Infinite Stratos:Archetype border 作:ぱらさいと
「……見事な推察ですわ」
セシリアは膝の上で組んでいた手を解き、千冬からミーシャへ向き直った。一夏の近くでも、囁き声が止んだ。
「昨日、わたくしがお話ししたことを、よく覚えていらっしゃいましたのね」
「自己紹介は聞いていたから」
「聞いていた方なら、この教室に大勢いらっしゃいますわ」
言葉だけ聞けば皮肉にも取れたが、セシリアの声には棘がなかった。
一夏も昨日の自己紹介を聞いていた。英国の代表候補生で、家の当主でもある。覚えているのはせいぜいそこまでだ。ミーシャはその話から、留学前の訓練や家の仕事、語学の準備にまで考えを進めていた。一夏はセシリアの返事を待った。
「何に気づくかという観察眼も、聞いたことを留めておく記憶力も。それらを、ただの知識で終わらせない分析力も。率直に、素晴らしいと思います」
ミーシャが少し首を傾けた。
「ありがとう」
「ええ。ですから、お答えいたしますわ」
セシリアは背筋を伸ばした。
「わたくしは本国より専用機を拝領しております」
近くで息を呑む音がした。
「……本当に?」
セシリアは声のした方へ頷いた。
「ええ」
セシリアはそれきり口を閉じた。誰かが小さく相槌を打ったが、彼女は装備について何も付け加えなかった。
一夏は先ほどミーシャが挙げた推測を思い出した。専用機があると分かっても、装備まで確かめたわけではない。セシリアは背筋を伸ばしたまま、次の質問を待つ様子も見せなかった。
ミーシャも続きを尋ねなかった。
一夏は二人を見比べた。どちらも声を荒らげていない。セシリアは昨日の食堂で話したときよりも、まっすぐミーシャの方を見ていた。
「そして、わたくしからも推薦がございます」
セシリアが手を上げた。千冬が頷く。
「言え」
「ミーシャ・グラハムさんを」
一夏はまたミーシャを見た。今度はこちらの名前だった。
「情報を集め、必要なものを選び、筋道を立てて判断する。クラスを代表する方にも、望ましい能力ではございませんこと?」
セシリアは一息置き、穏やかな声のまま続けた。
「他人を推薦するからには自分が他薦を受ける覚悟はあって然るべきですわ」
その口元に薄い笑みが浮かんだ。一夏には、怒っているのか面白がっているのか分からない。けれど今度はミーシャが推薦される番だ。
ミーシャは机の上で手を組んだ。
「他薦されるなら、仕方ないね」
ミーシャは言い終えてからも、組んだ手を動かさなかった。
「お受けになりますの?」
「辞退は認めない、と最初に言われていたし。僕が推薦するときだけ、その条件を忘れるわけにもいかない」
千冬へ顔を向けた。
「候補に入ることに、異議はありません」
「そうか」
千冬が黒板に三人目の名前を書き足した。チョークが止まると、一夏は『ミーシャ・グラハム』の文字を見つめ、箒の方へ少し身を寄せた。
「……ミーシャも、慌てないんだな」
「お前が慌てすぎなんだ」
箒はさっきと同じ調子だった。
「そんなに言うことないだろ」
「同じ条件だろう」
自分だって、推薦されてから辞退はできないと言われた。まだ代表に決まったわけでもない。分かっているはずなのに、一夏の胸の落ち着かなさは消えてくれなかった。
「グラハム」
千冬がチョークを置いた。
「はい」
「お前の推論については分かった。情報を覚え、関連づけて考える能力は評価する」
ミーシャは黙って続きを待った。
「だが、大勢の前でそれを口にする前に、考えることがあったはずだ」
セシリアが教壇を見た。ミーシャは手を組んだままだった。
「推薦の根拠として、説明しました」
「聞いたのは私だ。その点を責めているんじゃない」
千冬は教卓に片手を置いた。
「どこまで説明するかを選んだのはお前だ」
