漂業を一般人に使おうとしていた少年に引っ張られ、長い階段を降りること数十分。
オレは何やら広い競技場みたいな所に来てたっす。
サッカー場みたいに中心にある橋を座席がぐるっと囲んでいて、真ん中にある橋の下にはヘドロみたいなものが溜まってるっすね。呪いの塊か何かっすかね?
座席を見渡していると紡が座っているのを確認できました。
『流れ』が消耗しているのを見るに、御前試合は終わった後みたいっすね。
でも紡はどこか満足そうだし、勝てたんすかね?
「このあたりで皆さんにお披露目しようかなって。入ってきて~」
柔らかそうな女性の声が聞こえて、周囲の少年少女が声の主の背後に立ったっす。
ここで怪しまれるわけにはいかないっす。オレも真似するっすよ。
【……は? 嘘だろ、まさかそんな……サ、サターン……?? いや待て、この少年少女も……!!?】
ど、どうしたっすかルッさん。
かつてないほどの焦りが伝わってくるっすよ。
【この女、魂が二つある。それも、サターン……私の世界で私の肉体を破壊したやつの魂が入っている。どうしてここに? あ、まさか……私が石板に描いていた漂業の回路を使って、魂をこの世界に送り込んだのか?】
なんでそんなもん残しておくんすか!
【誰かに見られると思ってなかったし、メモしておかないと忘れて使えなくなっちゃうだろ!】
んまあそうっすけど……!
っていうか、そのサターンは何が目的なんすか? 地球侵略とか……?
【いや多分、私の魂を殺せていないことに気づいたんだ。私の存在を最後まで滅するつもりに違いない。となるとやつの目的は……】
「プロジェクトの名前は、堕天殺し作戦。人類が永らく悩まされてきた目の上のたんこぶ、魔王ルシフェルの討伐作戦です」
【だよね〜〜!!! この世界の人間を使って私を滅しようとするよね!!】
ル、ルシフェル……??
ルッさんのルって……ルシフェルのルだったんすか?!
【名付けの呪いというのがあってだね……敵に神話の悪役の名前をつけたりして相手の存在を弱体化させるというやつなんだが。人の子から貰った名前だから呪いだとしても大事にしたくて……。そもそもあんまり効かなかったし】
オレが脳内でルッさんと会話している最中も、女の人(周囲の会話から、坂田さんという名前らしい)は会話を続けているっす。
「ルシフェルは確実にこの世界に干渉しています。蘆屋道満などの超越者が生まれるのがその証拠」
そ、そうなんすか?
【蘆屋道満は君の前前前世だよ。『流れ』を練る力に長けていたから色々教えたんだ】
そうなんすか?!
「漂業とはそもそもがルシフェルの手によって施されたマーキングです。一定数以上の人間が漂業を認知すればルシフェルはこの世界に顕現する……そのルールにより、人類の漂業は停滞してきた。もしルシフェルさえ殺してしまえば、漂業の恩恵を世界中の人々に与えることができる」
……そうなんすか?
っていうか現れただけでえらい嫌われようっすね。
ルッさん、別に人間に危害を加えたりしないっすよね。
【私、周囲から『流れ』を吸収する体質で……街に近づくと人を守っていた祖霊とか漂業で作った防御システムとか飛んでたら全部食べちゃったんだ。お詫びのつもりでしばらく街の警備とかしたんだけど、どうやってもマッチポンプ以外の何物でもなくてね……】
か、悲しき怪物すぎるっす……。
「僕は人間の魂の色を判別する漂業を開発しました。しかし、漂業者は、ルシフェルの魂の色に近すぎる。漂業そのものにルシフェルの因子が組み込まれているからです。まずは日本での、漂業の使用を禁止します」
坂田さんの発言にどよめきが走るっす。
そりゃそうっす。怨霊とかにどう対処すればいいっすか。
「そのために僕の私兵がいます。この子たちは何度も魂の色を確かめた、信頼できるものたちです。この子たちに全国の警備を任せましょう」
どよめきは全然収まりません。
たかだか20人くらいの子供たちに国全体の警備を任せるなんて、正気じゃないっす。
この子供たちも、サターンと同じ世界から魂を飛ばしてきたサターンの同胞なんっすね。
殆ど侵略っすね……。
「私は坂田さんの意見に賛成です」
「さ、さゆりさん?!」「おばあちゃん!?」
さゆりさんと呼ばれた人が意見を発した瞬間、会議は静まり返りました。
「ルシフェル討伐は、結城家の悲願。何より、気に食わないではありませんか。ルシフェルの存在一つで、漂業の発展は妨げられている。私たちはもっと強くあれるはずです」
「いや……確かにそうだが……」「いささか乱暴すぎるのではないか……?」
周囲から困惑の声が聞こえますが、さゆりさんは凛とした表情を崩しません。
「あ、あの! 気になることがあるんですが!」
紡が手を上げたっす。
その顔は切羽詰まってました。
「今、漂業で延命治療を行なっている人はどうするんですか?! ウチの、ウチのお母さんは体が極端に弱くて……! 数分止めるだけでも不味いんです!」
坂田さんはしばらく考える素振りを見せた後、鋭い目で紡を射抜いたっす。
「……この件が終われば世界中の人々が漂業による治療を受けられるかもしれないんですよ。自分の都合でこの計画を妨げる気ですか?」
……なんか、焦ってるっすね?
