とある科学の独立番号《Nevermind》   作:シングルアクション教

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ここから数話ほど書き溜めがありますので、推敲が終わり次第置いていきます。


Warning

学園都市第七学区。

 

昼下がりの道路を、一台のクルーザーバイクが走っていた。

 

黒い車体はところどころ塗装が剥げ、最新式の電動バイクが当たり前のように行き交う学園都市では、どうにも時代遅れに見える。だが、エンジンの低い唸り声は健在だった。

 

ハーフキャップのヘルメットに黒いマスク。ライダーの性別は、遠目には判然としない。

 

「いやぁ、今日も平和だねぇ。配達先で犬に追いかけられ、駐輪場で警備員に怒られ、挙げ句の果てに依頼主から住所を間違えたと苦情を受ける。これぞ文明社会の恩恵ってやつだ。とミサカは現代社会の闇を噛み締めてみるぜ」

 

もちろん、住所を間違えたのは依頼主の方だった。

 

理不尽である。

 

ミサカは信号待ちの間に、ハンドルに取り付けたスマートフォンを確認する。

 

次の配達まで、少し時間がある。

 

どこかで休憩でもしようか。

 

そんなことを考えていた矢先だった。

 

「……ん?」

 

道路の先に、アンチスキルの車両が数台停まっている。

 

制服姿の隊員たちが通行人を誘導し、規制線の向こうでは一人の女性隊員が何やら指示を出していた。

 

見覚えのある顔だ。

 

長身で、いかにも体育会系といった雰囲気の女性。短い髪に、よく通る声。

 

「黄泉川……だったか?」

 

正確には顔を知っているわけでもないが、以前、あの巨大な怪物――AIMバーストと戦っていたアンチスキルの一人が、あの女性だった気がする。

 

「ま、関わらないのが吉だな。警察関係者と顔見知りになると、何かと面倒だ。とミサカは経験則に基づいて迂回路を探してみるぜ」

 

そう判断して、アクセルを緩めた。

 

――その瞬間。

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!

 

「……は?」

 

地面が揺れた。

 

最初は、少し大きめの地震だと思った。

 

だが、揺れは一向に収まらない。

 

道路が波打ち、建物の窓ガラスが震え、駐車中の車両が不自然に跳ねる。

 

遠くで悲鳴が上がった。

 

「うおっ、マジかよ!?」

 

ミサカは即座にバイクを路肩へ寄せた。

 

エンジンを切るより先に、前方のビルから何かが落ちてくるのが見えた。

 

外壁の一部だ。

 

その下には、小さな子供が立ち尽くしている。

 

母親らしき女性が少し離れた場所で転倒し、起き上がろうとしていた。

 

「――っ!」

 

考えるより先に、身体が動いた。

 

紫電が脚部を走る。

 

筋肉への電気的な刺激を利用し、瞬間的に身体能力を引き上げる。

 

地面を蹴る。

 

距離にして十数メートル。

 

普段の人間なら間に合わない。

 

だが、今のミサカなら。

 

「おい、そこのチビ!伏せろ!」

 

子供を抱きかかえ、そのまま地面を転がる。

 

直後、背後で轟音が響いた。

 

砕けたコンクリート片が道路へ叩きつけられ、粉塵が舞い上がる。

 

間一髪。

 

「……っぶねぇ。マジで危なかった……!」

 

ミサカは腕の中の子供を確認する。

 

「おい、大丈夫か?どこか痛いところは?」

 

「……う、うん……」

 

「よし。偉いぞ、ちゃんと返事できたな。とミサカは安堵しながら頭を撫でてみるぜ」

 

子供は震えていたが、目立った怪我はなさそうだった。

 

すぐに母親が駆け寄ってくる。

 

「ありがとうございます!本当に、ありがとうございます……!」

 

「いやいや、間に合ってよかったよ。お母さんも怪我はないか?」

 

「はい、私は大丈夫です!」

 

「ならよかった。しばらくは建物から離れてた方がいい。まだ何が落ちてくるか分からねぇからな。とミサカはそれらしい忠告をしてみるぜ」

 

母親は何度も頭を下げながら、子供を抱きしめた。

 

その姿を見届けてから、ミサカはようやく立ち上がった。

 

……バイク、大丈夫かな。

 

振り返る。

 

愛車は路肩に倒れず、何とか踏みとどまっていた。

 

「おお、偉い偉い。持ち主より根性あるじゃねぇか。とミサカは愛車の健闘を称えてみるぜ」

 

「そこのバイク乗り!」

 

声が飛んできた。

 

振り向くと、先ほどの女性隊員がこちらへ駆けてきていた。

 

黄泉川愛穂。

 

