人生へたへたおじさんが通りすがりのメスガキに幸せにされるまで 作:メスガキに勝てない
日が傾きはじめたころ、庭には炭火の匂いが漂いはじめていた。
父がバーベキューコンロの前にしゃがみ、火の具合を確かめている。母は台所から野菜や肉を運び、姉は冷蔵庫から飲み物を取り出して、庭先のテーブルへ並べていた。
おじさんも、母に頼まれて皿を運んだり、椅子を動かしたりしていた。隣では彼女が、普段の街ではあまり見せないほど真剣な顔で、紙皿や箸を人数分そろえている。
「おじさん、そっちのお皿、もうちょっと右。あと、箸が足りない」
「はいはい」
「はいは一回!」
「はい」
「よろしい♡」
彼女は満足そうにうなずくと、今度は飲み物の入ったクーラーボックスを覗き込んだ。
「おじさん、飲み物って何がいい?」
「僕はお茶でいいよ」
「はいはい。ちゃんと水分補給する、えらいえらい」
「子ども扱いされている気がするなあ」
「気のせいじゃないですけど?」
いつもの調子でからかわれながらも、おじさんは笑っていた。
帰省してから、彼女は家族のなかへ少しずつ自然に溶け込んでいた。初めて顔を合わせたときのような遠慮はもうない。母に頼まれれば台所を手伝い、姉から話しかけられれば気兼ねなく笑い、父が庭で何かをしていれば興味深そうに覗き込む。
その様子を見ていると、彼女を連れて帰ってきてよかったと、何度でも思った。
「ねえ、ちょっと手伝ってくれる?」
母に呼ばれ、彼女はすぐに台所へ向かった。
「はーい。何ですか?」
「この野菜を切ってもらおうかしら。こっちはもう洗ってあるから」
「わかりました」
母がまな板と包丁を用意する。その隣で彼女は袖を少しだけまくり、ピーマンや玉ねぎを切りはじめた。
「料理、よくするの?」
「うーん、簡単なものなら。最近は、おじさんにちゃんと食べさせなきゃいけないので」
「あらあら」
「放っておくと、ほんとに適当なんですよ。食べることまで仕事のついでみたいに考えてるんですから」
母は、困ったように笑った。
「昔から、何かに夢中になると周りが見えなくなるところがあったわねえ」
「やっぱりそうなんですね」
「ええ。でも、あなたが気にかけてくれているなら、安心ね」
母の言葉に、彼女は包丁を持つ手を一瞬だけ止めた。
「……あたしが好きでやってることですから」
そう答えた声は、いつもの軽やかな調子よりも、少しだけ小さかった。
「ふふ。ありがとう」
母はそれ以上、何も尋ねなかった。
彼女は照れ隠しのように、切った野菜を皿へ移していった。
庭へ戻ると、姉がテーブルの上に飲み物を並べていた。
「ねえ、ちょっと聞いてもいい?」
「はい?」
「この子、最近どう? ちゃんと食べてる?」
姉が顎で示した先には、父のそばで炭火を覗き込んでいる弟の姿があった。
彼女は一瞬だけ考え、それから、いかにも呆れたという顔を作った。
「前よりは、ずっとマシになりましたよ。でも、油断するとすぐ無理するんです。ちょっと疲れてても平気な顔するし」
「でしょうねえ。昔から、そういうところは変わらないんだから」
「お姉さんも、苦労したんですね」
「ええ。小さいころから、何かと心配させられたわ」
二人は顔を見合わせ、そろって笑った。
それから姉は、少しだけ声を和らげた。
「でも、最近は顔つきが違う気がするのよね。前より、ずっと柔らかくなったというか」
「……そうですか?」
「ええ。あなたと一緒にいるときなんて、特にね」
彼女は、思わず庭のほうを見た。
父に何かを教わりながら、真面目な顔で炭の位置を調整しているおじさん。うまくいかないのか、父に笑われて、困ったように頭を掻いている。
彼女は、その横顔を見つめてから、小さく笑った。
「……そうなら、よかったです」
「うん。これからも、よろしくね」
「はい。こちらこそ」
姉は、彼女の肩を軽く叩いた。
「でも、無理して世話を焼きすぎないようにね。弟のことばっかりじゃなくて、自分のことも大切にするのよ」
「……はい」
彼女は少し驚いた顔をしたあと、素直にうなずいた。
そのやり取りを、少し離れた場所からおじさんは見ていた。
何を話していたのかまでは聞こえなかったけれど、二人が楽しそうに笑っているのはわかった。
自分の知らないところで、彼女が家族と親しくなっていく。
そのことが、なんだか不思議で、そして嬉しかった。
「おい、そろそろ肉を焼くぞ」
父の声に、おじさんは我に返った。
「うん。今行くよ」
「ほら、おじさん。ぼーっとしてないで働く!」
「はいはい」
「はいは一回!」
「……はい」
彼女の笑い声が、夕暮れの庭に響いた。
*
炭火が十分に熾きると、父は網の上へ肉を並べた。
脂が落ちるたびに、じゅっと音が鳴る。香ばしい煙が立ち上り、夕方の風に乗って庭いっぱいに広がった。
「わあ……!」
彼女の目が輝いた。
「おいしそう!」
「まだ焼けてないから、ちょっと待ちなさい」
母が笑いながら皿を差し出す。
「熱いから、気をつけてね」
「ありがとうございます!」
焼き上がった肉を受け取ると、彼女はさっそくひと切れ口へ運んだ。
噛んだ瞬間、頬が緩む。
「……おいしい!」
父が満足そうに笑った。
「そうか。よかった」
「お肉の味が濃いですね。炭火だからかな」
「それもあるだろうな。外で食べると、また違うもんだ」
父は、網の上に新しい肉を載せた。
「こいつも、昔はよく食べたんだ。肉が焼けると、誰より先に皿を持って待っていてな」
「へえー?」
彼女は、おじさんを振り返った。
「おじさん、昔は食いしん坊だったんだ?」
「……子どもだったからね」
「今もでしょ。最近、ちゃんと食べるようになったもんね」
「そうだね」
「じゃあ、いっぱい食べなさい。ほら、おじさんの分」
彼女は、焼けた肉を彼の皿へ載せた。
その動作があまりに自然で、おじさんは思わず微笑んだ。
「ありがとう」
「どういたしまして。あたしの分も、ちゃんと残しておくこと!」
「もちろん」
「よろしい♡」
肉は香ばしく、柔らかかった。
噛むたびに脂の甘みが広がり、炭火の匂いが鼻を抜ける。焼き野菜も驚くほど甘く、玉ねぎは表面がこんがりと焦げ、内側はとろりとしていた。
冷たい飲み物を片手に、家族で囲む食卓。
誰かが肉を焼き、誰かが皿を配り、誰かが昔話をする。
それは、彼が子どものころから、ずっとそこにあった光景だった。
ただ、当時は、それが特別なものだとは思っていなかった。
家族で食べること。自分の好物を覚えていてもらうこと。食べきれないほど肉を焼いて、誰かに「もっと食べなさい」と言われること。
そうしたことは、いつも当たり前にあるものだと思っていた。
けれど、大人になって、仕事に追われ、食事をただの作業にしてしまった時期を経て、彼はようやく気づいた。
当たり前に思っていたものの中には、誰かの手間や、気遣いや、長い時間が詰まっていたのだ。
