Infinite Stratos:Archetype border 作:ぱらさいと
再開の合図が出た。
セシリアは素早く『ブルー・ティアーズ』へ意識を通す。
装着部から外れた四基のビットが、機体の周囲に展開する。
オールレンジからの攻撃を可能とするマインド・インターフェース兵装。操縦者の意思がダイレクトに軌道へ反映される遠隔誘導式のビーム砲台である。
四基を飛ばすだけなら迷わない。だが、今はミーシャの《打鉄》が射線を保ち、一夏の《白式》が別方向から斬り込みを試みている。ビット全基を同時に稼働させなければ片方の攻撃を許す結果となる。
「3時側から上がる!」
一夏が低く踏み込み、そのまま高さを取る。
「9時側、援護」
自動小銃の銃声が爆ぜる。
セシリアはその弾を今度は避けなかった。三基で《打鉄》を上方と左右から包囲、もう一基を《白式》の正面進路上へ。
わざと《打鉄》の視界に入る位置からビームを撃つ。
浮遊ユニットの大盾で受け止めたミーシャは素早く頭上を狙う。
だがビットは整然として配置を換え、視界から逃げた。銃口が誘われる。銃床が肩から外れ、ライフルの照準器から《ブルー・ティアーズ》の機影が消える。
「撃てない。9時側へ下がる」
「分かった。俺は進む」
一夏が答えた。
セシリアの主砲、ビームライフルが持ち上がる。
大口径ビームが《白式》の進行方向を横切った。肩へ衝撃が走る。一夏は刃を立てたが、受ける位置が間に合わず、エネルギー残存値が大きく減る。
「くっ……!」
それでも止まらなかった。ビットの一基が次に通る場所は見えている。刃を先に出さず、腰から抜けようとした。
ビットを手前へ召喚し再攻撃までの隙を埋める。
同時にライフルの照準がわずかに遅れた。
これが《ブルー・ティアーズ》の弱点とセシリアも理解している。四基のビットすべてを展開する。それだけならば構わない。だが
判断の遅延は一瞬だった。その遅延がどれほどの代償を伴うか、セシリアは画面の数字を見る前に分かった。銃身を動かせば一夏へ追いつく。だが、《白式》の刃には間に合わない。一夏が突入の軌道を変更しないとも限らない。ビットはセシリアの意思に従う。意思を受領させるには膨大な情報処理を自ら行なう必要がある。
「お近づきになるにはまだはやくってよ」
声を出して、一基を《白式》の進路上へ置く。
もう一基に《打鉄》を牽制させる。
呼吸が急速に軽くなった。
ミーシャは即座に視界のビットを銃撃する。青い光が素早く動く。銃弾は空を切った。
「見えるんだ」
感想を声に出して反芻した。銃口から射撃線を見切るのはセシリア本人の操縦技術だ。それだけで脅威だが、ビットは完全に
──懐へ飛び込むまでが問題か
一基は執拗に銃把を握る右腕を捉えている。
外周を飛び回る一基が停止した瞬間、ミーシャは大盾を構えた。
二本のビームを受け止めるのに間に合った。《打鉄》の耐久性にまた助けられた。
だが即時の攻撃には時間を要する。改めて自力で照準を調整しなければならない。
「ミーシャ!」
「僕はまだ動ける。3時側の進路を維持して」
ミーシャは息を整えた。セシリアはこちらを警戒している。いま一夏に意識を向けられれば唯一の勝ち筋が潰える。それだけは悟られたくない。
一夏は進路を維持。青い天使の機影を常に正面へ捉える。あの大口径ライフルが素早く反応した。さらに射線の左右をカバーするようにビットが上空へ走った。三基が《打鉄》の視界の上方と左右の端へ差し向けられる。
ミーシャは盾を左へ傾け、右腕を守る。
徹底的に支援射撃を封じ込めるつもりだ。
同時に一夏の弱点である曲線的な高速機動を見抜いていた。ビット制御とライフルの照準の手癖を即座にカバーしている。
スターライトMk-Ⅲの高火力ビームが照射される。
一夏は左右でなく機体を沈めて回避する。機体制御の省エネを咄嗟に意識したからだった。一度目は成功したがビットのビーム砲を駆使した連続攻撃には思考が追いつかない。
地面に対し水平の姿勢で身体を振る。脚への直撃は免れたが、飛行ユニットを掠めた。
体勢を回復したときにはセシリアとの距離が開かれていた。
「やっと近づけたのに……!」
悔しさで刃を振り上げかけ、途中で止めた。
箒に注意された動きだった。手だけを先へ伸ばせば、次に止まれない。いまはセシリアの間合いの先へ飛び込む方法を考えなくては。
見学席で鈴が身を乗り出した。
「ビットを飛ばしてライフルまで撃てんの?」
「三基が限界だね。四基全ては負荷が大きい」
フランチェスカが頷く。ビットの制御は精密だった。しかし四基同時に動くと、ライフルへの意識が途切れている。どころか《ブルー・ティアーズ》本体の動きが鈍る場面も何度かあった。
「かなり野心的な設計だ」
「アレ、セシリア以外に動かせないわよね」
「試験機だからさ」
「何考えてんだか……」
鈴は投げ出した脚を組み直す。フランチェスカの右腕はずっと鈴を抱き抱えるように身体へ回されていた。
さっき冊子を開いていた女子生徒が、箒へ小さく囁いた。
