Infinite Stratos:Archetype border 作:ぱらさいと
放課後の廊下を歩くだけで荷物が増える。
部活勧誘のビラが四方八方から集ってくる。
新たに差し出されたのは水泳部の体験日程だった。礼を言って畳む前に反対から陸上部の女子が来る。
「走る方も興味ない? 見学だけでもいいから」
「今日は実習の片づけが……」
「終わってからで大丈夫。最初は測定を見てもらうだけ」
その返事を待つ間に演劇部の台本が腕へ載った。顔を見ただけで主役を頼みたいという。音楽室の使用票を持った生徒からは声を聞かせてほしいと言われ、写真部は活動紹介用にと撮影を要求してくる。
運動部だけなら、機体の訓練と予定を合わせれば済むかもしれない。そう思ったところへ文芸部と天文部の案内が増える。どこまでが見学でどこから入部を頼まれているのかも分からなくなった。
「一回待ってもらっていいですか」
手元の用紙がずり落ちそうになる。一夏は肘を上げて押さえ直した。持ち手のない冊子は袖の上を滑り、隣の女子が慌てて拾い上げてくれる。
「ごめん、落とした」
「いいよ。じゃあ今度こっちの説明も」
助けてくれた相手が差し出したのも勧誘の紙だった。一夏は礼を言いながら、それを受け取るべきなのか考えた。紙を受け取ると、興味があると伝えたことになるのだろうか。
「何時までに返事すればいいですか」
「できれば今日だけど、見学なら明日でも」
隣から「うちは今週中でいいよ」と声が掛かる。期限がいくつも重なり、一夏の頭の中で部活の名前と日付が入れ替わった。
少し前まで廊下は生徒が普通にすれ違える幅だった。今は通りたい人が輪の外を回り、壁際へ荷物を寄せている。ここに立ち続ければ、話を聞く相手も通行人も困るのではないか。一夏はそう思ったが、手元の紙を置く場所すら見つからなかった。
一夏が声を上げても輪の後ろから来る生徒には届かない。断られたと聞いていない相手が、新しい説明を始めてしまう。
箒は剣道部の用事でいない。ミーシャも装備の返却先へ戻ったところだった。一夏が紙を落とさないよう持ち直すと、近くの女子がその手まで取ろうとした。
「じゃあ最初にうちへ。五分で済むから」
「いや、まだ決めてなくて」
「五分ずつでいいって。順番だけ」
五分が何人分あるのかを考え、少し途方に暮れた。背後には別の廊下から来る生徒もいる。自分が壁へ寄れば通れると思ったが、輪もそのまま寄ってきた。
「おーおー。やってんねえ」
声は軽かった。すぐに誰かが怒鳴ったわけでも腕を引かれたわけでもない。輪の外にいた長身の上級生が、笑いながら空いた場所へ立った。
「その人数で五分ずつ? 消灯時間だいじょぶそー?」
風紀委員の腕章が見えた。明るいシルバーの髪を後ろへ流し、書類を片手に持っている。大胆にアレンジされた制服はノースリーブのカッターシャツにジャケット風のブレザーだった。配色を覗けばオリジナルのデザインはほとんど失われている。右手はポケットへ突っ込みつつ、左手で写真部へカメラを下げるよう指示している。
「撮るのは本人に聞いてからね。今返事する余裕なさそうだけど」
「見学を誘ってただけで」
「うん。勧誘期間だもんね。けど廊下塞がない場所にしよっか」
上級生は反論を退けた。空いている掲示板の横を示し、部ごとの案内はそこへ一つずつ置くよう頼む。
「織斑君が今ここで全部決める必要ないでしょ。日程は書いてあんの? 担当の名前も。ないなら書いといて」
女子たちが紙を見直した。その間に上級生は一夏の腕から崩れかけた台本を受け取り、表紙を揃える。
「はい。いったん解散。入口に固まってると次の人が来られないからね」
声は最後まで大きくならなかった。何人かがまだ残ろうとすると、彼女は困った顔で笑う。
「え、もう一周やる? じゃあ部長さんも呼ぼうか。部の勧誘場所から相談し直すけど」
「じゃあ私、明日の見学の紙だけ置いておくね」
