Infinite Stratos:Archetype border 作:ぱらさいと
第三実習室の扉に料理研究会の案内があった。教室で受け取ったものと同じだ。ミーシャは活動時間を確かめてからノックした。
「見学に来たんだけど、今、大丈夫かな」
「どうぞ。ちょうど準備してたところ」
返事を聞いて扉を開けた。流し台の付いた実習机が並び、窓側の棚には調理器具が収まっている。奥の机にはパンと具材が広げてあった。
その周りに四人いる。ミーシャはそちらへ近づいた。
「一年一組の、ミーシャ・グラハムです」
「いらっしゃい。私が部長で、こっちが副部長。二人とも三年生。それから、そちらの二人が二年生」
エプロン姿の部長が順に示した。副部長が手を振り、二年生の二人も会釈する。紹介が済んでも奥から誰か来る様子はなかった。
「今の部員はこれで全員?」
「そう。四人。少ないでしょ」
「設備はすごく充実してるね」
「そこを褒めてくれる新入生、助かるなあ」
部長が笑った。
「今日は見学だけでもいいし、よければ一緒に作っていって。ホットサンドを作るつもりなんだけど」
「参加してもいいなら、そうしたいな。材料は普段どこで買ってるの?」
机へ目をやった。ハムとチーズのほかに刻んだキャベツもある。使い始めた袋と未開封のものが分けて置かれていた。
「基本は学園で注文できるものを使ってるよ。外で買ってくることもあるけど、持ち込みや保存の決まりがあるから、その辺は後で説明するね」
「ありがとう。寮でどこまで料理ができるのかも、聞いておきたくて」
「その話なら、入ってから私も真っ先に聞いた」
眼鏡の二年生が持っていた包みを置いた。
「部活の時間以外にここを使うのはちゃんと申請が要るの。道具も共用だから勝手に持って帰ったりはできないよ」
「分かった。使える場所と道具が分かるだけでも、助かるよ」
そこでまた扉が鳴った。全員が顔を向ける。
「……失礼します。見学をお願いできますか」
入ってきた少女は背が高かった。短い髪と制服の襟がきちんと整っている。少し伏せた目で室内を見回したが表情は変わらなかった。
鞄を持って立っているだけなのに写真のようだった。本人はそのまま普通に挨拶をした。
「一年二組、フランチェスカ・マルコーニです。よろしくお願いします」
落ち着いた低めの声だった。部長が頷く横で、髪を束ねた二年生が手を止めた。
「……マルコーニ?」
「はい」
「もしかして、モデルの?」
「ええ。そちらの仕事もしています」
聞かれ慣れているらしく淡々と答えた。二年生が部長を見る。部長も一度その顔を見返した。
「あの、先に言っておくけど、うち、料理研究会で合ってる?」
「そのつもりで来ました」
「よかった。じゃあ、歓迎します」
部長は笑って奥の机へ招いた。
「今日は新入生、二人だね。ちょうど一緒に体験してもらえる」
フランチェスカがミーシャを見る。
「ミーシャ・グラハム。一年一組だよ。よろしく」
「よろしく。フランチェスカで構わない」
「じゃあ、僕もミーシャで」
ミーシャは場所を空けて隣に立った。近くで見ると随分背が高い。二年生はまだ彼女の顔を見上げていた。
「本当に、雑誌で見たままだ……。プロフィール、百七十五センチって書いてあったよね」
「はい」
「私、あの写真、すごく好きなの。王子様みたいで」
「ありがとうございます」
礼を言うとまた元の顔へ戻った。褒めた先輩の方が次の言葉を探している。
「でも、モデルをしながら、IS学園にも来るんだね」
副部長が尋ねる。
「イタリアの国家代表候補生ですので。操縦の訓練も、こちらで続けます」
「あ。じゃあ、あの機体の広告も本人なんだ」
眼鏡の二年生が手を打った。
「テンペスタ社の、新型機の?」
「ええ」
フランチェスカは頷いた。
「テストパイロットと、広報の仕事もしています」
「第三世代型の、あれ?」
「はい。同社の最新鋭機で、私が操縦を担当しています」
先輩たちが顔を見合わせる。
ミーシャはその間にキャベツを覗いていた。細く刻まれ、水気もよく切れている。
「今日、これも挟むの?」
「あ、うん。ハムとチーズだけでもいいし、いろいろ組み合わせてもらおうと思って」
副部長が答える。
「なるほど」
ミーシャが頷く隣で二年生が端末を出した。
「写真、これ。分かる? このポスター」
集まった顔の下に広告が表示された。テンペスタ社の機体を照明が縁取っている。整備施設を思わせる背景で、その隣にフランチェスカが立っていた。カメラを見る表情は今とあまり違わない。
「やっぱり。広告の人が本当に操縦してるんだ」
「そのための広告でもありますから」
「こっちは?」
もう一人が開いたのは化粧品の広告だった。新しいルージュの名前と大きな顔写真がある。衣装も背景もルージュの色を目立たせるものだった。ただ気だるげな眼差しは同じだった。