声は静かだった。後ろの席に残っていた囁きも止んだ。
「本人が口にした情報からでも、本人が話すつもりのなかった事情へ辿り着くことはある。推測であっても、大勢の前で示されれば、相手は否定するか、認めるか、黙るかを選ばされる」
ミーシャがセシリアを見た。
「答えなくてもいいとは思っています」
「そう思うのはお前の自由だ。答えずに済ませられるかどうかまで、お前が決めるな」
ミーシャが担任へ戻った。一夏もセシリアの席を見た。
さっきの話を聞いた一夏でさえ、専用機の中身が気になっていた。セシリアが黙ったままでいたら、誰かが続きを聞きたがったかもしれない。
「お前はオルコットが引き受けたいかどうかを推測して、代わりに返事をしてやろうとはしなかった。それはいい」
千冬が続けた。
「他人の意思決定や、本人の中にある葛藤へ勝手に踏み込まない。そのつもりはあるんだろう。だが、相手が何を考えているかには立ち入らなくても、その相手の事情を丸裸にするような分析は平気で口にする」
今度はミーシャの返事が出なかった。
「その二つを、自分の中だけできれいに分けても、聞かされる方が同じように受け取るとは限らん」
セシリアは膝の上の指先に目を落とした。ミーシャの推察を聞いたとき、どうしてそこまで分かったのか、ほかに何を知っているのかと考えた。感心したのは、その後だった。
だが昨日、一夏を相手に自分が何を言ったかも覚えている。セシリアは手を揃え直し、彼の方を見なかった。
「……話す場所と、範囲を考えるべきだった、ということですね」
ミーシャが言った。
「まずはな」
千冬が答える。
「気づいた情報を口にする前に、相手がそれを公にしたいか考えろ。覚えておけ」
ミーシャはすぐには答えなかった。昨夜、同室の鈴の服を自分の机から移したときも、家の事情にまで話が及んだ。あのとき必要だったのは、自分の荷物を置く場所を空けることだった。
セシリアの推薦理由にしても、代表候補生としての経験と専用機の可能性までで足りた。試験装備の候補を並べたのはミーシャ自身だ。
前の席で誰かの手が上がりかけ、途中で下りた。ミーシャはその手を一度見てから、組んでいた指を解いた。
「はい」
セシリアへ向き直った。
「オルコットさん。皆の前で、答えるかどうかまで考えさせてしまった。その点はごめん」
セシリアは顔を上げた。
「承りましたわ」
答えは短かった。セシリアの口元はまだ引き結ばれていた。
「わたくしの推薦については変わりませんけれど」
「うん。それはそれで」
ミーシャが頷く。セシリアもようやく口元を緩めた。
「ただ、推薦を受けた上で、補足してもいいでしょうか」
ミーシャは千冬へ顔を戻した。
「何だ」
「僕が候補になる場合の、実技面の話です」
一夏は机に寄せていた身体を起こした。実技と聞いて、自分の名前が書かれた黒板へ目が向く。
「専用機を持たない生徒が学園の機体を使うなら、選べるものは限られます。学園が保有する純日本製の第二世代型機に、『打鉄』がありますが」
箒もミーシャへ目を向けた。
「あの機体には火器管制機能がありません」
一夏は机の冊子へ視線を落とした。『打鉄』という文字は昨日から何度か目にしている。けれど、どのページに性能の説明があったかもすぐには思い出せない。
「それに、最初期の第二世代型です。世代の区分は第二世代でも、機体性能そのものは前世代型の最終期モデルに近い」
ミーシャは黒板の自分の名前を見た。
「新しい世代に分類されているから、それだけで、前の世代より何でも優れているとは言えません。打鉄を使って代表の競技へ出るなら、装備と操縦者の得手不得手を、かなり考える必要があります」
「打鉄では不足だと言いたいのか」
ミーシャが首を振った。
「僕に合うかどうか、という話です」