「子供を助けてくれたのは君か!?」

 

「まあ、たまたま近くにいただけだよ」

 

「そうか!ありがとうじゃん!君のおかげで助かった!」

 

黄泉川はそう言って、深々と頭を下げた。

 

その素直な礼に、ミサカは少し面食らった。

 

アンチスキルというのは、もっと堅苦しい連中だと思っていたのだが。

 

「いや、そんな大げさな。目の前で子供が潰されそうだったら、普通助けるだろ」

 

「そう思っても、実際に動ける人間ばかりじゃないじゃん。君は立派なことをしたよ」

 

「……そりゃどうも」

 

面と向かって褒められるのは、どうにも落ち着かない。

 

ミサカはマスクの下で頬を掻いた。

 

「ところで、君は怪我をしていないか?さっきの動き、かなり無茶をしていたように見えたけど」

 

「問題ない。ちょっと身体を鍛えてるだけだ。とミサカは曖昧な説明で切り抜けてみるぜ」

 

「そうか。だが、念のため病院で診てもらった方がいいじゃん」

 

「善処する」

 

「本当に?」

 

「……検討する」

 

「君、さては病院が嫌いだな?」

 

「嫌いというか、待ち時間が嫌いだ。とミサカは現代医療に対する微妙な不満を述べてみるぜ」

 

黄泉川が笑った。

 

その直後、無線から緊迫した声が流れた。

 

『黄泉川隊員!こちら規制班!再度、強い揺れを確認!周辺住民の避難誘導をお願いします!』

 

「了解じゃん!各班、建物から距離を取らせろ!頭上にも注意させるんじゃん!」

 

黄泉川は即座に仕事へ戻った。

 

ミサカも周囲を見渡す。

 

まだ地面は微かに揺れている。

 

だが、それ以上に妙だった。

 

道路脇に停まっていた自転車が、誰も触れていないのに、突然ひとりでに走り出した。

 

「……は?」

 

自転車は最初こそ不安定に車体を揺らしていたものの、次の瞬間には異常な加速を見せた。

 

ペダルを漕ぐ人間など、どこにもいない。

 

それなのに、車輪は猛烈な勢いで回転し、アスファルトを蹴るようにして猛スピードで道路を突っ走っていく。

 

「うおっ、危ねぇ!!」

 

自転車は通行人のすぐ脇をすり抜け、歩道の縁石にぶつかり、勢いを失った。

 

周囲から悲鳴が上がる。

 

ミサカは目を細めた。

 

地震なら、地面が揺れるのは分かる。

 

建物が倒壊するのも、まあ分かる。

 

だが、誰も乗っていない自転車が勝手に動き出すのは話が違う。

 

「黄泉川さん。これ、普通の地震じゃねぇんじゃないか?」

 

黄泉川は一瞬、こちらを見た。

 

「……気づいたか」

 

「気づくも何も、今、自転車が勝手に暴走したんだが?」

 

「そうじゃん。今回の現象は、通常の地震とは違う可能性が高い」

 

黄泉川は無線を確認しながら、声を低くした。

 

「学園都市では今、複数の場所で同じような異常現象が報告されている。地震だけじゃない。物体の浮遊、原因不明の衝撃、局地的な振動……」

 

「超能力絡みか?」

 

「その可能性が高いじゃん」

 

ミサカは腕を組んだ。

 

「……なるほどね」

 

学園都市で起こる異常現象に、能力が関係している。

 

それ自体は珍しくもない。

 

だが、これほど広範囲で、しかも複数の現象が同時に起きているとなると話は別だ。

 

「何か、名前でもついてるのか?」

 

「RSPK症候群。正式には、反復性偶発性念力症候群と呼ばれているじゃん」

 

「……長ぇな」

 

「略称の方が覚えやすいだろ?」

 

「それはそう」

 

黄泉川は周囲の安全を確認しながら、説明を続けた。

 

「能力者が強いストレスや精神的な負荷を受けたとき、自分の能力を制御できなくなって、無意識に暴発させてしまう現象だと考えられている」

 

「つまり、本人の意思とは関係なく能力が発動するってことか?」

 

「そうじゃん。しかも、複数の能力者のAIM拡散力場が干渉し合うと、現象が大規模化することもある」

 

「AIM拡散力場……」

 

ミサカは呟いた。

 

能力者が無意識に発している、微弱な力場。

 

普段は目立った影響を及ぼさないが、それが互いに干渉し合えば、通常では考えられない現象を引き起こすことがある。

 

先日遭遇したAIMバーストの事件を思い出した。

 

あの怪物もまた、無数の能力者の力場が異常な形で集合した結果だった。

 

