「やった! やった! これでもうウチは役立たずじゃない……!」
そう言って笑う少女に、手の中の輝きが偶然の産物だと言うことがどうしてもできなくて。
だからオレは、少女の師匠になることにしたっす。
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「うわ〜、本当に出そう……」
「怯えるなって、オレがついてるからさ」
「わ、チクっとした! 虫に喰われたかも……」
深夜2時、丑三つ時。
男女のカップルが、廃病院「かげろう医院」の内を歩いていた。
ありがちな肝試し。日常では味わえないスリルを、ローリスクで摂取しようという魂胆だった。
もしこの世界に本当に霊や怪異がいないのなら、それは正しい選択だったかもしれない。
「……ん? なんか……お前の腹、大きくなってねぇ?」
「は? 太ったって言いたいわけ?」
「そうじゃなくてさ……なんか……腹がぽっこりして……」
震える指で、男が女の腹を指差す。
女が下を見れば、妊婦のように膨らんだ自分の腹が目に入った。
「ちょっ……待ってよ、これ噂の……!!」
かげろう医院に伝わる噂。
医院に入った女性が性行為もしていないのに妊娠したようにお腹が膨らんで、CT検査をするとお腹の中には小蜘蛛がぎっしり詰まっていた。
女性は小蜘蛛に栄養を吸い取られ、そのまま手術する間もなく死亡したらしい。
「はっ、早く車に行こう! 病院行って、医者に診てもらおうぜ!!」
男は女の手を掴んで入り口まで走る。
しかし、女の顔は青ざめたままだ。むしろどんどん酷くなる。
「ね、ねぇ……なんか……お腹、どんどん膨らんでない?」
男が振り返れば、女の腹はバランスボールほどまでに膨らんでいた。
「こ、これ……このまま……破裂しちゃうんじゃ……」
そう、この場に巣食う怨霊に、二人をこのまま帰す気はない。
女が終わったら男を、腹を裂いて殺す気である。
二人が死ねば、肉体から放出された魂を喰い、自身の存在の強化に充てるつもりだ。
死ね。早く死ね。
巨大な蜘蛛の背中に翁の顔面がついた姿の怨霊は、足を擦らせて今日の晩酌を楽しみにしていた。
霊とは言っても、生前の記憶なんかは残っていない。人間の恨みつらみが魂をエネルギー源として形を成したそれは、周囲の魂を喰らうことしか考えていない。
もし一般人が出会えば、魂ごと貪られて怨霊の仲間入りをするしかない。
(だから。だから、
「すいません、ちょっと触りますっすよ。『イナゴの号令』」
音もなく廃病院の暗闇から、17歳くらいの青年が現れた。
青年がお腹が膨らんだ女の首筋に手を当てると、女の腹がみるみるうちに凹んでいく。
「う、げっほげほ……!」
元の大きさに戻った女の口から、一匹のイナゴが飛び出した。
飛び出したイナゴは、青年の指先に止まる。
青年は糸目を動かして、廊下の天井に潜んでいた怨霊と目を合わせる。
自分の姿が見えている。
怨霊の足に冷たいものが走る感覚がした。
この青年は確実に殺しておかねばならない。
怨霊は自分の全身に『流れ』を走らせ、呪いの針を飛ばす。
青年の頭部に針が刺さり、怨霊は勝利を確信した。
はずだった。
怨霊は絶句した。
青年の魂の質量が大きすぎる。
人間の魂はここまでの重量にならない。
呪いとは相手の魂に自分の『流れ』で誤作動を起こさせて肉体を破壊する技だ。こんな相手を呪うことなどできない。
「
呆然としていた怨霊は、青年がカップルを引っ張って別の部屋に移動したことに今気づいた。
それと同時に、廊下の端から凄まじい『流れ』が脈打っていることも。
「了解です師匠! 『大権現・銀杏』!!」
浅黄色の閃光が廊下を走る。
手裏剣のように形を変えた『流れ』が、怨霊の体をズタズタに寸断した。
