Infinite Stratos:Archetype border 作:ぱらさいと
専用機が届いたと知らされたのは代表決定戦の前日だった。
収納架の前で一夏は立ち止まる。白い装甲が、整備用の灯りを返している。自分が使っていた実習機より、まだ物の形が角ばって見えた。
「
千冬が端末を示した。
「俺のって……今日からですか」
「適合の確認をする。予定していた試合に使えるかはその結果を見て決める」
聞きたいことは一度に増えた。誰が持ってきたのか。どうして自分の機体があるのか。千冬は受領の経路を説明し、篠ノ之束の名を口にした。
脇で聞いていた箒の顎が引かれた。
一夏はすぐ彼女の方を向きかけたが、箒は機体を見ていた。ここで姉の話を尋ねることはやめた。
「まず着ければいいんだな」
登録された待機形態へ指を伸ばす。情報が視界に現れ、同意を求める表示が出た。読む間にも背後で整備員が状態を確認している。一夏は説明を聞いてから認証へ進んだ。
光が手足へ伸びた。床の細かな傷が近づいて見える。見る場所を変えると、壁際の人影まで追い掛けてしまった。
「一つずつ見ろ。情報を全部追おうとするな」
千冬の指示で正面の標識に目を据えた。輪郭がようやく落ち着く。
標識の端には、前に《打鉄》で付けた停止位置が細い線で残っていた。一夏はその線を使えるかと思ってから、《白式》の数値をもう一度確認した。今ここで自分が確かめたいのは新しい機体の反応だった。昨日の成功が今日も通用するとは限らない。
初期化だけが済んだ状態で操縦者に合わせた最適化はこれから進むという。呼び出せる武装は一本の近接ブレードだった。射撃装備の欄を開いても空いている。
「刀だけ、か」
「当面はな。無理に別の機体の動きを再現しようとするな」
低く浮き、止まる。一週間の練習を繰り返した。《白式》では入力の加減をまた確かめる必要があったが、止まれた感触は残っていた。
最初の停止では踵の下に床があると分かるまで、ほんの一拍遅れた。《白式》が静かに降りたあと、一夏は自分の足が動いていないかを確かめる。身体を動かしたつもりがないときにも装甲の関節は細かく位置を直していた。目の前の目盛りが緑へ戻る。そこに示される数字だけは誰の見方でも変わらないはずなのに、自分の感覚と合わないのが腹立たしかった。
「今の、止まってから少しだけ前に行った気がします」
「速度の履歴を見ろ」
千冬に言われ、表示を戻す。停止線へ入る少し前に、入力を一度強めていた。実習機で同じことをすればもっと手前で減速したはずだ。《白式》の反応が鋭いのか、自分が強く押したのか、記録の線はそこまで教えてくれない。
「もう一回やってもいいですか」
「許可する。今度は入力前に目標位置を声に出せ」
一夏は床の線を見て、目標を短く告げた。真っ白な手のひらを軽く握る。戦うための機体を着けたまま、いま練習しているのは止まり方だった。見学している整備員は急かさず、こちらが手を挙げるまで記録を取っていた。
状態を確かめるため、《白式》はいったん収納架へ戻された。整備員が外装の接続を見ている間、一夏は脇の椅子へ座った。手元に残った待機形態を見てもこれがさっきまで身体を包んでいたものだとはまだすぐには思えなかった。
箒は少し離れた壁際に立っていた。姉の名が出たときからあまり言葉を挟んでいない。見ているのは《白式》なのか、《白式》を持ってきたと説明された人間のことなのか。一夏には聞き方が分からなかった。
それまで一夏は、姉妹の話になれば箒は何でもすぐに答えてくれると思っていた。昔の記憶が近すぎたのかもしれない。ここで箒の黙っている理由を勝手に決めれば、何を尋ねても答えが先に用意された会話になってしまう。一夏は椅子を一脚引き、背もたれを指で押さえた。まず今ここへ来てくれた友人の座る場所を作る。装甲の点検が終わるまでには、まだ時間があった。
