Infinite Stratos:Archetype border 作:ぱらさいと
鞄を閉じかけた一夏は、机の上に残っている薄いプリントを見つけた。
「……あ」
クラス代表の互選から始まった一日は、午後の実習まで慌ただしかった。自分とミーシャ、そしてセシリアの三人が代表候補になり、決着は演習でつけるという。浮いて止まるだけでも精一杯だった一夏には、戦うところまで考える余裕などない。教室に戻り、ようやく荷物をまとめたところだった。窓の向こうでは部活動へ向かう生徒が渡り廊下を歩いていた。
「どうしたの?」
ミーシャが鞄へ入れた菓子の包みを戻しながら尋ねる。一夏はプリントを持ち上げた。
「山田先生のレポート。今日出されたやつ、すっかり忘れてた」
「明日提出する分だね」
「明日!?」
「下に書いてあるよ」
指されたところに確かに提出期限があった。赤字でも太字でもない。ほかの提出物と同じ大きさで書かれている。一夏は今日もう何度も書類の細かい字を読んだ。これもその一つだったらしい。
「簡単なレポート、って言ってたよな」
「ええ。所定の形式で一枚に収めればよろしいそうですわ」
セシリアが手元の書類を揃えた。先ほどから机に置いてあった端末には、実習場の利用予約が表示されている。
「わたくし、この後は機体の稼働試験の準備がございますの。あまり長くはお付き合いできませんわよ」
「あっ、待ってくれ。ちょっとだけ」
端末をしまいかけたセシリアが手を止める。
「課題テーマをお忘れになりましたの?」
「何を調べたらいいかは、多分分かる。けど、レポートって何から書けばいいんだ?」
セシリアが瞬きをした。ミーシャはプリントを受け取り、設問を声に出さずに追った。
『ISコアの国際的な保有と運用の違いを説明し、関連技術の民生活用を一例示した上で、国際管理上の留意点を述べよ』
一夏は二度読んでいた。今日の座学で扱ったテーマだ。どう執筆すれば課題に即した内容となるかが不明だった。
「四つ全部を書こうとすると文章が滅茶苦茶になるんだよな。かといって削ると今度は不足だらけだし」
「まず結論を決める。それから逆算してみればどうかな」
ミーシャが言った。
「順番を変えるのか?」
「一度、問題文を指で追ってみよう」
ミーシャは一夏の空白の用紙を見た。
「とりあえず君のノート、見せて」
一夏は鞄から取り出した。見せるのに少し抵抗があった。朝から増えた丸と矢印、漢字を諦めて仮名で書いた用語、消そうとして紙を擦った跡。しかも途中には代表決定戦の日付まで混ざっている。
「……すごいな」
ミーシャが言う。
「何がだよ」
「分からなかった場所が、ちゃんと残ってる」
褒められたのか判断しかねた。一夏が顔を上げると、ミーシャは自分のノートを机へ置いた。
「僕の方は、もっと読みにくいから」
「いやいや、そんなわけ……」
開いたページを見て、一夏は続きを失った。
罫線はある。だが文字は罫線の上にも下にも、時には斜めに走っている。大きな数字の横へ小さな日本語が押し込まれ、英語の略語に線が延びて別のページの番号へ飛んでいた。右端には三角形のような図があり、そこへ丸が三つくっついている。
「……なんだこれ」
「授業のメモ」
「見れば分かる。でも、これで分かるのか?」
「今すぐ読むためには書いてないからね」
ミーシャは平然と答えた。
「先生の言葉も質問も、とにかく取るんだよ。全部きれいに書こうとしてる間に次へ進んじゃうし。授業が終わってから、何でその順番で話したのか考えながら整理する。僕はその方が覚える」
指先が、斜めに走った一行を示した。
「ほら、ここ。先生が『正式保有国が八つでも、運用する国が八つとは限らない』って言ったところ」
「これが?」
「うん。『8≠op8』って書いてる」
「読めねえよ!」
「自分用だから」
ミーシャは少し笑った。それから前のページを返し、縁に入れた小さな印を指す。
「言ったろう? 自分用だもの。日本語で書くより、英語でやった方が早い」
忘れがちだがミーシャはアメリカ人なのだ。
自然と会話していると、つい錯覚してしまう。
「書いたときのこと、全部覚えてるのか」
「全部は無理だよ。だからこれがある。何を聞き直せばいいか分かれば、復習のとき困らない」
ノートは途中で別の色のペンに変わっていた。余白にある短い問いが、講義中に聞いたものではなくミーシャ自身の疑問なのだと気づく。