女子の一人が掲示板を指した。
「ここなら、必要な人が見られるし」
「それが助かる。写真撮るときも、本人の返事を待ってね」
風紀委員が軽く頷く。写真部の生徒はカメラを下ろし、一夏へ手を振った。一夏はその様子にほっとした。自分が断ったために誰かが怒られるのでは、と心配しかけていたからだ。
輪がほどけるにつれて廊下の向こうが見えた。壁際で立ち止まっていた生徒が荷物を持ち直し、次の教室へ向かっていく。一夏はようやく一歩横へ動けた。
「すみません、手間かけさせちゃって」
「いーのいーの。こっちも仕事だから」
脱力した笑みとともに腕章を指先で軽くつまむ。
今度は皆が動いた。次の用事がある者から離れ、案内を置いた生徒も自分の部へ戻っていく。廊下の中央にようやく人が通る幅が戻った。
一夏は息を吐いた。上級生が台本と案内をまとめて返す。
「大丈夫? 立ったまま何件も約束すると、あとで大変だよ」
「ありがとうございます。俺どこから断ればいいか分からなくて」
「まあ。あの人数だとね。断る前に次が来てたし」
彼女は肩を竦めた。面白がる顔はしていても一夏の困った様子を笑っている感じはなかった。
「二年のレオナ・ブランペアニア。風紀委員。名前長いからレオナでいいよ」
「織斑一夏です。……もう知ってますよね」
「知ってるけど、挨拶してくれるのは助かる。こっちも最初に名乗れって話だよね。ごめんごめん」
レオナは持っていた書類を脇へ挟んだ。一夏が礼を言い直すと、笑って手を振る。
「先輩は日本の方じゃないんですか」
「スペイン。日本語は授業でも覚えたし、遊んでる間にも覚えたかな。変なところあったら教えて」
「全然。むしろ俺の方が、さっき何を言えばいいか」
「じゃあ次は『今日は決めません』で。理由まで全員に説明してたら日が暮れるし」
言い方を真似してみると、思ったより短かった。レオナはそれでいいと頷き、明日の面談の案内を出した。
「ほい、こっち風紀委員会から。新入生の確認だけ。説教じゃないよ」
「面談ですか」
「うん。困ってることがないかと連絡方法の確認。今の件も話したかったら話して。部活どこか入れって会じゃないから安心して」
風紀委員会のチラシは酷く簡素だった。印刷用紙の白と文字の黒。モノトーンの色彩で、面談会場と、所要時間、受けつけ期間と日時、必要な所持品だけが記されている。かなり機械的な印象だった。一夏は端末でスケジュールを確認した。
「この時間なら遅れずに行けそうです」
「よかった。学生証も使うから持ってきてね。個人用の連絡先を掲示するような話じゃないし、聞かれたことだけ答えてくれれば大丈夫」
「どんなこと、聞かれるんですか」
「寮や授業中の連絡が届くかとか、困ったときに誰へ言うかとか。今日みたいに囲まれたとき、断り方が分からないって話もしていいよ」
一夏は用紙の下にある窓口の名前を確かめた。風紀委員会と書いてある。怖い委員会の会議室を想像していたが、いま目の前で話してくれるレオナも同じ腕章を着けていた。
一夏は紙を受け取った。開始時刻と場所、担当者の名前が一枚に揃っている。何時まで拘束されるかまで書いてあった。
「行きます。ちょうど実習の前に寄れそうです」
「おっけー。遅れそうなら先に一言でいいよ」
レオナは用事を終えると、残っていた勧誘の紙を掲示板へ移しに行った。去り際まで一夏の腕を掴むことはなかった。自分で歩き出せる廊下を作ってくれたのだと気づき、一夏はもう一度頭を下げた。
レオナが掲示板へ紙を置き終えるまで一夏は近くで待った。助けてもらった礼を言ったあとも腕の中には部活動の案内がある。全部受け取ったのだから全部読むべきだろうかと、最初の一枚を開きかけた。
「無理に全部貰うことないよソレ」
戻ってきたレオナが笑った。一夏が手を止めると、彼女は表紙の名前を眺める。
「気になるところ、ある?」
「料理研究会は友達が見学してたみたいで。あと剣道部にも知り合いが」
