「西。
体の震えをかき消すように手を握りしめ、紡は決戦のフィールドへと足を進めた。
ここは天才漂業者である蘆屋道満が京都の地下に作った結界、『明星要塞』。
『明星要塞』は木造の立方体であり、3層に分かれている。
紡がいるのはその最下層だった。
「う……」
目の前にある半透明の橋を見て、紡は嫌そうな声を出す。
今から橋の上で決闘をしなくてはいけないというのもあるが、橋の下にある呪いの海が見ていて不快だった。
京都中の悪感情に飲まれた魂をろ過し、怨霊の発生を防ぐ役割を持つ『明星要塞』の最下層には、ろ過した人間の思念が、思念に当てられて腐った空気中の『流れ』と混じりあい、ヘドロ状になって沈殿している。
千年溜まった澱みは、いつか誰かが解消しなければならない。
人口増加に伴い、ヘドロの量も増えた。並みの術師では触れた瞬間に体が腐ってしまう呪いの海だ。
「東。
行司の声に従って、白い肌に金髪の男が対岸から歩み出る。
「知ってるか? お姉。千年前には、ここでの決闘で負けたやつは呪いの海に落とされていたんだって」
「何がいいたいんですか。英雄くん」
「今の時代に生まれてよかったねって話。お互いにね」
英雄の言葉に、紡は唇を噛む。
数回言葉を交わしただけで、既に紡は弟に吞まれそうになっていた。
(悔しい……! ウチは勝ちますよ、師匠!!)
「聞きましたよ紡。『タケハズチ』の起動に成功したそうですね」
思案に浸る紡に、観客席から声がかかる。
紡の祖母、さゆりだ。
「『タケハズチ』は結城家の家宝。どうか使いこなしている所を見せてください」
「はいっ! 英雄くんに、ウチは勝ちます!」
実力主義の祖母に自分を認めさせれば、何かが大きく変わるかもしれない。
紡は頬を叩き、自分に活を入れる。
「両者見合って……勝負開始!!」
「『タケハズチ』!!」
紡は腕に巻き付けた羽衣に『流れ』を込める。
羽衣は絡まりあい、長い両刃の刀身が現れる。普段ならそのはずだった。
「……は? ち、ちっちゃい……」
刀身が、カッターナイフほどの長さしかない。
斬撃を飛ばす漂業である『大権現』を『タケハズチ』の刃に乗せるのを基本的な攻撃手段にしている紡だったが、この様子では『大権現』も普段の三分の一程度の火力しか出ない。
「いいのかよ、お姉。貴重な漂業をそんな鈍らに使っちまって」
英雄が淡々と距離を詰める。
一度の戦闘で使える漂業は、三つまで。
漂業とは己の魂を『流れ』の中に浸す行為であり、あまりに多くの種類の『流れ』に魂を浸せば自分の魂は色を失ってしまう。肉体はそれを避けようとする。
どんなに無理をしようとも、人間は今の技術では短時間で三つの漂業までしか使えない。時間を置いて、ゆっくりと休息を取れば魂も回復し、新しく漂業を使う余裕ができるが。
「『カナヤゴ』」
「っ!」
紡は咄嗟に背中を向け、手と『タケハズチ』を体の影に隠して体を縮こまらせた。
とたんに背中が重くなる。体が動かなくなる。
英雄が適合した流器『カナヤゴ』は、英雄が視認したものの表面を鉄へと変える漂業を持つ。
自分の拳に使えば強力な鈍器になるし、相手の関節を鉄にしてしまえば相手はロクに動けなくなる。
紡は背中側と足の裏側を鋼鉄にされてしまい、動きを封じられてしまった。
「ふだんならオレの懐に飛び込んで速攻仕掛けてくるのに、どうしたんだ? 全身を鉄にされちゃ、勝ち目がないってわかりきってるだろ?
身体強化の漂業を使い、鉄化した拳を打ち合わせ、英雄が近づいてくる。
その音を聞いて、紡は笑った。
「師匠との修行の成果を見せてあげます! 『大権現・銀杏』!」
紡の懐から、浅黄色の光が放たれた。
手裏剣のように射出された斬撃が、英雄に迫る。
ルッさんが考案した『大権現』の派生技、『大権現・銀杏』の優れたところは手首で刀を振るだけで発動できるという所だ。
大きく体を振らずとも、最小限の動きで相手を攻撃できる。
「どうせこんな長さの『タケハズチ』じゃ接近戦は無理なんですから! 遠距離から一方的に削ってあげますよ!」
英雄は放たれた手裏剣の弾幕に怯み、両手を盾にして斬撃から身を守る。
放たれた斬撃を体で受け止め、英雄はさらに驚いた。
重い。一撃一撃が、そこらの怨霊なら仕留められるほどだ。あの短い刀身で放たれる斬撃とは思えない。
「……ッッ。『大権現』!」
このままでは遠距離から一方的に嬲り殺されてしまう。
焦った英雄は、手刀で『大権現』を放った。
斬撃が紡の背中にぶち当たり、鈍い音が鳴る。
「~~~~~ったァ!!! でも、この程度でウチが止まると思ったら大間違いですよ!」
手裏剣の量を増やしながら、紡が吠える。
英雄が紡に施した鉄化は、紡の行動を封じる枷になると同時に紡を守る盾になっていた。
(このままじゃ勝てない……鉄化を解除するか?)
