Infinite Stratos:Archetype border 作:ぱらさいと
足が床から離れた途端、一夏は両腕を開いた。
「手で釣り合いを取ろうとしなくて大丈夫ですよ」
真耶の声がした。分かりましたと答える前に身体が右へ傾く。浮かんでいるのだから床へ足を置けば済むはずなのにその床も一緒に斜めになって見えた。
「いったん降ります。推進を弱めて、正面の線を見てください」
黄色い線へ目を据える。踵が触れ、膝が曲がった。真耶が腰の支持部へ手を添える。
黄色い線はまっすぐだった。一夏は線の両端を交互に見て、足の位置を確かめる。自分がどれほど傾いたのか、床へ降りてからも思い出しにくい。
「今の高さ、どのくらいでしたか」
「膝より少し上です。次はもっと低くしましょう」
「そんなに低かったんですか」
「はい。最初は高さの数字に慣れていただければ十分ですよ」
真耶は手元の端末を指した。入力欄には浮上の高さと維持できた時間が並んでいる。どちらも一夏の予想より小さかった。ずいぶん長く宙にいた気がしたのに、実際には声を掛けられるまでの数秒だった。
「もう一度やってみます」
「その前に立った姿勢を確認します。背中を伸ばして、両足を同じくらい開いてくださいね」
一夏は言われた通りに立つ。片方へ重心を預けていたことに、踵を踏み直してから気づいた。装甲の重さは支えてくれるのに、姿勢の癖までは直してくれないらしい。
学園の実習機は立っているだけなら一夏を支えてくれた。浮く向きまで思い浮かべると急に難しくなる。先ほど見た甲龍の体当たりが、遠い場所の出来事に思えた。
一夏は自分の足元へ視線を戻した。真耶が開始の合図を出す。低く浮く。止まる。今度は床の線を見失わなかった。胸の奥にあった緊張が少しだけ和らぐ。
だが安心した途端、左足が先へ出た。横へ流れ始めた機体を戻そうとして、慌てて肩を引く。真耶がすぐに停止を指示した。
「今、何をしようとしました?」
「左に行ったから、右へ戻そうと……」
「操作を始める前に、ご自分が向いている方向を見てください。傾いたあとで視線だけを動かすと、さらに迷いやすくなります」
一夏は返事をしながら床を見た。さっきから自分の目は、足と線と端末を行ったり来たりしている。鈴音の模範演習で足の置き場所を見ようとしていた自分は、今や自分の足を見張るだけで精一杯だった。
隣では打鉄を着けたミーシャが、低い高さで前へ進んでいた。三歩分ほど滑り、止まろうとして後ろへ引きすぎる。脚部が床を擦った。
「減速の入力が大きいです。今の半分から試しましょう」
「はい。止まりたいと思ったところからまだ進むんですね」
「慣性が残りますから。慌てて逆向きへ動かすと、そこへ次の加速が重なります」
ミーシャは足元を確かめた。一夏へ説明する余裕はなさそうだった。
最初の授業では低く浮くことと、決められた線で止まることを繰り返した。箒も刀を出す番を待たず、まず脚部の位置を何度も直している。竹刀を持っていない手が、握られては開かれた。
終了を告げられたとき一夏は自分の肩が上がっていたことに気づいた。機体を収めても首の後ろが重い。
「今ので来週セシリアと戦うんだよな」
「まず着替えて、水を飲もう」
ミーシャは額の汗を拭いた。いつもの声だったが、返事をする前に息を整えていた。
更衣室へ戻る前に使った機体の状態を端末へ記録するよう言われた。一夏は画面に並ぶ項目を見て、すぐに手を止めた。
異音。接続部の違和感。反応の遅延。
端末の選択肢には、異常があった場合に印を付ける欄がある。押してしまえば整備担当へ連絡が行くと聞いた。自分の失敗を機体の故障として報告したら、点検する人の仕事が増えてしまうかもしれない。
反対に、何も書かなければ、次に使う生徒が同じ傾きを経験したときに手掛かりが残らない。自分で原因を決めつける前に聞くことにした。
真耶は別の生徒の状態を確認していた。割り込んでよいか迷ったところで、真耶の方から手を挙げてくれる。
「質問ですか。順番に伺いますね」
