「……上等だぜ、もっぺん殺したらあ! 『星堕とし』!!」
サターンがそう叫ぶと、空中に光の帯が出現するっす。
チリチリと肌が焦げ付くような感覚。
あれは多分……『タケハズチ』とおんなじ、ルッさんを殺すためだけの漂業っすね。
「坂田様に加勢しろ! 『星堕とし』!」「『星堕とし』!!」
サターンほどの練度じゃないけど、サターンの私兵も『星堕とし』を放ってくるっす。
一撃でも当たったら不味いっすね。
『ジュデッカの靴』で空中を飛び回るルッさんですが、多勢に無勢。
徐々に競技場の端っこに追いやられます。
「く……『シナイの守り火』!」
ルッさんの前に煌々と輝く炎の壁が現れます。
炎の壁が光の帯をなんとか弾くっす。
『星堕とし』の光の帯を逸らすことはできましたが、正面から攻撃を受け止めたら壁が壊れちゃうっすね。
「守りに徹してていいのかぁ?」
炎の壁の下から、サターンが顔を出したっす!
そうか、『星堕とし』は『タケハズチ』と違い、本当にルッさんの存在を否定するためだけの術なんすね。
ルッさん以外に当たっても効果はないから誤射の心配もなく攻められるってわけっすか。
「イナゴで一つ! 重力操作で一つ! 盾で一つ! もうお前の枠はパンパンだよなぁ! ヒャハハ! くらえ、『星堕と」
「『グガランナ』」
メゴッと鈍い音。
ルッさんは身体強化術を使ってサターンを殴り飛ばしました。
空中を回転して、サターンが飛んでいくっす。
え、ええ……?
一度に使える漂業は三つまででは……?
「完全に感覚でやってて他人に教えられるほどじゃないから、誰にも教えてないんだけどね」
殴り飛ばしたサターンの背中に回り込んで追撃を加えながら、ルッさんはなんてことないように言います。
「私が一度に使える漂業の枠は六つあるよ。『サバトの王』」
自分の動きに追従する自分のコピーを作る漂業を使い、サターンに拳の連撃を叩き込むルッさん。身体強化も併用しているから、坂田さんの体に穴があきそうっす。
「ゲボッ、ウェッ、オマエ、前回戦った時は本気じゃなかったなぁ〜〜!?」
「『今日の私は以前より強いぞ』と言ったはずだぞ」
ルッさんは坂田さんの顔を殴り飛ばしてサターンを天井にめり込ませ、そのまま拳を引いて力を溜めています。
「人の子を殺すのは忍びない。耐えろよサターン。『
ルッさんの正拳突きがサターンの腹にめり込みます。
そして放たれた必殺。
それは回避も防御も許さない、星の終わりを想像させる爆発でした。
「ァ———アァアアアアアァアアァァァアアアア!!!」
爆発はサターンの腹で連続的に起こり、サターンの体は天井をぶち抜いて上へ上へと昇っていくっす。
……。どれだけ昇っていくっすか?
「地上にまで飛んだかな。さ、私たちも地上へ行こう」
オレはチラリと競技場の座席を見ます。
サターンの部下たちは呆然として、武器を構えることも出来ません。
漂業者たちも、何が起こってるかさっぱりわからない様子です。
……紡と、一瞬目が合いました。
もう紡の師匠には戻れないっすね。勝っても負けても。
サターンがあけた穴から地上に飛び出すと、サターンが地面にへたり込んでいました。
道路に大穴があいちゃったっすね。サターンが人にぶつからなかっただけよしとしましょうか。ルッさんはその辺ちゃんと考えてるでしょうけど。
サターンにルッさんが近寄ると、サターンは慌てたように手を振るっす。
「待って、待って。今はサターン様じゃなくて坂田浦子です。攻撃しないで」
……?
まさか、負けそうになったから坂田さんの体を捨てたっすか?
殆ど勝敗は決したようなものっすからね。
「……いや。サターンに限ってそんなことは……」
考えを巡らせるルッさん。
その思考が終わる前に、轟音が京都中に走ったっす。
思わず空を見上げると、すでに夜が来ていました。
その中でも一際目立つ、ピカピカと光る星がありました。
金星。
金星の辺りを中心にして、空間に亀裂が走っています。
「優しい優しいルシフェルさん。あなたがこの世界に顕現する条件は、漂業を認知している人の数が一定以上になること。それは、とっくの昔に満たされていたんですよね? あなたが顕現しようとしなかっただけで」
坂田さんは楽しそうに言います。
そりゃ、漂業を広めちゃいけないって言っても怨霊に対抗するためには漂業が必要ですもんね。
「つまり、あなたの体はこの世界に顕現しようと思えばいくらでもできた」
「……まさか」
ルッさんがハッと空を見上げます。
……まさか。
消えたサターンの魂は、ルッさんの死体の中に?!
