Infinite Stratos:Archetype border 作:ぱらさいと
「凰。マルコーニ。前へ」
最初の説明が終わると千冬が二人を呼んだ。一夏は画面から顔を上げる。黒とワインレッドが二組の列を離れた。
「見本として、実戦形式の演習を行う。先に、相手へ一撃を命中させた方が勝ちだ」
千冬は列に残った生徒たちへ目を向けた。
「二人とも、十八歳未満を対象とするIS競技リーグ《ヴェルトール》で優勝歴がある。凰は二回、マルコーニは一回だ」
見学席へ向かいかけた足が止まった。一夏も二人を見た。
「凰が十五歳以下の区分で連覇を目指した大会では、決勝でマルコーニが勝った。その試合の当事者が、今、ここに並んでいる」
千冬が紹介を終えると、二組の列で小さなざわめきが膨らんだ。聞き慣れない大会名に首を傾げる生徒もいれば、選手を見つけて手を振る生徒もいる。
一夏は手元の端末を見下ろした。さっき表示していた実習の注意事項を閉じると、画面に残ったのは自分が書いた短いメモだけだった。競技の記事を読んでいる生徒がいたのは知っている。それでも通算二勝という数字の重さを、今ひとつ掴めていない。
「ヴェルトールって、今朝言ってた大会だよな」
横にいた箒へ声を落とした。
「そうだ。鈴のことなら、試合の映像も残っているはずだ」
「映像を見たことは?」
「記事なら読んだ。決勝まで進むには、何度も勝たなければならない」
「当たり前なんだろうけど、そこまで考えてなかった」
一夏は二人の靴を見た。鈴音は片足に体重を預け、呼ばれた場所で気軽に立っている。フランチェスカは袖を整えていた。緊張を隠しているのか、普段からそうなのか、離れた位置では分からない。
午後の実習を待つ自分は、操作手順の一つを忘れないようにするので精一杯だった。二人はこれから、その手順の先にあるものを全員へ見せる。
鈴音がこちらに気づき、軽く眉を動かした。何か言いかけた一夏は唇を閉じた。教官が説明している途中に話し始めたら、試合より先に自分が叱られそうだった。
「先生、そこまで紹介しなくても」
鈴音が頬を膨らませた。フランチェスカは彼女へ顔を向ける。
「結果は公表されている」
「覚えてるわよ。今日のは、取り返す分に入れないからね」
「私も、そのつもりはない」
低い声に、鈴音の口元が上がった。
ここで笑える二人を、一夏はもう一度見た。自分と同じ一年生が、学園へ来る前から国際大会の決勝で戦っていた。
「一本先取ですね」
鈴音の声が少し弾んだ。
「そうだ。武器や盾で受けたものは含めない。機体本体への有効打を判定する」
フランチェスカも頷いた。
「分かりました」
「ほかの者は見学席へ移動しろ。山田先生」
「はい。皆さん、こちらへ。順番に上がってくださいね」
真耶が横手を示した。先ほどまで二人を囲んでいた女子たちが顔を見合わせる。すぐに声が増えた。
「いきなり見られるんだ」
「二人とも専用機だよね」
一夏も列について歩きながら振り向いた。鈴音はこちらへ小さく手を振っていた。フランチェスカは腰へ手を添えて千冬の指示を聞いている。
今から戦えと言われてどちらも慌てない。朝の自分を思い出し、一夏は前を向いた。
階段を上がると見学席があった。透明な防護壁は近くで見ると縁に薄い色が付いている。その向こうに実習場の床が広がっていた。
「通路には立たないでください。座っても、きちんと見えますから」
前で身を乗り出していた女子が座った。一夏も箒の隣へ腰を下ろす。反対にはミーシャ、その向こうにはセシリアが来た。
座席の足元には細い溝があり、手前の床に黄色い線が引かれている。真耶に示された位置を越えないよう、一夏は靴の先を引いた。透明な壁の向こうが広く見えるほど、さっき自分が立っていた場所の遠さも分かった。
「こういう席、初めてか?」
箒が尋ねた。
「ああ。外から見ると小さい建物に見えたのに、中はこんなに広いんだな」
「試合を行うときは、観客の距離を取る必要があるからな」
「その距離を一瞬で詰められるのか、あの二人は」
一夏は中央へ目を向けた。床に引かれた区画線が何本も重なっている。さっき授業で見た図が目の前にあるはずなのに、今は人の大きさの方が気になった。
ミーシャは端末の画面を消し、膝に手を置いた。いつもなら質問が出そうな場面でも、まず二人の立ち位置を確かめている。