一夏は端末を持ち直した。報告を一つ書くのにも、誰が知っていることなのか考えなくてはならないようだった。
何もなかったと答えてよいのか、分からない。初めて動かした機体にはどの項目についても初めて経験する感触があった。
「山田先生」
「はい。何でしょう」
「右へ傾いたの、自分が下手だったからだと思うんですけど。それでも違和感のところに書くんですか」
真耶は一夏の画面へ目を落とした。指で選択肢を押す代わりに下にある自由記入欄を示す。
「何が起きたか、そのまま書いてみてください。原因が分からない場合は分からないと書いて大丈夫です」
「右へ傾いた。浮いてすぐ。……こんなのでいいんですか」
「はい。使った時刻と記録を照らせますから。私が補助に入ったこともこちらから追記しておきますね」
一夏は短い文を入力した。分からない項目を零で埋めるより、その方が時間は掛かった。右足から膝へ伝わった感触を思い出し、床へ降りるときに一度強く踏んだことも足す。
隣のミーシャはまだ入力していた。止まろうとして逆へ加速した場面をどの言葉で表すか迷っているらしい。画面へ指を当て、消してから書き直した。
「上手く書けないな」
「ミーシャでも?」
「自分がいつどちらへ動かそうとしたか、もう曖昧になってる。止められた、と思ったところだけ覚えていて」
「俺、傾いたところばっかり覚えてる」
「じゃあ、その二つから書けばいいんじゃないかな」
一夏は端末へ目を戻した。失敗した場所を説明するためにもう一度失敗したときの足を思い出す。誰かの操縦映像を見ていたときにはそんなことを考えなかった。
「報告は、どこまで書けばいいんですか」
一夏は提出ボタンの手前でまた止まった。
「見ていなかったことを、後から無理に書く必要はありません。次に確認したいことがあれば、そこは質問として残してください」
「じゃあ、右足の向きは見てなかった、って書きます」
「それも役に立ちますよ。次の実習で見る場所を決められますから」
ミーシャが横から頷いた。彼女の記録にも、止まりたかった位置と実際に止まった位置をあとで比べたい、とある。一夏は相手の入力をそのまま写さず、自分が思い出せることを短く付け加えた。
帰り際、真耶は二人の記録を受け取り、次回の冒頭に停止の練習を入れると伝えた。今日できなかったことが、もう次の授業の最初へ置かれた。
廊下へ出ると、セシリアが自分の担当整備員と話していた。私物の端末を受け取り、何かの数値を確認している。実習の前より髪が少し乱れ、耳の脇に細い毛が貼りついていた。
「もう、終わったのか」
一夏が声を掛けると、セシリアは顔を上げた。
「わたくしの方は機体の調整もありますので少し残りますわ。お二人は初めての実習が終わったところでしょう」
「ああ。ほとんど、浮いてただけだけど」
「最初はそこへ時間を掛けるはずです。浮いたまま位置を保てれば、次の説明も聞けますもの」
言いながら、彼女は自分の手首を一度回した。一夏はその仕草を見て聞きかけたことを少し変える。
「セシリアも最初傾いたりしたのか」
「ええ。何度も」
短い答えだった。意外なほどすぐ返ってきたので一夏の方が続きを探した。
「じゃあ、今みたいになるまでどのくらい」
「何を今と呼ぶかにもよりますわね。姿勢を保てるようになってもほかの機体に押されれば、また別の練習が必要になりましたから」
整備員が部品を置く音がした。セシリアはそちらへ目を向け、一夏たちへ少しだけ場所を空ける。話すために立っていてよい場所を自然に示す動きだった。
「明日の授業に今日の癖が全部直ったつもりでいらっしゃらないことですわ。前に上手くいったところほど、すぐ同じ操作をしたくなりますから」
「……覚えたら、それで終わりじゃないんだな」
「覚えた操作を使うたび確かめるんです」
ミーシャが頷いた。セシリアは二人が聞いたのを確かめてから整備員へ向き直る。一夏たちは礼を言い、更衣室へ向かった。
更衣室へ向かう前にミーシャが落とし物の場所を尋ねた。訓練場の端に名前のないタオルが残っていたという。手に持っていたものを係員へ渡すと、一夏も自分の首へ触れた。