ミーシャは机の冊子を開き、機体の説明があるページを指で押さえた。昨日の調理室では、道具を実際に見ながら使い方を聞けた。今は紙に書かれた仕様から考えるしかない。
「僕が知っているのは今のところ、説明された機能です。実際に動かした経験まではそこに含められません」
一夏は顔を上げた。ミーシャは資料をよく読んでいる。それでも実際に機体を動かしたことはないのだと、今の言葉で初めて分かった。
「そもそも僕は剣道未経験者だ。いきなり日本刀一本で戦えと言われてもね」
少し肩をすくめた。
「ズールー人だって、スナイダーやマルティーニを持ってたのに」
教室が一瞬静かになった。セシリアが口元に指を添え、かすかに息を漏らした。一夏が顔を向けると、彼女は笑いを堪えていた。
「……それ、何だ?」
「昔の小銃の名前」
ミーシャが答えた。
「槍だけで戦っていたわけじゃない、ということですわ」
セシリアは指を下ろしたが、声にはまだ笑いが残っていた。
「たとえとしてはずいぶん遠くまでお出かけになりますのね」
「さっきは潜水艦だったから、少し戻ったつもりなんだけど」
「何を基準に戻っていらっしゃるの」
近くで誰かが吹き出した。一夏もつられて笑った。小銃の名前はさっぱり分からないが、刀を一本渡されたところで、箒のように使えるわけがない。それは自分だって同じだ。
「……でも、剣道をやってない人って、ほかにもいるだろ?」
一夏が言うと、ミーシャは頷いた。
「いると思う。だから未経験なら戦えない、という話じゃないよ。僕が最初から刀を使える前提で推薦されると、困るというだけ」
「ああ……」
一夏は頷いた。自分もさっき、声を掛けられて返事をしただけで、人と話すのが得意だと推薦されたばかりだ。
「グラハム」
千冬が呼んだ。
「はい」
「説明書をよく読んでいるのは分かった。だが、打鉄の仕様と、お前が何を出来るかはそれぞれ確かめる必要がある」
「その通りです」
「剣道の未経験を、ISでの近接戦闘が出来ない証明にするな。逆に、剣道をやっていれば、それだけでISも使えると思うな」
箒が僅かに顎を引いた。一夏も前を向く。
「機体の長所も短所も、操縦者が何をするかで結果が変わる。だから訓練する。教える側もいる。それを受ける前から、結論まで出す必要はない」
「はい。現時点での不得手として、聞いておいてもらえれば」
「聞いた」
千冬が黒板を見た。
「候補から外す理由にはならんがな」
「それも、承知しています」
ミーシャの声は最後まで落ち着いていた。セシリアがその横顔へ目を向ける。
さっきまで他人の経験や装備を分析していたミーシャは、今度は自分の不得手を挙げている。セシリアは何か言いかけたが、口を閉じて冊子へ視線を戻した。
「……三人か」
黒板には織斑一夏、セシリア・オルコット、ミーシャ・グラハムと並んでいた。一夏は三つの名前を順に追った。自分一人の名前が書かれていたときよりは、少し息がしやすくなった。
最初に推薦した女子と目が合った。彼女は先ほどのように笑わず口を開いた。
「本当に、困ってる?」
小さな声だった。一夏はすぐに大丈夫と返しかけた。昨日も箒の前で何度も言った言葉だ。
「……困ってる。何をすればいいのか、まだ分からないから」
女子は頷いた。皆で手伝うと言ったときより真剣にこちらを見ていた。
「私も、機体を教えられるほどじゃないけど。授業のノートなら、見比べられるよ」
「それなら、助かる。俺、書き損ねるところ、あると思うし」
差し出された助けの中身が、ようやくはっきりした。ノートを見比べることなら、こちらも遠慮せずに頼める。
少し離れた席で、セシリアが二人の方を見ていた。やがて黒板の自分の名前に目を向け、冊子へ戻る。ミーシャも開いていたページに指を挟んだまま、千冬の次の言葉を待っていた。