英雄は考える。
急に鉄化を解除すれば、多くの人間はバランスが崩れて隙ができる。
その隙をつき、接近戦に持ち込む。
勝つためには、そうするしかない。
でも、向こうもそのことに気づいていたら?
「上等だよ……」
英雄はにやりと笑い、ゆっくりと紡に迫る。
1秒。飛んできた手裏剣が耳を削いだ。
2秒。鉄化した腕に罅が走る。
3秒。ふとももが貫かれる。
4秒。額が切れて目に血が入る。
5秒。
(『カナヤゴ』、解除っ!)
紡の体が一瞬よろめいた。
その瞬間を狙いすまし、英雄は鉄化した手刀を紡に向ける。
瞬間、紡と目が合った。
「『大権現』」
「『大権現・半月』」
斬撃が交差する。
ずるり、と嫌な音が鳴った。
気づけば英雄の視界には、天井が映っていた。
「なんだ、接近戦もいけるんじゃん……さっきのセリフはブラフかよ……」
「師匠にしごかれてますから。このくらいの刃渡りでも、人間の体くらいなら真っ二つにできます」
ルッさんが考案した『大権現』の派生技、『大権現・半月』。
これは速度と威力に特化し、『大権現・銀杏』とは反対に射程が短い。
近接戦専用の、一撃必殺だった。
「なんだ、いい師匠に、巡り合えたんだな……こんどオレにも、紹介して、くれよ……」
それだけ言って、英雄は目を瞑った。
「勝負あり! 勝者、結城紡!!」
行司の声とともに、観客席からワッと歓声が上がった。
医療班が橋の上に立ち、英雄の体を漂業で治していく。
「結城家の娘……できそこないだと聞いていましたが」
「『大権現』をあそこまで活用するとは」「あの漂業の練度は倫太郎殿に匹敵するのでは」
様々な声が、好奇心にあふれた目が、紡を取り囲む。
紡は嬉しさより慣れない歓声に対する違和感が勝り、素直に喜べないでいた。
「紡。見たいものとは違いましたが……あなたの成長には驚かされました。これからも、その調子で精進なさい」
「……! はい!」
さゆりの言葉は、どうにか紡も飲み込めた。
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御前試合が終われば、『明星要塞』の最下層でいつも通りの会議が始まった。
最下層での決闘を観戦できるように広いスペースがあり座席が作られているためだ。
日本各地に出現する怨霊、それに一般人が襲われないようにするための結界の調整などを予算を見ながら話し合う。
議題がつき、そろそろ解散か、と思われた時だった。
「あ、ちょっといいですか?」
一人の少女が手を上げた。
年は紡と同じ16歳程度だろう。
雑に切りそろえられた長い髪の持ち主で、背が同年代と比べると小さい。
しかし少女のことを誰も侮ったりはしない。
彼女が圧倒的に強いからだ。この場にいる誰よりも。
当代最強の名前をほしいままにする少女の名は、
坂田家の秘蔵っ子である。
「僕、ずっと前から考えてたプロジェクトがあるんですよ。根回しはもう済んだので、このあたりで皆さんにお披露目しようかなって。入ってきて~」
坂田が手を叩くと、坂田の座席の後ろから、少年少女の20人ほどの一団が出てきた。
年齢が異様に若い。11歳ほどの少年もいる。
体格も性別も服装もバラバラで、まったく統一感がない。
「紹介しますね。コツコツ育ててきた僕の私兵です。ちっちゃいけど、みんな強いですよ」
そうやって紹介する坂田の後ろに紡は目が釘付けになった。
少年少女の一団の中に達也がいたからだ。
(し、師匠~~~!! 坂田さんの私兵だったんですか!?? 道理で名前とか教えてくれないと思ったら!!)
坂田は日本地図を広げながら、地図の各地に駒を置いていく。
「プロジェクトの名前は、堕天殺し作戦。人類が永らく悩まされてきた目の上のたんこぶ、魔王ルシフェルの討伐作戦です」
坂田が笑う。
漂業者たちの間に動揺が走った。