「箒、座らないか」
空いている椅子を引くと、彼女は一度、一夏の手元を見た。それから隣へ来て腰を下ろす。
「姉から直接お前へ何か言ってきたのか」
「俺には何も。届いたって今日先生から聞いた」
「そうか」
箒は膝へ手を置いた。知っていることを確かめただけの声だった。だが、それを聞けたあとで少し肩が下がったようにも見えた。
一夏は手首を返した。《白式》の待機形態が灯りを受ける。使い方を教わったばかりの道具が、急に姉妹の間へ割って入ったような気がした。
「これ使わない方がよかったか」
箒が顔を上げた。
「その判断を私に渡すな」
声に力があった。一夏は手を止める。
「お前が使う機体だ。使えるかどうかは先生と整備の人間が確かめている。私が姉のことで何を思うかまでお前の出場条件にするな」
言い終え、箒は自分の指を見た。語気が強くなったことには気づいているらしい。一夏が返事をする前にもう少し低い声で続ける。
「私も今すぐ全部を上手く話せるわけではない。だが、さっきお前が低く飛んで止まったところは見た。あれなら、もう一度やってもよいと思った」
一夏は頷いた。使っていいと許してもらうための質問をしたつもりだった。そのために箒へ別の答えまで求めてしまった。
「じゃあ、今の動きの方を見ててくれ。変なところがあったら、言ってほしい」
「分かった」
整備員がこちらを呼んだ。再展開したあとに同じ停止の手順を三度行う。その条件で追加の接続確認を進めるという。
箒も椅子から立ち上がった。整備員に呼ばれ、二人で整備台へ戻る。記録用の表示には、先ほどと同じ測定欄が並んでいた。一夏は自分の名前を見つけた。共用機の《打鉄》では機体番号が先だったが、《白式》にはこれから自分の失敗も成功も記録されていくらしい。
「一回目と二回目、両方残しますか」
「残します。上手くいった数字だけでは調整できませんから」
整備員は平然と答え、計測の開始を指示した。一夏は肩の装甲を確かめる。自分に合わせてくれると聞くと心強かったが、何も考えずに動けば、間違った癖まで機体に教えることになる。床の線までの距離をもう一度目測し、動く前に声を出した。
箒は整備台の脇で見守った。一夏は待機形態を構え、手順を声に出して確認する。整備員の合図に同意すると、白い装甲がもう一度手足へ収まった。
三度の停止のうち、二度目だけ、少し前へ出た。失敗を隠す気にはならなかった。線を越えたことを伝え、整備員が記録を残すのを待つ。三度目は姿勢を保つことを先に考えた。
「その操作を今の機体で覚え直してください。ほかの機体の記録も残しておきますが、反応が同じだと思って入力しないこと」
整備員に言われ、一夏は頷いた。実習機でできたことを最初から全部やり直すのかと思うと、少し遠く感じる。だが、足を置くまでの手順を忘れていたわけではなかった。床の線へ目を戻すと、最後の停止は自分でも落ち着いてできたと分かった。
ミーシャが区画の境界から手を上げた。銃の使用確認は今日は先に終えられたらしい。機体を収め、こちらを見ている。
「試合に使えるって?」
「確認が全部済めば。まだ最後の分を見てもらってる」
「じゃあ、そのあとの練習は今までの半分の速さからにしよう。僕も《白式》の動きを初めて見るから」
一夏は頷いた。自分が使いやすいかどうかだけ考えていたが、隣にいる相手も位置と速さを見直す必要がある。
専用機を受け取った途端に一人で準備が済むわけではなかった。明日同じ場所へ出る二人として、もう一度線の上へ並ぶことになった。
一夏の方も箒に止められる回数の方が多かった。