「俺の、さっきまでここに」
「色は」
「青。端に小さく名前が」
係員が広げた布にはその名前があった。一夏は礼を言い、受け取ってから汗を拭く。浮く練習を始める前邪魔になると思って椅子へ置いたのだった。機体を動かしているあいだに地面へ置いた自分の荷物が頭から消えていた。
「初めてだから覚える物が多いんだね」
手元のタオルに縫い付けた名前が少し曲がっている。一夏は指先でその部分を伸ばした。朝、身支度をしたときはタオルを忘れないことしか考えていなかった。いざ実習が始まると、機体のことが頭を占めて、置いた場所まで覚えていられなくなる。
「次はタオルの場所も書いておこうかな」
「そこまで書くと、持ち物の点検表になりそうだね」
ミーシャの軽い返事に一夏は笑った。いまは笑うだけでも肩に力が入る。筋肉痛になるほど動いた気はしないのに、機体を外したあとにようやく身体の疲れが分かってきた。
ミーシャが自分の袋を覗いた。こちらも飲み物を入れたままで休憩のときに出すのを忘れていたという。一本出して飲んでから一夏へ空の椅子を指した。
座ると、腿の内側が少し張った。空中で脚を置く場所を探し、力を入れ続けていたのだろう。両足を床へ揃えると、上半身までゆっくり沈んだ。
「僕もさっきから肩が疲れてる。盾を持ってた方だけだと思ったけど、両方だ」
「俺も。飛ぶって、楽じゃないんだな」
「慣れたら、変わるかな」
二人で真耶のいる方を見た。別の区画で教えているため、今すぐ来てもらうことはできない。一夏は提出した記録とは別に次に聞くことを端末へ残した。動かす前に緊張していた場所と、終わってから痛む場所が同じかもまだ分からない。
ミーシャが、左右の足の高さはどう見えていたか尋ねる。一夏には自分が右へ傾いていた感覚しかなかった。相手の打鉄が浮いたときの脚は注意して見ていない。
「悪い。見てたつもりだった」
「僕も一夏の足元まで覚えてない。次は見てから答えよう」
即座に説明しようとしなかった返事が、ありがたかった。一夏も頷く。知らないところへ二人分の推測を足しても明日の足の置き方は決まらない。
真耶が戻ってきたところで二人は質問を一つだけ聞いた。姿勢を保とうとして、身体に余分な力が入ることはあるという。次の授業では低い位置で一度停止し、どこに力が入っているか確かめる時間を取ってくれることになった。
「痛みが続くときはそのままにしないで教えてくださいね」
言われてから一夏はさっき記録へ書き忘れたことを伝えた。真耶は聞き直し、次の授業で確かめる欄へ印を入れる。話してみれば、別に大げさな相談ではなかった。
ミーシャが空き瓶を袋へ戻した。一夏もタオルを畳み、今度は自分の鞄へ入れる。借りた機体を返したあとにも、自分で持ち帰るものが幾つかあった。
更衣室の扉へ手を伸ばすと、いつもより腕が重かった。今日はここまで使ったのだと、自分で確かめる。明日のために今夜は早く寝ようと思った。
入口の前で箒が待っていた。三人で話していたことには何も言わず、一夏の手元の端末を見た。
「提出できたか」
「できた。書く方が、最後は難しかった」
「私もだ。刀の稽古なら、どこで手首を返したか覚えているつもりだったんだが」
箒は少し首を傾けた。
「機体を着けて動くと、足を置いた場所が思っていたところからずれる。剣先を見ている間に身体の方が先へ出ていた」
一夏は彼女の顔を見た。先ほどまで見学席で鈴とフランチェスカの足を追っていた箒も、同じ床で戸惑っていたらしい。
「箒もそうなるんだな」
「なる。だから覚えているうちに書いた」
ミーシャが自分の手を開いてみせた。指はもう普段の速さで動いていた。
「今日は皆、手を開いて確かめるね」
「お前だって、さっきからやっているぞ」
「うん。機体を収めると、急に軽くなるから」
三人とも同じように手元を見た。そこへ二組の女子が何人か通り掛かり、箒が通路を空ける。一夏も壁へ寄った。