「いいじゃん。まずはそういうので。全部の部を同じだけ見て回ろうなんて無茶もいいとこだ」
「なんか、カンジ悪いかなって」
「受け取んないコもそこそこいるよ? ウチらもバカみたいに枚数用意するなって言ってんだけど、聞きゃしないんだから」
レオナは飄々としながら愚痴を言う。服装といい表情といい、腕章がなければ風紀委員会とはとても思えない。
廊下の向こうからさっき台本を渡した女子が戻ってきた。部長に言われて連絡先を書き足したという。紙を押しつける代わりに見学の日程だけ示した。
「今日じゃなくても大丈夫。もし気になったら、この日に」
「ありがとうございます。いま約束はできないけど、予定は見ます」
一夏は最後まで言えた。相手は頷き、無理に腕を取ることもなく戻っていく。
レオナが軽く手を上げた。
「お、言えたね。それでいいと思うよ」
一夏は少し照れた。上級生に返事をするだけで褒められるのも変だが、さっきより胸が軽い。断るための言葉を用意したら、何を聞きたいかも考えられるようになった。
「先輩はどこの部活だったんですか」
「掛け持ちはしてない。もちろん規則ではオッケーなんだけど。遊ぶ時間欲しいなあってとこ」
「遊ぶって、外で?」
「ゲームよゲーム。家にいてもできるやつ。どーしても急用が入ったときにすぐ『あいよ』って出られるし、新作も積んじゃっててさあ」
レオナは持っていた書類を見直した。風紀委員の仕事が終わってもどこかで次の当番を待ち続けるわけではないらしい。
「じゃ、私はここまで。君も次の用事あるんでしょ」
「はい。教室に一度戻ります」
「おっけー。明日案内の場所に来てね。端末も持ってきて」
一夏が頷くと、彼女は片手を振って反対の廊下へ曲がった。最後まで付き添ってもらう必要はなかった。もう自分の行く方向が分かっている。
教室へ戻るとミーシャがビラへ興味を示した。
よくよく見ると、手書きとデジタルのもので二種類ある。どれも色彩豊かなのは同じだった。
「全部読んだの?」
ミーシャが聞く。
「いや、途中でわけが分からなくなった。風紀委員会の先輩が整理してくれてさ。これから確かめるとこ」
「行ってみたいところはある?」
「まだ決めてない。とりあえず気になるとこだけ見学に行く」
「意外と放課後の時間は限られてるからね」
ミーシャは自分の予定表を開いた。午前の授業、実習、追加訓練。そこへ部活動の体験時間を重ねると、参加できる日は思ったより限られている。
「ここ、実習が長引いたら間に合わないな」
「なら先に担当の人へ聞いてみたら?」
一夏は頷いた。誘われるまま申し込みを済ませずに、質問を一つ決めてから連絡することにした。
剣道部から戻った箒は机の紙を見て眉を寄せた。
「全ての部活動を見て回るつもりか」
「違う違う。これから見学先を決めるとこだよ」
「そうか。なら好きにするといい」
一夏は頷き、予定表の横へ案内を置いた。さっき助けられた話をすると、箒は風紀委員の名前だけ確かめた。まともに止めてくれる人がいたのならよかった、と短く言う。
帰りの廊下でさっき案内を渡した写真部の女子とすれ違った。彼女はカメラを持ち上げず、また都合のよい日にと手を振った。一夏も挨拶を返す。
同じ相手でも立ち止まって説明を聞けるときと、次へ急ぐときがある。それを一度断っただけで次から顔を逸らす必要はないらしい。気になっていたことが一つ分かり、一夏は自分の歩く速さへ戻った。
夜。寝室のデスクに風紀委員会のチラシを置いた。箒は「行くのか」と短く尋ねた。特に不便の多い一夏である。レオナの雰囲気からも相談事をしやすい印象があり、上級生からアドバイスを受けるのも悪くないと考えていた。
箒は「道を間違えるなよ」と一夏の迷子癖を指摘した。
代表決定戦の前々日。昼休みに尋ねた風紀委員会本部は、あの気さくな笑みが印象的なレオナのほか、如何にも生真面目そうな上級生がいるだけだった。大人数に囲まれるのではと身構えていた一夏は安堵した。