『共同研究の成果は誰に帰属? 契約次第』
『通信技術だけならコア不要? 方式による』
『総数と配備数を混同しない』
殴り書きの奥に、次の調べものの順番があった。
「これ、後で全部書き直すのか?」
「必要なところはね。今日はまだ途中。今からレポートに使う分を拾っていけば、ちょうど復習になると思う」
一夏は首を傾けた。ミーシャはノートの端へ新しく日付を書き、四つの確認事項のうち資料で裏付けられた二つに丸をつけた。残りの欄に付箋を貼り、レポートへ移す内容を選んでいる。横から見ていた一夏にも、どこまで調べて何が残ったのか分かるようになった。
「セシリアのは?」
聞くと彼女は少し意外そうにした。
「わたくしのですか」
「比べてみたくて。あっ、嫌ならいいけど」
「構いませんわ。見られて困ることは書いておりませんもの」
鞄から取り出されたノートは、まず表紙の扱いから違った。折れた角がなく、挟まれた資料は同じ幅に揃っている。開けば文字が一列ごとに同じ高さで並んでいた。見出しが一定の間隔で置かれ、下に短い説明、必要なところへ図表が付いている。黒板をそのまま写したものではない。読めば順序立てて理解できるように組み替えられていた。
「……教科書みたいだ」
「そこまで大層なものではございませんわ」
否定する声に、少しだけ満足そうな響きがあった。
「後から探し直す時間が惜しいので、最初に項目を分けておくだけです」
「授業を聞きながら、こんなふうに書けるのか?」
「基礎的な事項ですから。初めて聞いた内容でしたら、ここまで整える余裕はありませんわ」
一夏には何が基礎なのか分からなかった。見出しには『コアの数量と制度上の区分』とある。最初の表の中央へ、四万六千七百という数字が置かれていた。
「……これ、正しいんだよな。四万六千七百基」
「ええ。現在の授業で用いる公式値ですわ。ただし全世界のコア総数と、実際に運用されている機体の数を同一視してはいけません」
セシリアが表の下へ指を添える。
「コアを搭載していない予備機体も、保管や整備に入っているコアもございます。数えたいものが異なれば、答えも異なります」
「先生もそんなこと言ってた。……俺は数だけ写してたな」
「設問が求めるのは、数字を暗記したかどうかではありませんわよ」
彼女は少し身を乗り出し、別の行を示した。
「まず保有主体。アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国、日本、ドイツ、イタリア。正式なコア保有国はこの八か国です。ですが、ここで終えると問いへの答えになりません」
「八か国以外も使えるから?」
「仰る通りです」
返事に一夏は胸を撫で下ろした。
セシリアのノートには八か国の名称の下に『正式保有』『供与・貸与』『共同運用』と欄が分かれていた。特定の国の名を矢印で結ぶ代わりに、契約ごとにどの権利が移るのかを書ける空欄がある。
「周辺国へコアを供与し、共同研究を行う場合もあれば、保有国が自国の管理下へ置き続ける場合もあります。共同研究の相手によって条件が変わることもございます。ですから、コアを使用する国がそのまま正式保有国になるわけではありません」
「じゃあ、貸した国と借りた国があったら、どっちが持ち主なんだ?」
「個別の条約を参照する必要がありますわ」
即答だった。一夏は意外に思って彼女を見た。
「セシリアでも分からないのか」
「条件が示されていないのに断言する方がおかしいでしょう?」
少しむっとした声になった。ミーシャが自分のノートの三角印を指す。
「僕もそこに印を付けたよ。先生に質問したら『具体的な契約内容を確認すること』って返された」
「じゃあ、分からないって書いていいのか」
「その設問ならね。だけど今回は、違いを説明する課題でしょ」
ミーシャは一夏のプリントを裏返した。
「『どこが持っているか』と『どこが使っているか』を別に書けばいいんじゃないかな」
「……ああ、そっか」
「設問の最初へ戻ってみよう」
ミーシャが白紙の上へ指を置いた。
「保有の説明が済んだら、その次に運用のことを書く。そこまで書けたら、例へ行けるよ」
「なるほどな。最初に最後まで見通しておけばいいのか」
「僕のノートだって、後から見出しを付けるまでは順番がばらばらだしね」
一夏はセシリアの整ったノートを一度見てから、自分のプリントの余白へ小さく数字を振った。設問が四つに分かれると、書き出しの行をどこへ置けばよいかようやく分かった。
