とある科学の独立番号《Nevermind》 作:シングルアクション教
よろしくお願いいたします。
Nevermind
ジリジリと肌を焼く日差しの下、学園都市の高速道路には様々な車両が走っている。
その中のひとつ、学園都市には似合わない旧型のクルーザーバイク、隣の車線のバスに乗る子供たちが窓からバイク乗りの顔を確認する。
ハーフキャップ型のヘルメットを被り、黒いマスクを付けた彼……いや彼女であろうか。彼女は子供たちの視線に気付いたのか、彼らに手を掲げて挨拶をしてみる。
それに湧いた子供たちも応えるように手を振って挨拶を返す。
「今の時代、ヤエーが帰ってくるのはうれしいモンだな……とミサカは特に誰に言うでもなく呟いてみるぜ」
―――ドカン!!!
数百メートル前方で道路が爆ぜるのが見えた。
バスの後ろの車両を見る。バスの後ろはセダン。自身の後ろはミニバンだったろうか。
電撃を地に這わせて電撃でブレーキパッドを限界まで締め付け、車内システムを弄ってエアバッグを起動する。
車両が完全に停止したのを確認した後、自分もバイクを止めて何事かと近付いてみれば、白衣の女性と見覚えのある顔が対面しているではないか。
「何事だよ、てかアレはオリジナル?なんで今まで暗部のウワサすら知らなかったようなヤツが見るからにヤバそうな案件に首突っ込んでんだ?とミサカは頼りになる知り合いに電話をかけながらギモンをぶつけてみるぜ。どう思うアッ君」
『知らねェよ、誰がアッ君だ。テメェの疑問は勝手だがせめてビデオ通話にしやがれェ』
「おっと失礼、ミサカはわざとらしいボケにツッコミが帰ってきたことに喜びを感じながらビデオ通話に切り替えるぜ」
ビデオ通話には明らかに多重能力を扱う白衣の女性と、ごく有名な第三位の女子中学生が戦っている。
「
『学園都市で能力開発を受けてンのは子供だけだ。身なりからも明らかだが、アレがアイツの研究成果ってところかァ?』
「ちなみにアッ君、助けに来てくれたりはしないのか?とミサカはほんの少しばかりの期待を込めて言ってみるぜ」
『死ね』
ブツリ、と何ともわざとらしく電話を切られた。おちょくり過ぎたかもしれない。
崩れた高速道路の対岸にはアンチスキルとスポーツカー。その中で気絶している少女が見える。
紫電を纏わせて身体能力を強化。40メートルと少しを幅跳びで飛び越えるとスポーツカーの窓を拳で叩き割って内側からドアを開ける。
「大丈夫ですか?落ち着いて聞いてください。とミサカは記憶喪失になった患者に話す医者の如く。如く声をかけてみるぜ」
「ふぇ?あ、はい。え??」
良かった、生きてはいるのか。死んでたらどうしようかと思った。
「っ!?すみません!木山先生はどこですか!?」
「いやそもそも木山先生はどれですか。とミサカは質問に質問で返してみるぜ。吉良吉影もブチギレだな」
「きら?じゃない!あの、胸が大きくて髪の長い女性です!!」
「下で戦ってる未亡人みてぇな雰囲気の博士の事か?とミサカは割と失礼な印象をぶつけてみるぜ」
「連れていってください!!」
あまりに真っ直ぐな彼女の瞳に負け、彼女を担ぐと、紫電を纏って下に飛んだ。
*
ミサカ、バカだからよくわかんねぇけどよォ……バカだからよくわかんねぇわ。
「えっと、ところで貴方は?」
「あ、私はただのしがないバイカーなんでお気になさらず。とミサ……ゲフン!ミサキは印象に残らないよう配慮しながら自己紹介するぜ」
「ミサキ?さっきはミサカって……」
「ミサカミサキだぜ。気にせず続きを説明してくれ」
「あ、ああ。つまりあのAIMバーストは言うなれば、1万人の子供たちの思念の塊だ」
「Smells like teen spiritってところか。とミサカは多分に趣味をアピールしながら納得しておくぜ」
「NIRVANAか、言い得て妙だな。確かに、あのAIMバーストに集約された感情は肯定的なものではない」
「破壊方法とかねェのか?この先は原子力実験場だから極力早めにぶっ殺したいんだけどよォ。とミサキはお友達っぽい口調で聞いてみるぜ?」
「……お友達付き合いは考えた方が良いと思うが。そうだな――」
木山の説明を聞きながら、ミサカは内心で頭を抱えていた。
なるほど。つまり、あの化け物は一万人もの子供たちの思念が集まってできた存在ということらしい。
AIM拡散力場。能力者が無意識に発している、目には見えない力の場。
それらが異常な形で集合し、ひとつの巨大な怪物を形作っている。