「記録するの?」
一夏が小声で聞くと、ミーシャは首を振った。
「見て覚えられるところまでは、見てみる。速く動いたら、端末を触っている間に見失いそうだし」
「分かる。俺なんか、まだ一歩目すら見えるかどうか」
「じゃあ一歩目から。一夏は鈴さんの方を見て、僕はマルコーニさんの方を見よう」
「二人で分担か」
「あとで何が見えたか話せるから」
それならできそうだった。一夏は頷いて両手を膝へ戻す。
「その相談をしている間に、足が動いてしまうかもしれませんわ」
セシリアが前を向いたまま言った。からかうような調子だったが、声を潜めている。
「見本の動きを覚えるなら、相手との距離が変わるところを見ておくとよろしいですわ」
「距離、か」
単に速く走れるかどうかだと思っていた。一夏は床の区画線をもう一度数えようとした。
「……ここからなら、よく見えるな」
箒が頷いた。目はもう下へ向いている。
二人が中央から離れた。向かい合って止まると随分距離がある。走って詰めるだけでも時間が掛かりそうだった。
鈴音が右手を上げた。手首に光が生まれる。
空いていた場所を装甲が埋めた。脚から腰へ、腕から肩へと部品が組み上がる。追おうとする目より先に形ができていった。
ローズピンクの機体だった。だが柔らかな印象はない。肩の両脇には棘を備えた装甲が浮いている。大きな腕と脚が幾重にも張り出し、小柄だった鈴音の周囲を埋めた。黒いスーツと桃の花はその中へ収まった。
開いた両手に二振りの武器が現れた。青龍偃月刀だった。幅の広い刃と長い柄を見ただけで、一夏には重さが想像できない。
それを左右に一本ずつ持つ。鈴音は手首を返して刃を別々に流した。重さを試すというより、握り慣れた道具をいつもの位置へ戻す動きだった。
鈴音は片方の刀を肩の外へ開き、もう片方を胸の前へ置いた。長い柄の端が互いに触れそうで触れない。手元の間隔をほとんど変えずに刃の向きだけが切り替わっていく。
さっき授業で聞いた安全説明を思い出した。武器の展開時には周囲の間隔を空けること。操作前に位置を確認すること。鈴音は目線を動かさずに、それを自然に行っているように見えた。
「二本も持って、手が絡まないのかな」
一夏が言うと箒は自分の指を少しだけ開いた。
「竹刀を二本持つ経験があっても、あの長さなら軌道を考えなければならん。どちらを先に出すかで、次の動きが決まる」
「箒でも難しい?」
「少なくとも、初見で真似ようとは思わん」
率直な答えに一夏は二本の刃を見直した。箒が剣道で見せる素振りは、腕の通り道が一つの線になる。鈴音の両手は同時に働き、刃の先で別々の場所を守っているようだった。
「《甲龍》……」
前の席で誰かが言った。シェンロン、と読むらしい。一夏は響きを覚えながら機体を見た。映像で知っている生徒たちも黙っている。
向かいでも光が広がった。フランチェスカの手足を深い赤が包む。スーツと同じワインレッドだった。
甲龍のように棘や刃を張り出させてはいない。腕から肩へ続く線にも左右へ張り出す装甲にも、動くためにまとまったような形があった。
右手には細く長い実体剣が現れた。先端へ向けて鋭く伸びている。振り下ろすよりまっすぐ差し出す姿が浮かんだ。突くための剣なのだろう。
ただ長すぎないだろうか。手元を動かせば遠い先端まで大きく振れる。距離を間違えると突く前に懐へ入られそうだ。
左手には円形の盾があった。こちらは分かる。身体の前に構えれば守る場所も見て取れた。大きすぎず向きも変えやすそうだった。
剣と盾を一つずつ。大きな刀を両方に持つ甲龍より釣り合いがいいように、一夏には見えた。
「テンペスタMk―Ⅲ」
少し先で女子が囁いた。
「《グラディウス》だ」
広告の話をしていた生徒だった。
「機体にも、名前があるんだな」
セシリアがこちらへ顔を向けた。
「機体固有の名称ですわね」
「グラディウスって、どういう意味なんだ?」
「『剣』を意味するラテン語に、ローマの軍神マールスの異名を掛けた命名だそうですわ」
「……剣と、軍神か」
ワインレッドの機体へ戻った。フランチェスカが剣を上げて円盾を身体の前へ置く。静かだった装甲に進む向きができた。
切っ先の向こうに甲龍がいる。盾はその間へ無理なく収まった。似合う名前なのかもしれない。