一夏はようやく一行目を書いた。『ISコアは全世界に四六七〇〇基あり、正式に保有するのは八か国である』。書いた後、国名を入れなかったことが気になって手を止める。漢字一文字の略式表現を加えておく。
「でも、このレポートって一枚だけだよ。最初に国名を並べるより、どうして分けるのかを先に書いた方が読みやすいかも」
「制度の前提を先に述べるのは不自然ではございませんわ」
「不自然とは言ってないよ。二つ目の問いまで入れたら、一夏の字だと足りなくなると思って」
「俺の字の大きさまで計算するなよ」
一夏が挟むと二人ともこちらを見た。セシリアは紙の余白を見てから、言いかけた言葉を飲み込んだ。
「……確かに、少し余裕を取った方がよろしいですわね」
「認めるのかよ!」
「見れば分かりますもの」
ミーシャは声を立てずに笑い、ノートから一つの四角を抜き出して一夏の紙の端へ書いた。『結論→理由→例→注意点』。
「先に枠だけ作ったら? 一夏は今、最初のところで全部説明しようとしてる」
「確かに……」
言われてみれば、書き始める前から国名をどこまで詳しく説明するか悩んでいる。問題文に四つの要求があるのだから、四つに分ければよかったのだ。
「先生の指定は、箇条書きでもいいってことか?」
「最終的には文章にした方がよろしいかと。ですが、下書きの段階なら構いませんわ」
セシリアは一夏の紙を覗き込み、見出しを指した。
「最後に管理上の留意点、とありますでしょう。ここを一文で終えると、条約の名を覚えただけの答えになってしまいます」
「アラスカ条約、だよな」
「ええ」
一夏は自分のノートをめくった。『アラスカ』の四文字はあった。隣には『規制』『軍用?』と書いてある。どこで疑問符を付けたのか思い出せない。
「条約があるんだから、勝手に使えません、じゃ駄目なのか?」
「それだけですと、何についての制限なのか分かりませんわ」
セシリアは自分のノートを開き直した。
「アラスカ条約は、ISの開発や移転、運用に関わる国際的な枠組みです。軍事的な利用を巡る制限も含まれますけれど、条約の存在だけですべての個別事例が決まるわけではございません」
一夏はペンを止めた。説明の最初を写すつもりでいたが、最後のところで手が追いつかなくなった。
「……もう一回」
「今、わたくしの言葉を丸写ししようとなさいました?」
顔を上げる。セシリアは責めるような声ではなかった。だが手元の紙を見られたのは確かだった。
「ええと、ちょっと」
「わたくしの文章を提出する課題ではありませんわよ」
「うん。そうだよな」
一夏は書きかけた文字に線を引いた。ミーシャが口を開く。
「例えば条約で保有国の義務が決まっても、どの訓練設備を誰が使えるかは、管理する側と使用する側の許可書を見なくちゃ分からない、ってことかな。レポートには、両方の書類が必要になる例を一つ入れるといいと思う」
「……図書室の本みたいなものか」
一夏は思いつくまま言った。
「学校の規則で借りられても、持ち出していい資料と駄目な資料があるとか」
「似ていますわね。ただ国家間では国内法や契約、条約上の義務が絡みますから、もっと複雑ですが」
「じゃあ、そう書く」
ペン先が紙を走る。『条約で規定された枠組内で、貸与、供与など複数の形態によって運用される』。一夏はそこで止まり、二人の顔を見た。
「……これなら?」
「いいと思うよ」
「少なくとも、先ほどよりずっと明確ですわ」
セシリアの返事は甘くなかったが、一夏には助かった。知っている言葉だけで書けた。まだ本文の半分も埋まっていない。
「次が民生活用か」
ミーシャが机の端に置いた菓子へ手を伸ばす。だが包みを開ける前に、再び自分のノートへ目を戻した。
「僕は通信の方を書こうと思ってた」
「通信?」
「授業で例に出たでしょ。災害のときにいつもの回線が使えなくても、別の経路に切り替えて連絡を続ける仕組み」
ノートには『途絶→予備経路』『妨害/認証』『病院・災害』が不ぞろいな行に分かれていた。ミーシャはそのうち二つを指で繋ぐ。
「IS向けの耐干渉通信や冗長化、認証技術を全部そのまま民間へ持ち込むわけじゃない。でも、使える技術や考え方がある。僕なら防災通信の例にする」
「じゃあ俺もそれにしようかな」
「僕のと同じ答えにしなくてもいいよ」
「他に思いつかないんだって」
「エネルギーの方もありますわ」
