ドパガキ聖女は祈らない 作:創作中毒のおっさん
教皇の前で奇跡を起こしたことで私は聖女として認定された。
聖女は十人以上いるらしく、異世界人の特権ではないらしい。
上下関係とかあるのかな……。
気を遣ったりするのは、正直疲れる。
今日はもう休んでいいと言われたので、与えられた一軒家に移動することに。
おおっ、馬車だ。
これが聖女様待遇ですか……祈りを放棄しなくて良かった!
馬車の横に立っているのはメイド服を着た女性。
大人になったらメイド喫茶とか言ってみたかったけど、異世界の本物メイドには敵わないはず。
「初めまして聖女アリス・フゼ様、私はアルメット・リーフ。貴女様にお仕えする使用人です。よろしくお願いいたします」
キッチリとした挨拶。
お仕えするということは、こちらもそれなりの態度を示さないといけないのかな?
「よろしくお願いします。アルメットさん」
「早速ですが出発しましょう。アリス様も異世界からやってきたばかりでお疲れでしょうし」
私は馬車に乗り込んだ。
思ったよりも椅子が固い。これは乗ってるとケツが痛くなる予感。
聖女の奇跡で椅子を柔らかくできないのか。まあ、無理な話でしょ。
アルメットさんに手を差し出されて、馬車に乗る。
座ると同時に私はここまでずーーーーーーーーーっと我慢していたスマホを取り出した。
「アリス様、それは?」
「これは異世界アイテムのスマートフォンです」
「な、なるほど……? それで一体何を?」
なんか高級そうな板にしか見えないから、そう聞くのも分かる。
「動画でも見ようかなと」
「ドウガ?」
説明するのも面倒なので、適当にショート動画を再生する。
流れて来たのはあるゲーム配信者が発狂しているシーンだった。
あ~これこれ!
祈りとかいう虚無に向き合っていたせいか、余りにも身に染みてくる。
「音が流れて……光が……」
「というわけで、家に着くまでこれを見てるので」
「えっ……わ、わかりました」
アルメットさんは肩を落としていた。
どこか落ち込んでいるようにも見えたが、なんでだろう。
―数分後―
「き、気持ち悪っ!」
「アリス様! 大丈夫ですか!?」
折角スマホが使えるのだ、娯楽は楽しまないとしょうがない。
そう思って移動時間の暇を埋めようと思ったのに。
馬車が揺れる!
漁船かってくらい揺れる!
三半規管に自信はあったけど、これは本当に無理だった。
「アルメットさん……吐きたいんだけど、ど、どうしたらいいですか?」
「い、今、窓をお開けしますので!」
常識的に考えて窓から吐くなんてしたくなかったけど、もう我慢が出来なかった。
「うええええええええ!」
思いっきり吐くとアルメットさんが背中をゆすってくれた。
ゲロ吐く聖女とか前代未聞じゃないか。
ゲロイン聖女だ……ゲロイン聖女ってなんだよ。
吐いてスッキリすると、街の人たちの視線が痛い。
「お見苦しいものをお見せしました……! ごめんなさい!」
慌てて窓を閉める。
この世界や国の知識はないけど、流石に恥ずかしい。
「だ、大丈夫ですか……アリス様?」
「は、はい。スッキリしました」
「よ、良かったです」
アルメットさんは馬車を動かす御者に声をかけると、ゆっくり発進させた。
馬車の中でスマホを見ていると気持ち悪くなるということを学んだ私は、外の景色に目を向けることにした。
「あ、アリス様……もしよければ王都の景色の紹介をさせていただけませんか?」
「ぜ、是非! 聞きたいです」
ちょっとでも楽しい方が良いと思って気楽に答えた。
そしたらアルメットさんの表情が見るからに明るくなった。
あ、もしかして――彼女は街の案内をしたかった?
さきほど肩を落としていたのはそういう理由だったのかもしれない。
「ここは今、王都で評判のレストランで予約が取れないって言われていて、あそこは王都の景色が一望できる展望台で――」
など、アルメットさんは街のことを沢山語ってくれた。
こちらとしても知らない景色のことを説明してくれるのは、結構面白い体験だった。初めて見るものには興奮できる。
最初から景色を眺めていれば良かったのだ。
慣れているスマホに釣られすぎてしまった。
それでもドパガキは止められないが。
「アリス様、着きました。ここが今日から貴方様の家です」
二階建てのデカい家……というか最早屋敷だ。
一人で住むには明らかにデカすぎる。
ただ、狭い一軒家に住んでいた私からすればテンションが上がらないわけもなく。
「中、見て来てもいいですか!?」
「こちらがカギになります。私は少し御者と話すことがありますので……」
「分かりました! 一人で見てきます!」
後でパパに写真送って、自慢しよ。
うちの三十五年ローンの家よりすごい家、貰っちゃった! って。
家の中に入る。
すると高級そうな絨毯が引かれていて、デカくて荘厳な階段も見える。
あれ、これって靴履いたままでいいのかな?
一旦戻ってアルメットさんに話を聞いてみよう。
「すいませんアルメットさ――」
「……へ?」
彼女は巻煙草をくわえて、壁に寄りかかっていた。
恐らくこんなに早く、私が戻ってくると思っていなかったんだろうけど。
や、ヤニカスメイド!?
