日曜日の午前十時三十二分。
羽川翼は、携帯電話を耳に当てたまま、通りの向こうを見つめていた。
『羽川? どうした?』
「……阿良々木くん。守谷さん、見つけた」
『本当か? よかった。で、どこに――』
「でも、ちょっと様子がおかしいの」
信号の向こう側を、二人の少女が歩いている。
一人は高校の制服を着た、見慣れたクラスメイト。
もう一人は、大きなリュックサックを背負った小学生くらいの女の子だった。
女の子の方は、特に変わった様子もない。
問題は、守谷日和だった。
制服は皺だらけで、靴もひどく汚れている。普段はきちんと整えられている髪が乱れ、歩く速度も明らかに遅い。
それでも、隣の少女が何か話しかけると、日和は笑って答えていた。
羽川は眉を寄せた。
「……とにかく、話を聞いてみる。阿良々木くんも来てくれる?」
『ああ。場所を教えてくれ』
羽川は現在地を伝え、電話を切った。
ちょうど信号が青に変わる。
「守谷さん!」
声をかけると、日和が顔を上げた。
そして、ひどく驚いた顔をした。
「あ……羽川さん」
「おはよう。……って言いたいところだけど」
羽川は日和の前まで歩み寄った。
「どうしたの、その格好?」
日和は自分の制服を見下ろした。
それから、何かを思い出したように目を見開いた。
「あっ」
「……うん?」
「今日、買い物……」
「そうだね。約束してたね」
「ご、ごめんなさい!」
日和は勢いよく頭を下げた。
その拍子に身体がふらつく。
羽川は慌てて腕を支えた。
「ちょっと、守谷さん!」
「……あれ?」
「『あれ?』じゃないよ。大丈夫?」
「……うん。ちょっと、立ちくらみが」
「それ、大丈夫って言わないからね」
羽川は日和の顔を覗き込んだ。
目の下には濃い隈ができている。
唇も乾いていた。
「守谷さん。最後にちゃんと寝たの、いつ?」
「……金曜日の朝かな」
「…………」
「でも、昨日の朝に二時間くらい寝たよ」
「金曜日?」
「うん」
「今日、日曜日だよ?」
「……うん」
羽川は一度、目を閉じた。
どうやら、買い物の約束どころではないらしい。
「とりあえず、座ろう。話はそれから」
日和は何か言いかけたが、羽川の顔を見て素直に頷いた。
そのとき。
「あの」
隣にいた小さな女の子が、遠慮がちに声を上げた。
「日和さんは、ずっと歩きっぱなしだったので。休ませてあげてください」
羽川は女の子を見た。
帽子を被り、大きなリュックサックを背負った少女。
きちんとした言葉遣いをする子だった。
「うん。もちろんだよ。あなたは?」
「八九寺真宵です」
「八九寺ちゃんね。私は羽川翼。日和さんと同じ学校なの」
「そうでしたか。お世話になっております」
「こちらこそ」
羽川は微笑んだ。
そして、ふと首を傾げた。
「……ところで、二人はどういう知り合いなの?」
日和と八九寺は顔を見合わせた。
「……金曜日に会ったんだ」
「金曜日?」
「うん。真宵ちゃんが、お母さんのお家を探していて」
「それで?」
「……一緒に探してたの」
羽川は、しばらく黙った。
「……まさか」
日和は、少し気まずそうに笑った。
「……まだ、見つからなくて」
羽川は、もう一度目を閉じた。
今度は少し長かった。
*
近くの公園で、羽川さんにお説教された。
正確には、お説教というほど怖いものではなかった。
ただ、私が何を言っても、羽川さんはにこにこしながら正論を返してきた。
これはこれで、なかなか恐ろしい。
「守谷さん。困っている子を助けたい気持ちは分かるよ」
「……うん」
「でも、自分が倒れちゃったら、その子も困るでしょう?」
「……はい」
「ご飯は?」
「……昨日の夜に、パンを食べたよ」
「今朝は?」
「……まだ」
「水分は?」
「……飲んでるよ」
「どのくらい?」