【ああ、おそらく月の満ち欠けか星の位置だな。それらが揃わないことにはサターンたちはこっちの世界に魂を持って来れないんだろう。活動時間が決まってるんだ】
なるほど……。
でも、このままだと紡のお母さんが危ないっす。
このまま計画が進めばいつかサターンたちに見つかるわけだし。
こっちから打って出るのもいいと思うんすよね。
【ほう……?】
—————
【つまらん会議だなぁ、浦子】
(そうは言っても無理を言っているのは我々ですし……もうちょいサターン様が頑張ってこの世界に留まれればこんな余計な小競り合いをしなくていいんですよ)
【それについては済まなく思っているが……】
(いいんですよ。ルシフェルを殺すのが宿願なんでしょう? 多少の犠牲は無視しましょう)
坂田は漂業者に同族意識を持っていない。
生まれた時から同じ体の中にいる、もう一人の自分にしか心を開かない。
もう一人の自分が教えてくれる漂業の知識のおかげで、どんな相手にも勝てた。
周囲の凡愚とは違うという特権意識が昔からあった。
もう一人の自分は、坂田と違っていつも何かに燃えていた。
「殺したい相手がいる」と言って、相手を殺すためだったらどんな面倒も躊躇わなかった。
坂田はもう一人の自分を心底かっこいいと思った。
何年も何年も、一つの目標を目指してひたすらに頑張っている。
こういう人が報われるべきだと、坂田はサターンのことを慕っている。
サターンのためなら、人間が数人死のうが数十人死のうがどうだっていい。
「はっきり言いましょうか、紡さん。どうか我々人類のために、犠牲になってください」
「~~~~~ッ!!」
紡は眉にしわを寄せ、坂田を睨む。
さゆりが紡の腕を掴んでいなければ『タケハズチ』を抜いていただろう。
「おばあちゃんはいいんですか!? こんな人の言うことを聞いていて!」
「結城家に生まれた以上、あの子も覚悟しているでしょう」
「ウチは覚悟なんてしていません! これからもずっと、お母さんと一緒に年を越すつもりです!!」
目に涙を浮かべて抗議する紡に、坂田の後ろから達也が声をかけた。
「紡」
その声が母のように優しかったので、紡は握った拳をほどいてしまった。
「オレが、どうにかするっす」
そう言って、達也は坂田の前に立った。
「……あなた、誰です? いつの間にここへ侵入を……」
「ルシフェルっすよ。今代わるっす」
達也はごほんと咳払いをする。瞬間、雰囲気がガラッと変わる。
軽薄な青年といった雰囲気だった達也の顔が、好奇心旺盛な発明家のような目つきになった。
「ごほん。あー、あー。肉の器で会話するのは久々だな。……やあサターン、久しぶりだね」
その言葉を聞いて、坂田の背後の私兵たちが一斉にどよめく。
【浦子、ここはオレが出る】
(……はいな。この場を収められるのはあなただけですから)
数瞬のあと、坂田の人格の主導権を握ったサターンは、挑発的な笑みを浮かべながら席を立った。
「なんだ、あんたオレの名前を覚えてくれてたかよ。『砂塵を揺蕩うもの』さんには、オレのこと虫に見えてると思ったぜ」
「私を討ち取ったものの顔くらい覚えているとも」
ルシフェルは背後の呆気に取られた紡の顔を横目で見ながら言葉を続ける。
「漂業の停止をやめて欲しくてきたんだ。もう私が見つかったんだから、漂業を止める意味はないだろう?」
「へえ、漂業の停止をやめさせるためなら自分が死んでもいいって腹か? 敵地の本陣にのこのこ現れてよ」
「うん、死ぬよ」
「は?」
ルシフェルは座席を下り、地下の中心部に走る。