アルメットさんは現れた私を見て目を点にしたあと、煙を吸い込み過ぎたのか咳き込んだ。
「ゲホッ、ゴホッ!」
こういうときって私も背中をさすってあげるべきなのだろうか。
ただ、近づくと副流煙に巻き込まれそうだし……。
「あ、アリス様、どうかしましたか?」
アルメットさんは煙草を背中に隠して、何事も無かったかのように私に向き合う。
その佇まいだけは完璧に見えた。
しかしながら、モクモクとした煙が隠れ切れていない。
「アルメットさん、それは無理がありますよ」
「……アリス様、見なかったことにしてくれませんか? 今後は必ず、アリス様の目につかないところで吸うので」
止めるとかじゃなくて、見つからないようにするだけかい!
やっぱりヤニカスメイドじゃないか……。
「煙草を止めるという選択肢はないんですか……?」
アルメットはとても悲しそうな顔をした。
そして、涙をポツポツと流しながら巻煙草を地面に投げ捨てた。
「せ、聖女様が辞めろとおっしゃるなら……」
本気で泣いていた。
たばこ一本にガチ泣きする成人女性を見るのは心が痛かった。
「そ、そこまでして欲しいとは言ってないんですけど……」
「で、でも! 聖女様にお仕えする身分で煙草なんて相応しいものではないのは、分かっているんです! だから、やめなきゃいけなんです……ぐすっ」
なんだかこの状況に既視感がある。
そうだ……この人は。
「アルメットさん……私と同じだね」
「……それは、どういう」
私はスマホを取り出してアルメットさんに見せつけた。
「私もね、聖女なんて器じゃないの。ドパガキ……ドーパミン中毒のガキで、祈ることが本当にキツくて、心も汚い」
ただアルメットは納得がいかないようで首を傾げていた。
動揺しているのか瞳が揺れている。
「だ、だって私は見てました。アリス様が女の子の病を祈りで直すところを……アレはまさしく聖女のお姿で。私なんかとは違います……」
「アルメットは私を知らないからそんなことが言えるんだよ。そもそもドパガキっていうのはね……なんだっけ?」
ドパガキをネットで検索する。
まさか、こんなところでスマホが役に立つなんて……というか、ネット検索なんて最もポピュラーな使い方まであるか。
「ショート動画やゲームなどの刺激の強いコンテンツに慣れて、常に強い刺激を求めるようになり、集中力が続かなくなる若年層を揶揄する――言葉なんだよ。分かる?」
「分かりません」
考えるまでもなく即答かよ。
確かに異世界の人にショート動画もゲームも説明は難しい。
「私がさ、馬車に乗り込んだときずっとこのスマホっていう機械の画面を見てたじゃん……あれの中毒っていうか、大好きで……日常生活に支障をきたしてるんだよね。刺激の少ないことができないというか、集中を保てないというか」
「な、なるほど……」
女神さまにイヤホンを貰うのを忘れたので、音も垂れ流していたし多少は分かってくれていると信じたい。
「アルメットも同じでしょ? 煙草がないと生きていけない、生活に支障をきたすレベルでハマっちゃっている」
その言葉にアルメットは力強く頷いた。
何度も。
「だからさ――」
私はアルメットが落とした煙草に近づく。
火は完全には消えてないが、汚いし、吸えたものではないはず。
「祈ります」
「あ、アリス様!? や、やめてください!」
アルメットは驚いてるし、言葉で止めようとしてくるが無視だ。
逆にあり得ないくらい心が透き通っている気がした。
これから願うことは簡単だからだ。
煙草を未使用品に戻してください! アルメットが吸いたがってます!
煙草を未使用品に戻してください! アルメットが吸いたがってます!
煙草を未使用品に戻してください! アルメットが吸いたがってます!
本当にこれだけだった。
すると、三十秒ほどであたりが眩い光に包まれた。
祈りが叶ったということだ。
◆ ◆ ◆
「…………」
女神さまが不機嫌そうな顔をしてこちらを見つめている。
いや、まあ理由は分かるけど。
『まさか二回目の祈りの内容が、煙草を未使用品に戻してくれ、だなんて思ってもみませんでしたよ……本当にすごい子ですね』
馬鹿にされている気がする。
確かに聖女の祈りでやることではないけど。
『それにしてもよく気づきましたね。祈りが万能の力だと』
「え、そうなんですか?」
『無自覚……まあ、いいでしょう。今回は大したことではないので、もう帰っていいですよ』
「失礼します。ありがとう女神様!」
◆ ◆ ◆
戻って来た。
足元には未使用品の煙草が転がっていた。
「どうぞ、私に副流煙を向けないのと、換気に気を遣うなら煙草を吸っても大丈夫です。できれば屋外でお願いしたいですが」
アルメットは目に涙を浮かべていた。
この人にとっての煙草は、私にとってのスマホくらい大事なものなんだろう。
「は、はい! ありがとうございます!」
「それと引き換えにとは何ですけど……お願いがあります」
「何でも聞きます!」
アルメットは私を崇拝するかのように、見つめていた。
どちらかといえば、お願いはその逆なのに。
「私を対等な友人と思ってくれませんか? 同類ですし……その、ずっと聖女としてのキャラするの大変だから」
「…………頑張ってみます」
アルメットは胸の前で握りこぶしを作って見せた。
そんなに頑張ることなのかな……?
「私は、家を見てくるので、アルメットも一服したら来てね」
「勿論です!」
そうして、私の異世界聖女生活が始まりを告げた。