「……おいしいね」
おじさんが言うと、母が笑った。
「よかった。あなたが帰ってくるから、今日は少し多めに買ったのよ」
「ありがとう」
「何言ってるの。家族なんだから」
母は、何でもないことのように言った。
彼女は、その言葉を聞きながら、おじさんの横顔を見た。
彼は、肉を食べていた。昔の話をされると少し照れ、姉にからかわれると困った顔をし、それでも楽しそうに笑っている。
彼女は、そんな彼を見るのが好きだった。
いつもの街では、彼はどこか遠慮がちだった。
自分が楽しんでいいのか、誰かに迷惑をかけていないか、何かを欲しがっていいのか。そうしたことを、いつも心のどこかで気にしていた。
けれど今は、少し違う。
家族に囲まれ、昔の自分を知る人たちの前で、彼はありのままの自分でいられるようだった。
それが、嬉しかった。
少しだけ、羨ましかった。
そして何より、安心した。
「……ねえ、おじさん」
「うん?」
「このお肉、おいしいね」
「うん。おいしいね」
「また、みんなで食べたいな」
彼女は、少し照れくさそうに笑った。
「……今度も、あたしを連れてきてよ」
おじさんは、箸を止めた。
彼女は、彼を見ていた。その目には、いつものいたずらっぽさと、ほんの少しの真剣さがあった。
「……もちろん」
おじさんは、静かに答えた。
「また、一緒に来よう」
彼女は満足そうに笑った。
「ん!」
そして、彼の皿へ、もうひと切れ肉を載せた。
その後も食卓は賑やかだった。
姉が昔の失敗を持ち出せば、彼女は遠慮なく笑い、母が呆れたようにたしなめれば、父は肉を焼きながら楽しそうに話を聞いていた。
おじさんは何度か反論を試みたものの、家族と彼女が一緒になって笑うものだから、最後には諦めて肩をすくめた。
「……みんな、僕の扱いがひどくないかな」
「愛されてるってことですよ、おじさん♡」
「そういうものかなあ」
「そういうものです」
彼女は、彼の皿に野菜を載せた。
「はい。お肉だけじゃなくて、野菜も食べる!」
「わかってるよ」
「ほんとに?」
「……食べます」
「よろしい♡」
父が、そんな二人を見て笑った。
「いやあ、賑やかになったな」
母も、嬉しそうにうなずいた。
「本当にね」
その言葉を聞きながら、おじさんは、少しだけ胸の奥が熱くなるのを感じた。
この家で、彼女が笑っている。
家族が、彼女を受け入れてくれている。
その光景が、いつかまた見られたらいいと思った。
*
食事を終えるころには、空はすっかり藍色に変わっていた。
庭の片づけを済ませ、二人は浴衣に着替えた。
彼女は淡い水色の浴衣を着ていた。白い花の模様が、夕暮れの残光によく映える。髪をまとめたうなじに、夏の風が涼しげに通っていた。
おじさんは、その姿を見て、しばらく言葉を失った。
「……何?」
彼女が、少し警戒するように目を細めた。
「いや……浴衣、似合ってるなと思って」
「……っ」
彼女は、顔を赤くした。
「……ほんっと、最近そういうの、平気で言うようになったわね」
「思ったことを言っただけだよ」
「分かってるけど……!」
彼女は帯のあたりを手で押さえ、視線をそらした。
「……ありがと」
小さな声だった。
おじさんは微笑んだ。
「うん」
「……でも、あんまりじろじろ見ないこと。分かった?」
「はいはい」
「返事は一回!」
「はい」
「よろしい♡」
彼女は、彼の袖をつまんだ。
「ほら、行くよ。花火に遅れたら許さないからね」
「うん」
両親と姉に見送られ、二人は祭りの会場へ向かった。
通りには屋台が並び、焼きそばやたこ焼きの匂いが漂っていた。子どもたちが走り回り、浴衣姿の若者たちが笑い、年配の夫婦がゆっくりと歩いている。どこからか太鼓の音が聞こえ、祭りのざわめきが夜の街を満たしていた。
その光景を見て、おじさんは、ふと足を止めた。
「……懐かしいな」
「昔、よく来たの?」
「うん。子どものころは、毎年ね。父さんに連れてきてもらったり、友達と来たり」
「何を食べてたの?」
「焼きそばとか、たこ焼きとか。あと、かき氷」
「ふうん。じゃあ、今日は一緒に食べよう」
彼女はにっこり笑った。
「おじさんの思い出、あたしも体験するんだから」
「そうだね」
「ほら、まず焼きそば!」
二人は屋台で焼きそばを買い、少し離れた場所で食べた。
麺は鉄板で香ばしく焼かれ、ソースの甘辛い匂いが食欲をそそる。紅しょうがの酸味がアクセントになり、青のりの香りがふわりと広がった。
「……うん、おいしい」
彼女は満足そうにうなずいた。
「お祭りの焼きそばって、何でこんなにおいしいんだろうね」
「雰囲気もあるのかもしれないね」
「それもあるけど、ちゃんとおいしいよ。ほら、おじさんも食べなさい」
彼女は箸で麺を少し取り分けた。
「はい、あーん」
「えっ」
おじさんは思わず固まった。
彼女は、にやりと笑った。
「……何? 食べないの?」
「いや、その……」
「おじさん、まさか恥ずかしいの?」
「……少し」
「三十三歳なのに?」
「三十三歳でも、恥ずかしいことはあるよ」
彼女はしばらく彼を見つめ、それから、ふっと笑った。
「……じゃあ、特別に、自分で食べていいわよ」
「ありがとう」
「その代わり、次はあたしにも食べさせてね」
「……え?」
「何、その顔。あたしだって恥ずかしいんですけど?」
彼女は、ぷいと横を向いた。
おじさんは少し考えてから、焼きそばを箸で取った。
「……じゃあ、はい」
彼女は顔を赤くしながら口を開けた。
ひと口食べると、何でもないような顔で咀嚼する。
「……うん。おいしい」
「よかった」
「……ばか」
彼女は笑った。
その笑顔を見て、おじさんも笑った。
それから二人は、たこ焼きを買い、かき氷を食べ、昔ながらの射的にも挑戦した。
おじさんは、景品をひとつも落とせなかった。
彼女は腹を抱えて笑った。
「ちょっと! 何で一発も当たらないの!?」
「難しいね、これ……」
「よわよわ! 射的までよわよわ!」
「そんなに笑わなくても……」
「だって、真剣な顔で狙ってるのに、全然当たらないんだもん!」
彼女は笑いながら銃を受け取った。
「見てなさい。こういうのはね、狙いを定めて……」
ぱん、と乾いた音がした。
景品は、微動だにしなかった。
沈黙。
おじさんが、そっと彼女を見た。
「……難しいね」
「……うるさい!」
二人は、また笑った。
その笑い声は、夜の祭りのざわめきに溶けていった。
*
花火が始まる少し前、二人は会場の端にある土手へ移動した。
人の流れから少し離れた場所に腰を下ろすと、遠くの空が濃い藍色に沈んでいた。川面には、祭りの灯りが揺れている。
彼女は膝を抱えて座り、空を見上げた。
「……ねえ」
「うん?」
「おじさん、昔もここで花火を見たの?」
「うん。子どものころは、父さんと来ることが多かったかな。姉さんと一緒に来たこともある」
