Infinite Stratos:Archetype border 作:ぱらさいと
同じ端末の前で、今度は命令書を読んでいた。
地下研究室の景色は変わらない。
アシュレイ宛てに届けられた新しい指示だ。
「いやっほぉぉぉう! 大逆転勝利ぃぃぃ! 見たかセシリア! この前まで始末書を書かされてたアタシが、今日は国家公認の情報収集担当だぜ! これぞ人生の大逆転劇! 映画化決定! 主演はもちろんこの天才アシュレイちゃんだぁ!」
両腕を上げ、机の電子部品へ肘をぶつけた。それでも大喝采をやめなかった。
「……あなたという人は本当に反省というものをご存じありませんのね」
部屋の一角でセシリアが腕を組んでいた。喜びを共有していない顔だった。
提出した報告書に不正アクセスの経路も設備も残した。無断計測した数値に加え、二人を監視する国防組織の存在も明記した。
管理責任者は難渋した。自分の権限を越えている、ということにした。責任を負うにも限度があるしもうアシュレイを監督する職務について不可能だと考えていた。報告書はあちこちの部署を巡り、最終的に上層部が関心を示した。
束の妹を公安と自衛隊の情報部が見張っている。
しかも、発端は警察内で始動した新部隊の隊長である。
同行するミーシャにも同じ注意が向き、一夏の病院にも複数の機関が関わっている。重要人物の警護だけでは説明しきれないと考えたらしい。
最終的に公式の情報収集と分析が命じられた。
不正が許されたわけではない。情報源の扱いは管理責任者の審査と監督を受ける。セシリアがここにいるのも、管理責任者が要求した条件の一つだった。アシュレイはこの少女の忠告にだけは耳を貸すからだった。
「……念のため申し上げておきますけれど、わたくしが立ち会っているのはあなたを監督するよう命じられたからですわよ。決して、あなたの悪ふざけに付き合うためではありませんからね」
「分かってるって! いやー、持つべきものは友達だねえ! まさか国家公認の保護者が付いてくれるとはアタシも感激だぜ!」
「誰が保護者ですの!?」
「お前以外に誰がいんだよ。この前は関節技、今日は監視付き。ここまで来たらもう家族みてえなもんだろ!」
「そんな家族関係は願い下げですわ!!」
抗議を受けてもアシュレイは上機嫌だった。端末へ向き直り、操作盤へ手を置く。
「ま、冗談はこのくらいにして。そろそろ仕事を始めますかね。いくぜ、アシュレイちゃん特製・超高性能マルチモニターシステム! その名も『アイアン・ディック二世』!」
壁の画面が一斉に変わった。
中央に日本の地図が出る。周囲には道路と駅、ホテルの入口と病院の廊下。時刻と移動の記録が並び、映像へ姿勢を推定する線が重なった。
名前はふざけていても、やることは細かかった。角度や明るさの違う映像を照らし合わせ、人物の動きを時間順へ戻す。輪郭と関節から体格の特徴まで推定する仕組みだった。セシリアは一つずつ画面を追った。
「……技術だけは本当に大したものですわね」
「おっ、褒めたな!? 今、アタシのこと褒めたよな!? 録音しときゃよかったぜ!」
「技術だけ、と申し上げたはずですわ」
「細けえこたぁいいんだよ!」
得意な顔で次を出した。
今度は一夏の病室だった。白い寝具の上に少年がいる。周りには医療機器があり、別の窓には出入口と廊下まで出ていた。
「……織斑一夏さんですわね」
「おう。現在入院三か月目。病室での生活が中心で、外出はもちろん本格的な運動をしてる様子もねえ。いやー、退屈だろうなあ。アタシだったら三日で壁をぶち抜いて逃げ出してるぜ」
「それは脱走ですわ。それより、容態はどうなんですの?」
「そいつを今から調べるんだよ。ちょうどいい機会だしな」
映像が拡大した。一夏が起き上がり、洗面台へ歩いていく。ゆっくりしていたが、自分の足で移動していた。入院中の何でもない動作に見えた。
「……アレ?」
それを見てアシュレイが声を漏らした。
「何か気になることでも?」
「いやちょっとな。コイツが三ヶ月も入院してる理由、分かんねえなあって」
「病院を避難先にしているのではなくって?」
「ソレもあり得るけどな。うーん処方箋も漁ってみつつ、だな」
端末を操作すると立体の人体モデルが出た。歩く姿に合わせて輪郭と手足、関節の位置が補正されていく。
「おーい、解析OS! 患者番号一、織斑一夏。身体計測結果を報告してくれ!」
女性の合成音声がスピーカーから流れた。
淡々とした、やや調子外れなトーンで織斑一夏の観測データを読み上げる。
身長百六十七センチ。年齢十五歳。体重、体脂肪率、骨密度が続いた。
アシュレイは背もたれへ体を預けた。セシリアは身長の表示を見た。数字の横に誤差についての注意もあった。
「注目すべき点はありまして?」
