ドパガキ聖女は祈らない 作:創作中毒のおっさん
一週間の旅を終え、瘴気に汚染されているという農村の近くに到着した。
旅は退屈だったけど、その分、必死に祈らなくて良い言い訳を考えた。
これなら、多分教皇や他の聖女たちも許してくれるはず!
あとは農村の人たちを説得して帰るだけ。
そう思っていた。
「……なんかヤバくない?」
「なんかじゃないですよ。普通にヤバいですよ」
馬車の中にいるのに空気が汚いことが分かる。
都会特有の空気の汚さとは違う。
そこにいるだけで体調が悪くなるような、そんな穢れを感じる。
「うわ……畑も」
何の作物が植えてあるのかは分からないが、灰色みたいな色をして腐っている。
食ったらヤバそうなのが目に見て分かる。
農村の中で馬車は停車。
騎士の人にドアを開けて貰って降りる。
「肌寒い……」
肌寒いと言うか汚染された空気が皮膚を攻撃しているようなイメージだ。
土地全体というか、空間全体がおかしくなっている。
そこにやってきたのは額に皺が寄ったおじいさん。
私を見るなり、涙を流し出した。え、なに?
「申し訳ありません……こちらへどうぞ」
「はい……」
そのおじいさんは建物の中へと私を案内してくれた。
私の家に比べたら簡素ではあるが、それでも周囲の家屋より立派な気がする。
「どうぞお座りください」
おじいさんは私を座らせて、自身も机に座った。
「私はこの村の村長をしておりますドルフと言います」
「ドルフさん……よろしくお願いします」
この村の現状を説明してくれる感じかな。
いかにもヤバそうだが、意外にも大丈夫だったりしないかな? してくれ。
「それでドルフさん、村はどういう感じなんですか?」
「廃村一歩手前です。村近くの森に莫大な瘴気を纏った魔物が表れて土地を荒らしたんです。騎士団が討伐をしてくれたんですが――このあたり一帯の土地は死んでしまいました。作物も全て枯れてしまって……」
それは馬車の窓から見ていても分かった。
ここまでの道中で魔物に襲われたが、あれらが瘴気をばら撒くという認識でいいのかな? よく分からない。
「村人たちはどうしたんです?」
「他所にあてがある住民は避難できたのですが、そうでないものはここで耐えています。食料はまだ備蓄があるのですが……水の方が」
「水?」
「はい、水源も汚染されてしまったようで……」
確かに水の備蓄は大変だ。
パパが災害用に水を沢山備蓄してたけど、あれでも一週間とかしか持たないらしいし。ここが農村で蓄えが少ないと言うのなら、もっと少ないのかもしれない。
この村の窮状は分かった……でも断りたい。
農村の範囲くらいだと思っていた土地の浄化。実際に来てみれば、その近くにある森までおかしな景色が広がっている。
病人を一人治す奇跡で数分なのだ。
一時間以上かかるというのも納得ができる。
私の実力じゃどれくらい時間がかかるかも分からない。
そんな風に静かに心の中で葛藤していると。
いきなりドアを開けられた。
大勢の老若男女が私の元に迫ってくる。
「ちょ、何なんですか? アリス様から離れてください!」
アルメットが必死に私から人々を離そうとするが、彼女ですらも人ごみに流されてしまう。もしかしなくてもこの人たちは――。
「聖女様だ! どうか我らの村をお助けください!」
「新鮮な水が飲みたいんです。どうかお願いします、聖女様」
「ママの顔色が悪いの……聖女様……助けて」
「もう限界なんです……聖女様、お願いします!」
村人たちの必死な懇願。
しかも至近距離で。
ここで、うーん無理! なんて言えるはずもない。
それは彼らからのプレッシャーを間近で浴びているからだ。
でも、そんなに切羽詰まっている現状があるからで、何とかできるかもしれない者である私が逃げるのも……。
「……お任せください。聖女である布瀬有栖がこの村を救ってみせましょう!」
あ~言ってしまった。
できるわけないのに!
ただそんな私の葛藤など村人たちは知ったこっちゃないので。
「ありがとうございます! 聖女様」
「これでこの村が助かるぞ!」
「うおおおおおおおおおお」
「これで婆さんが助かる……!」
みんな大喜びだった。
「せ、精一杯頑張らせていただきます……」
私は張り付いたような笑みを浮かべていた。
なぜかアルメットはニヤニヤしていた。
メイドなんだから助け船出してよ!
◆ ◆ ◆
祈りの手順は先輩聖女のマグノリアさんから教わっていた。
地脈と呼ばれる土地の生命線の上に座り、祈るだけ。
聖女はこの間に無防備になるため、騎士たちが護衛する。騎士たちが同行している理由の一つだ。
「じゃあ、祈ります!」
村を救う。
土地を回復させる。
イメージを広げて、麦穂が揺れるさまをイメージする。森が緑で生い茂って、川に綺麗な水が流れるのを想像する。
村人たちがみんな笑っていて……。
ただ漠然と祈るより、こっちの方がまだ集中できる。
しかし、五分を超えたあたりからだろうか。
体が徐々に震えてきた。
き、禁断症状が――。
ど。ドパが足りない! 刺激が足りない!
もう祈るの無理! 無理だから!
で、でも頑張らないと――いややっぱり無理!
どうにかして祈りを中断させないと……!
