどなるほど……」
頷くだけでは足りなかったらしい。
「こりゃ面白ぇ!」
椅子から立った。
「やっべえなあの嬢ちゃん!? 何食ってりゃあそこまでデカパイになんだよ!? コイツぁマジに論文書かなきゃだぁ!? 目指せノーベルパイパイ賞!」
拳を握った。研究発表の題まで、頼まれなくても考え始めていた。
「いくぜ精度世界一! 次の研究発表はこれで決まりだな! 題して『監視映像から始まる禁断の身体計測』! うーんタイトルからして不採択の予感! ダメだこりゃ!」
「……アシュレイ?」
「んお?」
後ろから声がした。アシュレイは顔を向けなかった。手だけは忙しく動いていた。
「ちょい待ち! 今チョーいいところなんだよ! あと三十秒! いや二十秒! 悪ィやっぱ五分!」
「……何をなさっているんですの?」
「んー? 計測!」
「計測?」
「そうそう! いやー、最新の映像解析ってすげえな! 昔だったらメジャー片手に本人のところへ行かなきゃならなかったのに、今じゃ海の向こうからでも寸法が推定できちまう! 英国科学万歳!」
「…………」
背後にセシリア・オルコットが立っていた。
《ブルー・ティアーズ》の兵装調整について話す約束だった。時刻になっても技術者が現れないので、自分で呼びに来たのである。
金髪の代表候補生は画面と、その前で騒ぐ相手を見比べた。打ち合わせを忘れた理由は分かりやすくそこにあった。
「……具体的には何を計測していらっしゃいますの?」
「歩行データ!」
「…………」
「身長体重歩幅にバイタル! アレコレ数値をブッこんで体形を算出しちゃう代物なのどぅあ!! コイツが完成すりゃあ迷子捜しも捗るって寸法さッ✰」
「…………」
返事が途切れた。三秒ほどで済まず、五秒を過ぎた。十秒近く待っても、アシュレイはまだこちらの顔を見ていなかった。
「……はい?」
セシリアはようやく声を出した。
「だぁらさ。監視カメラの映像を分析して、そっから出た数値を元にスリーサイズとかチンポのデカさを予測するソフト。ちょっと時間余ったから試しに作ったらコレが思ったより精度よくってさ、折角だから本格的に組み立ててみっかなって」
「……アシュレイ」
「あん?」
「一体、誰の、なにを、計測していらっしゃるんですの?」
「箒とミーシャ! 主にオパーイ。んまあミーシャの方はつんつるてんのカベだけど。進撃の巨人の表紙飾れるぜアイツ。ゴメンやっぱ無理、背丈足りねえわガハハ」
そこだけは即答だった。
「…………」
「ほら、こっちの画面! 今ちょうど東京観光してんだよ。んで、せっかくだから二人の歩き方を比べてみようと思ってな!」
「…………」
「いやー、箒の嬢ちゃんはこの一年で随分変わったなあ! 成長期ってのは恐ろしいねえ! アタシにもその勢い分けてくんねえかな! 身長三メートルくらいになったらISなんか素手でぶん投げられるぜ!」
「……少々、お待ちなさい」
「お?」
「その映像はどこから入手しましたの?」
「東京!」
「それは見れば分かりますわ!」
「おっ、さすがセシリア! 観察眼が鋭いねえ!」
「茶化さないでくださいまし!!」
鋭く呼ばれて、ようやく椅子が後ろを向いた。
「何だよ、そんなに怒んなって。ちゃんと説明してやるからさ」
「……ええ。是非ともお願いいたしますわ」
セシリアは微笑んだ。令嬢らしい綺麗な笑顔である。目まで同じ表情になっていないことに、アシュレイはまだ気づかなかった。
「まず、あの二人なんだけどな。今、日本の公安警察が監視してるみたいなんだよ」
「……公安警察?」
「そう。んで、その補助をやってるのが調別って連中。陸上幕僚監部調査部調査第二課別室、っていう長ったらしい名前の組織だな」
説明するために別の画面を出した。見せれば納得すると思っているらしかった。
「こいつらがネットワーク電子戦システム搭載車を回してんのよ。監視カメラの映像とか位置情報とか、そういうものを扱ってるらしいんだ」