「今回は近接戦のみだ。二人とも、準備はいいな」
鈴音が片方の刃を肩の高さに上げた。
「いつでも」
「こちらも」
見学席が静かになった。前の表示が切り替わる。
一夏は二人の間を見た。片方だけを追うともう片方が視界の端へ寄ってしまう。
「始め」
フランチェスカの右腕が伸びた。剣先が動き、機体が後ろから滑り込む。
距離を見誤ったのかと思った。さっきまで離れていたのに、鈴音の前にはもう切っ先がある。
双天牙月の片方が内へ返った。硬い音と一緒に剣が横へ逸れる。そのすぐ後を甲龍の装甲が通った。
鈴音は受けた刀を振り上げなかった。手首を返してもう一本を出す。だがそこにはグラディウスの正面がない。
半身のまま間合いが外れた。フランチェスカの右手がまた相手へ向く。脇に残る盾は鈴音の返す刃を塞いでいた。
「速い……」
声が漏れた。
フランチェスカは右肩を鈴音へ向けていた。開いた両足と軽く曲げた膝。そこから剣先だけが相手へ据わっている。見覚えのある姿だった。
「フェンシングか?」
「構えはそう見えるな」
箒は二機から目を離さず答えた。
フランチェスカが踏み込んだ。腕が伸びるのに合わせて後ろの脚が機体を押す。加速が重なり、長い刀身が一息に胴へ届こうとした。
今度は鈴音の左が捌いた。叩きつけたのではない。刀身を斜めに当て、峰へ滑らせるように剣を外へ押す。
剣が引かれた。切っ先はすぐに向き直る。フランチェスカは大きく退かず、反撃が届く少し外へ移ってまた突いた。
一度、二度。
高さが変わった。胴へ来ていた剣先が腕の下へ入ろうとする。双天牙月が下がり、峰が進路に割り込んだ。
短い金属音が続いた。一夏は息を詰めた。
音が二回鳴ったところで、一夏はどちらの刃が当たったのか分からなくなった。遅れて目を動かすと、フランチェスカの盾がもう胸の前に戻っている。今度は鈴音の右手が前に出た。右、と数えた瞬間、もう左の刃が進路を塞いだ。
最初に決めた通り鈴音へ視線を合わせる。手の動きだけを追うと、刃がどこを守っているのか見失った。そこで甲龍の肩へ目を戻した。肩の向きが変わる直前、重心がほんの少し傾いている。
「鈴、今、左に動くって分かったのかな」
声を抑えるつもりが少し大きくなった。
「相手の剣を見てから、全部を決めてはいないだろう」
箒は短く答える。
「構えを見て、先に動ける場所を残している」
「そういうものか」
問いを重ねようとした一夏は飲み込んだ。箒も唇を閉じて二機を見ている。ここでは口で説明を聞いている間にも、次の動きが起こる。
フランチェスカの剣先が上がった。甲龍の頭部へ向かうと思ったら、横へ落ちた。鈴音が受ける刀を少し下げる。そのために頭部の守りが空く、と一夏が思った瞬間、もう一方の刀が上へ滑り込んだ。
狙いを変えたのはどちらが先だったのか。確認しようとしても次の突きが始まる。一夏は膝の上の拳を緩めた。
大きな刀が細い剣を追い掛けているように見えたのは初めだけだった。鈴音は剣の通る場所へ少しずつ向きを変えている。刀身の幅も背も使って突きを脇へ逃がした。柄を握る位置まで僅かに変わる。
右で受ければ左を残す。左を使えば右が戻る。重い武器を振り回す動きではなかった。
剣が引かれる一瞬へ鈴音の刃が入った。円盾が流して火花が散る。
グラディウスは身体の向きを保った。相手へ見せているのは顔と右肩、それに細い胴だった。正面より狙える場所がずっと少ない。
「……当てるところが、小さいんだな」
セシリアが僅かに頷いた。
「半身を保っていらっしゃいますから」
一夏は二機へ戻った。鈴音が横へ回ればフランチェスカも向きを変える。刃が盾の外へ届いても、その奥の胴はもう別の角度にあった。
円盾だけで全部を覆っているのではない。初めから相手へ見せる場所を減らしていた。釣り合いがよさそうに見えた理由が少し分かった気がした。
また突きが来た。右の刀が剣を外し、返す左の刃に円盾が触れる。
フランチェスカは押し合わなかった。盾の角度を変えて滑らせる。その間に次の突きが始まっていた。
「惜しい……!」
切っ先がローズピンクの装甲のすぐそばを通った。だが鈴音は身体を沈めていた。刀の峰が伸びてきた剣を押し上げる。
フランチェスカが引いた。追う鈴音の前には盾が残る。二機が離れたところで剣戟が止まった。