空間に走った亀裂が、パリンと音を立てて割れました。
割れたヒビの中から、ビルほどもある太さの触手が顔を出します。
ルッ、ルッさんの体……デカくないっすか?
身長何メートルあるんすか?
「……身長は100km、表面積は8万㎢くらいある」
北海道っすか!!!!!?!?!?
デカいにも限度があるっすよ!!?
ヒビの中から、傘状の物体が顔を覗かせました。
ルッさんの肉体はたくさんのクラゲが連なってできた蛇のような姿だったっす。
この世界のクラゲのサイズなら幻想的な姿でしたが、この大きさなら恐怖しか感じません。
周囲の『流れ』がサターンに集まっていくのを感じます。
気を張ってないと、体の中の『流れ』を全部持ってかれそうっす。
「さ、第二ラウンド頑張ってくださいね」
「私の巨体だ、ここにいたらキミも巻き込まれるぞ!」
「いいんですよ、優しいあなたはまさか地上で戦うなんて事はないでしょう? 人間を巻き込んでしまいますからね」
……! 知った口利いてんじゃねぇっすよ!!
しかしルッさんは坂田さんの言うとおり、空中へと昇ります。
「はは……これは流石に、少し厳しいな」
ルッさんは30kmほどまで上昇し、ルッさんの体に入ったサターンを見つめます。
『オマエとの因縁も、これで終わりだ。『オムク槍・
サターンが割れ鐘のような声で叫ぶと同時に、サターンの全身に夥しい数の『オムク槍・
ルッさんの体は周囲から『流れ』を吸収して、尋常じゃない『流れ』タンクになってるっす。
ただの漂業を使うだけで凄まじい規模の破壊が起こるっすね。
「……この程度で折れると思うなよ。私には守りたいものがあるんだ」
ルッさんは『ジュデッカの靴』に意識を集中させました。
この万を超える攻撃を、全部回避するつもりっすか?!
「そうしないと私に勝ち目はないだろう……!」
サターンが触手を小さく振ると、槍の海が前方から雪崩れ込んできたっす。
流石にこれは、死ぬっす。
オレがそう思った瞬間でした。
「『大権現・銀杏』!!」
下から飛んできた斬撃が、槍の海を弾き、へし折り、切り飛ばしました。
—————
たぶん。
こういう時のために、『タケハズチ』は作られたのだと紡は思った。
達也の後を追って地上に出て、そこで目にしたのは、圧倒的な大きさの化け物。
達也の姿を探して、目を凝らして、ようやく化け物と相対する達也を見て。
自分の中で、何かが弾ける感覚がした。
(『タケハズチ』の本質は、そこら辺の怨霊を倒すためじゃなくて、ああいうどうしようもない災害から、大切な人を護りたいがために———)
何かの枷が外れる感覚。
『タケハズチ』を編み出した人間との精神のシンクロにより、『タケハズチ』は紡と深く深く同調していく。
(今なら、飛べる気がする)
「お、お姉?! 何やってんだそれ!!」
英雄の見ている先で、紡は羽衣を背中に纏わせ空を飛んでいた。
『タケハズチ』は単に剣になるだけの流器ではない。
元来は持ち主の体を対ルシフェル用に改造するための流器。
失伝した本来の使い方を感覚で理解した紡は、上空へと駆けた。
「『大権現・銀杏』!!」
放った斬撃が、狙った槍の海を折り紙でも千切るように裁断した。
あの怪物の体から放たれた『流れ』にも、『タケハズチ』の殺意は乗るらしい。
紡は達也のそばに寄り、剣を構えた。
「師匠! 大丈夫ですか!!」
「紡、離れているんだ! キミまで巻き添いをくらうことになるぞ!」
紡は全く状況を理解できていない。
誰が正義で誰が悪かわかっていない。
なんとなくわかるのはこの達也が達也じゃないことだけ。
だから、わがままを通す。
子供みたいに大声を出して、欲しい未来をぶんどるのだ。
「仮師匠がなんて言おうが、ウチは誰かが死ぬ覚悟なんてしません!! みんなで一緒に、明日も明後日も遊ぶんです!!」
それだけ言って、剣を構える紡に、ルッさんは思わず笑みをこぼした。
「私の中の達也も気合い十分だ。……一緒に征こう。いつもみたいにね」
「はいっ!」
—————
『麗しいユウジョウだなぁ! 同じ日を命日にしてやるよ! 『オムク槍・チャン』!』
先ほどより弾数の増えた『オムク槍』が、オレらを四方八方から狙ってるっす。
今回復術を使う余裕はないっすからね。一撃でも貰えばそこから崩されるっす。
「『大権現・銀杏』!!」
紡の体から放たれる斬撃が、万の槍を千に、千を百に潰していきます。
斬撃はサターンの体にも傷をつけてるっす。あの巨体に、目に見える傷を。
紡が取りこぼした槍は、オレらで潰すっすよ!