「……それで?」
「そこへ、ちょいとお邪魔したってわけ!」
「…………」
「ご立派なシステムだったぜ? そこらのパンピーなら指しゃぶって眺めて終わりだろうけどな! ところがぎっちょん、この天才美少女アシュレイたやに見つかったのが運の尽きよ!」
両手を広げた。手柄を話す姿勢だけは堂に入っていた。
「そんで、その車載システムを足掛かりに監視映像を拝借! 日本の皆様、ご協力ありがとさん! 技術の進歩ってすごいわねお嬢さん。アタイびっくりしちゃったわよ」
「…………」
セシリアは深く息を吸った。確かめることを順番に並べた。
「……アシュレイ」
「おう!」
「つまりあなたは日本の国防組織が運用している電子戦システムへ、不正に侵入したんですのね?」
「そういうこと!」
「日本政府の許可は?」
「ねえよ!」
「英国政府の許可は?」
「そっちもねえ!」
「研究所の正式な承認は?」
「取ってたら秘密にならねえだろ!」
「…………」
「向こうには見つかってねえはずだ! って、そんな顔をするなよ。やったことが危ないのは承知してる!」
こめかみが僅かに動いた。それでもセシリアは質問を続けた。
「……それで」
「ん?」
「あなたは不正に取得した監視映像を使って、二人の歩行データを計測していた、と?」
「大正解! 全問正解のセシリア選手には豪華商品としてアタシの熱烈な拍手が贈られまーす!」
乾いた拍手の音がした。セシリアはそれが終わるのを待たなかった。
「この──ッ!!」
一歩前へ出た。
「大馬鹿者がぁぁぁぁぁッ!!」
「うおおおおおおっ!?」
端末へ戻りかけた腕を押さえた。アシュレイの椅子が半回転し、情けない声が出た。
「いだだっ! 待てって! 腕は交換できねえんだぞ!」
「でしたら、その腕で余計なことをなさらないでくださいまし!」
ふざけた返事が止まるまで少し掛かった。
セシリアは呆れた。二人の旅行に何か事情があるとしても、勝手に取った映像で好きな解析をしてよいことにはならない。机には本来こちらが話すはずだった機体の資料が積まれていた。
「あなた、自分が何をしたのか理解していらっしゃるんですの!?」
「してるって。好奇心に負けただけだよ!」
「それを、理解しているとは申しませんわ」
腕は離した。ただし端末へ手が届く場所からは退かなかった。アシュレイも、椅子を戻すだけにした。
「いいですこと!? あなたは英国の国防研究施設から、他国の防衛組織へ不正アクセスしたんですのよ!?」
「おう!」
「仮に日本側が侵入を発見したら、どうなると思っていますの!?」
「そりゃあ……怒るんじゃね?」
「怒るどころの話ではありませんわ!!」
「えー? 国際電話で苦情とか?」
「英国政府による諜報活動を疑われてもおかしくないんですのよ!?」
「…………」
アシュレイが黙った。セシリアは少しだけその顔を見た。返事のない方が珍しかった。
「……あー」
「…………」
「……それはちょっと面倒くせえな」
「面倒で済む問題ではありませんわ!!」
「だってよぉ、まさか歩行データを調べるために侵入したなんて、普通は思わねえだろ?」
「当たり前でしょう!!」
「だよなあ! 普通は国家機密を盗みに来たと思うもんな! いやー、盲点だったぜ!」
「そこに感心なさらないでくださいまし!!」
頭が痛くなってきた。《ブルー・ティアーズ》の資料をもう一度見る。今日こそ相談が進むと思っていたのはこちらだけだったらしい。
「……アシュレイ」
「お、おう?」
「これから、あなたが取得した情報を全て報告していただきます」
「……今?」
「今ですわ」
「今ここで?」
「今ここで、です」
「……えーと、もう少し後じゃ駄目か?」
「余計なことをおっしゃらず、説明なさい!!」
「はいぃぃっ!!」
返事の声が小さくなった。説明を避ける余地はなくなっていた。
「対象は箒とミーシャ。日本側が位置情報と監視映像を使って追ってる。それだけは分かった」