……いや、説明を聞いてもさっぱり分からん。
分からんが、放っておけば危険だということだけは理解できた。
しかも、進行方向には原子力実験場があるという。
「なあ、木山博士」
「何だ?」
「その説明、もう少し短くならねぇか?ミサカの脳みそがオーバーヒートしそうなんだが。とミサカは己の知能の限界を素直に申告してみるぜ」
「……君は、ずいぶんと率直な人間だな」
「よく言われる。主に悪口として」
木山は小さく息を吐いた。
その表情には疲労が色濃く浮かんでいる。白衣は汚れ、髪も乱れていた。それでも彼女の目は、AIMバーストから離れなかった。
あれを生み出したのは、彼女の研究が招いた結果だ。
だが、彼女があの怪物を自在に操っているわけではない。
そして、あれを止める方法を知っているのも、また彼女なのだろう。
「……私は、子供たちを救いたかった」
木山がぽつりと呟く。
「彼らの脳に生じた異常を治療するために、研究を続けてきた。しかし、どれだけ手を尽くしても、目の前の問題を解決することはできなかった」
「で、追い詰められて禁じ手に手を出したってわけか」
「……そうだ」
「なるほどな」
ミサカはそれ以上、何も言わなかった。
事情があるのは分かる。何かを救いたかったという気持ちも、嘘ではないのだろう。
だが、事情があれば何をしてもいいという話にはならない。
そのあたりの線引きは、ミサカ自身、嫌というほど思い知らされている。
「ま、説教は後だな。今はあのデカブツを何とかする方が先だ。とミサカは優先順位を確認してみるぜ」
そう言って立ち上がった瞬間だった。
轟音。
地面が揺れ、視界の向こうでAIMバーストが身をよじった。
「おっと!」
怪物の腕が道路を叩き潰す。
砕けたアスファルトが飛び散り、破片がミサカの頬を掠めた。
「うわっ、危ねぇ!せっかくのヘルメットが傷物になるところだったぜ!」
「そこを気にするのか!?」
「バイク乗りにとってヘルメットは大事なんだよ!」
木山のツッコミを背中で聞き流し、ミサカは怪物を見据えた。
巨大な身体の表面を、無数の光が走っている。
その一つひとつが、何らかの能力に由来する反応なのだろう。
「……おいおい、こいつをどうにかする方法はねぇのかよ」
ミサカは通信端末を取り出した。
連絡先は、もちろんあの男だ。
「おい、アッ君。聞こえるか?」
『……今度は何だァ』
「怪物の電気信号に干渉しようにも、そもそも何がどうなってんのか分からねぇ。こいつ、複数の能力が混ざってるだけじゃなく、AIM拡散力場そのものが異常な形で集合してるんだろ?」
『あァ。さっきから聞いてりゃ、ずいぶん好き勝手やってンじゃねェか』
「褒め言葉として受け取っておくぜ」
『褒めてねェよ。……いいか、そいつを無理に抑え込もうとすンな。能力の発生源が一つじゃねェなら、表面を潰しても意味がねェ』
「つまり?」
『テメェ一人で正面から殴り合うのは効率が悪ィってことだ』
「最初からそう言ってくれればいいのに」
『テメェが質問する前に答えを用意してる義理がどこにあンだァ!?』
ごもっとも。
「ところで、やっぱり助けには?」
『行かねェ』
「ですよねー。とミサカは予想通りの返答に納得してみるぜ」
通信を切る。
さて、どうするか。
言うのは簡単だが、実際にどうすればいいのか。
ミサカは怪物を見据えた。
巨大な身体。その内部には、無数の能力が入り乱れている。
電撃、念動力、発火、その他諸々。
それらが互いに干渉し合いながら、一つの存在を形作っている。
要するに、ひどく不安定な集合体だ。
「……一回、ぶっ壊してみるか」
そう呟いたところで、ミサカは首を横に振った。
いや、待て。
こいつは一万人分のAIM拡散力場が集まってできた怪物だ。闇雲に攻撃したところで、再生されるだけかもしれない。
そもそも、何が起きているのか完全に理解できているわけでもないのだ。
「ま、やってみなきゃ分からねぇよな」
紫電が、腕から肩へ、背中へと走る。
視界の端で、第三位が怪物の注意を引きつけているのが見えた。
さすがはレベル5。
派手な電撃を撃ち込みながら、怪物の攻撃を巧みにかわしている。
その姿に、ミサカは思わず口元を緩めた。
「さすが第三位。見てるだけで目がチカチカするぜ」
そして、怪物の攻撃を避けながら前へ出た。
「――ちょいと、こっちを向いてもらおうか!」
電撃を放つ。
バチンッ!!