「…………」
羽川さんの笑顔が、少しだけ深くなった。
「守谷さん?」
「……ごめんなさい」
真宵ちゃんが隣で頷いていた。
「まったくです。日和さんは人の言うことを聞きませんから」
「……真宵ちゃんまで」
「私は何度も帰ってくださいと言いました」
「……それは、そうだけど」
「それなのに、頑として聞き入れませんでした」
羽川さんが私を見る。
「……守谷さん?」
「……はい」
どうやら、味方はいないらしい。
私は少し肩を落とした。
すると、羽川さんが小さく笑った。
「もう。そんな顔しないの」
そう言って、私の手に温かい飲み物を持たせてくれた。
「怒ってるんじゃないよ。心配してるの」
「……うん」
「だから、まずは何か食べようね」
私は頷いた。
真宵ちゃんは、その様子を見て、満足そうに腕を組んだ。
まったく。
年下なのに、随分と偉そうである。
*
阿良々木暦くんがやって来たのは、それから二十分ほど経った頃だった。
「羽川!」
公園の入口から、少し息を切らした阿良々木くんが駆け寄ってくる。
羽川さんが手を上げた。
「阿良々木くん。ごめんね、急に呼んじゃって」
「いや、それはいいけど……」
阿良々木くんは私を見た。
そして、顔をしかめた。
「……守谷?」
「……おはよう、阿良々木くん」
「おはようって、お前……どうしたんだ、その格好」
「……ちょっと、色々あって」
「色々で済ませていい状態じゃないだろ!」
私は、少し笑った。
阿良々木くんは呆れたように息を吐いた。
それから、私の隣を見た。
「……ん?」
真宵ちゃんが、阿良々木くんを見上げている。
「何ですか」
「いや、何ですかって……」
「初対面の女児をじろじろ見るとは、不審者ですか」
「初対面で不審者扱い!?」
「違うんですか?」
「違うに決まってるだろ!」
真宵ちゃんは、私の背中に隠れた。
「日和さん。この人、怖いです」
「……阿良々木くんは、怖い人じゃないよ」
「本当ですか?」
「……うん。たぶん」
「たぶん!?」
阿良々木くんが叫んだ。
私は、思わず笑ってしまった。
真宵ちゃんも、少しだけ笑っていた。
羽川さんは、そんな私たちを見て微笑んだ。
「阿良々木くん。その子は八九寺真宵ちゃん。守谷さんが金曜日から一緒に探し物をしている子なんだって」
「金曜日?」
阿良々木くんの表情が変わった。
「……ちょっと待て。今日、日曜日だよな?」
「そうだよ」
「じゃあ、二日間?」
「うん」
阿良々木くんは、私を見た。
「……守谷」
「……はい」
「お前、二日間も何してたんだ?」
「……真宵ちゃんのお母さんのお家を探してたの」
沈黙。
阿良々木くんは、しばらく私を見つめていた。
それから。
「……お前、馬鹿なのか?」
私は、少し傷ついた。
*
事情を説明するのに、三十分ほどかかった。
金曜日の朝、真宵ちゃんと出会ったこと。
母親の家を探していること。
何度歩いても、目的地にたどり着けないこと。
警察官に相談したけれど、真宵ちゃんが見えなかったこと。
そして、途中で一度だけ真宵ちゃんと離れたときには、普通に道を歩けたこと。
阿良々木くんは、最後まで黙って聞いていた。
羽川さんも、何も言わなかった。
話し終えると、阿良々木くんが口を開いた。
「……守谷」
「……はい」
「お前、それ、普通じゃないって分かってるよな?」
「……うん」
「じゃあ、どうして二日間も一緒にいたんだよ」
私は、少し考えた。
どうして。
そう聞かれると、難しい。
困っていたから。
お母さんに会いたいと言っていたから。
置いていけなかったから。
理由はいくつもある。
けれど。
「……真宵ちゃん、一人だったから」
私は、そう答えた。
阿良々木くんは、黙った。
「……お母さんに会いたいって言ってたのに、一人で探してたから」