「これも、最近見たの。新しい色のポスターだよね」
「ええ。この撮影で、東京にも来ました」
そこでミーシャが顔を上げた。
「東京?」
ようやく広告の話に入ってきたミーシャへ、フランチェスカが頷いた。
「こちらへ入学する前に、仕事で」
「何を食べた?」
返事が止まった。フランチェスカは質問した相手を見た。
「……何を?」
「東京で。撮影のあととか、合間とか。お昼は食べただろう?」
「それは食べたけれど」
答えてから考え始めた。先輩たちはミーシャを見ている。
「ミーシャさん、気になるの、そこなんだ」
「うん。せっかく、行ったばかりの人がいるんだから」
ミーシャにとっては当然の質問だった。部長が笑った。
「その質問はうちらしいかもしれないね」
フランチェスカはまだ昼食を思い出していた。
「……海苔弁当」
「へえ」
ミーシャの声が弾んだ。
「魚のフライが載ってる方?」
「ええ。白い魚と、ちくわ。海苔の下に、味のついたものが挟んであった」
「おかかかな」
「たぶん。茶色い、細かいもの」
「どこで食べたの?」
「スタジオ。昼に配られたものだから店の名前は覚えていない」
言い終えて鞄へ目を落とす。
「写真なら、ある」
「見てもいい?」
フランチェスカが自分の端末を出した。開いたのは弁当の写真だった。蓋を取った直後らしく箸も袋に入っている。
今度はミーシャが先に覗き込んだ。
「ああ、こういうのか。いいね」
「それ、ポスターを見たときより真剣じゃない?」
ミーシャが画面から顔を上げる。
「フランチェスカが、どんなお昼を食べたのか分かるからね」
「新型機も、すごかったと思うけど」
「あれに乗って、そのあと何を食べるのかも気になるよ」
フランチェスカは笑わなかった。だが画面も閉じずにミーシャの方へ向けていた。
「……テストの日は会社で用意されることが多い」
「そっちのお昼も、今度聞いていいかな」
「覚えていれば」
「じゃあ、覚えておいてくれると助かる」
部長はとうとう声を立てて笑った。
「はい、続きは作りながらにしよう。食べ物の話だけしてると、食べるものが出来上がらないから」
二枚のエプロンが差し出された。ミーシャは受け取り、鞄を邪魔にならない場所へ置いた。
フランチェスカも端末をしまった。袖を整えてエプロンを着ける。その動きも落ち着いていた。二人で流しへ移って手を洗う。
「料理は普段からする?」
部長の質問に、ミーシャが頷いた。
「家ではよく作るよ。食べたいものを、食べたいときに作れると便利だから」
「動機がはっきりしてるね」
「大事なことだと思う」
「マルコーニさんは?」
「簡単なものなら。仕事の日は用意してもらうことが多いですが」
声の調子は変わらなかった。上級生の話には頷くが無理に笑顔を作ろうとはしない。ただ材料の説明が始まると手元へきちんと目を向けた。
「今日はこちらの二人で一緒に作ってもらおうかな。私たちは隣で作るから、分からないことがあれば聞いてね」
副部長が二人の前へパンの皿を寄せた。
「最初はハムとチーズ。慣れたら、具を変えてみましょう」
ミーシャは材料を見比べた。
「入れすぎると、閉じにくそうだね」
「そうなの。最初に欲張ると、だいたいそこではみ出す」
眼鏡の二年生には覚えがあるらしかった。ミーシャは取った具を少し戻した。その手を隣でフランチェスカが見ていた。
「たくさん食べたいなら、二つ作ればいい」
「そのつもりだよ」
「……そう」
フランチェスカはパンへ目を戻した。副部長が口元を押さえる。
ミーシャは構わず端を揃えた。フランチェスカが具の位置を直す。二人で確かめてから先輩に教わったとおり焼き始めた。
「いつもは自分の分だけ作る?」
フランチェスカは少し考えて答えた。
「仕事へ持っていくことはあまりない。時間が読めないから」
「食べる時刻が変わるんだね」
「撮影が続けば。逆に、準備を待つ間に時間が空くこともある」
ミーシャは残ったパンを見た。すぐ食べるものと時刻の読めない弁当では具も変わる。食べるまで待つなら、挟むものもそれに合わせたいところだった。
「じゃあ、いつか持っていけるものも考えようか」
「君が作るのか?」
「ここで、一緒に。入部するかはまだ決めていない?」
フランチェスカの返事が遅れた。試験や撮影の日程は先に届く。空いたところへ自分で予定を足すにはいつ使える時間なのか確かめなければならなかった。
「活動の曜日を、確認してからにする」
部長は急がなくていいと頷いた。フランチェスカは案内を鞄へしまう。
隣の机でも四人が自分たちの分を作っていた。六人だけなので顔を上げれば全員の手元が見えた。
「東京ではそれ以外も食べた?」
焼き上がるのを待つ間にミーシャが聞いた。フランチェスカはパンを見たまま答えた。
「カツサンド」
「ああ。それも、仕事のとき?」