怪物の身体が大きく震えた。
しかし、次の瞬間には何事もなかったかのように動き始める。
「……おいおい、マジかよ」
どうやら単純な攻撃では長く持たないらしい。
こちらが攻撃を加えても、怪物はその身体を再生させてしまう。
「……っ、こいつは面倒くせぇ!」
怪物の表面に、いくつもの顔が浮かび上がった。
泣いている顔。
怒っている顔。
何かを求めるように、こちらへ手を伸ばす顔。
その光景に、ほんの一瞬だけ動きが止まる。
――助けて。
そんな声が聞こえた気がした。
いや、声ではない。
言葉ですらない。
ただ、誰かに何とかしてほしいという感情が、直接頭の中へ流れ込んでくるようだった。
「……ああ、クソ」
ミサカは奥歯を噛み締めた。
「そういう顔をされると、殴りづらいだろうが」
そのとき。
「離れて!」
聞き覚えのある声が響いた。
次の瞬間、凄まじい電撃が怪物を貫く。
「ぐおっ!?」
ミサカは反射的に手を離し、後方へ跳んだ。
怪物の正面に立っていたのは、御坂美琴。
第三位の超電磁砲だった。
「ちょっと!あんた、何やってんのよ!」
「見て分からねぇか?怪物と握手会だ。とミサカは冗談を飛ばしてみるぜ」
「そんな握手会があってたまるか!」
「おっ、ツッコミが鋭い。さすが第三位」
「誰が第三位よ!」
「えっ、違うのか?」
「そういう意味じゃない!」
怒鳴りながらも、美琴の視線は怪物から外れていない。
彼女も状況を理解しているのだろう。
正面から攻撃するだけでは、決定打にならない。
「……あんた、何か分かったの?」
「攻撃しても再生されるってことくらいだな。こいつ、一万人分のAIM拡散力場が集まってできてるんだろ?普通の怪物とは勝手が違うらしい。とミサカは分かったような分からないような説明をしてみるぜ」
「それ、説明になってないじゃない!」
「安心しろ、ミサカもそう思ってる」
美琴は怪物を見上げた。
そして、ほんのわずかに眉を寄せる。
「だったら、どうすればいいのよ……!」
そんなやり取りをしている間にも、怪物は再び動き始めていた。
巨大な腕が振り上げられる。
美琴が身構え、ミサカが地面へ手をつく。
そして、その腕が振り下ろされる直前。
「木山先生!!」
少女の叫び声が響いた。
「もうやめてください!こんなの、先生がやりたかったことじゃないでしょう!?」
怪物の動きが止まった。
ほんの一瞬。
けれど、確かに動きが鈍ったように見えた。
木山春生が、顔を上げる。
「……君は……」
彼女の視線の先にいたのは、初春飾利だった。
先ほどまで車内で気を失っていた少女は、まだ足元がおぼつかない様子ながらも、木山へ向かって声を張り上げていた。
「先生は、子供たちを助けたかったんですよね!?だったら、こんなことを続けちゃダメです!」
「私は……」
木山の声が震えた。
「私は、彼らを救えなかった……」
「でも、まだ終わってないじゃないですか!」
初春は一歩、前へ出た。
その足が震えていることくらい、誰にでも分かった。
それでも彼女は、逃げなかった。
「先生が諦めたら、誰があの子たちを助けるんですか!」
その言葉に、ミサカは目を細めた。
なるほど。
そういうことか。
科学だの、能力だの、AIM拡散力場だの。
そんなものは、あくまで手段に過ぎない。
この怪物を生み出したのは、子供たちの思念だ。
ならば、それを終わらせるために必要なのは、力だけではないのだろう。
木山はしばらく初春を見つめていた。
やがて、何かを決意したように白衣のポケットへ手を伸ばす。
「……初春君。これを」
取り出されたのは、小さなUSBメモリだった。
「これは……?」
「ワクチンプログラムだ。幻想御手によって形成されたネットワークを解体し、使用者たちを元に戻すための治療プログラムだ」
木山はUSBメモリを初春へ差し出した。
「これを使えば、AIMバーストを形成しているネットワークを停止させられる。そうなれば、あの怪物の再生能力も失われるはずだ」