「…………」
「……だから、一緒に探そうと思ったの」
阿良々木くんは、頭を掻いた。
「……そうかよ」
それだけ言った。
私は、少し安心した。
怒られるかと思ったからだ。
すると、羽川さんが口を開いた。
「阿良々木くん」
「何だ?」
「これ、怪異の可能性があると思わない?」
阿良々木くんの表情が変わった。
「……ああ」
「警察官には見えなかった。でも、私たちには見えている」
羽川さんは真宵ちゃんを見た。
「それに、守谷さんたちが何度も同じ場所に戻ってしまうっていうのも、普通じゃないよね」
「……そうだな」
阿良々木くんは、しばらく考え込んだ。
それから、携帯電話を取り出した。
「戦場ヶ原に相談してみる」
*
戦場ヶ原ひたぎさんが現れたのは、それから一時間ほど経った頃だった。
「……随分と賑やかなことになっているのね」
第一声が、それだった。
阿良々木くんは、少し困った顔をした。
「悪いな、急に呼び出して」
「構わないわ。あなたが面倒事を持ち込むのは、今に始まったことではないもの」
「ひどい言い草だな!」
「事実でしょう?」
戦場ヶ原さんは、涼しい顔をしていた。
私は、思わず笑ってしまった。
すると、戦場ヶ原さんが私を見た。
「……守谷さん」
「……こんにちは」
「随分と、疲れているようね」
「……ちょっとだけ」
「その『ちょっと』は、信用できそうにないわね」
私は、何も言えなかった。
戦場ヶ原さんは、私の隣を見た。
真宵ちゃんが立っている。
けれど。
「……なるほど」
戦場ヶ原さんは、小さく呟いた。
「私には、見えないわね」
私は、少し驚いた。
「……戦場ヶ原さんも?」
「ええ」
戦場ヶ原さんは頷いた。
それから、阿良々木くんを見た。
「阿良々木くん。忍野さんに相談しましょう」
忍野。
聞いたことのない名前だった。
「……誰?」
私が尋ねると、阿良々木くんが答えた。
「……ちょっと、変わった人だ」
「あなたに言われるのだから、相当ね」
「戦場ヶ原、お前な!」
私は、また笑ってしまった。
*
戦場ヶ原さんは、少し離れた場所で電話をかけ始めた。
私たちは、その間に近くの店で買った食べ物を食べていた。
私は、温かいスープを飲んだ。
胃の中に、じんわりと熱が広がる。
生き返るようだった。
真宵ちゃんは、私の隣に座っている。
食事はしない。
お腹が空かないのだと言っていた。
私は、もう驚かなかった。
お母さんも、食事をしないから。
そういうものなのだろう。
阿良々木くんは、真宵ちゃんをちらちらと見ていた。
真宵ちゃんは、そのたびに睨み返している。
どうやら、あまり相性がよくないらしい。
私は、少しだけ笑った。
*
「……金曜日?」
電話の向こうで、男の声が止まった。
『ちょっと待ってくれ、戦場ヶ原ちゃん。今日は日曜日だよね』
「ええ」
『じゃあ、丸二日近く?』
「そういうことになるわね」
『へえ』
忍野メメは、小さく笑った。
『それで、その子は今、どうしてるんだい?』
「まだ探しているわ」
『……何を?』
「迷子の母親の家よ」
少しの沈黙。
それから、忍野が声を上げて笑った。
『ははは! そいつは傑作だ!』
「何がおかしいのかしら」
『いや、だってさ。二日間だよ? 二日間も迷い続けて、まだ諦めてないのかい?』
「そうらしいわ」
『普通なら途中で帰るだろう。いや、そもそも警察に預けるなり、誰かに助けを求めるなりするもんじゃないのかい?』
「警察には相談したそうよ。けれど、その子供が見えなかったから、悪戯だと思われたらしいわ」
『なるほど。そこまでやってるのか』
忍野の声から、笑いが少し消えた。
『で、その女子高生は、迷い牛だって気づいてるの?』
「怪異かもしれないとは思っているようね」
『それでも一緒にいる?』