鈴はその列の最後にいた。こちらへ顔を向け、何か言いたそうに口を開く。だが担任に提出する紙をまだ持っている生徒がいて、すぐ足を止めた。
「一夏。あとでちゃんと時間を取ってよ」
「ああ。今日はこのあと教室にいる」
「分かった。あたし、提出してくる」
返事を残し、鈴は列の方へ戻った。二本の大きな刀を扱っていた少女の背中を、一夏はしばらく見送った。
「昔から、知っているのか」
箒が尋ねた。
「小学校の途中から。箒が転校したあとだよ。よく一緒に遊んでた」
「そうか」
箒はそれだけ言い、更衣室の扉へ目を向けた。女子用は向かい側だった。ミーシャもそちらへ歩きながら、一夏へ声を掛ける。
「教室へ戻ったら、実施要領を一緒に読もう。帰る時刻までには終わらないかもしれないけど」
「……ああ。今日も読まなきゃいけないものがあるのか」
「分からないままにしておくよりはいいと思う」
一夏は否定できずに頷いた。
扉の前では真耶から配られた注意書きをもう一度読んだ。濡れたスーツを床へ放置しないこと。使用後は所定の袋へ入れること。体調に変化があれば当日中に伝えること。実習中は操作ばかり気にしていたが、終わったあとの手順も授業の一部だった。
一夏は袋の口を開き、タオルとスーツを入れる順番を確認した。いつもなら早く着替えて廊下へ出たいところだった。今日は一つずつ終わらせた方が、結局は落ち着いて行動できそうだった。
更衣室では一人で着替えるための区画が用意されていた。扉を閉めると外の声が薄くなる。スーツの襟を外し、肩をゆっくり動かした。痛みはない。採寸してもらった生地にも引っ張られた跡は見当たらなかった。
鏡へ目を上げる。運動したあとの頬は少し赤かった。普段なら服の前を整えるだけで終わらせるところを、今日は腕の曲がり方も確かめた。
機体の中で感じた力は自分の筋肉がそのまま強くなった感触ではなかった。着ければ動く。収めれば、息の上がった自分が残る。
医務室の指示を端末で確かめた。今日の運動のあとに気になる症状があれば連絡すること。今書けるのは疲れと、首の重さだった。実習機の記録へ書いたものとは別に、自分の状態を残す欄がある。
首が重い、と入力する。痛いかどうかを確かめ、痛みはないと続けた。
誰かへ見せるための立派な文にはならなかった。だが、明日には忘れそうな今の感覚を、自分の端末に残せた。
制服の上着を羽織り、ボタンを留める。裾を何度も引く必要はなかった。バッグの底に落ちたタオルを拾い、汗で濡れた面を内側へ畳む。普段の暮らしへ戻る手順は機体を使った日も同じだけあった。
教室へ戻ると、何人かの女子が机を寄せていた。午前中のノートを見比べている。声を掛けられ、一夏は自分の冊子を出した。
「ここ先生、二回言ったよね」
「動かしてみたあとで読むと、ちょっと分かるかも」
自分より分かっているように見えた生徒も、別のページで手を止めていた。誰かが黒板へ一つ単語を書き、意味を知っている生徒が説明する。分からなければ、その下に疑問符を付けた。
一夏も自分のノートを開いた。午前中に丸を付けた言葉の横へ、午後の授業で実際にやったことを書き足す。
姿勢制御。低く浮く。床の線を見る。
加速。急に逆へ入れない。
書き足す文は短かった。それでも自分が何をしたか思い出せる言葉になった。
黒板に残った疑問符は、誰かの見栄や失敗を示す印には見えなかった。次に先生へ聞く場所だと分かれば、安心してその横へノートを開ける。一夏も書きかけの欄へ丸を付けた。
「どうしたの?」
近くの女子が聞く。
「今日、右に傾いたんだ。何を見て戻せばいいか、次に聞こうと思って」
「あたしも止まるとき前へ出ちゃった。山田先生、次は停止からやるって」
「じゃあ、また一緒か」
「今度こそ線の上に止まりたいね」
一夏は頷いてペンを置いた。午前中は言葉の意味を追うだけで時間が過ぎた。いまは、同じ言葉の横に自分の失敗と次に試すことを書ける。
ミーシャが戻り、向かいへ椅子を引いた。箒は少し遅れ、濡れた髪の端をタオルで押さえている。三人の冊子が机へ並んだ。