「先生……」
「頼む、初春君。子供たちを……救ってくれ」
初春は差し出されたUSBメモリを、両手でしっかりと受け取った。
「はい!」
その返事には、迷いがなかった。
「私、行ってきます!」
初春は踵を返し、アンチスキルのいる方へ走り出した。
「おいおい、あの子に全部任せて大丈夫なのかよ。とミサカは少しばかり心配してみるぜ」
「彼女なら大丈夫だ」
木山は初春の背中を見つめたまま答えた。
「……私は、彼女を信じる」
ミサカは一瞬だけ黙り込み、それから小さく笑った。
「なるほどな。だったら、ミサカも信じてみるか。とミサカは珍しく他人の意見に乗ってみるぜ」
そのとき、轟音が響いた。
AIMバーストが再び暴れ始めたのだ。
巨大な腕が振り回され、道路の一部が砕け散る。
「うおっ!?」
ミサカは飛び退き、怪物との距離を取った。
「……ったく、せっかくいい話をしてたってのに!」
美琴も怪物を睨みつける。
「初春さんがプログラムを届けるまで、時間を稼がないといけないってわけね」
「そういうことだな」
「分かったわ。あんたも無茶しないでよ!」
「おいおい、誰に言ってんだオリジナル?とミサカは自分の頑丈さをアピールしてみるぜ」
「そういう意味じゃない!」
「はいはい、分かってるって」
二人は同時に駆け出した。
美琴が電撃を放ち、怪物の注意を引きつける。
ミサカもまた、攻撃をかわしながら電撃を放ち、怪物が初春の走っていく方向へ進まないよう立ち回った。
しかし、怪物の身体は攻撃を受けるたびに再生し、次第にその巨体を大きくしていく。
「くそっ、キリがねぇ!」
「弱音を吐いてる暇があったら動きなさい!」
「誰が弱音だ!現状報告だよ!」
「同じようなもんでしょ!」
美琴が電撃を撃ち込む。
怪物が苦しげに身をよじり、巨大な腕を振り下ろした。
ミサカは紫電を纏って跳び上がり、その一撃を紙一重でかわす。
「おっと!危ねぇ!」
着地と同時に、怪物の顔を見上げる。
そこには、先ほどと同じように苦しげな表情が浮かんでいた。
泣いている顔。
怒っている顔。
そして、何かを求めるように伸ばされる手。
「……ああ、クソ」
ミサカは小さく呟いた。
「さっさと助けてもらえよ、ガキども」
その声が届いたのかどうかは分からない。
それでも、ミサカは再び前へ出た。
*
どれほどの時間が経っただろうか。
戦闘は続いていた。
怪物は倒れない。
攻撃を受けても再生し、巨大な身体を引きずるようにして進み続ける。
その進行方向には、原子力実験場がある。
このままでは、取り返しのつかない事態になりかねない。
「……おい、木山博士」
「何だ?」
「初春さんは、まだか?」
木山は答えなかった。
ただ、祈るような表情で、初春が走っていった方向を見つめていた。
「……そうかい」
ミサカは短く息を吐く。
「ま、信じるって言っちまったからな。もう少し付き合ってやるよ。とミサカは自分に言い聞かせてみるぜ」
そのときだった。
遠くから、初春の声が響いた。
「御坂さーん!!」
美琴が振り返る。
「初春さん!?」
「できました!ワクチンプログラムの準備、できました!」
初春は息を切らしながら、端末を抱えて走ってきた。
その手には、先ほど木山から受け取ったUSBメモリが握られている。
「これをネットワークに流せば、幻想御手を解除できます!」
「よし、お願い!」
美琴が叫ぶ。
初春はアンチスキルの協力を得ながら、端末を操作した。
USBメモリに保存されていたワクチンプログラムが起動する。
学園都市のネットワークを通じて、治療プログラムが展開されていく。
やがて。
AIMバーストの身体が、大きく震えた。
「……お?」
ミサカは目を見開いた。
怪物の動きが、目に見えて鈍くなっている。
巨大な身体を覆っていた光が不規則に明滅し、伸びていた触手が力を失ったように垂れ下がる。