「ねえな。そこはAIの方も同意見だ」
「平均的な体形ですのね」
「おう。身長も体重も、特別どうってこたねえ。ニッポン全国の十五歳男子を集めて並べりゃ、似たような体格の奴がいくらでもいるだろうさ」
別の画面では画面中をソースコードが駆け巡っている。
アシュレイは机へ脚を投げ出しかけた。セシリアと目が合い、何も言われる前に下ろした。
「……あー、食事量もフツーじゃねえか。制限もナシと来やがった。摂取量も毎回完食。コイツァ立派な健康優良不良児だぜ」
「報道を避けるための措置なのでは?」
「マァ待て待て。もう十秒もすりゃ結果が出るハズだ」
セシリアが眉を寄せたところで、音声が続いた。
先程と同じ合成音声だった。
報告内容は院内データベースへの第一次アクセスの失敗。アシュレイ謹製のハッキングコードが弾かれた。
「先の不正アクセスに対応された?」
「マジで? ちゃんと串通したんだけどな」
「経由国は?」
「ロシアとカンボジア。ダチの元カレがムショで詐欺ビジネスの元締めやってんの。ソイツのサーバー会社も使った。あとはインドネシアの元イスラム過激派が経営してるサーバーと、ウクライナのネオナチんとこは勝手に通してんだわスマソ」
「逆探知されたのではなくて?」
「ないね。カンボジアのサーバー会社、裏にいんの
「なるほど。あなたの予測は?」
アシュレイは棒つきキャンディの棒側を囓りながら唸った。
緑鮮やかなメロンソーダ味の方は一切口にしていない。
これも何かの儀式なのだとセシリアは勝手に思っている。実際のところはツッコミ待ちなだけなので永遠に平行線だった。
「アタイのクローン作ったとか?」
「報告書に記載しますわよアシュレイ」
「いやマジで他に考えつかねえ。このAIはアタイの自作コード全部食わせてあんだよ、非公開のも含めてぜーんぶ。だから丸コピすんなら本体を食うしかねえんだけど、やられた痕跡はない。しかもラ・ジャポネーゼのバージンを頂戴したのはこれが初めてだ。パクるもクソもだろ?」
「表現はともかく理解はしました」
金属製の床材がヒールに叩かれる。冷たい高音がラボに反響した。セシリアがアシュレイの右隣へと並び立つ。
腕を組んだままセシリアは
「報復のリスクがありますわね」
「あ、ああ、そうだ。ヤベえヤベえ」
アシュレイの指が非接触式へ回収されたコンソールへ伸びる。
かねてから申請と却下を繰返していた専用バージョンである。
作業に適した独自設計への交換を望んでいたが、追加支出とアシュレイ・ゴールドヴェッセルを嫌う管理責任者の抵抗でこれまで実現してこなかった。上層部の認可に伴いこちらも正式に採用された。
人工知能のネット接続解除が完了するまでに一分と要さなかった。
ツッコミがないことにヘソを曲げたアシュレイはようやくチュッパチャプスのキャンディーを口へ入れた。
「日本でこの対応が可能な技術者は?」
尋ねられたアシュレイはコンソール上へ置かれたスタンドから新しいチュッパチャプスを手に取った。眼に眩しいライトブルーの包装紙はラムネ味だった。セシリアは黙って受け取る。包装紙を優雅に剥きはじめた。
「いねえ。いるならゴーサインが出たタイミングで報告書にするさ。コイツんちにボンドのオッサンでもバンコランでも、なんならイヨマンテ・トリガーハッピー・サンダースでも送りつけちゃれって助言つきで」
「ブリュンヒルデは?」
「どっちの?」
「両方が結託している可能性も考慮すべきでしょう」
「どうだ……いや、言っても個人だぜ? IS学園ってな極論すりゃガッコだろ? いくら初代世界最強と二代目最強つったってオメエ悪魔博士じゃなし。この不世出の大天才アシュレイ様のコードをものの数秒で見破れっかよゥ。しかも実行してんのは人工知能。コンピューターだべさ? 速度がダンチじゃあないの」
モンド・グロッソ初代優勝者と三代目優勝者がIS学園で教職に就いていることは、学園のホームページ上で公開されている事実だ。世界を変革した主犯の片割れと当世の最強を掴んだ人物である。
独創性において未だ人工知能は創造主の軛に縛られている。
だが、演算機能の範疇であれば、人工知能は肉体という
アシュレイの設計したコンソールは非接触入力方式を採用している。
これで入力時間はほんの僅かでも短縮出来るだろう。であろうとも万全の環境下で運用される人工知能の処理速度には到底追いつけない。
詳細な技術情報がなくともセシリアもこの部分は理解している。
彼女が操縦する《ブルー・ティアーズ》も同様の性質を備える。
必然、情報処理能力に関する知識が集積されていく。
演算用のサーバーは空冷ファンの回転数を下降させた。
静寂の中。聞こえるのは、アシュレイに噛み砕かれたキャンディの断末魔だけだった。