「……嫌な共通点だな」

 

「何か心当たりがあるのか?」

 

「いや、ちょっと前に似たような面倒事を見た気がするだけだ」

 

ミサカは軽く肩をすくめた。

 

あの事件について、詳しく話すつもりはない。

 

特に、御坂美琴と関わったことまで説明する必要はないだろう。

 

「ただ、今回の現象が自然に起きてるとは思えねぇな」

 

「どうしてそう思う?」

 

「地震だけならともかく、物体が勝手に動き出したり、複数の場所で同時に異常が起きたりしてる。誰かが何かをやらかした可能性はあるだろ?」

 

「……私たちも、その可能性は考えているじゃん」

 

黄泉川の表情が少しだけ険しくなった。

 

「ただ、まだ情報が足りない。原因が分からない以上、今は住民の安全確保を優先するしかない」

 

「正しい判断だな」

 

「君は?」

 

「ん?」

 

「さっきの動きを見る限り、ただの一般人というわけでもなさそうじゃん。能力者なのか?」

 

ミサカは一瞬だけ黙った。

 

さて。

 

どう答えたものか。

 

能力者であること自体は、隠しようがない。

 

先ほどの動きを見られているのだから、身体能力に何らかの秘密があることくらいは察しているだろう。

 

だが、余計な情報を与える必要もない。

 

「まあ、そんなところだ」

 

「能力の種類は?」

 

「企業秘密」

 

「企業に勤めているのか?」

 

「比喩だよ、比喩。とミサカは説明不足を誤魔化してみるぜ」

 

「……君、本当に変わった子じゃん」

 

「よく言われる」

 

黄泉川は苦笑した。

 

それ以上、無理に聞き出そうとはしなかった。

 

そのとき、再び地面が揺れた。

 

先ほどよりも強い。

 

道路脇の街灯が大きく傾き、建物の外壁から細かな破片が落ちてくる。

 

「全員、退避ーっ!!」

 

黄泉川が叫ぶ。

 

ミサカも反射的に周囲を確認した。

 

規制線の向こうで、避難中の人々が足を取られている。

 

だが、今度は落下物だけではない。

 

道路に停まっていた車両が、まるで見えない何かに押されたかのように横滑りしていた。

 

「……冗談だろ」

 

車体が歩道へ向かって動く。

 

その先には、避難する人々。

 

ミサカは舌打ちした。

 

「黄泉川さん!そっちの人たちを頼む!」

 

「君は何をする気じゃん!?」

 

「ちょっとばかし、車に説教してくる!」

 

紫電が走る。

 

ミサカは地面を蹴り、車両へと駆け出した。

 

電気的な干渉で車両の制御系統を操作し、駆動を遮断する。さらに身体能力を強化して車体へ飛びつき、勢いを殺すように横から押し込んだ。

 

タイヤが悲鳴を上げる。

 

車体は歩道の手前で停止した。

 

「……っ、重てぇ!」

 

さすがに車両そのものを腕力だけで止めるのは無理がある。

 

どうにか勢いを殺せたのは、車両の制御系統へ干渉できたからだ。

 

ミサカは息を吐き、手を離した。

 

「ふぅ……。なあ、車。お前は悪くない。悪いのは重力を無視して暴れる世界だ。とミサカは物言わぬ機械に責任転嫁してみるぜ」

 

「君、さっきから独り言が多いじゃん!」

 

「癖だ!」

 

黄泉川が避難誘導を終え、こちらへ駆け寄ってくる。

 

「無茶をするなと言いたいところだけど……助かったじゃん。ありがとう」

 

「二度目だな、その台詞」

 

「何度でも言うじゃん。人を助けてもらったんだから」

 

黄泉川は真剣な顔でそう言った。

 

ミサカは少しだけ居心地が悪くなり、視線を逸らした。

 

「……どういたしまして」

 

そのとき、黄泉川の無線が再び鳴った。

 

『こちら本部。周辺地域で同様の現象が継続中。原因について、能力者の集団的な暴走の可能性が浮上しています。各隊員は警戒を継続してください』

 

「了解じゃん」

 

黄泉川が無線を切る。

 

ミサカは空を見上げた。

 

揺れは少しずつ収まってきている。

 

だが、これで終わりとは思えなかった。

 

RSPK症候群。

 

複数の能力者。

 

AIM拡散力場の干渉。

 

そして、本人の意思とは無関係に引き起こされる能力の暴発。

 

もし、それらが何者かの手によって誘発されているのだとしたら。

 

これは単なる災害ではない。

 

「……面倒なことになりそうだな」

 

ミサカが呟くと、黄泉川がこちらを見た。

 