「グラハムさん。もう相手の弱点気づいてる」
「根拠があるようだな」
「《ブルー・ティアーズ》はビットの制御アシストを積んでない。操縦者の技量に完全に依存してるから、オルコットさんの『ビット三基とライフル』か『ビット四基』って限界点を超えられない。グラハムさんはずっとビットを狙って、オルコットさんの意識を自分とビットの制御に向けさせてる」
箒も頷いた。一夏は何度か懐へ飛び込む寸前だった。ミーシャのビットへの射撃が間に合ったときに限ってそうなる。戦局は一夏の回避技術とセシリアの集中力に掛かっていた。
セシリア自身、よくよく理解している。
ビット四基とライフルの同時攻撃は不可能だ。
だからこちらの弱点を狙うミーシャを先に脱落させる。
戦術変更。最初の一基で《白式》の進路を塞ぐ。残る三基を《打鉄》の左脚、右腕、自動小銃へ立て続けに攻撃させる。
「9時側から撃つ!」
ビット三基の一斉射が《打鉄》に警報を響かせた。ミーシャは躊躇なく《ブルー・ティアーズ》本体へ射撃する。
徹甲弾が青い機体のエネルギー防壁を叩いた。
セシリアの残存値が初めて減った。一分間無傷で逃げた機体に、ようやく一発が届いた。
だが、そのために銃床を戻すのが遅れた。
ビットの一撃が右腕を殴りつける。反動で両腕が大きく開く。さらに銃身へビームが直撃、照準が天井へ向く。
「……っ」
立て直しすら許されない。
左脚にビームが命中したせいで機体が一瞬、硬直する。
銃だけは手放さなかった。
「一夏。3時側、今なら通れる」
「お前の方は!」
「通れるうちに行って!」
返事が固かった。ビットの連射速度を失念していたことに、いま気づいた。
声の勢いで背中を押されるように一夏は機体を加速させる。
セシリアの思考は疲弊するどころか研ぎ澄まされていた。ミーシャの思考が手に取るように読める。自分を捨て石にすることで一夏への迎撃を遅れさせる。自分もそうするだろう。勝利のために許容しうるならば、喜んで犠牲を支払う。
「お見事」
だが詰めが甘い。
最後の切り札こそ『
通信と姿勢制御に意識を割いて生まれた空隙をセシリアが撃ち抜く。
ビット三基の斉射を三連。右腕、右脚、左腕、左脚。命中の反動で生じるブレまで完璧に計算して全弾を直撃させる。
大きな音がした。《打鉄》の残存値が零へ落ちる。
「グラハム、シールドエネルギー零。戦闘不能。速やかに退避しろ」
審判席から千冬の声が届いた。
ミーシャの機体が安全姿勢へ切り替わり、銃口が下がった。膝をつき、盾を床へ立てる。戦闘不能の表示が回線に重なった。
「……ごめん。一夏、僕はここまで」
「謝るな!」
返事をする間も一夏は進んでいた。
《打鉄》が最後に作った空間へ《白式》が入る。セシリアの四基のうち三基は、まだミーシャを押さえた位置にある。残る一基が一夏の正面を横切った。
一夏は刃を振る代わりに肩を下げて抜けた。
青い機体が目の前にある。
セシリアはライフルを引き寄せた。ビット三基、命じれば間に合う。だが捨て置いた。ここで定石に拘れば負ける。
織斑一夏はほんの数分。二分と数十秒の戦いの中で、急速に成長している。
型に嵌まったままでは
ビットの制御を完全に捨て去る。ビームライフルを照射する。
一夏も回避を捨てた。最高速度を保つため、雪片弐型の刃でビームを受ける。それた一条の光りは両断されて肩を焼いた。《白式》のシールドエネルギーが大きく割れる。
次はない。
撤退し、再突入。これまで繰返してきた戦法はもう頼れない。
ミーシャの援護を失っている。稼働時間も残り僅か。
このまま決着をつける。
最善にして唯一の選択肢だった。
ライフルの照射があった以上。ビットによる総攻撃のリスクはない。これまでの戦闘で一夏もセシリアの
「そう、お考えでしょう!」
射撃特化型といえ《ブルー・ティアーズ》にも近接装備はある。
お飾りのようなものだ。セシリア自身、必要性を感じていない。
そんなものに頼る状況を避けるのが最善と考えてきた。
セシリアもついに回避を捨てた。
逃げて助かる道などあり得ない。
「……届いてくれ!」
零落白夜が発動した。
刀身に白い光が走る。それと同時に、自分のシールドエネルギーが減り始めた。すでにほとんど残っていない。外せば、次の一撃を受けるだけの余裕もない。
一夏は自然と雪片弐型を大上段で振り上げた。
脳が忘れ去った技術を肉体が呼び起こしていた。
だが。《ブルー・ティアーズ》の輪郭が瞬間、揺れた。
違和感を抱くことも許されず一夏は二重の衝撃に見舞われる。
モニターを埋め尽くすのは、汗にまみれたセシリアの、決死の表情だった。
試合終了の信号が鳴った。
「そこまで。織斑、シールドエネルギー零。両名の脱落。オルコットの勝利だ」
千冬のアナウンスが試合終了を宣言した。
槍のように構えられたスターライトMk-Ⅲの銃口が、《白式》の胴体へ押し当てられていた。ゼロ距離ならば照準は関わりがない。
天使を彷彿とさせる機影が、ズールー戦士さながらの勇猛な姿勢で立っていた。