「ふうん」
彼女は、少しだけ目を細めた。
「……じゃあ、今日は、昔の自分と一緒に花火を見てるみたいな感じ?」
おじさんは、少し驚いた。
彼女は、空を見たまま続けた。
「今のおじさんと、昔のおじさん。どっちもここにいるんじゃない?」
おじさんは、ゆっくりと息を吐いた。
「……そうかもしれないね」
子どものころ、彼は花火が上がるたびに歓声を上げた。
大きな音に驚き、色鮮やかな光に目を奪われ、次の花火が上がるのを待ちきれずに空を見つめていた。
あのころは、未来のことなど、ほとんど考えていなかった。
大人になれば、自然に何でもできるようになると思っていた。働いて、生活して、家族を持って、誰かを守れるようになる。それが、当たり前のことだと思っていた。
けれど、現実は思っていたよりずっと難しかった。
仕事に疲れ、生活を粗末にし、自分の希望さえ分からなくなった。いつしか、花火を見上げることもなくなっていた。
「……でも」
おじさんは、彼女を見た。
「今は、昔よりも、花火を楽しみにしていた気がする」
「どうして?」
「君と一緒に見られるから」
彼女は、しばらく黙った。
そして、膝を抱えたまま、少しだけ肩を寄せてきた。
「……そっか」
声が、いつもより柔らかかった。
「じゃあ、今日は、いっぱい楽しみなさいよ」
「うん」
「昔の自分にも、今の自分にも。あたしが隣にいるんだから」
その言葉が終わるのと同時に、空に最初の花火が上がった。
どん、と低い音が夜の空気を震わせた。
大輪の光が、藍色の空に開く。
赤、金、緑、そして白。
光は一瞬、世界の輪郭を鮮やかに浮かび上がらせ、それから無数の火の粉となって消えていった。
「わあ……!」
彼女が、思わず声を上げた。
おじさんも空を見上げた。
次々と花火が上がる。光が開くたび、彼女の頬が明るく照らされた。
彼女は夢中になっていた。いつものようにおじさんをからかうことも忘れ、ただ目の前の光景を心から楽しんでいる。
おじさんは、そんな彼女を見つめた。
花火の光を映した瞳。少し開いた唇。歓声を上げるときの、無防備な笑顔。
その姿が、あまりにも愛おしかった。
彼は、そっと手を伸ばした。
彼女の手に、自分の指先が触れる。
彼女が、こちらを見た。
おじさんは、少しだけ緊張しながら言った。
「……手、つないでもいいかな」
彼女は目を丸くした。
それから、ゆっくりと笑った。
「……今さら?」
「うん。今さらだけど」
「……ほんと、よわよわなんだから」
そう言いながら、彼女は自分の手を、彼の手に重ねた。
「……いいよ」
指が絡む。
彼女の手は、少し汗ばんでいた。おじさんの手も、同じだった。
花火が、またひとつ上がった。
彼女は空を見上げたまま、彼の手を握り返した。
「……ねえ、おじさん」
「うん?」
「今日、来てよかったね」
「……うん」
おじさんは、彼女の手を、ほんの少しだけ強く握った。
「本当に、よかった」
夜空に、大きな花火が開いた。
その光は二人の顔を一瞬だけ明るく照らし、すぐに消えた。
けれど、手の温もりだけは消えなかった。
*
家へ戻ると、庭にはバーベキューの余韻が残っていた。
母が冷たい麦茶を用意し、姉は食卓の片づけをしている。
「おかえり。花火、どうだった?」
「すごくきれいでした!」
彼女は嬉しそうに答えた。
「屋台も楽しかったし、焼きそばもおいしかったし。射的は……」
そこで彼女は、おじさんを見た。
「……おじさんが、全然当たらなくて」
「……もう、その話はいいじゃないか」
姉が声を立てて笑った。
「何それ。昔から、妙なところで不器用なのよね」
「姉さんまで……」
「でも、楽しかったんでしょ?」
姉が彼女へ尋ねた。
「はい。すごく!」
「なら、よかった。この子、昔は祭りから帰ってくると、次の日までずっと屋台の話をしてたのよ」
「へえー! 今度はそれも聞かせてくださいね」
「いくらでも話してあげるわ」
「……姉さん、ほどほどにね」
「何よ。昔話をしているだけじゃない」
姉と彼女は顔を見合わせて笑った。
おじさんは苦笑したが、嫌な気はしなかった。自分の知らないところで、彼女と姉がまたひとつ話題を共有している。そのことが、少し誇らしくもあった。
父が縁側から顔を出した。
「そうか。よかったな」
それから、おじさんへ目を向けた。
「お前も、楽しめたか」
「うん。すごく」
父は、少しだけ目を細めた。
「そうか」
それだけ言って、縁側へ戻っていった。
その背中を見送りながら、おじさんは胸の奥が温かくなるのを感じた。
父は、昔からあまり多くを語る人ではなかった。心配していても必要以上に口を出さず、嬉しくても大げさに喜ばない。けれど、いつもちゃんと見ていた。
彼が何をしているか。どんな顔をしているか。何を言わずにいるか。
そのことを、彼は大人になってから、少しずつ理解するようになった。
「……おじさん」
彼女が、そっと袖を引いた。
「ん?」
「お父さん、嬉しそうだったね」
「……そうかな」
「そうよ。おじさんが楽しそうにしてるの、見てたじゃん」
彼は、少し照れくさそうに笑った。
「……うん。そうかもしれないね」
彼女は、満足そうにうなずいた。
「よかったじゃん」
それから、少しだけ声を落とした。
「……あたしも、嬉しいよ」
おじさんは、彼女を見た。
彼女は照れ隠しのように、ぷいと顔をそむけた。
「……何よ。変な顔しないで」
「いや。ありがとう」
「……ばか♡」
彼女は、彼の袖を軽く引いた。
「ほら、明日もあるんだから。早く休みなさいよ」
「うん」
けれど、その夜は、すぐには終わらなかった。
*
深夜、家の中が静まり返ったころ。
おじさんは縁側に座っていた。
庭には、夏の夜の匂いが漂っている。遠くで虫が鳴き、昼間の熱を残した木の床は、まだほんのりと温かかった。
父が、隣へ腰を下ろした。
「飲むか」
手には、小さな瓶と二つのグラスがあった。
「……うん。少しだけ」
父はグラスへ酒を注いだ。
透明な液体が、夜の灯りを受けて静かに揺れる。
二人は、しばらく黙って飲んだ。
父は、昔からこういう人だった。大事な話をする前に、まず沈黙を置く。その沈黙が何かを言うための準備なのか、それとも、ただ一緒にいるための時間なのか、息子には今でもよく分からない。
「……いい子だな」
父が、ぽつりと言った。
「え?」
「一緒に来てくれた子だよ」
おじさんは、少し照れくさそうに笑った。
「うん。そうだね」
「お前のことを、よく見ている」
父はグラスを傾けた。
「昔のお前は、何でも自分で抱え込もうとしていた。困っていても、疲れていても、大丈夫だと言う。家族に心配をかけたくないんだろうと思っていたが……」
そこで、父は言葉を切った。
「……心配をかけたくないというのは、時々、相手を信じていないことにもなるんだな」
おじさんは、グラスを見つめた。