「位置情報、ですの?」
「……GPS?」
「そうそう。ホテルからの外出管理もやってるらしいぜ。どうやら単独行動は禁止、携帯電話は常時充電、位置情報の送信も必須。いやー、観光旅行にしちゃ随分と物々しいねえ!」
セシリアの眉が動いた。自分たちの機体とは別の、気になる話が出てきた。
「……それはどういうことですの?」
「さあな。詳しい事情までは分かんねえけど、普通の観光客に対する扱いじゃねえよ」
「…………」
「それに、妙なんだよな。公安警察だけじゃなくて、調別まで出張ってきてやがる。しかも電子戦システム搭載車なんぞ持ち出してるんだぜ?」
今度はアシュレイの声から浮ついたところが減った。画面へ目を向ける。その顔には技術者として考えているときの鋭さがあった。
「普通、たかが二人の旅行を見張るのに、ここまでやるかねえ? よっぽど重要な人物なのか、それとも何かを警戒してるのか……」
「……篠ノ乃箒さんは篠ノ乃束博士の妹ですわ」
「知ってるって!」
「でしたら、警戒が厳しくなる理由も理解できるでしょう?」
「そりゃあな。でもよ、もう一人の方はどうなんだ?」
「……ミーシャさん?」
「そうそう。こっちも随分と手厚く見張られてるみてえなんだよな」
アシュレイが首を傾げた。分からないところもあるらしかった。
「ま、現時点じゃ断定できねえけどさ。少なくとも日本側が二人をただの観光客として扱ってないのは確かだろ」
「…………」
セシリアは考えた。束の妹である箒へ注意が集まるのは分かる。だがミーシャまで個別に追う理由は何だろう。その答えは今ここで聞いたことだけでは出なかった。
「……だからといって、あなたの不正行為が正当化されるわけではありませんわ」
「うげっ!? ちょっと真面目な話しただけなのに、容赦ねえな!?」
「当然です!!」
セシリアは端末の前に立ったまま続きを聞いた。真面目な話へ移っても、元の問題が消えたわけではない。
「では取得した情報はそれだけですの?」
「いや、まだあるぜ」
「……何ですの?」
「身体計測データ!」
「…………」
「ただしこっちは推定精度に問題アリ! 映像だけじゃ確定できねえからな! 服の形とか姿勢とか、そういうのが──」
「アシュレイ」
「おう?」
「そのような情報を、何に使うおつもりだったんですの?」
「そりゃあ、研究資料に決まってんだろ!」
「正式な研究計画は?」
「ねえよ!」
「審査や承認は?」
「取ってねえ!」
「当人たちの同意は?」
「もちろんねえ!」
「…………」
「おいおい、何だよその顔! そんなに睨むなって! アタシだって一応、倫理って言葉くらいは知ってんだぞ!」
「知っているだけでは意味がありませんわ!!」
「ぐええええっ!!」
アシュレイが呻いた。セシリアは大きく息を吐いた。問い直すほど、しなくてよいことまで丁寧にしていたと分かる。
「……もう結構です」
「おっ、釈放!?」
「いいえ」
「えっ」
「今すぐ不正アクセスを停止しなさい」
「……お、おう」
「それから、取得した情報の一覧と操作記録をまとめていただきます」
「……おう?」
「勝手に消去してはなりませんわ。研究施設の保安担当者へ正式に報告する必要があります」
「…………」
そこで顔が変わった。先ほどまでの冗談が、正式な報告に入るとようやく気づいたらしい。
「……えっ」
「何ですの?」
「……全部?」
「全部ですわ」
「……歩行データの計測結果も?」
「当然でしょう!!」
「ちょ、ちょっと待て! それだけは勘弁してくれ!」
アシュレイの声が跳ね上がった。
「何故ですの!?」
「だってよぉ! そんな報告書を出したら、アタシの研究者としての評価が地面にめり込んじまうだろ!」
「自業自得ですわ!!」
「いやいやいや! ここは一つ、技術的な表現に置き換えてだな!」
「……どう置き換えるおつもりですの?」
「『非協力的観測環境における遠隔人体形状推定技術の実証試験』!」