それでも、怪物はまだ消えていない。
「再生が……止まった?」
美琴が呟く。
「はい!幻想御手のネットワークが解除されていけば、AIMバーストはもう今までのように再生できないはずです!」
初春は端末を抱き締めながら答えた。
木山はその場に立ち尽くしていた。
「……そうか」
かすれた声だった。
「これで……ようやく……」
だが、AIMバーストはまだ動いていた。
再生能力を失いつつある身体を引きずりながら、巨大な怪物は原子力実験場へ向かおうとしている。
美琴はその姿を見据えた。
そして、静かに一歩前へ出た。
「……もう、終わりにしましょう」
その声には、先ほどまでの怒りとは違う、確かな決意が込められていた。
「御坂さん……?」
初春が不安そうに呼びかける。
「大丈夫よ、初春さん。ここまで来たんだから、最後までやり遂げるわ」
美琴は右手を構えた。
その指先に、電気が集まり始める。
「……第三位」
ミサカは美琴の横顔を見た。
「やるのか?」
「当たり前でしょ」
美琴は短く答えた。
「私がやらなきゃ、誰がやるのよ」
「……ハッ。そりゃそうだ」
ミサカは一歩下がり、怪物を見据えた。
「頼んだぜ、オリジナル!とミサカは最後の大仕事をお任せしてみるぜ」
「任されたわ!」
美琴の指先で、コインが弾かれた。
電磁力によって加速されたコインが、凄まじい速度で飛び出す。
轟音。
閃光。
御坂美琴の代名詞、
その一撃は、AIMバーストの巨体を真正面から貫いた。
怪物の身体が大きく揺らぐ。
そして、その内部にあった核が砕け散った。
「……っ!」
ミサカは思わず目を細めた。
AIMバーストの巨体が、ゆっくりと崩れ始める。
今度は再生しない。
巨大な腕が消え、歪んだ胴体が崩れ、無数の顔が一つずつ消えていく。
最後まで残っていたのは、泣き出しそうな表情を浮かべた小さな顔だった。
それもやがて、光の中へ溶けていった。
静寂。
しばらくの間、誰も何も言わなかった。
ミサカは肩で息をしながら、ゆっくりと腕を下ろす。
「……終わった、のか?」
「みたいね……」
美琴も、さすがに疲れた様子だった。
その場にへたり込んだ初春が、木山の方を見つめている。
木山は、ただ呆然と立ち尽くしていた。
その頬を、一筋の涙が伝っていた。
「……すまない」
彼女は、誰に向けるでもなく呟いた。
「本当に……すまない……」
ミサカは何も言わなかった。
謝罪を受け入れるかどうかは、被害を受けた人間が決めることだ。
少なくとも、ミサカが勝手に許すことではない。
ただ。
「……ま、これからどうするかは、これから考えりゃいいんじゃねぇの」
それだけは、言っておいた。
木山がこちらを見る。
「君は……私を責めないのか?」
「責めてほしいのか?」
「……そういうわけではない」
「なら、今は黙って休んどけ。あんたが倒れたら、また初春さんが心配するだろ」
「えっ!?わ、私ですか!?」
「他に誰がいるんだよ」
「い、いや、そうですけど……!」
初春が慌てて顔を赤くする。
その様子を見て、ミサカは小さく笑った。
ひとまず、これで一件落着。
……と、思いたいところだ。
「ちょっと、あんた」
背後から声がした。
振り返ると、美琴が腕を組んでこちらを睨んでいた。
ああ。
嫌な予感しかしない。
「何だよ、第三位」
「……その呼び方、やめなさい」
「じゃあ御坂さん?」
「なんで急に他人行儀なのよ!」
「初対面の相手に馴れ馴れしくするのもどうかと思ってな。とミサカは社会性をアピールしてみるぜ」
「さっきまで散々好き勝手やってたでしょうが!」
「それはそれ、これはこれだ」
美琴の額に青筋が浮かんだ。
うん。
やっぱり帰ろう。
「では、ミサカはこれにて失礼――」
「待ちなさい!」
逃げようとした瞬間、襟首を掴まれた。
「ぐえっ」
「逃がすわけないでしょうが!」
「首!首が締まる!とミサカは抗議してみるぜ!」
「だったらちゃんと説明しなさい!」