父の言葉は静かだった。責めているわけではない。ただ、長い時間をかけて、父自身も考えてきたことを、息子に伝えようとしているのだと分かった。
「……そうかもしれない」
おじさんは、ゆっくりとうなずいた。
「僕は、家族に心配をかけたくなかった。仕事がうまくいかなくても、生活が苦しくても、何とか自分で解決しようと思ってた」
「うん」
「でも、そうやって何も言わないでいると、家族は、僕がどうなっているのか分からないんだよね」
「そうだな」
父は、静かに笑った。
「お前が大人になったからといって、親が心配しなくなるわけじゃない。むしろ、見えないところで何をしているのか、分からなくなるぶん、心配になることもある」
おじさんは、息を吐いた。
「……ごめんね」
父は、すぐには返事をしなかった。
庭の木々が、夜風に揺れていた。
やがて父はグラスを置き、息子の肩を軽く叩いた。
「謝ることじゃない。これから、少しずつ話してくれればいい」
おじさんは顔を上げた。
「……うん」
「それに、今はちゃんと食べているんだろう?」
「うん。食べてるよ」
「仕事も、自分で選んだところへ移ったんだな」
「……うん」
「そうか」
父は、満足そうにうなずいた。
「なら、よかった」
その言葉は、驚くほど簡単だった。
けれど、おじさんの胸には深く染み込んだ。
よかった。
それだけでいいのだ。
何かを成し遂げたから、立派になったから、家族に心配をかけなくなったから、認めてもらえるのではない。
自分で考え、自分で選び、少しずつ暮らしを立て直している。それを、父は喜んでくれている。
「……父さん」
「ん?」
「僕、昔は、もっとちゃんとした大人にならなきゃいけないと思ってた」
「うん」
「仕事ができて、家族を安心させて、誰にも迷惑をかけなくて。そういう人になれなかったら、駄目なんだと思ってた」
おじさんは、グラスの中の酒を見つめた。
「でも、今は少し違うんだ。疲れたら休んでいいし、困ったら誰かに相談してもいい。自分が何を食べたいか、どこへ行きたいか、そういうことも、自分で決めていいんだって」
「……そうか」
「そのことを、彼女に教えてもらったんだ」
父は、息子を見た。
「そうか」
今度の声には、ほんの少しだけ笑みが混じっていた。
「いい出会いをしたな」
おじさんは、顔を赤くした。
「……うん」
「大切にしなさい」
「……うん」
「相手を大切にするというのは、相手のために何でもすることじゃない。相手が自分らしくいられるようにすることでもある」
父は、ゆっくりと言った。
「お前が、自分らしくいられるようになったのなら、その子は、お前にとって大切な人なんだろう」
おじさんは、しばらく何も言えなかった。
夜風が頬を撫でた。昼間の花火の音が、まだ耳の奥に残っているような気がした。
「……そうだね」
彼は、静かにうなずいた。
「僕にとって、とても大切な人だよ」
父は息子の顔を見て、少しだけ笑った。
「なら、ちゃんと伝えなさい」
「……うん」
「言葉にしないと、伝わらないこともあるからな」
その言葉に、おじさんは思わず笑った。
「……それは、僕が一番よく分かってると思う」
「そうだな」
二人は、またしばらく黙って酒を飲んだ。
父と息子が、深夜にこうして並んで座るのは、いつ以来だろう。
昔は、父の背中を見上げていた。いつか自分も、あんなふうに立派な大人になるのだと思っていた。
けれど今、隣に座る父は、思っていたよりもずっと普通の人に見えた。
心配し、迷い、言葉を探し、それでも息子の幸せを願っている。
その姿を見て、おじさんは少しだけ肩の力が抜けた。
大人になるということは、誰にも弱さを見せない人間になることではないのかもしれない。
弱さを抱えたまま、それでも誰かと一緒に生きていくこと。
それが、父の言う「ちゃんとした大人」なのかもしれなかった。
「……父さん」
「ん?」
「また、帰ってくるよ」
父は、少しだけ目を細めた。
「そうか」
「今度は、もう少し早く」
「そうだな。母さんも喜ぶだろう」
「……うん」
父は、グラスを置いた。
「待ってるよ」
その一言が、夜の静けさの中で、ひどく温かく響いた。
*
おじさんが客間へ戻ると、彼女は布団の上で座っていた。
浴衣から寝間着へ着替え、髪をほどいている。昼間の賑やかさが嘘のように、静かな表情だった。
「……おかえり」
「ただいま」
「お父さんと、話してたの?」
「うん。少しだけ、晩酌を」
「そっか」
彼女は、枕を整えた。
「……何を話したの?」
「いろいろ。仕事のこととか、これからのこととか」
「ふうん」
彼女は少しだけ目を細めた。
「……ちゃんと話せた?」
「うん。話せたよ」
「……そっか」
彼女は、ほっとしたように笑った。
「よかったじゃん」
おじさんは、彼女の隣に座った。
「……君のおかげだと思う」
「え?」
「君が来てくれたから、こうして家族と過ごせたし、父さんとも話せた。君がいなかったら、僕はきっと、また『大丈夫』って言って終わらせていたと思う」
彼女は、しばらく彼を見つめた。
それから、少し困ったように笑った。
「……もう。あたしは、ただ一緒に来ただけだよ」
「うん。でも、それが嬉しかったんだ」
「……そ」
彼女は、目を伏せた。
「……あたしも、来てよかった」
その声は、とても小さかった。
「おじさんの家族、みんな優しいね」
「うん」
「お父さんも、お母さんも、お姉さんも。みんな、おじさんのこと、ちゃんと見てる」
「……そうだね」
おじさんは、静かに笑った。
「昔は、それが当たり前だと思ってた。でも、今は、そうじゃないって分かるよ」
彼女はうなずいた。
「……うん」
それから、少しだけ間を置いて言った。
「……あたし、ちょっとだけ、羨ましかった」
おじさんは、彼女を見た。
彼女は、膝の上で指を組んでいた。
「おじさんとお姉さんが話してるところとか、お父さんと晩酌してるところとか。あたしの知らないおじさんを、みんなが知ってるんだなって思って」
彼女は、少し照れくさそうに笑った。
「……でも、嬉しかったよ。おじさんが、ちゃんと大切にされてきたんだって分かったから」
おじさんは、胸が詰まるのを感じた。
彼女は、彼の過去を羨ましがっているのではない。彼が家族に愛されてきたことを、喜んでくれている。
そのうえで、自分もまた、彼の今を知りたいと思ってくれている。
「……ありがとう」
おじさんは、彼女の手を取った。
「君にも、僕のことを、もっと知ってほしい」
彼女は、目を丸くした。
「……え?」
「昔のことも、今のことも。僕が何を好きで、何が苦手で、どんなことを考えているのか。これからも、少しずつ知ってほしいんだ」
彼女は、しばらく黙っていた。
それから、ふっと笑った。
「……何それ。告白みたい」
「……そう聞こえた?」
「聞こえたわよ!」