「今のは手から出た。足がついてきていない」
「ついてきてるつもりなんだけどな」
「腕を伸ばしたところでもう振り切ろうとしている。もう一度ゆっくりだ」
箒は竹刀を使い、自分の足を置く場所を見せた。機体の加速を掛ける前に一夏も同じように床を踏む。腕を振り上げると肩が詰まった。手術前の力の入れ方を思い出そうとするほど、そこだけ強くなる。
「力を抜け。今動かせるところでやれ」
一夏は息を吐いた。足を置き、腰を送って、刃を前へ出した。
「……それだ。そっちの方が、途中で止められる」
箒が頷いた。褒められたのが速さでも強さでもなかったので一夏は少し笑った。
最後の合同練習では真耶の《打鉄》が教官を務めた。二人で前後へ分かれた途端、ミーシャの射線へ一夏が入り、警告音が鳴る。
「撃てない」
「え、ああごめん!」
一夏が急に横へ逃げた。今度は真耶を見失う。音のした方へ顔を上げると、もう頭上にいた。
「二人とも一度止まりましょう」
着地した真耶が手を上げた。
「味方のいる場所を短く伝えることからやりましょうか。自分が次に動く方も」
「3時方向へ行く、とかですか」
「はい。ただし、向きが変わるたびに目盛りも動いては困りますね。12時の基準を揃えておきましょう」
前に習った、天井の基準表示を12時とする時計盤を使うことにした。ミーシャは銃を下げ、一夏が横切るのを待つ。待っている間に標的は動いた。間に合わなければ、撃たない。
繰り返すうちに二人の声が短くなった。動く前に知らせ、聞いてから構える。上手くいった回でも真耶にはすぐ距離を取られた。
「3時へ出る」
「僕は停止。射線を開ける」
ミーシャの返事を受けてから、一夏はようやく右へ動いた。先ほどなら返事を待つうちに標的を逃すと思い、そのまま飛び込んでいたところだ。移動した先から見ると、真耶の機体はもう半機分だけ離れていた。一夏は舌打ちを飲み込み、剣を持つ手を下げる。
「間に合わないな」
「でも今は僕の前を塞がなかった」
ミーシャは自分の銃の向きへ視線を戻した。撃てる位置にいるときだけ銃身がまっすぐ伸び、危ないと判断した瞬間、迷わず下ろす。その動作があまりに早いので、一夏は何回か見てからようやく気づいた。
「お前、狙うのをやめるの上手いな」
「褒めてる?」
「かなり」
「それなら、次は君が止まるところを僕が数えるよ」
真耶が笑って、次の開始位置を示した。二人は同時に動こうとして、まず互いの足元を見た。止まる位置を確認する時間が要る。試合でその余裕が残るかどうかは分からない。それでも練習のうちに省かず言えることを増やすのが、いま二人にできる準備だった。
終了時刻に一夏がブレードを下ろすと、箒が給水用の瓶を持ってきた。
「今日はここまでにしておけ」
「あと一回だけ……」
言いかけて、《打鉄》を収めたミーシャの汗を見た。自分の手首にも疲れが残っている。
「……いや。やめよう。明日動けなくなったら困る」
「それなら先に着替えるよ。食堂で待ってる」
ミーシャが歩いていった。箒は《白式》の待機形態を見てから一夏へ瓶を渡した。
「姉のことまで今お前が背負う必要はない」
一夏は蓋へ掛けた指を止めた。
「何かあったら聞く。それだけだ。今日は私も稽古を見た」
「……助かった。明日も見ててくれ」
箒は頷いた。
食堂にはセシリアが先に座っていた。トレーの脇へ閉じた端末を置き、こちらに気づくと一度だけ目を上げる。
「お疲れのようですわね」
「そっちも」
セシリアは否定しなかった。ナイフを持ち直し、一夏の皿へ目をやる。
「明日途中でお腹が空いたなどとおっしゃらないでくださいませ」
「それを言いそうなのは隣の方だぞ」
「明日の前に今お腹が空いてる」