「何をだよ!?」
「さっきから気になってたの!あんた、何者なの!?」
来た。
ついに来てしまった。
そりゃそうだろう。
目の前で自分とよく似た顔をした人間が、電撃を操りながら怪物と戦っていたのだ。
疑問に思わない方がおかしい。
しかも、相手は学園都市第三位。
観察眼もある。能力者としての経験もある。
下手な嘘をつけば、余計に疑われるだけだ。
「……通りすがりのバイカーだ」
「それはさっき聞いたわよ!」
「じゃあ、通りすがりの親切なバイカー」
「そういうことを聞いてるんじゃない!」
美琴が一歩近づいてくる。
「その能力、何なの?電撃を使ってたけど、私とは違うわよね?」
「そりゃそうだろ。見た目からして違うんだから」
「能力の話をしてるの!」
「おっと失礼。とミサカはわざとらしく話を逸らしてみるぜ」
「逸らすな!」
初春が二人の間に視線を行ったり来たりさせていた。
「あ、あの……御坂さん。助けてもらったんですし、あんまり問い詰めるのも……」
「でも初春、こいつ絶対何か隠してるわよ!」
「それはまあ……そうかもしれませんけど……」
「聞こえてるぞー」
ミサカはひらひらと手を振った。
さて、どうするか。
正体を知られるわけにはいかない。
この時点で御坂美琴に自分の素性を明かすのは、あまりにも都合が悪い。
妹達の一人だと知られれば、間違いなく追及される。
なぜ生きているのか。
なぜ普通に暮らしているのか。
なぜミサカネットワークに接続していないのか。
そして、なぜ逃げているのか。
説明しなければならないことが多すぎる。
何より、ミサカはまだ、自分の過去を誰かに話す気にはなれなかった。
「……ま、事情があるんだよ」
「事情?」
「おう。誰にだって一つや二つ、他人に話したくないことくらいあるだろ?」
美琴は黙った。
その表情に、ほんのわずかに迷いが浮かぶ。
彼女もまた、何かを察したのかもしれない。
それでも、納得したわけではないだろう。
「……分かったわ。今は聞かない」
「おっ、話が分かるじゃねぇか」
「ただし!」
美琴が指を突きつける。
「また会ったら、そのときはちゃんと説明してもらうからね!」
「ははっ、そりゃ困った。次は別の道を走ることにするぜ。とミサカは未来の逃走経路を確保してみるぜ」
「逃げる気満々じゃない!」
「人生、逃げるが勝ちって言うだろ?」
「言わないわよ!」
騒がしい。
実に騒がしい。
けれど、悪くはない。
そのとき、ポケットの中で携帯電話が震えた。
画面を見る。
差出人は、とある友人。
メッセージは短かった。
『生きてンのか』
……。
……あの野郎。
ミサカは思わず笑ってしまった。
まったく、素直じゃないにもほどがある。
返信欄を開き、短く打ち込む。
『生きてるぜ。そっちは?』
すぐに返事が来た。
『うるせェ。質問に質問で返すな』
「……ハハッ」
思わず声が漏れた。
「何よ、急に笑って」
「いや、頼りになる友人から生存確認が来ただけだ。とミサカは何でもないように答えてみるぜ」
「友人?」
「おう。ちょっと口が悪くて、性格がひねくれてて、素直じゃないけど、まあ、悪い奴じゃない」
「…どんなヤツよ……」
「さあな?」
美琴が呆れたように目を細める。
だが、今はそれ以上追及するつもりはないらしい。
ミサカは携帯電話をポケットへしまい、改めて周囲を見渡した。
壊れた道路。
散乱した車両。
駆けつけるアンチスキル。
そして、事件の終わりをようやく実感し始めた人々。
何もかもが、ついさっきまでの日常とは違っていた。
それでも。
明日になれば、また朝が来る。
仕事もある。
バイクの整備もある。
練習中のベースだって、まだまともに弾けない曲が残っている。
そう考えると、妙におかしくなってきた。
「……あー、そうだ」
ミサカはヘルメットを被り直した。
「ミサカ、今日まだ配達の依頼受けてたんだった」
「……は?」
美琴が固まる。
初春も固まる。