彼女は顔を赤くした。
「……ほんと、ずるい。今日のおじさん、ずるすぎる」
「ごめん」
「謝るなってば!」
彼女は、彼の手を握り返した。
「……でも」
彼女は目を伏せたまま言った。
「……あたしも、もっと知りたいよ」
おじさんは、何も言わずにうなずいた。
その答えだけで、十分だった。
やがて、彼女は布団の端を整えながら、少し困った顔をした。
「……ねえ、おじさん」
「うん?」
「今日、寝るところなんだけど」
「うん。客間を使っていいって、母さんが言ってたよ」
「……そうなんだけど」
彼女は布団を見つめた。
「……一組しかないんだよね」
おじさんは固まった。
「……え?」
「いや、だから。客間に布団が一組しかないの。お母さん、もう一組は押し入れにあるけど、今は干してないって」
「……そうなんだ」
「……どうする?」
彼女は、ちらりと彼を見た。その頬が、ほんのり赤くなっている。
おじさんは、しばらく考えた。
もちろん、別の部屋を探すこともできる。居間で寝ることもできるし、父に頼んで何か用意してもらうこともできるだろう。
けれど、彼女は今、どうするかを尋ねている。
自分の気持ちを押しつけず、彼女の意思を確かめなければならない。
「……もし、君が嫌じゃなければ」
おじさんは、ゆっくりと言った。
「この布団で、一緒に寝る?」
彼女は目を丸くした。
そしてすぐに、いつものように笑った。
「……へえー?」
「もちろん、嫌なら、別の方法を考えるよ」
「……そういうところ」
彼女は、少しだけ困ったように笑った。
「……ちゃんと聞いてくれるところ、好き」
おじさんは、息を呑んだ。
彼女は顔を赤くしたまま、続けた。
「……あたしは、いいよ。一緒に寝ても」
「……本当に?」
「本当。何よ、あたしが嫌がると思った?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「じゃあ、決まり!」
彼女は、ぱん、と手を叩いた。
「ただし、変なことしないこと。あと、いびきがうるさかったら蹴るからね」
「……分かった」
「よろしい♡」
そう言いながら、彼女は布団の端を整えた。
おじさんは、少し緊張しながら、隣へ横になった。
同じ布団に入る。
ただそれだけのことなのに、普段の食事やドライブとは、まるで違う緊張があった。
彼女が隣にいる。
すぐ近くに、彼女の呼吸がある。
布団の中は少し暑かった。けれど、窓から入る夜風は涼しく、遠くで虫の声が聞こえていた。
「……ねえ、おじさん」
「うん?」
「今日、楽しかった?」
「……うん。すごく」
「お祭りも?」
「うん」
「花火も?」
「うん」
「……家族と過ごした時間も?」
おじさんは、少しだけ息を吐いた。
「……うん。全部、楽しかった」
彼女は、静かに笑った。
「……そっか」
それから、少しだけ間を置いて言った。
「……あたしも、楽しかった」
おじさんは、彼女のほうを向いた。
暗がりの中で、彼女の目が、かすかな光を受けていた。
「……君が来てくれて、本当によかった」
「……うん」
「ありがとう」
「……もう」
彼女は、彼の胸元へ額を寄せた。
「……今日は、特別に許してあげる」
「何を?」
「……こういう、ずるいこと言うの」
おじさんは笑った。
彼女も笑った。
やがて、彼女は、そっと彼の腕に手を回した。
おじさんは少しだけ驚いたが、何も言わずに彼女を抱き寄せた。
彼女の体は、思っていたよりもずっと温かかった。
細い肩。小さな手。呼吸に合わせて、ゆっくりと上下する背中。
その温もりが、彼の胸に静かに広がっていく。
「……おじさん」
「うん?」
「……ここ、落ち着く」
彼女は、小さく言った。
「……なんか、安心する」
おじさんは、彼女の髪に頬を寄せた。
「……僕も」
それ以上、言葉は必要なかった。
彼女は彼の胸元で、少しずつ呼吸を整えていった。おじさんは、その背中をゆっくりと撫でた。
今日一日の出来事が、少しずつ心の中へ沈んでいく。
故郷の景色。家族の笑顔。炭火の匂い。花火の光。父と交わした深夜の言葉。
そして、今、腕の中にいる彼女の温もり。
そのすべてが、ひとつの長い一日を形作っていた。
彼は思った。
自分は、ずいぶん遠くまで来たのだ。地理的にも、時間的にも。
けれど、ここへ帰ってきたことで、初めて分かったことがある。
故郷とは、過去へ戻るための場所ではないのかもしれない。
自分がどこから来たのかを確かめ、今の自分を見つめ直し、これからどこへ向かいたいのかを考えるための場所なのだ。
そして今、彼の隣には、これからの時間を一緒に歩いていきたいと思う人がいる。
「……おじさん」
彼女が、眠たそうな声で言った。
「……なあに?」
「……明日も、ちゃんと一緒にいてね」
おじさんは、彼女の手を握った。
「……うん。もちろん」
「……約束」
「約束するよ」
彼女は、安心したように笑った。
そして、彼の胸元へ、もう少しだけ身を寄せた。
「……おやすみ、おじさん」
「……おやすみ」
彼女の呼吸が、ゆっくりと深くなっていく。
おじさんは、しばらくその寝顔を見つめていた。
普段は、からかってばかりいる彼女。失敗すれば笑い、弱音を吐けば「よわよわ」と言い、それでも、いつだって彼の隣にいてくれる彼女。
その彼女が、今は安心しきった顔で眠っている。
彼は、そっと目を閉じた。
その夜、彼は久しぶりに、何の不安もなく眠りについた。
*
朝、目を覚ましたとき、障子の向こうは淡い金色に染まっていた。
蝉が鳴いている。庭の木々が、朝の風に揺れていた。
おじさんは、ゆっくりと目を開けた。
隣には、彼女がいた。
彼の腕を抱え込むようにして、すやすやと眠っている。昨夜、眠りについたときよりも、少しだけ距離が近くなっていた。
彼は、思わず微笑んだ。
起こさないように、そっと手を動かそうとする。
すると、彼女が、もぞりと動いた。
「……ん」
彼女は目を閉じたまま、彼の腕をぎゅっと抱きしめた。
「……どこ行くの」
「……いや、起きようと思って」
「……まだ、いいじゃん」
寝ぼけた声だった。
普段の意地悪な調子はない。ただ、少し甘えるような声だった。
おじさんは、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
「……そうだね。もう少し、寝ようか」
「……うん」
彼女は安心したように笑い、再び彼の胸元へ顔を埋めた。
おじさんは、彼女の背中へ腕を回した。
朝の光が、布団の端を照らしている。
遠くで母が台所を動き回る音が聞こえた。父が庭へ出る気配もした。家族は、もう起きているのだろう。
けれど、今だけは、もう少しだけこのままでいたかった。
彼女の温もりを感じながら。彼女の呼吸を聞きながら。
何も急がず、何も考えず、ただ隣にいる。
以前の彼なら、こんな時間をどこか後ろめたく感じたかもしれない。