ミーシャの返事にセシリアの口元が緩んだ。一夏も笑って椅子を引く。
試合の相手と同じ机で夕食を取った。明日誰が勝つかはその場では誰も言わなかった。
食事を終えて立つ前にセシリアが充電器のケーブルを片づけた。一夏はトレーを持ったまま、椅子の脚へ絡みそうになった先を渡す。
「十七か。寝るまで持つといいな」
「部屋なら差しておけますわ。ご心配なく」
「前の携帯もそんなに減ったのか」
「前の方が持ちました。新しいものへ設定を移したばかりだからしばらく様子を見るようにと言われましたけれど」
セシリアは細いケーブルを袋へ戻した。設定に詳しい知人へ聞いたらしい。ミーシャが空いた皿を重ね、一夏は持っていたトレーを箒の分と一緒に運ぶ。
「試合の前に充電器を忘れないようにしないとな」
「機体の方の確認もお忘れなく」
セシリアに返され、一夏は笑った。彼女が袋を鞄へ収めるのを待ち、四人で返却口へ向かう。食器を戻し終えると、ミーシャとセシリアは別の廊下へ折れた。一夏と箒も寮へ向けて歩き出した。
帰り道で箒は一度、一夏の歩幅を見た。実習着の下では機体を着けていないのに、足を運ぶ間隔だけが妙に揃っていた。いつもなら角を曲がるときに少し急ぐ。今日は手すりへ指を近づけ、先に曲がり角の向こうを確かめてから進んでいる。
「まだ身体が練習場にあるような歩き方だな」
「え、そんな変か」
「今、廊下の線を踏まないようにした」
一夏は足元を見る。床材の継ぎ目が、さっきの停止線に見えたのだと気づき、自分で笑ってしまった。箒も声を立てずに口元を緩める。
「《白式》、どうだった」
「良かった、って言っていいのかな。動かせたのは嬉しい。でも説明書を見てると、知らないことの方が多いんだ」
「全部を明日使う必要はないだろう」
「そうなんだけど」
返事をしながら、一夏は鞄の中の待機形態を思い浮かべた。小さなものを持ち帰るだけなのに、手元の重みがさっきと変わった気がする。箒は続きを急かさなかった。エレベーターが来るまで、二人は今日の実習で何度停止をやり直したか、互いの数え方を確かめ合った。
部屋へ戻ると、一夏は《白式》を机の端へ置いた。箒は先に湯を沸かし、二つの湯呑みを出す。食堂で飲んだ茶とは別に寝る前に少し温かいものを飲みたかった。
明日の支度を確認した。制服とスーツ。タオル。使う武装の登録。届け出をした書類の受領通知。ひとつ見るたび、端末の印を付ける。
「多いな」
「今日増えた分もあるからな」
箒は《白式》を見たが、手を伸ばさなかった。本人の機体を勝手に触らずにいる。その距離が、一夏には少しありがたかった。
「説明書、まだ読めてないところがある」
「全部、今夜読むつもりか」
「そうしないと、知らない機能が、明日急に出てきたら」
箒が湯を注いだ。一夏の前へ湯呑みを寄せ、紙の説明書の最初を開く。
「まず今日教わったところへ印を付けろ。使ってよいと確認された操作もそこへ書いておけ」
一夏はペンを取った。展開、低速移動、停止、収納。ブレードの呼び出し。審判からの停止指示を受けた場合の動作。
自分が今日、実際に行った項目には印が付いた。知らないままになっている機能は、教員へ聞く欄へ移す。今夜独りで試せば済むものではなかった。
「眠いまま出て、覚えたところまで忘れる方が困るだろう」
箒に言われ、一夏は時計を見た。もう普段、机を片づけ始める時刻だった。
明日の服を手に取り、ベッドの脇へ置いた。スーツの生地を広げると、今日の採寸確認の印が見えた。今の身体に合わせて直してもらっている。これを着て試合へ出ることは、検査で知らされた昔の自分を説明するための演技ではない。明日動ける自分のために用意されたものだった。