「ああ! 『
凄まじい爆発が槍だけを精密に狙って爆炎で舐め取っていきます。
でも後手に回らされてるっす。何か攻めないと……!
「達也、実はサターンもそう余裕があるわけじゃないんだ。少し、漂業を演算したいんだ。演算した私が一撃、素手で相手を攻撃できれば勝てる。体を交換してくれないか」
わかったっす!
オレも発動した漂業を維持することくらいできるっす。
「……今は師匠、なんですか?」
「そうっすよ」
紡は、オレが紡の手を握っているのを怪訝そうな目で見つめてくるっす。
いやちょっと、『ジュデッカの靴』の制御ってあんまやったことなくって……。落ちるかと思うと……。
『ずいぶん余裕そうだなぁ?! 『菊剣』!!』
【『菊剣』は範囲内の水分を加熱させる技だ! 範囲の外に出るんだ!】
大丈夫っすよ。すでにルッさんの体の弱点は見つけてるっす。
「『イナゴの号令』、解除!!」
オレの背中で翼を作っていたイナゴが、呪いの海に変化します。
呪いの海は周囲の『流れ』を飲み込み続けているサターンの体に纏わりつき、サターンの体に吸収されていきます。
『ぐ、ぬぅ……!?』
周囲の流れを吸収するルッさんのスキルは、本人の意思で解除したりできるものじゃないっす。
ルッさんみたいな魂の濃ゆさもないサターンに、呪いの海を消化できる道理はないっす!
「紡! オレをサターンの体に投げ飛ばして欲しいっす!」
「え! あ、はい!」
オレは発動していた漂業を全部解除して、紡の腕に抱えられます。
ルッさん! もう演算は終わってるっすよね!
【ああ、だが、一体何を……】
ルッさんは前、自分の体では『流れ』の量で周囲のことを認識しているって言ってましたよね?
それはたぶんサターンも一緒だと思うんです。
ルッさんの体の大きさで、オレらを視認するなんて無理だと思うんすよね。
だから自分の体の『流れ』を小さくして、呪いの海に突っ込んでしまえば……。
『どこだ! どこに消えた?!』
こうして、サターンはオレを見失うっす!
サターンが体を荒ぶらせる中、オレはサターンの傘の上に着地。拳を握りしめます!
「頼んだっすよ、ルッさん!」
オレが拳をサターンの傘に叩きつけると、電流が流れるような感覚が全身に走りました。
数秒の後、サターンの動きが止まります。
うおおおお、本当にやったんすねルッさん!
……。
……?
ルッさん?
「師匠! 大丈夫ですか?!」
羽衣を靡かせて飛んできた紡が、オレに近づきます。
「なんか、不気味ですよ……。早く逃げましょう!」
「そ、そうっすね」
オレは『ジュデッカの靴』を使い、ゆっくり地上に降りていきます。
その間も、ルッさんは黙ったままでした。
—————
【がぁあああああ!!! なんだ今のは、まさか……】
【そのまさかだよ、サターン】
巨大な体をくねらせながら、サターンは己の失策を悟る。
【私の体なのだから、シルバーコードさえ繋いでしまえば入り込むことができる。当然キミも気づいていただろう?】
【まだだ!!】
サターンはルシフェルの、達也と繋げていたシルバーコードを切断する。
【これでオマエはもうあのガキの体に戻れねぇ! ここからは精神力の綱引きだ、オマエの人格さえ押さえ込んで封印しちまえばオレの勝ち……】
【そんなことする必要はないさ。……『星堕とし』】
サターンの複数の触手から光の帯が無数に生えて、触手を内側からミンチに変える。
【なっ、はっ……何をしてやがる?!】
【何って……自分の体を破壊してるんだよ。私の体を破壊するにはこれが一番簡単だ】
【はっ……?! オ、オマエ、死ぬ気か?】
【まあ実際、私が死んだ方が物事はいい方向に纏まる気はするな。『星堕とし』『星堕とし』『星堕とし』】
サターンの体が、連なったクラゲのような半透明の体がキラキラと輝き出した。
『星堕とし』はその本懐を遂げられることを喜ぶように、サターンの体の中を縦横無尽に喰らい尽くす。
【ヤメロ! ヤメロ!! ヤメロ!!!】
【やめない】
サターンの全身から青い血が吹き出した。
それに伴ってブヨブヨの体は縮んでいく。
縮んで、縮んで、縮んで。
最後に、大爆発を起こした。
光の帯が四方八方に飛び散って、まるで花火のようだった。