朝寝坊をしてはいけない。誰かに迷惑をかけてはいけない。時間を無駄にしてはいけない。
そうやって、自分が休むことにさえ、理由を必要としていた。
けれど今は、違う。
大切な人と、少しだけ長く眠る。
それもまた、人生の中にあっていい時間なのだ。
「……おじさん」
彼女が、もう一度眠たそうに言った。
「うん?」
「……帰ったら、またごはん食べようね」
「……うん」
「……焼肉でもいいし、蕎麦でもいいし……」
「うん」
「……おじさんが作ってくれるのでも、いいよ」
おじさんは笑った。
「……じゃあ、今度は、もう少し上手にだし巻き卵を作るよ」
「……ふふっ」
彼女は、目を閉じたまま笑った。
「……あれ、ちょっと形がよわよわだったもんね……」
「……そうだったね」
「……でも、おいしかったよ……」
その声が、少しずつ小さくなっていく。
彼女は、再び眠りに落ちていった。
おじさんは、彼女の髪をそっと撫でた。
夏の朝は、まだ始まったばかりだった。
これから家族と朝食を食べる。母の作った味噌汁を飲み、父と庭の話をし、姉にまた昔の話を持ち出されて、彼女に笑われるかもしれない。
そして、いつか帰る日が来る。
長い移動を経て、また自分たちの暮らしへ戻る。
けれど、今日という一日は、きっと彼の中に残り続けるだろう。
故郷の夏祭り。花火の光。父との深夜の晩酌。家族の笑顔。
そして、同じ布団の中で、安心しきって眠る彼女。
彼は、彼女の手をそっと握った。
彼女は眠ったまま、指を絡め返した。
その小さな動きに、おじさんは静かに笑った。
*
結局、二人が布団から出たのは、朝食の支度がほとんど終わったころだった。
居間へ入ると、母が味噌汁の鍋を火から下ろしているところだった。
「あら、おはよう。よく眠れた?」
「おはよう。ごめんね、遅くなって」
「いいのよ。今日は帰るだけなんだから、少しくらいゆっくりしたって」
母はそう言って、二人を食卓へ促した。
父は新聞を畳み、姉は湯呑みを並べていた。
朝食の膳には、炊きたてのご飯、焼き鮭、だし巻き卵、豆腐とわかめの味噌汁、それから昨日、彼女が母に教わりながら作った青菜のおひたしが並んだ。
「いただきます」
二人は声をそろえた。
彼女は、まずおひたしをひと口食べた。昨日よりも味が馴染んでいるように感じたのか、少しだけ嬉しそうにうなずいた。
「……うん。おいしい」
「よかった。自分で作ったものだものね」
母が笑った。
「帰ったら、また作ってみます。今度は、もう少しお醤油を控えめにして」
「ええ。味を見ながら、少しずつね」
「はい」
おじさんは、二人のやり取りを眺めていた。
昨日まで、自分が育った場所を彼女に見せているつもりだった。家族のこと、子どものころのこと、故郷の景色。自分の過去を知ってもらうために、彼女をここへ連れてきたのだと思っていた。
けれど、彼女はただ思い出を聞いているだけではなかった。
母の隣で料理を覚え、この家の味を自分の手で再現しようとしている。そして、その料理を帰ったあとにもう一度作ると言った。
過去を見せるだけだったはずの帰省が、いつのまにか二人のこれからへとつながっていた。
「……おいしいね」
おじさんが言うと、彼女は得意げに笑った。
「なによ。あたしの料理、そんなに気に入ったわけ?」
「うん。また食べたいなと思って」
「……っ」
彼女の頬が、ほんの少し赤くなった。
「そ、そう。じゃあ、また作ってあげる。今度はもっとおいしくしてやるから、覚悟しなさいよね」
「うん。楽しみにしてる」
「……ほんっと、そういうところ」
彼女は口元を隠すように、お椀を持ち上げた。
そのとき、父が新聞を脇へ置いた。
「いやあ、よく食べたな。お前が朝からそんなに食べるのを見るのは久しぶりだ」
「昔から朝は食べてたよ」
「そうだったか? 最近は帰ってくるたびに、ちゃんと食べているのかと聞いていた気がするが」
「……それは、まあ」
「ふふ。今は、ちゃんと食べさせてくれる人がいるものねえ」
母が、台所から顔を出した。
「お母さん、言い方」
「事実でしょう?」
彼女は、口元を押さえて笑った。
「ほんとですよ。こいつ、放っておくとすぐ食べるのを忘れるんですから」
「君まで……」
「だって本当じゃん。おじさん、仕事してるときは食事も休憩も後回しにするくせに、あたしといるときはちゃんとお腹空いたって言うんだもん」
「……それは」
「それは?」
彼女は、少しだけ意地悪そうに目を細めた。
おじさんは、少し考えてから答えた。
「……君といると、食事が楽しいから」
父が新聞を持つ手を止めた。
母も、台所からこちらを見た。
メスガキだけが、完全に動きを止めていた。
「……は?」
「え?」
「……今、なんて?」
「君といると、食事が楽しいって」
「二回も言わなくていい!」
彼女は真っ赤になって、お茶を飲もうとした。慌てすぎて湯呑みを持つ手がわずかに揺れ、父が思わず吹き出した。
「ははは! いやあ、いいじゃないか!」
「お父さん!」
「いや、すまんすまん。息子がそんなことを言うとはなあ」
「……もう、ほんとに!」
母は、楽しそうに笑いながら、ふと思い出したように手を叩いた。
「そうだわ。ねえ、二人とも」
おじさんは、嫌な予感を覚えた。
「……なに?」
「お父さんとも話していたんだけどね。そろそろ、孫の顔も見たいなあって」
「ぶっ……!」
おじさんは、飲みかけのお茶を危うく吹き出すところだった。
「お、お母さん!?」
「だって、もう三十三歳でしょう? 昔はあんなに小さかったのに、立派になって、かわいいお嬢さんまで連れてきてくれて」
「いや、だから、そういう関係じゃ……!」
「そうなの?」
母が、きょとんとした顔をする。
おじさんは言葉に詰まった。
隣では、彼女が石のように固まっている。
父は、実に楽しそうだった。
「まあ、急かすつもりはないさ。二人が幸せなら、それでいい。ただ、いつか孫ができたら、じいちゃんとしては嬉しいなと思ってな」
「お父さんまで!」
「いやあ、楽しみだなあ」
「何が!?」
「孫だよ」
「まだ何も決まってないでしょうが!」
彼女が、思わず声を上げた。
そして、自分が何を言ったのかに気づいたように、口を閉じた。
父と母が、そろって彼女を見た。
「……あら」
「……ほう?」
「ち、違う! そういう意味じゃなくて! あたしはただ、順番とか、そういうものがあるでしょうって言ってるだけで……!」
「順番、ねえ」
母が、意味ありげに微笑んだ。
「そうね。二人のペースでいいのよ」
「……お母さん!」
父は肩を揺らして笑い、母はとうとう声を立てて笑った。
彼女は、顔を真っ赤にしたまま、おじさんの袖をつかんだ。
その手に、彼は昨夜のことを思い出した。
布団のなかで、彼女が自分の指に指を絡めたこと。眠る直前まで、彼女が手を離さなかったこと。朝になっても、彼女はその手を握っていたこと。