「撮影が延びた日に、スタッフが差し入れてくれた」
「お肉は厚い方だった?」
「厚かった。小さく切ってあったけれど」
「ソースは?」
「甘くて、少し酸味があった。パンにも染みていた」
ミーシャが頷くと、先輩が二人をちらりと見た。
「味のこと、結構覚えてるんだね」
「食べたので」
淡々とした返事に先輩も頷いた。確かにそうだった。
「冷めていた?」
ミーシャが続きを聞く。フランチェスカは頷いた。
「それでも美味しかった。あとで、温かいものも食べてみたかったけれど、時間がなくて」
「じゃあ、次の楽しみだね」
「……次が、あれば」
「同じものじゃなくても、こっちで作ることはできると思うよ」
ミーシャは並んだ道具へ目をやった。
「せっかく、こういう場所があるんだから」
フランチェスカも室内を見た。部長が焼き加減を確かめている。副部長は使い終わった道具をまとめ、二年生たちは次の具を相談していた。
「カツサンド、活動の候補に入れておこうか」
部長が言った。
「パンに挟むものはいろいろ試してるの。国や家庭で違うから、結構、話も広がるしね」
「いいと思う」
ミーシャは間を置かなかった。
「マルコーニさんも、よかったら。イタリアで普段食べてるものとか、教えてもらえたら嬉しいな」
「私の家のものでよければ」
フランチェスカは答えた。
「むしろ、それが聞きたい」
部長と一緒にミーシャも頷いた。
「僕も」
「……君は食べたいんだろう」
「作り方も知りたいよ」
食べたいことは否定しなかった。
パンの焼ける匂いがした。ミーシャはそちらへ向き、先輩と焼き目を確かめて火を止めた。
「いい色になったね」
フランチェスカが皿を出した。ミーシャが焼けたパンを移す。切ろうとして刃を止めると彼女が皿を少し寄せてくれた。
写真を見せていた先輩も今は焼き目を覗き込んでいる。フランチェスカはパンの端を確かめた。ここでは広告のように立つ必要もなさそうだった。
二つに切るとチーズが流れ出した。ミーシャの手が一瞬止まる。
「先に食べたい?」
ミーシャが顔を上げた。
「……分かる?」
「すごく」
フランチェスカがもう一枚の皿を置いた。
「先に分けてしまおう。熱いうちに食べたいのは私も同じだから」
「そうしよう」
二人で取り分けた。ほかの机からも皿が集まる。ハムとチーズだけのものにキャベツ入り、卵を使ったものも並んだ。
「じゃあ、冷めないうちに。いただきます」
六人で手を合わせた。ミーシャは熱さを確かめながら一口齧った。表面が軽く割れ、チーズとハムの味が続く。噛み終えてからもう一度パンを見た。
「うん。いいね」
それだけで部長には十分伝わったらしい。嬉しそうに次の皿を寄せた。
「どう? こっちの、卵を入れた方も試してみて」
「ありがとう」
ミーシャは一つずつ食べて具を尋ねた。フランチェスカも隣で静かに食べている。
エプロン姿でも広告の一場面のようだと二年生が言った。フランチェスカが少し目を上げる。
「今、撮られても困りますが」
「撮らない、撮らない。ただ、絵になるなって思っただけ」
「……どうも」
礼とも分からない声で答えて皿へ戻った。ミーシャが隣から話し掛ける。
「カツサンドの方にも、キャベツは入ってた?」
「少し。もっと細く切ってあった」
「なるほど」
「でも、こっちはこれでいいと思う。食感が残っているから」
「うん。僕も、今のは好きだな」
フランチェスカはもう一口食べた。先輩たちが話し始めても愛想よく相槌を打つことはなかった。雑誌の話へ戻そうともしない。
ミーシャが食べ物を尋ねたときだけ少し考えて答えた。昼食の話は弁当の箱へ移る。店の名前が分かるかもしれないと、また写真を開くことになった。
「……私の機体より、弁当の方をよく見ている気がする」
ぽつりと声がした。ミーシャは弁当の写真を見たまま頷く。
「お店が分かると、今度行けるかもしれないから」
「君、食べたあとでも、食べ物のことを考えるんだな」
「今食べたものが美味しいと、次も楽しみになるだろう?」
フランチェスカは返事をせず、自分の皿へ目を落とした。ホットサンドが少し残っている。
「……次は何を作るんですか」
部長が自分への質問だと気づいて顔を上げた。
「まだ相談中。今日来てくれた二人の希望も聞いて、決めようかと思ってるけど」
フランチェスカが隣を見る。入ってきたときと同じ物憂げな顔だった。
ミーシャは机の材料を見てから皿を見た。こちらの返事はよく考えた。
「カツサンドもいいけど、その前に、フランチェスカの家でよく作るものも聞いてみたいな。パンを使う料理とか」
「まだ、作ると約束はしていない」
「だからまず聞きたいんだ」
フランチェスカは少し黙った。やがて皿から顔を上げた。
「……うちではパンが残ると」
ミーシャが身を寄せた。今日フランチェスカに向けた中で一番熱心な顔だった。