「まずどこからだ」
箒の問いに一夏は実施要領を出した。端の方が、持って歩いた間に少し折れていた。
「これ。代表決定戦の、二人でやる方」
口にすると、急に現実味が増した。自分一人の失敗なら、着地してやり直せた。二人で動くなら、相手のいる場所も見なければならない。
ミーシャが紙を平らにし、上から読もうと提案した。一夏は頷き、まだ開いていたノートを脇へ寄せる。
隣では黒板の疑問符が二つ消された。残った一つへ別の生徒が説明を書き加えている。教室の時計を見上げ、一夏はペンを持ち直した。
放課後まではもう少しあった。
教室を出た一夏の肩に長い指が軽く乗った。振り向くとフランチェスカがいる。首を少し傾け、彼が目を合わせるのを待っていた。
「お疲れ。今日はちゃんと降りてこられたね」
「そこからだったからな。見てたのか」
「終わりのところだけ。君は疲れるとすぐ顔に出る」
言いながら肩から手を滑らせ、腰の横へ添えた。通り過ぎる台車を避けるよう一夏を脇へ促す。台車が通ったあとも手はしばらくそこに残った。
一夏が顔を上げると、フランチェスカは返事を忘れたように目を細めた。
合同実習の始まる前にも、彼女は同じように目を合わせてきた。視線を向けられると一夏はつい返事を急いでしまう。今日も何か言い忘れたかと思って、さっきの授業を頭から辿りかけた。
フランチェスカは楽しそうに笑っている。背の高さも、歩き方も、話しかけるまでの間の取り方も、慣れた感じがする。モデルの仕事をしていると聞いたことはあったが、一夏にはその仕事をしているときの彼女がどんな顔になるのか想像がつかなかった。
「……何か、ついてるか」
「いいや。目が好きだと思っただけだよ」
一夏は言葉を探した。モデルの仕事をしていると、そういうことも普通に言えるのだろうか。腰の横に手があることまで思い出し、返事がさらに遅れる。
「君が見上げてくれるなら、待つのも悪くないかな」
気怠げな声だった。箒が戻ってくるのを見てフランチェスカはようやく手を離す。別れの挨拶をしたあとも一夏の瞳へ一度だけ視線を戻してから歩いていった。
一夏が教室へ戻ろうとすると、ミーシャが廊下の窓辺を指した。セシリアが掲示された予定と携帯を交互に見ている。
「提出する部屋、あそこだったよな」
一夏が声を掛けると、彼女は顔を上げた。確認するつもりで点けた画面が、先に暗くなる。
「ええ。あなた方も次の授業で使いますから」
「……もう半分切ってるのか。それ」
机で何度も予定表を開いていた自分の携帯より、減っているように見えた。セシリアは画面の端を確かめる。
「四十六ですわ。朝は充電してきましたのに」
「新しいやつだろ。ミーシャのと形、違ったから」
「買い替えたばかりです。使い方に慣れていないのかもしれませんけれど」
言いながら明るさを落とした。窓の近くでは読みにくくなり、彼女は少しだけ元へ戻す。
「貸せる充電器なら、部屋にあるぞ」
「今すぐでなくて大丈夫ですわ。戻ったら自分のものを使います」
「明るさを落としても、なかなか減るんだな」
一夏が言うとセシリアは肩をすくめた。
「地図も予定表も表示しておりましたし、待機中の通知も多いのです。あとで使用状況を調べますわ」
「そんなものまで見られるのか」
「設定に項目がありますわよ。使った時間を確かめれば、次はもう少し気を付けられますもの」
ミーシャが二人の間で小さく首を傾げた。
「僕の端末は今日はあまり減ってない。機種が違うからかな」
「確かめるのは後にしましょう。提出する場所を間違えたら、充電より困りますもの」
セシリアに促され、一夏は顔を上げた。掲示には部屋番号が何行も並んでいた。説明を聞きながら小さく息を吐く。今日は最後まで、確認することが尽きないらしい。
セシリアは画面を閉じた。ミーシャが掲示の教室番号を指し、一夏も端末へ写す。彼女はその二人へ用紙の提出期限を教えてから、同じ廊下を歩き始めた。
電池の話はそこで終わった。一夏は使う教室を間違えないよう、セシリアの示した番号をもう一度見た。