孫、という言葉が二人のあいだに落ちた瞬間、昨夜の温もりが、急に別の意味を帯び始めた。
もちろん、両親は冗談半分に言ったのだろう。二人の関係を正確に知っているわけではない。彼らにとっては、息子が久しぶりに誰かを連れて帰ってきた。それが嬉しくて、ついからかいたくなっただけなのだ。
それなのに、彼はその言葉を、ただの冗談として聞き流すことができなかった。
彼女が隣にいる。
自分の家族が、彼女を温かく迎えてくれた。
そして昨夜、彼女は自分から手を伸ばしてくれた。
そのすべてが、ひとつの方向へ向かっているように思えた。
彼は、そっと彼女を見た。
彼女も、こちらを見ていた。
目が合う。
彼女は、すぐに顔をそらした。
しかし、袖をつかむ指は離れなかった。
「……ねえ」
彼女が、小さな声で囁いた。
「うん?」
「……帰ったら」
「うん」
「……ちゃんと、二人で話そうね」
彼は、彼女を見つめた。
彼女は俯いたまま、言葉を続けた。
「昨日も、今朝も……その、いろいろあったじゃん」
「……うん」
「……あたし、ああいうの、嫌じゃなかったから」
彼の胸が、どくりと鳴った。
彼女は、ますます顔を赤くした。
「……むしろ、その……」
そこで言葉が途切れた。
いつもの彼女なら、きっと笑ってごまかしただろう。彼をからかい、弱みを握り、照れた自分を隠してしまっただろう。
けれど今は、そうしなかった。
「……これからも、ああいうふうに一緒にいたいって思ったの」
彼は、息を呑んだ。
彼女は、ようやく顔を上げた。
「……だから、ちゃんと考えてよね。おじさんも」
その目は、いつもの悪戯っぽさを残しながらも、真剣だった。
「あたしばっかり、意識してるのは悔しいから」
「……君だけじゃないよ」
彼は、自然にそう答えていた。
彼女の目が見開かれる。
「……え?」
「僕も、意識してる」
彼は、膝の上で自分の手を握った。
「昨日、手をつないで眠ったことも。朝、目が覚めたときに、君が隣にいてくれたことも。……君が、これからも一緒にいたいって言ってくれたことも」
彼女は、黙って彼を見つめていた。
「……嬉しかった。すごく」
彼は、少しだけ笑った。
「だから、帰ったら、ちゃんと話そう。君の気持ちも、僕の気持ちも」
彼女は唇を結んだ。
それから、彼の袖をつかんでいた手を、そっと膝の上に戻した。
「……うん」
声は小さかった。
けれど、その返事には確かな喜びがあった。
母と父は、何も言わなかった。
母は台所へ戻り、父は新聞を開き直した。二人とも、聞こえていないふりをしてくれている。
それが、この家の大人たちなりの優しさだった。
*
朝食を終えると、帰り支度が始まった。
母は、持って帰るようにと、味噌や地元の野菜、保存のきくおかずをいくつも用意した。
「そんなに持って帰れないよ」
「車なんだから、ちゃんと積めるでしょう。野菜は傷まないように袋に入れておくからね」
「いや、だから……」
「もらってあげなさいよ」
彼女が横から口を挟んだ。
「家族にまで遠慮しなくていいじゃん。まったく、かわいげがないんだから」
「……君はどっちの味方なの?」
「お母さんの味方♡」
「ひどいなあ」
母は笑いながら、小さな保存容器を彼女に渡した。
「これは、あなたが作ったおひたし。少しだけど、持って帰ってね」
「えっ、でも……」
「初めて作った記念よ。お家で食べて、味を思い出してくれたら嬉しいわ」
彼女は、容器を両手で受け取った。
「……ありがとうございます。大切に食べます」
「それから、だしの取り方を書いておいたから。今度は自分で作ってみてね」
「はい」
彼女は、紙に書かれた簡単な手順を、何度も確かめるように見つめた。
昆布を水に浸す時間。火加減。醤油の量。味を見ながら調整すること。
それは、ただの料理のメモだった。
けれど彼女は、それを大切なもののように鞄へしまった。
おじさんは、その様子を見ていた。
母が彼女に何かを渡したことが、嬉しかった。彼女がそれを受け取ってくれたことが、もっと嬉しかった。
そして、いつか二人で暮らす台所などという、まだ口にすることすらできない想像が、胸の奥に小さく芽生えていることに気づいた。
その想像は、彼を怖がらせなかった。
むしろ、そこに自分の望みがあることを、初めて素直に認められた気がした。
「……じゃあ、そろそろ行くね」
荷物を車に積み終え、二人は玄関先へ向かった。
父が、いつものように静かに見送りに出てくれた。
「ああ。気をつけてな。長い道のりだから、休憩を忘れるなよ」
「うん。途中で何度か休むつもりだよ」
「着いたら連絡しなさい」
「わかった」
父は、少しだけ声を落とした。
「……今度は、あんまり間を空けずに帰ってこいよ。もちろん、無理はしなくていい。お前の生活もあるんだからな」
「……うん。ありがとう」
「それから、そちらのお嬢さんも」
「はい」
「息子をよろしく、と言いたいところだが……」
父は、そこで一度言葉を切った。
「こいつの世話ばかりじゃなく、あなた自身のことも大切にしてくださいね」
彼女は、少し驚いたように目を見開いた。
それから、いつもの笑顔とは違う、穏やかな笑顔を浮かべた。
「……はい。ありがとうございます」
「父さん」
「ははは。いや、すまんすまん。余計なことを言ったかな」
「ううん。……嬉しいです」
母も玄関までやってきて、二人の手を取った。
「またいらっしゃいね。今度は、もっとゆっくりできるといいわね」
「はい。また来たいです」
「そのときは、今度こそ、もう少し上手におひたしを作ります」
「あら、楽しみ」
母は、彼女の手をそっと握り返した。
「……また一緒に作りましょうね」
彼女は、深く頭を下げた。
「はい」
姉も、玄関の内側から顔を出した。
「次に来るときは、また昔の写真を見せてあげる。今度はもっと恥ずかしいのを探しておくから」
「えっ、ほんとですか!?」
「姉さん……」
「もちろん。楽しみにしていてね」
「はい! ぜひ!」
「……君、僕を売る気かな」
「だって面白そうじゃん♡」
姉と彼女は、また笑った。
おじさんは苦笑しながらも、その光景を胸に刻んだ。
遠い家だった。
思い立ったからといって、気軽に戻れる場所ではない。けれど、帰る場所があるということは、こういうことなのだろう。
見送ってくれる人がいて、食べ物を持たせてくれる人がいて、次に会う日のことを当たり前のように話してくれる人がいる。
そして今、自分の隣には、これからの話をしようと言ってくれる人がいる。
彼は玄関を出る前に、もう一度、家の中を振り返った。
「……行ってきます」
その言葉に、母が微笑んだ。
「いってらっしゃい」
父も、軽く手を上げた。
姉は、彼女に向かって手を振っている。
彼女も隣で、もう一度、丁寧に頭を下げた。