「ええ」
『……へえ』
今度の相槌は、少し違った。
『面白いね、その子』
「あなたの好奇心を満たすために電話しているわけではないのだけれど」
『分かってるって。いや、でもさ』
忍野は、少し考えるように間を置いた。
『その子、今そこにいる?』
「いるわよ」
『ちょっと代わってもらえるかな』
「……何をするつもり?」
『別に何もしないよ。ただ、話を聞いてみたいだけさ』
「私から聞けば済む話ではなくて?」
『本人の言葉で聞きたいんだよ』
忍野は、いつもの軽い調子で続けた。
『二日間も帰れなかった子じゃなくて、二日間も帰ろうとしなかった子の話をね』
*
「……守谷さん」
戦場ヶ原さんが戻ってきた。
「……はい?」
「忍野さんが、あなたと話したいそうよ」
私は、少し驚いた。
「……私と?」
「ええ」
戦場ヶ原さんは、携帯電話を差し出した。
私は、少し緊張しながら受け取った。
「……もしもし」
『やあ、こんにちは』
明るい声だった。
『君が守谷日和ちゃんかな?』
「……はい」
『僕は忍野メメ。よろしくね』
「……よろしくお願いします」
『いやあ、聞いたよ。二日間も迷子に付き合ってるんだって?』
「……はい」
『元気がいいねえ。何かいいことでもあったのかい?』
「……いえ、特には」
『はは。そうかい』
忍野さんは、楽しそうに笑った。
『さて、まずは君に説明しておこうかな』
「……説明、ですか?」
『うん。君が今、何に巻き込まれているのかって話さ』
私は、思わず背筋を伸ばした。
『その子はね、迷い牛っていう怪異なんだ』
「……迷い牛?」
『そう。牛っていっても、角が生えてるわけじゃない。蝸牛の方さ。かたつむり』
「……かたつむり」
『道に迷う、って言葉があるだろう? 迷い牛は、人を迷わせる怪異なんだよ』
私は、真宵ちゃんを見た。
真宵ちゃんは、少し離れた場所でこちらを見つめている。
『ただし、誰でも迷わせるわけじゃない』
「……そうなんですか?」
『うん。迷い牛に遭うのは、家に帰りたくない人間なんだ』
私は、少し驚いた。
「……家に、帰りたくない人?」
『そう。帰る場所を拒んでいる人間。帰り道を失くしたい人間。そういう人間が、迷い牛に出会う』
私は、黙った。
帰りたくない。
そんなこと、考えたことがあっただろうか。
『そして、一度迷い牛に遭うと、目的地にたどり着けなくなる。どれだけ道を調べても、どれだけ歩いてもね』
「……だから、私たち……」
『そういうこと』
忍野さんは、軽く笑った。
『まあ、正確には、その子自身にも事情があるんだけどね』
「……事情?」
『それは、もう少し後で話そうか』
私は、頷いた。
電話越しだから、見えないだろうけれど。
『それで、守谷ちゃん』
「……はい」
『君は、家に帰りたくないのかい?』
私は、首を傾げた。
「……いえ。帰りたいですよ」
『へえ。じゃあ、どうして?』
「……お風呂に入りたいですし、着替えもしたいので」
『それだけ?』
「……あとは、ちゃんとしたお布団で寝たいです」
『なるほど。じゃあ、風呂と着替えと寝床があれば、別に自分の家じゃなくてもいいわけだ』
「……そう、ですね」
『例えば、ホテルでも?』
「……はい」
『友達の家でも?』
「……迷惑じゃなければ」
『じゃあ、君にとって家ってのは、何なんだろうね』
私は、答えようとして。
言葉に詰まった。
何だろう。
家。
帰る場所。
安心する場所。
家族が待っている場所。
最後の言葉に、少しだけ違和感があった。
私のお母さんは、家で待っていない。
いつも、そばにいる。
学校でも。
公園でも。
こうして電話をしている今も。
だから、家に帰らなくても、お母さんとは一緒にいられる。
「……私、一人暮らしなので」
『うん』