セシリアが別の見出しを示した。
「シールドエネルギーの管理技術です。高負荷時の分配や異常の検出、優先順位に応じた遮断など、制御の考え方は民生設備へ転用され得ます。例えば非常用電源の管理ですわね」
「シールドを病院に張る、って話じゃなくて?」
「ええ。それでは話が飛躍しております」
一夏は病院に巨大な防護壁が張られる光景を思い浮かべてしまったが、口には出さなかった。セシリアは構わず続ける。
「非常用電源の監視なら、負荷の急増を検知して予備系へ切り替える制御方法を研究できますわ。ただし、装甲の展開やシールドの維持にはISコアが要ります。病院に応用できると書くなら、どの装置のどの機能かまで記してください」
「……そういうところまで書かなきゃいけないのか」
「書かなければならないというより、誤解させないためですわ」
彼女は机の隅の端末を点けた。稼働試験の予約開始まで、あまり余裕がないらしい。文字はまだ整っていたが、指先の動きだけが少し速くなる。
「セシリア、急いでる?」
「ええ。基礎事項の整理は今お手伝いできますけれど、今日の試験は別の予約が入りますと延ばせませんの」
「何の試験なんだ?」
「ブルー・ティアーズの稼働試験です。操縦支援の応答と各装備の動作を、整備担当の方と照合します。機体がどう振る舞うかは、実際に動かさなければ分かりませんもの」
一夏は彼女のノートへもう一度目を落とした。こんなにきれいにまとめてあるから勉強に時間を使っているのだと思った。どうやら逆だ。既に理解していることには必要以上の時間を使わず、まだ測っていない機体の方へ時間を回したいらしい。
「……セシリア、授業より試験に行きたいんだな」
「授業が不要だとは申しません。ただ、分かっていることを何度も書き直すより、実測すべきことがございますから」
「そういう意味だったのか」
「何がですの?」
「ノートがきれいだから、ずっと机に向かって勉強してると思ってた」
セシリアは一瞬言葉を失った。次いで、むしろ困惑したように目を細める。
「机で学ぶことと、機体で学ぶことを分ける必要がございますの?」
「……俺には、今のところ両方大変だな」
ミーシャが小さく笑った。
「一夏、先生から簡単だって言われても、君まで簡単だと思う必要はないよ」
「でも同じ一年生だぞ」
「同じ一年生でも、始めた場所は違うから」
ミーシャは言い、開いていたページを一枚戻した。文字が乱れているだけでなく、ミーシャ自身まだ答えを得ていない問いが何個も残っている。
「僕もこれから調べることは多いよ。分からないところを見つけても、全部を知ったことにはならない」
「……お前がそれ言うと、何か腹立つな」
「そう?」
「だって、その殴り書き、もうほとんど俺の教科書みたいになってる」
「後で整理したら貸そうか」
「そこまでいくのかよ」
一夏は笑った。セシリアも口元を緩めていた。
紙を見直すと、最初の一段は何とか文章になっていた。次は民生活用の具体例。二人から聞いた話をそのまま全部書けば、今度こそ一枚では足りない。
「……通信にする」
一夏が言った。
「自分でも災害のときの電話のことなら想像できるし。エネルギーの話も大事だけど、ちゃんと説明できないまま書いたら、多分セシリアの言葉を写すだけになる」
「それでよろしいと思いますわ」
セシリアが頷いた。
「ただし『ISの通信機をそのまま病院に設置する』などとは書かないことです」
「書かねえよ」
「先ほど、シールドを病院に張ろうとなさいましたので」
「思っただけだって!」
ミーシャが今度は声を出して笑った。一夏は少し赤くなりながら、書きかけの一文へ戻った。
災害時の回線維持。別の通信経路。妨害に強い仕組み。考えるべきことを三つに絞ってから、自分の知っている言葉に直す。途中で手が止まったら、自分のノートに戻って探す。初めは読みにくかったはずの字が、書いたときの場面ごと少しずつ思い出せるようになった。
「……よし」
最後の句点を打つと、思ったよりまだ余白があった。だが埋めるために何か付け加えるのはやめた。
「見せてもいいか?」
ミーシャが先に読む。セシリアは端末の時計と、一夏の紙を交互に見た。
「数え方が少し混ざってる」
ミーシャが指で示す。
「ここ、『ISが四万六千七百機』になってる。コアの数だよ」
「うわ、本当だ」
消そうとした一夏をセシリアが止めた。