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カランと音を立ててスマホが地面に落ちたっす。
怨霊の核になっていたのはこのスマホっすね。
最近電子機器に取り憑く霊が多くて困るっす。ネット空間に充満する思念が怨霊の核になりやすいらしいっす。
「師匠! 師匠! どうでしたか今の『大権現・銀杏』! なかなか上手くできたと思うんですけど!」
「80点っすかね」
オレは紡に二本のソーセージ状の物体を投げるっす。
紡の『大権現・銀杏』に巻き込まれて切れた、オレの右薬指と右小指っす。
【ぎゃああああああああああ!!! いたああああああい!!!】
なんで毎回ルッさんが痛がるんすか……。
【いやキミが泣かないから私が代わりにだね……】
「す、すいません師匠!!」
「いいんすよ、一般人に当たらなかったんだし80点あげちゃうっす」
「今すぐ治します! 『
紡の指先に細長い糸が現れ、オレの指と手を縫い合わせていくっす。
便利っすね、
紡は「ごめんなさい……」と繰り返しながらオレの手を治療してくれるっす。
指が千切れるくらい大したことないんすけどね。我慢できる範囲の痛みだし。
別に紡がノーコンなわけでもないっすしね。悪いのだいたいルッさんなんで。
【なんだよう……事実だからってさぁ……】
オレ、
それがルッさん。
ルッさんはなんか、生まれた時からオレの脳内にいたイマジナリーフレンド……だと思っていたっす。
オレの魂を別世界からマーキングしてずっと観測していたが、ルッさん自身の体を同じ世界の生き物に破壊されたことにより行き場を失った魂がオレの体に入り込んだ、とかなんとか。我が妄想ながら凝った設定だと思っていたが、本当だったらしいっす。
ルッさんの存在が本物だとわかったのは、漂業を使う紡に会ってからでした。
漂業っていうのは『流れ』っていう生命エネルギーみたいな物を利用して使う技で、まあ魔法みたいなものっす。
で、その漂業をこの世界に伝えたのは、ルッさんらしいっす。
ルッさんがオレの前前前前前世の人間に話しかけて、そっから世界に漂業が広まったんだと。
だったらルッさんはオレの世界で大英雄……とはいかなくて。
それどころかバチバチに敵視されてるんす。
ルッさんを殺すだけの漂業とかも開発されてて。
オレはチラリと視線を下げて、紡の持つ青い刃の流器『タケハズチ』を見るっす。
「……『タケハズチ』の調子はどうっすか?」
「出力は全開の7割程度です。最近高い水準で安定してきました!」
この『タケハズチ』、ルッさんを殺すためだけの剣なんすよね。
要はオレが近くにいるから起動状態になってるだけなんすよね。
なんかちょくちょくオレに斬撃飛ばしてくるんすよね。
オレがいないとガチで鈍らなんすよね……。
まさか紡にルッさんのことを話すわけにもいかないし。
かと言って紡から離れたら自分の実力を見誤った紡が怨霊討伐で死ぬかもしれないし……。
経歴を偽って(というか無言を貫き通して勘違いしてもらった)、一応師匠っていうポジションにつけたのはいいんだけど、これからどうしよう……。
【とりあえずは、この人たちの記憶処理じゃないか?】
オレは目の前でガタガタ震えてるカップルを見る。
漂業は厳重に秘匿されてるっす。
悪いけど、今起きたことは忘れてもらうっすよ。
「『
手に持った、さっきの怨霊の呪いで作ったイナゴを握りつぶし、『流れ』に変換。それをリソースに漂業を発動。
『イナゴの号令』は他人の漂業を自分の『流れ』に変換する漂業。
オレは自力じゃ『流れ』を強く練れないっすからね。弱い『流れ』で発動できる漂業を元手に他人の力を借りるっすよ。
オレの手から放たれた光が、カップルの目を貫いたっす。
カップルはガクガクと体を震わせ白目をむいて気絶。
……毎度思うけどこの術怖すぎっすね。
漂業が秘匿されるわけっす。