「…………」
「どうよ!? 急に立派な研究っぽくなっただろ!? こういうのは言い方一つで印象が変わるんだぜ!」
「言い換えて済む問題ではありませんわ」
セシリアが手を伸ばしただけで、相手の腕が引っ込んだ。
「分かった、題名も正直にする! だから落ち着けって!」
ようやくセシリアが端末の前から退いた。
アシュレイは右腕を動かして確かめ、背もたれへ体を預けた。
「……ううっ」
右腕をさすりながら呟いた。
「ひでえ目に遭ったぜ……。英国貴族ってのはみんなあんな戦闘力してんのか? 紅茶の代わりに関節技でも飲んで育ってんのかねえ……」
「何かおっしゃいました?」
「何でもねえっす!」
返事は早かった。セシリアは腕を組んで待った。
「接続を止めたら、そのまま記録を整理していただきます。勝手に利用も消去もなさらないように」
「分かったって。腕を押さえられなくても、聞こえるよ」
アシュレイは座り直し、端末へ向いた。
「……まったく。せっかく面白いもの見つけたってのによぉ」
「アシュレイ?」
「はい! 切ります! 切らせていただきます!」
慌ててキーを操作した。複数の映像が順に消える。最後に箒とミーシャの画面も暗くなった。
大声が途切れると地下室は急に静かだった。
「……これでよろしい?」
「ええ。ひとまずは」
セシリアが頷いた。それで全部終わったわけではない。
「では報告書を作成していただきますわ」
「……へい」
「まず、不正アクセスの開始時刻から」
「……へい」
「次に、接続先と取得した情報の一覧」
「……へい」
「そのあと、使用した研究設備と、外部への影響について」
「……へい……」
「そして最後に」
また綺麗に微笑んだ。アシュレイはあまり嬉しそうではなかった。
「何故、このような愚行に及んだのか。動機を詳しく説明していただきます」
「…………」
伏せていた顔を上げた。
「……正直に?」
「当然ですわ」
「……マジで?」
「一字一句、正直に」
「…………」
少し待って、ほとんど聞こえない声が出た。
「……研究目的の承認を取らず、好奇心で侵入しました」
「よろしい」
セシリアはようやく納得したように頷いた。
「ではそのようにお書きなさい」
「……ううっ」
相手が涙目になったところで、セシリアも深く息を吐いた。
兵装調整の打ち合わせに来たはずだった。今は勝手に始めた監視の報告書を作らせている。どこでこう変わったかは説明できても、納得はあまりできなかった。
「……アシュレイ」
「……何だよ?」
「わたくし、あなたの技術力は高く評価しておりますのよ」
「おう」
「ですが」
笑顔をやめて相手を見た。
「あなたの人格まで保証するつもりは毛頭ありませんわ」
「……ひでえなあ」
「事実でしょう」
「…………」
返事が来なかった。
セシリアが見ている前で、アシュレイは件名を入力した。非協力的観測環境における遠隔人体形状推定技術の実証試験。そこまで打ちかけ、後ろから伸びた手を見て止まる。
「それ、また腕を取る前触れか?」
「言い換えて済ませるおつもりなら」
「分かった! 好奇心でやりました! 今書いてる!」
通りかかった職員が足を止めた。扉の向こうの声はよく聞こえていた。
「……またか」
職員はそれだけ言って歩いていった。このラボでアシュレイの奇行とセシリアの怒声はもう珍しい組み合わせではない。
セシリアは残された追跡表示へ目を向けた。映像は消えたが、箒とミーシャそれぞれの記録があったことは覚えている。二人とも見張る理由までは分からない。
尋ねたいことができたからといって、接続を戻してよいわけではなかった。
「わたくしが気になったからといって、このまま覗き続けてよい理由にはなりませんわ」
それは相手を叱るより、自分へ確認する声に近かった。
「へえ。そこは気になるんだな」
「報告書を進めなさい」
キーを打つ音が戻った。機体の打ち合わせをいつするかはまだ決まらなかった。