そうだ、旅が始まる前に祈りを避ける方法を考えようとしてたんだった!
やっぱりそっちでいこう!
私は聖女じゃなくて、賢者的聖女でやる! やらせてください!
知恵を振り絞れ…………!
とにかく祈り自体を回避する方法は思いついたので、目を開けた。
「……アリス様?」
一番傍にいたアルメットが目を開けた私に気づく。
「まだ! まだこの地には瘴気をばら撒いている魔物がいます!」
嘘なんですけどね!
そんな私の言葉に騎士たちが集まってくる。
ここまでフレンドリーでいたせいか、誰も疑うような視線を向けてこない。
「このまま祈っても、また土地を侵されるだけです。魔物は、えっと――森の方にいる気がします」
「分かりました! 聖女様の護衛を除いた者たちで、捜索しに行って参ります!」
騎士たちは、そのまま森の方へと向かって行った。
そんな中、アルメットが護衛騎士たちに告げた。
「アリス様は祈りでお疲れの模様だ。少し馬車の中で休ませてもらう」
「はっ!」
流石私のヤニカスメイド! 有能極まりない。
私は疲れたフリをしながら、アルメットに導かれて馬車の中に。
これでようやく人の目から離れられる。
私はスマホを取り出してSNSを――と思ったら、アルメットにスマホを奪われた。
「し、死んじゃう! 私が悪いのは分かってるからちょっとだけ! ね!」
「…………ほんとにちょっとだけですよ!」
「はい……」
SNSを開いて漫画を見る。
くう~この更新を待ってたんだよ。
あ~脳に栄養素が解き放たれてる。
でも、約束したからそれ以上はスマホに目を向けない。
なんとか手から離して、体の横に置いた。
「よくできました!」
馬鹿にされているのは分かるが、反論できない。
そんなアルメットが真剣な表情になった。
「それで……これからどうするんです? 聖女アリス・フゼ様?」
「どうしようね……」
「やる気はあるんですよね?」
「やるよ……けどさ」
さっき試してみたが、五分から十分ぐらいが私の祈りの限界。
これだけ広大な土地を、その程度の祈りで元に戻せる気はしない。
「……そういえば奇跡を起こすために必要な祈りの時間って何が基準なの?」
「それを私に聞きます? 日頃から祈っているアリス様の方が詳しいのでは?」
「それはそうなんだけど……病気を治すくらいしかしてないから。あれって大体、私だと五分くらいだし」
そう病気を治す祈りは五分くらい。
ただ皆、難病や重い怪我などで……。
「アルメット、ちょっと実験に協力してくれない?」
「いいですけど……何をするんです?」
「悪いとは思ってるんだけど…………ちょっと自傷してくれない?」
「分かりました」
アルメットは躊躇なく持っていたナイフで指のハラを切り裂いた。
「ええええええええええええ!」
「うわっ、驚かないでくださいよ。やれって言ったのはアリス様でしょうに」
「いやそうだけど……」
それでも普通はためらうでしょ……。
異世界人ってこれくらいの怪我なら日常茶飯事なの? 怖っ!
「……なんか失礼なこと考えてません?」
「いや別に……ってそれよりも!」
アルメットの行動にビックリしている場合ではない。
祈りについて検証したいことがあるのだ。
「じゃあその怪我を治すね」
「お願いします」
アルメットの怪我治れ!
そう願うと、一瞬で小さな光が迸り傷は消えていた。
「これが奇跡……痛みも何もないですね! もう一回やりますか?」
「もう大丈夫……それにしても、一瞬で治ったね」
「もう一回やりましょうよ!」
「……ちょっと黙ってて」
やっぱり祈る内容によって時間に変化があるのかな。
常識的? に考えれば難病や重い怪我の治療が、ただの切り傷の治療より楽なのは明白だ。傷を清潔にしてれば治るものと何か処置が必要なものでは、当たり前に治療の難易度に差が出る。
「やっぱり大変になればなるほど祈りに時間がかかるってことでいいのかな……? アルメットはどう思う?」
「まあ、多分そうじゃないんですかね?」
なんだその言い方。
そのくらいは、聖女の側付きである彼女なら知っていそうだが。
「アルメットは聖女の祈りについて、何か知っていることはないの?」
「特には……」
優秀であるはずの彼女に知らされていない?
じゃあ、もしかして聖女の能力については未解明なことも多かったりするのだろうか……異世界人だから何も分からないが。
「仮に実現が難しければ難しいほど祈りに時間がかかるとしたら――実現が簡単なことを祈れば良いのか。土地の浄化をより簡単に?」
案自体は思い浮かぶ。
祈りを複数回に分けて、土地を少しずつ回復させる方法。
でもそれじゃあ、結局祈りの時間は減っていない。それどころか、総量で言えば増えていそうだ。本末転倒にもほどがある。
「考え方は合ってる気がするんだけど……」
そもそも土地を浄化するってなんだ?
恐らくだが、瘴気に侵される元の状態に戻すことを指すのだろう。
つまり土地から瘴気を取り出せればいいのであって……。
いや違うような……。
「…………閃いた!」
あ、これ気持ちいい!
悩みが解決する瞬間ってこんなにも気持ちが晴れるんだ!
「どうにかなりそうですか? アリス様」
「なりそう! ちょっと楽しくなってきた! あは、あははははは!」
やっぱり賢者的聖女やれるかも!