「……家に帰っても、誰かが待っているわけじゃないんです」
『寂しくない?』
「……いえ。全然」
私は、素直に答えた。
寂しくなんてなかった。
だって、一人ではないのだから。
「……だから、家そのものに帰りたいと思ったことは、あまりないかもしれません」
電話の向こうで、忍野さんが小さく笑った。
『なるほどねえ。そいつは面白い』
「……面白い、ですか?」
『いや、失礼。ちょっとした皮肉だと思ってさ』
「……皮肉?」
『君が連れている女の子はね、帰りたいんだよ。どうしようもないくらいに』
「……はい」
『ところが、その子を見つけた君は、帰る場所なんてどこでも構わないと思っている』
「…………」
『家に帰りたくて仕方がない子供が、家に帰る必要を感じていない女の子を迷わせているわけだ』
私は、黙って真宵ちゃんを見た。
少女は、少し離れた場所でこちらを見つめている。
「……何だか、意地悪ですね」
『誰が?』
「……その、迷い牛っていうものが」
『はは。そうかもしれないね』
忍野さんは笑った。
『でも、怪異ってのはそういうものさ。人間の都合なんて考えてくれない』
少し間を置いて、続ける。
『もっとも、君もなかなか意地悪なことを言う』
「……私が?」
『帰りたくても帰れない子の隣で、帰る家なんてどこでもいいと言っているんだからね』
「…………」
『ま、君に悪気がないのは分かるけどさ』
私は、もう一度真宵ちゃんを見た。
そして、小さく呟いた。
「……そうですね」
忍野さんは、少しだけ声を柔らかくした。
『でもさ、守谷ちゃん』
「……はい」
『君は、家に帰りたくないわけじゃない。帰る理由が、あまりないだけなんだね』
「……そう、かもしれません」
『なるほど。いやあ、面白い子だ』
私は、少し困った。
面白い。
変わっている。
そんなことを、よく言われる。
でも、自分ではよく分からなかった。
『それで、守谷ちゃん』
「……はい」
『君は、その子をどうしたいんだい?』
私は、真宵ちゃんを見た。
小さな女の子。
お母さんに会いたいと言った子。
二日間、ずっと一緒に歩いてきた子。
「……お母さんに、会わせてあげたいです」
『それだけ?』
「……はい」
『君自身は、何かしてほしいことはないの?』
私は、少し考えた。
足は痛い。
眠い。
お風呂にも入りたい。
でも。
「……真宵ちゃんがお母さんに会えたら、私も嬉しいです」
電話の向こうで、忍野さんが黙った。
しばらくして。
『……そっか』
そう言った。
『じゃあ、手伝ってあげないとね』
私は、思わず顔を上げた。
「……本当ですか?」
『ああ。ただし、僕が直接どうにかするわけじゃないよ』
「……はい」
『僕は、知ってることを教えるだけさ』
忍野さんは、いつもの軽い調子に戻った。
『助けるのは、君たち自身だからね』
*
電話を終えた私は、戦場ヶ原さんに携帯電話を返した。
「……ありがとうございました」
「礼なら、解決してからにしてちょうだい」
戦場ヶ原さんは、静かに言った。
阿良々木くんが、こちらを見ていた。
「……どうだった?」
「……色々、教えてもらったよ」
「色々?」
「……うん」
私は、少しだけ笑った。
忍野さんは、不思議な人だった。
私が自分でも気づいていなかったことを、いくつも言葉にしてくれた。
家に帰りたい。
でも、家が恋しいわけではない。
それは、私にとって当たり前のことだった。
けれど。
真宵ちゃんにとっては、違う。
彼女は、家に帰りたいのだ。
お母さんのいる場所へ。
私は、真宵ちゃんを見た。
少女は、こちらを見つめていた。
「……真宵ちゃん」
「……はい」
「……もう少しだけ、頑張ろうか」
真宵ちゃんは、少しだけ目を伏せた。
それから。
「……はい」
小さく答えた。
私は、微笑んだ。