「お世話になりました。また来ます」
「待ってるわね」
扉が閉まる。
懐かしい家の匂いが、静かに遠ざかっていった。
車へ向かう途中、彼女がそっとおじさんの袖をつまんだ。
「……ねえ」
「うん?」
「また、来ようね」
「うん。必ず」
「約束だからね」
「約束するよ」
彼女は満足そうに笑った。
「よろしい♡」
おじさんは、車の鍵を取り出した。
荷物は積んだ。飲み物も用意した。長い帰路になるのだから、無理をせず、休憩を挟みながら走らなければならない。
いつもの街まで、また何時間もかかる。
けれど、帰省する前と同じ道のりでも、今は少し違って感じられた。
父と酒を飲み、家族と食卓を囲み、彼女と花火を見上げた。
そして、彼女と一緒に、これからのことを話す約束をした。
自分がどこから来たのかを知ることと、自分がこれからどこへ向かいたいのかを考えること。その二つは、思っていたよりも深くつながっているのかもしれなかった。
彼は助手席のドアを開けた。
「どうぞ」
「……なにそれ。急に紳士ぶっちゃって」
「いつも紳士のつもりだけど」
「はいはい。よわよわ紳士さん♡」
彼女は笑いながら乗り込んだ。
おじさんも運転席に座り、シートベルトを締めた。
エンジンが静かに始動する。
窓の向こうには、見慣れた庭と玄関があった。父と母、姉が、まだこちらを見送っている。
彼は、もう一度だけ手を振った。
それから、ゆっくりと車を発進させた。
故郷の景色が、少しずつ後ろへ流れていく。
帰る場所があること。
待っていてくれる人がいること。
そして、これから帰っていきたい場所が、もうひとつあること。
そのすべてが、彼の人生を少しずつ豊かにしていた。
隣では、彼女が窓の外を眺めている。
彼は、ハンドルを握りながら、横目でその横顔を見た。
「……楽しかった?」
「楽しかったよ」
彼女は、すぐに答えた。
「お祭りも、花火も、BBQも。お父さんとの晩酌も、ちょっと覗いちゃったし」
「覗いたって……」
「だって、おじさんの知らない顔がいっぱい見られたんだもん」
彼女は笑った。
「小さいころの話も聞けたし。お母さんの味も教えてもらったし。……来てよかった」
「……うん。僕も、来てくれてよかった」
彼女は窓の外へ顔を向けた。
「……また、来たいな」
「うん。いつでも、とはいかないけど。次の休みをちゃんと考えて、また来よう」
「……約束だからね」
「約束する」
彼女は、そこで少し黙った。
それから、座席のあいだに置かれていた彼の手に、自分の手を重ねた。
昨夜のように、指を絡める。
彼は、少し驚いて彼女を見た。
「……なに?」
「なにって、手をつないでるだけですけど?」
「いや、そうだけど……」
「……嫌?」
「まさか」
「なら、いいじゃん」
彼女は前を向いたまま、彼の指をきゅっと握った。
「……昨日の続き」
小さな声だった。
彼は、彼女の手を握り返した。
それだけで、彼女の肩から少し力が抜けたのがわかった。
彼女はしばらく黙っていたが、やがてぽつりと言った。
「……あたしね」
「うん」
「おじさんの家族と一緒にいるとき、ちょっとだけ、うらやましかったんだ」
彼は、彼女の横顔を見た。
「……うらやましい?」
「うん。おじさんが小さいころのことも知ってるし、昔の失敗も、好きだったものも、何でも知ってるんだもん」
彼女は、困ったように笑った。
「……あたしは、まだ知らないことばっかりだから」
「……そっか」
「でも、だからこそ、もっと知りたいって思った」
彼女は、絡めた指を見つめた。
「昔のことも、今のことも。おじさんが何を考えてるのか、何が好きなのか、何を嫌だと思うのか。……これから、どうしたいのかも」
彼は、静かに耳を傾けていた。
「……あたしのことも、もっと知ってほしい」
「うん」
「それで……」
彼女は少しだけ言い淀んだ。
「……今までみたいに、ご飯を食べて、遊んで、たまにおじさんをからかって。それだけじゃなくて……」
そこで、言葉が止まった。
彼は、急かさなかった。
彼女は深呼吸をしてから、ようやく続きを口にした。
「……もうちょっと、先に進みたいって思ってる」
その言葉は、車のエンジン音に紛れてしまいそうなほど小さかった。
けれど、彼にははっきりと聞こえた。
彼女は彼を見なかった。頬を赤くして、窓の外の景色を見つめている。
「……だから、帰ったら、ちゃんと話そうね」
「……うん」
「おじさんの気持ちも、ちゃんと聞かせて」
彼は、絡めた指を握り返した。
「わかった。ちゃんと話すよ」
「……逃げない?」
「逃げない」
「……大丈夫って言って、誤魔化さない?」
彼は、少しだけ笑った。
「それは、気をつける」
「気をつけるじゃなくて、約束」
「……約束する」
彼女は、ようやく彼を見た。
その目には、照れくささと、少しの不安と、それ以上の期待があった。
「……よろしい」
そして、彼の肩に頭を預けた。
「……今は、これでいい」
彼は何も言わず、彼女の手を握り続けた。
帰省の道のりは、まだ長い。
けれど二人は、もう昨夜までの二人ではなかった。
指を絡めることを、特別な一度きりの出来事にしなくてもいい。
手をつないだまま、これからの話をしてもいい。
そして、彼女が望むその先を、自分も望んでいるのなら、いつかきちんと伝えなければならない。
彼は、彼女の頭の重みを肩に感じながら、そんなことを考えていた。
前方には、長い道が続いている。
その先に待っているのは、いつもの街と、いつもの暮らしだ。
仕事もある。買い物も、洗濯も、食事の支度も、これまでどおりに続いていく。疲れる日もあれば、何もかもうまくいかない日もあるだろう。
けれど今度は、ひとつだけ違うことがある。
彼女と、これからの話をする。
彼女の気持ちを聞き、自分の気持ちも伝える。
それは、まだ形になっていない約束だった。
けれど彼は、もう、その約束から逃げるつもりはなかった。
故郷の家には、父と母がいる。
自分を育ててくれた場所があり、戻れば食卓が待っている。
そして、これから帰っていく暮らしには、彼女と共有する日常がある。
その日常の先に何が待っているのか、今はまだわからない。
ただ、彼はもう、その未来を恐れてはいなかった。
隣では、彼女が目を閉じている。
彼の手を握ったまま、安心したように肩へ身を預けていた。
おじさんは、彼女の手をそっと握り返した。
その温もりを確かめながら、彼は前を見つめた。
故郷を離れる道は、いつもの街へと続いている。
そして、その街で二人がどんな話をすることになるのか。
それを思うと、胸の奥に、静かな緊張と、確かな期待が生まれた。
彼は、ハンドルを握る手に少しだけ力を込めた。
隣には、彼女がいる。
その手は、まだつながれていた。
子供みたいにキラキラしちゃって。……ちょっとだけ、可愛いん、じゃない? にしても……ま、孫……。