呪いの海に落ちる寸前の欄干の上に足をかけながらにっこりと笑った。
「私が死ねばキミたちがこの世界で暴れる理由はなくなるだろう? じゃあそういうことで」
ばいば〜い。
ルシフェルはそういうと、欄干から飛び降りた。
呪いの海に頭から浸かって、ヘドロに呑まれ、消えていく。
地下に沈黙が流れた。
大勢の漂業者は目の前で起こった展開についていけず、困惑するばかり。
転生者である坂田の私兵たちは、もっと動揺していた。
「自殺……?」「あんな呪いの海に人間の肉体が耐えられるわけない」
「あの『砂塵を揺蕩うもの』が自殺……?」
転生者の大勢は、ルシフェルの恐ろしさを知っている。
その場に居合わせるだけで『流れ』を吸い尽くし、全てを砂に変える怪物。
その巨体には一種の気高さすら宿っていた。ルシフェルは畏怖の対象だった。
ただ一人。
サターンだけが、動揺していなかった。
「死んだかどうだか知らねぇが、死体の確認しねぇとなぁ! オムク槍・
サターンが山羊のツノのように捻れた二股の槍を出現させ、呪いの海に投げつける。
呪いの海が一直線に割れると同時に、呪いの海から人影が飛び出した。
「危ない危ない。本当に死んでしまう所だったよ」
そう言って怪しく笑うルシフェルに、サターンは笑みを返す。
「ケッ、やっぱり死んだふりしてたか……。あのまま死んでくれてたら楽だったのによ」
「ふふ、今の私には守るものがあるからね。さあ、こい……『イナゴの号令』」
ルシフェルが人差し指を持ち上げると、呪いの海が一斉に黒いイナゴの群れに変わっていく。
冒涜的な虫の列は規則正しい動きでルシフェルの背中に吸い込まれていき、黒い点が三対六枚の羽を作り上げる。
(呪いの海を、誰もが処理に困ってた漂業廃棄物を全部自分のリソースにしやがった……!!)
戦慄するサターンにルシフェルは手招きする。
「かかってこい。今日の私は以前より強いぞ?」
「……上等だぜ、もっぺん殺したらあ!」
—————
「私が死ねばキミたちがこの世界で暴れる理由はなくなるだろう? じゃあそういうことで」
ばいば〜い。
ルッさんはそう言ってオレの体で呪いの海に落っこちたっす。
うえ、ネバネバして気持ち悪……。
だけど、呪いは効いてないっすね。ルッさんの魂が濃ゆいおかげっす。
【こうして呪いの海に落ちて、死んだふりをして、呪いの海をリソース源にして隠形の術を発動。みんなに達也が死んだと思わせて、そのまま逃げるのが達也の提示したプランだったよね】
そうっす。
素のオレのスペックじゃサターンには勝てないっすからね。
とにかくリソース源を確保したかったっす。
【とりあえず溺れている間は暇だよね。スマホ触ってていい?】
ルッさんは泥の中でワールドゴエモンを始め出したっす。
好きっすねぇ……。
【……あの、達也。なんか……苦しいんだけど。これは体のどこが苦しがってるんだっけ?】
ルッさんに言われて気づきました。
ここ、酸素が全くない。
ど、ど、ど、どうしましょう。
このまま潜っていたら本当に死んじゃうっす。
でも海面に浮上したら死んだフリした意味が。
どうしよう。
本当にどうしよう。
【! 達也、攻撃がくる! 死んだふりがバレたっぽい!】
あ、じゃあ迎撃しましょ!
いや〜、助かったっす。
相手が早めに行動を起こしてくれたから腹も決まりました。
このままだと迷って本当に死ぬところだったっす。
ルッさんは『ジュデッカの靴』を発動させて海面から飛び出しました。重力を操る漂業っすね。
「危ない危ない。本当に死んでしまう所だったよ」
本当っすよ……。