「先に最後まで読ませてくださいませ。ほかにもあれば一度に直した方が早いですわ」
「分かった」
彼女は紙の下まで目を走らせる。整ったノートを書くときの速さと同じだった。指摘は二つ。条約と個別契約を同じもののように書いた一箇所と、民生用通信技術を使う国がコアを持っているように読める一箇所だった。
「……どっちも、分けろって言われたところだな」
「ですから、そこに気づければ十分です」
セシリアの声が柔らかくなった。
「文章を書くと、理解したつもりの場所が見えますでしょう?」
「見えた。嫌なくらい」
ミーシャは一夏のノートの端へ、丸を二つ描いた。
「間違ったところは、後で見ても分かるようにしておくといいよ」
「お前と同じやつか?」
「もっと大きな丸でもいいと思う」
「それなら読める」
書き直す間にセシリアが端末で時刻を確かめた。そろそろ切り上げたいらしい。一夏は慌てて顔を上げた。
「ありがとう。これなら自分で提出できそうだ」
「わたくしが答えを差し上げたわけではありませんわ。あなたが書き直したのですから」
端末を伏せた彼女は、それでも一夏の紙の端をもう一度見た。
「一つだけ。明日も同じ形式で提出するなら、今のうちに見出しと余白の取り方を決めておくと楽になります。毎回書き方から迷わずに済みますから」
「……そこまで考えてんのか」
「時間は有限ですもの」
少し誇らしげな返事だった。セシリアは予約画面を閉じ、残っていた書類を揃えた。
一夏は机の上に残る二冊のノートを見比べた。ミーシャのものはまだ開いたままだ。さっきまで見えていなかった矢印の意味が少し分かる。だが次のページへ進むと、また知らない略語が現れた。
「これ、今からきれいにするのか」
「うん。書いてるうちに疑問が増えたから」
ミーシャは包みを開け、菓子を一つ食べてからペンを取った。別の紙へ項目を並べ始める。元のノートにはない順番だ。
「……レポートは?」
「これを整理したらすぐ書けると思う」
「まじか」
「たぶんね」
一夏は自分の用紙へ目を戻した。赤で直した二つの箇所はまだ目立っている。ここまで書くのにずいぶん時間が掛かった。一方でミーシャは今から本文を書くという。
二人の書き方をそのまま追うのは、いまの一夏には難しかった。ミーシャの速度でメモを取れば、自分の字は次の日に読めなくなるだろう。セシリアのように整えて書こうとすれば、最初の見出しの間に先生の話が終わってしまう。
「俺、まず何から真似したらいいんだろ」
「分からなかったところに印をつけるだけでもいいんじゃない?」
ミーシャは書く手を止めずに答えた。
「今日、自分が何を分からなかったか、もう覚えてるでしょ」
「ああ。コアの数だけ機体が用意されているとは限らない。持ってる国が、そのまま運用する国になるわけじゃない。……あと、条約と契約も」
「それなら三つも見つかった」
「三つも間違えた、だろ」
「次はそこから始められるよ」
一夏はノートの欄外に大きな丸を三つ描いた。ミーシャのものよりずっと目立つ丸だった。
「お前、これ見て笑うなよ」
「笑わないよ」
「本当に?」
「丸が大きいとは思うけど」
「やっぱり思うんじゃねえか」
ミーシャは口元を押さえたまま、新しい紙へ四万六千七百と書いた。今度の文字はまっすぐ並んでいる。一夏は横で自分のレポートを読み直し、最後の一字を直した。
窓の外から、剣道部の掛け声が遠く響いた。箒は代表決定戦の相談に加わってから道場へ向かうと言っていた。剣道も学科もそつなくこなす幼馴染と比べてしまい、一夏は自分のノートに並んだ大きな丸をもう一度見た。
一夏は自分の筆箱を片づけた。二人のノートを借りた時間は長かったが、提出する紙に書いてあるのは自分の文章だった。それが少し嬉しい。
「ミーシャ、箒が来たら代表決定戦の話だよな」
「うん。実施要領を読んでから決めよう」
「……お前、まだレポート書いてないだろ」
「書くことは決まったから。話を聞きながらでも整理できるよ」
「そっちも同時にやるのかよ」
セシリアが小さく笑った。一夏はまた机へ突っ伏した。これから覚えることが、まだいくつも残っている。
原作だと授業シーンとして扱った内容ですが、説明調子が続くのもどうかなということで一夏のレポート課題という形に。
コア数は原作の百倍。約4万7000基のコアがあるものの研究用や予備もあるため、全部が全部ISの動力になってるわけではありません。
そして「正式保有国は貸与や供与の