一夏は息を吐いて表示を見た。変わっていなかった。
前方の表示には有効打を記録する欄が二つ並んでいた。どちらも空欄である。千冬が開始前に説明した通り、判定は防護装甲への一撃で決まるらしい。二人がすれ違うたびに大きな音がしているのに、そこには何も増えない。
一夏は表示の下に出ている小さな数字へ目を移した。時間は進んでいる。妙に短い。自分が二機の動きを頭の中で説明し直している間に、もう幾つもの攻防が終わっていた。
「そこ、座席から見て右側だろ」
少し先の席で女子が友人へ囁いた。
「右ってどっちから見て?」
「こっちから」
「じゃあ機体の左じゃない?」
小さなやり取りが聞こえ、一夏は鈴音の肩を見つめた。そういえば、自分も説明するときに視点を決めていなかった。自分の右は、向かい合う相手の左になる。いまフランチェスカの盾がある方を、自分なら何と書くだろう。
「ミーシャ、あとで位置を確認するとき、どっちの右か決めよう」
ミーシャは視線を下へ固定したまま頷く。
「うん。映像を見返せるなら、その方がよさそうだね」
記録を取る練習にもなる。思いがけないことに気づいた一夏は、もう一度表示から目を離した。せっかくの演習で、数字の方ばかり見ているわけにはいかない。
武器や盾で受けたものは数えない。開始前に聞いた条件を思い出す。あれほど音がして火花も散ったのに、その向こうの機体には届いていないのだ。
隣の箒は武器だけでなく二人の位置を追っていた。一夏も真似て見ようとした。すると離れていたはずの足が急に近くなる。武器の長さだけでは分からないことがあるらしかった。
剣先は鈴音を捉えていた。長すぎて扱いにくそうだと思った剣が、今は恐ろしい。あの先が動くたびに避けるか逸らすかしなければならない。少し遅れたら一本になる。
だが鈴音も下がるだけではなかった。突きを外すと刀を返して詰める。グラディウスが半身で滑り、剣と円盾がその進路を挟んだ。
鈴音は無理に追わず間合いを開いた。フランチェスカが進む。鋭い突きがまた続いた。
床を踏む音に推進音が混じった。どこから歩くのをやめて飛んだのか一夏には分からない。ただ突く姿だけは何度も目に残った。相手へ側面を向け、右腕を出す。その瞬間だけ間合いが一気に延びる。
鈴音は二本を必要なだけ動かした。刀身で受けることも峰で押すこともある。剣が離れればもう次の方向へ備えていた。
一夏は膝の上で手を握った。剣先を見れば足元を失う。刀へ移ると突きは戻っていた。
見本だと千冬は言った。だが自分が同じように動く姿は浮かばなかった。
フランチェスカが浅く踏み込んだ。鈴音の刀が動く。触れる前に剣が引かれた。
次の踏み込みは深かった。さっきより速い。脚と肩が送り込まれ、伸びた右腕の先が甲龍の胴へ迫る。
鈴音は大きく退かなかった。右の双天牙月を返す。峰が剣を押し流すのと一緒に胴が線から外れた。
フランチェスカの腕が伸び切った。その外側へもう一本の刀が回る。
硬い音が重なった。
剣を弾いただけではなかった。二本の刀身がグラディウスの右前腕を挟んでいる。峰と鍔に近い部分で両側から押さえていた。
フランチェスカが肘を引いた。戻らない。
表示はまだ変わらなかった。捕まえただけでは一本にならない。
腕が挟まれた瞬間、フランチェスカの姿勢からそれまでの細さが消えた。一夏にも分かった。半身で見せていた肩と胴が、両手の間へさらされている。円盾を回せば刀を払えるかもしれない。だが動かすとき、盾の縁が一度大きく下がった。
「抜けるか?」
一夏の声はほとんど息になった。
フランチェスカは右肘を引いた。剣先がわずかに揺れる。刀に押さえられた前腕は戻らず、肩を引かれるにつれてグラディウスの胴が半身に開いた。
そこへ鈴音が踏み込む。甲龍の二刀で右腕を挟んだまま、円盾の届かない外側へ回り込んだ。フランチェスカが盾を寄せようとしたときには、もう懐へ入られている。
鈴音の斬撃が、開いた胴を捉えた。
鈍い音と一緒にシールドの光が弾ける。ワインレッドが横へ押された。ほとんど同時に表示が変わった。
「そこまで」
鈴音がすぐに刀を開いた。挟んだ腕を放して脚を止める。フランチェスカも剣を下げた。
次の動きが続くと思った場所で二機が止まった。それで決着だった。
「有効打。凰の勝ちだ」