窓の外でほかの部屋の明かりがいくつか消えた。廊下から聞こえていた声も遠くなる。
「怖くないと言ったら、嘘になるな」
一夏は湯呑みを持ったまま言った。箒は椅子へ戻り、彼の顔を見る。
「相手がセシリアだからか」
「それもある。機体を着けて、ちゃんと最後までやれるかとか。ミーシャを邪魔しないかとか」
「全部、今夜考えて終わるか」
「たぶん終わらない」
箒は頷いた。大丈夫だとも勝てるとも言わなかった。湯呑みを手にし、自分の明日の予定表を確かめる。
「私は見学席にいる。何かを見落としていたら、あとで言う。全部を一人で覚えようとするな」
「……ああ。頼む」
一夏は説明書を閉じた。明日使う範囲を確かめた紙だけを、端末の隣へ残す。知らない項目のページへ栞を挟み、続きを読めるようにしておいた。
空になった湯呑みを流しへ運ぶ。箒は先に布団を整えていた。室内の灯りを落とす前に一夏は机の待機形態をもう一度見た。
明日の相手も自分の機体を同じように確かめているのだろうか。セシリアのライフルを握る手を思い出す。食堂でナイフを持った手と、同じ手だった。
試合へ行けば、あの手がこちらへ武器を向ける。自分も刃を持つ。その前に二人とも夕食を取り、眠って、明日の時刻に間に合うよう起きる。
一夏は目覚ましを確かめ、ベッドへ横になった。扉の外から聞こえた最後の足音が消える。隣の寝台で箒が短く声を掛けた。
「おやすみ」
「おやすみ」
閉じた瞼の裏に白い腕部装甲が浮かんだ。自分のものだと言われたとき、嬉しいより先に怖いと思ったことを、まだ誰にも話していない。
一夏は一度目を開けた。箒の寝台の方は暗い。眠っているのを起こすほどの話かと考えていると、向こうで布が擦れた。
「眠れないのか」
「まだ。《白式》のこと、考えてた」
箒は返事を急がなかった。一夏は天井を見たまま、受け取って嬉しかったことと、明日すぐ使うのが怖かったことを両方言った。
「おかしいか。自分の機体、欲しかったのに」
「初めて持ったものを初めから使いこなせるわけでもないだろう」
少し間があった。
「私の木刀も最初は長かった。お前が握っていた方が、軽そうに見えた」
「そんなこと、思ってたのか」
「言わなかっただけだ」
「だったら、明日のことで思ってることも言ってくれよ」
言ってから、一夏は布団の中で顔をしかめた。これでは昼間の《白式》の件と同じ聞き方になる。箒は少し息を吸い、暗い天井を見たまま答えた。
「無茶をしてほしくない。負けるのが嫌で動けなくなるのも、お前らしくない。……私は、その両方を見たくないんだと思う」
一夏は返事を探した。千冬は機体の数字と行動を見て指示を出す。ミーシャは隣で撃てるところを探してくれる。箒は観客席から、数字にも残らない自分の様子を見ているのだろう。
「分かった。明日、ちゃんと戻ってくる」
「当たり前だ。試合が終わったら、結果を聞く」
「箒、見てるんだろ?」
「お前の口からも聞きたい」
暗がりで、箒がこちらへ向き直った気配がした。一夏は目を閉じた。もう一度起き上がって端末を眺めるのはやめにする。目覚ましまで、まだ眠れる時間がある。
一夏は声を立てずに笑った。子供のころの箒も持ったものの重さを確かめていたのだ。明日怖ければ怖いと伝えてから始めてもいい。そう思うと、机へ戻って説明書を開く気にはならなかった。
隣で布団の擦れる音が止まった。一夏は朝にかける目覚ましの時刻を、頭の中で一度だけ確かめた。起きたら顔を洗い、食堂へ行く。《白式》を展開する前にも普段どおりに済ませることがある。その順番を思い浮かべると、胸の辺りが少し静かになった。
返事をしたあと何を確かめ忘れたか考えかけた。すぐには思い浮かばない。朝、机へ残した紙を見ればいい。そう思って目を閉じた。