「お、らっしゃい一年生。どうぞ。そこの椅子でいいよ」
勧められるがままパイプ椅子へ座る。
「担当のペトラ・ノヴァクです。案内にも書きましたが、今日は新入生の生活上の確認です。二十分ほどで終わります」
筆記用具はすべて委員会の方で用意していた。市販品のボールペンと、記入事項欄が並んだ提出用紙が折りたたみテーブルの上に並んでいる。ペトラの手元には『総務局長』と記された小さな盾がある。丸いレンズの向こうから鋭い眼光が飛んで来た。
ポップな雰囲気では中和しきれていない。
配付資料へ目を通すと詳細な校則や各種相談の対応窓口のリストが書き連なっていた。
「これ、全部覚えないとマズいですか」
「暗記する必要はありません。そちらの資料は持ち帰っていただいて構いません。今回は登録情報の確認と、生活上の不明点などを確認するだけです」
風紀委員会用の大型端末に学生寮の部屋番号や生年月日などが表示される。一夏はそれを一つ一つ確かめ、全て正確であることを伝えた。
ペトラはニコリともせず承認操作を行なう。慣れている手つきだった。
「学校生活で気になる点は……失礼。愚問でした。不明点だらけでしたね」
「まあ……はい……なかなか馴れないな、とは常々」
「承知しています。浮かれている生徒が多いでしょう」
部活勧誘期間でもありますから、とペトラは言う。
「昨日の部活動勧誘については会計局長から報告を受けています。あなたから部の方へ伝えてほしいことはありますか」
「まだどこにも入るって約束してないことは」
「承知しました。各部の代表責任者にはこちらから通知します。生徒の通行を妨げる形での勧誘活動は事故の原因にもなりますので」
この上級生は淡々としている。レオナとは真逆の性格だ。
「部活動は義務ではありません。その点は申し上げておきます」
事務的な物言いに救われた気がした。男子だから――という前置きが一切なく、身体のことを意識せずに済む。不思議と苦手意識が沸かないのはそれが理由だと思った。
一夏は慌てて自分の携帯端末を取り出した。
「ええと、個人のケータイも使うんでしたっけ」
「はい。学生用無線電波へのアクセス権を付与する際に必要ですので」
接触式コンソールを示すペトラの手は、節張っていた。
格闘技の経験者がこんな指関節の形をしている。
一見するとボブカットにロングスカートで、如何にも女子らしい雰囲気なのだが、よくよく意識すると隙がない。一夏は言われるがまま自分の携帯端末をコンソールの液晶部分へ置いた。接触を認める小さな電子音が鳴った。
「五分ほど時間を要します。その間に書類の記入を進めましょう」
「分かりました」
書類は携帯端末の電話番号、学生寮の部屋番号、学籍番号、ほか細々とした個人情報を要求する。それぞれ説明する文章へ目を通し書き損じないよう注意を払う。不明点について尋ねるとペトラはすぐに応じてくれた。彼女の説明は無駄が省かれていて理解が易い。
最後の記入欄を埋め終わるタイミングでコンソールが軽快な音を鳴らした。こちらも承認が完了したようだった。
「お疲れ様でした。これで敷地内の電波状況が安定します」
「ありがとうございます。やっぱり場所によっては、そのままじゃ通じないんですね」
「ええ。立地が立地ですので」
「だから電池の消耗が激しくなりやすいのかあ」
一夏が思い出していたのはセシリアの携帯端末だった。
いやにバッテリーの消耗が激しいと言っていた。色々なアプリがバックグラウンドで勝手に作動しているのだろう。購入したばかりで個人に応じた設定へ調整出来ていないのだ。ペトラの説明とあわせて考えれば当然だった。
これなら修理の必要もないように思えた。
一安心だと納得する一夏の胸中を知ってか知らずか、ペトラは無言のままじっとコンソールへ置かれた携帯端末へ鋭利な眼差しを向けていた。