見学席のあちこちで息が吐かれた。その後から声が上がる。
「すごい!」
「今の、体当たり?」
「剣、当たったかと思った……」
拍手が起きた。一夏も手を動かそうとして膝を握っていたことに気づく。指を解いた。
下では鈴音も二本の刀を下ろしていた。
「……危なかった」
場内で拾われた声が席まで届いた。フランチェスカが当てられた脇を見る。
「腕を捕まえたときから、体当たりを?」
「そう。突きはまともに受けたくなかったしね。もうちょっと早かったら、こっちに入ってた」
「次は捕まえさせない」
「こっちだって、同じのを待ってるわけじゃないわよ」
フランチェスカの口元が少し緩んだ。強がった様子はない。ただ次にはその場所を空けない、ともう覚えたような顔だった。
鈴音は見学席を見上げた。声を掛けられると少し得意そうに手を上げる。さっきまで大きな刀を捌いていた手が普通に挨拶をしていた。一夏の気持ちはまだそこへ追いつかなかった。
「……何秒くらいだった?」
ミーシャが表示へ目をやった。
「長くはなかったね」
「俺、もっと長く見てた気がする」
「何度も、届きそうだったから」
一夏は頷いた。何度も当たると思った。そのたびに避けられるか武器で逸らされた。最後に決まった一撃は刀でもなかった。
「盾があった方が、守りやすそうだと思ったんだけどな」
一夏が円盾を見た。
「守ってはいた」
箒が言った。
「何度もだ」
「ああ……そうだな」
確かに何度も守った。半身を保って盾と剣で近づけまいとしていた。その腕が伸びたところを鈴音が捕まえ、盾の届かない側へ入ったのだ。
見た目で戦いやすそうだと決めたのが少し恥ずかしかった。だが初めにどう見えたかを忘れたら、何が違ったのかも書けなくなる。
セシリアが袖口を直している。一夏は彼女の横顔を見た。来週の代表決定戦では、あの人の攻撃を自分が受けることになる。いまなら動く機体を目で追うだけでも精一杯だ。試合の日までに、どれだけ身につけられるだろう。
「セシリア、今の決め手って、捕まえた腕の方だったのか?」
「切っ先を逸らしたあと、その腕の戻り道を塞ぎましたわね」
「動けなくしたように見えた」
「全身が止まったわけではありませんわ。マルコーニさんは盾を動かして逃れようとなさいました。そこへ凰さんが踏み込んだのです」
一夏は膝へ視線を落とし、さっき鈴音が踏み出した足を思い出した。自分が見ていたのは腕ばかりだった。決着をつけた肩が出る前に、足はもう動いていた。
「じゃあ、俺は足から見るべきだったのか」
「まずは、何を見落としたか覚えておくとよろしいですわ。全部を追おうとして目を迷わせる方もいらっしゃいますもの」
ミーシャが小さく頷いた。
「僕も、剣を止めたところばかり見ていた。あの一歩が始まる前、どの位置にいたか分からなくなった」
「一緒か」
「見ていた相手は違ったはずなのにね」
箒は二人の言葉を聞いて、中央の床に残る区画線を指した。
「足の着いた位置なら、あの線を目印にできる。次に見る機会があれば、そこから追ってみよう」
一夏は線の交点を探した。演習が始まる前は広さを測るために見ていた印だった。最後の踏み込みを思い返すと、二機の場所をもう少し確かめられそうだった。
盾があれば安心だと思った。どこでその考えが変わったか、後でノートに残そう。一夏は最後の接触をもう一度思い出した。
セシリアはそれ以上は口にせず、ミーシャも場内へ目を戻した。
一夏は朝の黒板を思い浮かべた。クラスを代表して戦う。今はその先に滑る装甲と細い剣先がある。ぶつかった音まで耳に残っていた。
「二人とも、よくやった」
千冬が中央へ歩いた。
「演習はここまでだ。装備を収めろ」
大きな刀が光に変わった。剣と円盾も消える。ローズピンクとワインレッドの装甲が順に姿を失った。
一夏の隣で話していた少女と、試合を褒められて喜んでいた少女が残る。鈴音が肩を回した。フランチェスカは首へ掛かった髪を払う。
真耶が見学席の端から手を上げた。
「皆さん、落ち着いて降りましょう。今度はこちらの順番ですよ」
一夏は顔を上げた。そうだ。実技の授業だった。見に来ただけではない。
箒が立ち、ミーシャも席を離れた。一夏は最後に防護壁の向こうへ目を戻す。
何も持っていない鈴音の両手が、さっきよりずっと頼もしく見えた。