木山に至っては、何を言われたのか理解できていないようだった。
「いや、だって生活費は必要だろ?とミサカは極めて現実的な事情を説明してみるぜ」
「ちょっと待ちなさい!今の事件、どうするのよ!?」
「どうするも何も、アンチスキルに引き継げばいいんじゃねぇの?」
「そういう問題じゃなくて!」
「じゃあ、どういう問題なんだ?」
「~~~~っ!!」
美琴が頭を抱えた。
初春がとうとう吹き出した。
「ふふっ……あはは!すごい、御坂さんの知り合いって面白い人ばっかりですね!」
「面白くないわよ!こいつは!」
「おいおい、褒めすぎだぜ。とミサカは謙虚に受け止めてみるぜ」
「褒めてない!!」
ミサカはバイクの方へ歩き出した。
数歩進んだところで、ふと立ち止まる。
「……ああ、そうだ。初春さん」
「はい?」
「木山博士のこと、頼んだぜ。とミサカは勝手に後を託してみるぜ」
初春は一瞬驚いたような顔をしたあと、しっかりと頷いた。
「はい!」
それを確認して、ミサカは再び歩き出す。
背後から、美琴の声が飛んできた。
「ちょっと!また会うからね!」
「おう!次はもっと平和な場所で会おうぜ、御坂さん!」
「絶対だからねー!!」
その声を背中で聞きながら、ミサカはヘルメットの下で笑った。
エンジンを始動する。
腹に響く低い鼓動。
振動がハンドルを伝い、手のひらに馴染む。
ああ。
やっぱり、これだ。
誰かのために作られた人生でも。
誰かの都合で始まった命でも。
今、ハンドルを握っているのは自分だ。
行き先を決めるのも、自分。
止まるのも、走るのも。
全部、自分で決めていい。
「さて……次の配達先は、と」
携帯電話を確認する。
表示された目的地は、思ったよりも遠かった。
「……マジかよ」
思わず天を仰ぐ。
「これ、絶対遅配になるだろ……とミサカは現実の厳しさに打ちひしがれてみるぜ」
それでも、エンジンは止めない。
クラッチを握り、ギアを入れる。
アクセルを開けると、古いクルーザーが低い唸り声を上げた。
風が吹く。
焼けつくような日差しの下、学園都市の道路はどこまでも続いている。
その先に何があるのか、ミサカには分からない。
明日、何が起きるのかも。
自分がどこへ向かうのかさえ、まだ分からない。
だが、それでいい。
知らないことがあるから、走る意味がある。
誰かが与えた識別番号ではなく、誰かに呼ばれるためだけの名前でもない。過去を忘れたわけではない。自分が何者だったのかも、何を背負っているのかも、彼女は知っている。
それでも、過去だけに自分のすべてを決めさせるつもりはなかった。
だから走る。誰かの妹としてでも、実験の残骸としてでもなく、ただ自分自身として。
――
そんな言葉を胸の内で転がしながら、ミサカはアクセルを開いた。
「次の面倒事まで、しばらくは平穏無事で頼むぜ。とミサカは切実な願いを込めて走り出すぜ!」
古びたクルーザーが、排気音を響かせながら走り去っていく。
その背中を、御坂美琴はいつまでも見送っていた。
やがて彼女は、小さく息を吐く。
「結局なんなのよ…『オリジナル』って」
美琴はそう呟き、再び歩き出した。
その疑問が、彼女の知らない過去へつながっていることなど。このときの美琴は、まだ知る由もなかった。
第一話、ありがとうございました。
数日から1週間かけてチマチマ継ぎ足す人なんで矛盾とか割と簡単に発生します。見つけ次第、感想欄にて報告してもらえれば嬉しいです。
あと曲名やアルバム名からタイトル取ろうと思ってるんですが、第一話はSmells like teen spiritにしようとして辞めました。荒木飛呂彦先生の気持ちが少しわかった気がします。
あと、この小説及び第一話のタイトルですが、皆さんご存知『NIRVANA』のアルバム名『Nevermind』からです。
日常回はどのタイミングで入れるべき
-
日常の章を作るべき
-
時系列に沿って入れるべき