一夏はまた箒を見た。候補が三人に増えたのだから、自分が選ばれる可能性は少し下がったはずだ。そう考えたところで、箒と目が合った。
「何だ」
「いや……」
「お前も候補だぞ」
「分かってるって」
言おうとしたことを先回りされ、一夏は口をつぐんだ。もう一度黒板を見上げる。三人の候補から、どうやって一人を選ぶのだろう。
「あの。候補を出すのは分かったんですけど、結局、どうやって代表を決めるんですか?」
千冬がこちらを向く。
「投票とか……じゃないんですよね。さっきから、機体とか、戦えるかどうかの話になってますけど」
推薦されたら辞退できない。それは最初に聞いた。肝心の決め方を聞かないまま、周りの話はいつの間にか機体や実技へ進んでいた。
「候補同士で、模擬戦をするってことですか?」
「僕はそのつもりでいた」
答えたミーシャへ一夏が顔を向けた。
「……そうなのか?」
「わたくしも、望ましい方法だと考えておりますわ」
セシリアが冊子の後ろを開いた。
「行事予定表に、四月末の予定が載っておりますでしょう」
一夏も冊子を引き寄せ、ページをめくった。授業案内と施設の説明を過ぎたところに、年間行事の表があった。
「クラス対抗戦。各クラスから選出された代表生一名による、トーナメント形式の実戦演習ですわ」
一夏の指が止まった。四月の欄に『クラス対抗戦』、その隣に『代表生一名』とある。
「……代表って、この代表?」
黒板を見るとセシリアが頷いた。
「ええ。少なくとも、最初に控えている大きな役目はこちらですわね」
「それで、ISに慣れてる方がいいって話だったのか」
一夏はもう一度予定表を読んだ。行事で代表になると聞いて、皆の意見を集めたり連絡をしたりする役だと思っていた。一人で試合へ出るところまでは考えていなかった。
「クラス代表に求められるものはまず、ISの操縦能力だと認識しております。でしたら、候補者同士で実際に操縦し、その力を確かめるのがよろしいのではなくて?」
セシリアが開いた冊子を押さえた。
「評判や自己申告だけでは判断しきれませんもの。わたくしが専用機を持っていることも、グラハムさんが機体の仕様に詳しいことも、それだけで試合の結果が決まる理由にはなりませんわ」
ミーシャが頷いた。一夏は二人を交互に見た。打鉄の性能も、刀を扱えるかどうかも、二人はこの試合を考えて話していたのだ。
「……二人とも、もう、そこまで考えて話してたのか」
「織斑」
呼ばれて姿勢を正した。
「はい」
「決定方法を確認したのはいい。候補が出揃ってから説明するつもりだったが、代表選出には候補者同士の模擬戦を行う」
周囲でも数人が顔を見合わせた。一夏は少しだけ肩の力を抜いた。知らなかったのは自分一人ではなかったらしい。
「日程は来週だ。専用機での実戦経験があるオルコットに対し、織斑とグラハムはタッグを組む。二対一で実施する」
一夏が隣を見るより先に、セシリアが手を上げた。
「受けて立ちますわ。ただ、選出の扱いを先にお聞かせください」
「オルコットが勝てばお前を代表にする。タッグ側が勝った場合は、二人のうち一名を代表とし、敗れたオルコットを副代表とする。どちらが代表を務めるかは演習前までに二人で決め、私へ届け出ろ。詳細な勝敗条件と安全規定は、文書で配る」
「僕は一夏を代表に推します。代表の仕事も手伝うつもりです。一夏が引き受けるかは、二人で相談してから届けます」
ミーシャが答えた。一夏へも顔を向ける。
「今日の放課後、話してもいいかな」
「……ああ。まず、何をするか教えてくれ」
千冬が続けた。
「四月末の対抗戦も含め、予定表は各自で確認しておけ」
あちこちでページがめくられた。一夏は四月末の欄に指を置いたまま黒板を見た。
チョークで書かれた三人の名前は消されていない。一夏は『織斑一夏』の四文字をもう一度見た。