「何か言ったか?」

 

「いや、何も。とミサカは聞こえなかったことにしてほしいと願ってみるぜ」

 

「そうか。ところで、君」

 

「ん?」

 

「名前を聞いていなかったじゃん」

 

しまった。

 

助けることに夢中で、そこまで考えていなかった。

 

とはいえ、本名を名乗るわけにもいかない。

 

「……ミサキ」

 

「ミサキ?」

 

「そう。ミサキだ。とミサカは簡潔に名乗ってみるぜ」

 

黄泉川は少し不思議そうな顔をしたが、それ以上は追及しなかった。

 

「分かったじゃん、ミサキ。今日は本当にありがとう。もし何か気づいたことがあったら、アンチスキルに知らせてくれ」

 

「了解。まあ、できる範囲でな」

 

「それで十分じゃん」

 

黄泉川は軽く手を振り、再び隊員たちのもとへ戻っていった。

 

ミサカはバイクへ歩き、車体の状態を確認する。

 

幸い、目立った損傷はない。

 

エンジンを始動すると、聞き慣れた鼓動が返ってきた。

 

「……さて」

 

ヘルメットの顎紐を締め直す。

 

「今日はもう帰って寝たいところだが、そうもいかねぇんだろうな。とミサカは未来の面倒事を予感してみるぜ」

 

アクセルを開く。

 

古いクルーザーが低い唸り声を上げた。

 

道路の先には、まだ避難誘導を続けるアンチスキルの隊員たちがいる。

 

その中心で、黄泉川が無線を片手に指示を飛ばしていた。

 

ミサカは一度だけ振り返り、それから前を向いた。

 

誰かが能力を暴走させている。

 

それが本人の意思によるものなのか、それとも何か別の原因があるのか。

 

今の段階では分からない。

 

ただ一つ確かなのは――。

 

「……子供が巻き込まれるのは、もう勘弁してほしいねぇ」

 

独り言は、エンジン音にかき消された。

 

ミサカはアクセルを開き、学園都市の道路を走り去っていく。

 

その先で何が待っているのか。

 

まだ、知る由もなかった。

 

夜。

 

学園都市第七学区の片隅にある、古びたアパートの一室。独立番号はベッドに寝転がり、片手でスマートフォンを弄んでいた。

 

窓の外からは、遠くを走る車の音が聞こえる。

 

今日はいろいろあった。

 

地震に、落下する瓦礫に、宙を舞う自動車。おまけに、以前AIMバーストと戦っていたアンチスキルの隊員と再会までした。

 

もっとも、向こうはこちらのことなど覚えていないだろうし、そもそも名前すら名乗っていないのだから当然だ。

 

「……めんどくせぇ一日だったな」

 

独立番号はスマートフォンの連絡先を開いた。

 

登録名は、たった三文字。

 

アッ君。

 

少しの逡巡もなく、通話ボタンを押す。

 

コール音が三回。

 

『……何だ』

 

「おう、アッ君。生きてるか?」

 

『開口一番にそれかよ。テメェは俺を何だと思ってやがる』

 

「学園都市最強の不機嫌製造機」

 

『切るぞ』

 

「待て待て待て!せっかくこっちから連絡してやったのに、つれねぇなぁ」

 

『テメェからの連絡なんざ、ろくな用件じゃねェだろ』

 

「ひでぇ言われようだ。ミサカ、ちょっと傷ついたぜ……と、ミサカは悲しげに呟いてみる」

 

『声が全然悲しそうじゃねェんだよ』

 

「バレたか」

 

独立番号はけらけらと笑い、ベッドの上で寝返りを打った。

 

こうしてくだらない会話を交わせる相手がいるというのは、案外悪くない。

 

……まあ、相手がもう少し愛想よくしてくれれば、の話だが。

 

「で、今日の報告だ」

 

『報告?』

 

「ああ。昼間、ちょっとした地震に遭遇してな」

 

『地震だァ?この街でか』

 

「そう。しかも、ただの地震じゃなかったらしい」

 

独立番号は天井を見上げた。

 

「アンチスキルが出てたんだよ。現場にいた隊員の話じゃ、RSPK症候群……だったか?能力者のAIM拡散力場が干渉し合って、集団的なポルターガイスト現象を引き起こすって話だ」

 

『……あァ』

 

彼の声から、ほんの少しだけ雑音のようなものが消えた。

 

『能力者が自分の能力を制御できなくなって、周囲に影響を及ぼす。そういう話なら、聞いたことくらいはある』

 

「お、珍しく話が通じるじゃねぇか」

 

『テメェ、俺を何だと思ってやがる』

 

「学園都市最強の不機嫌製造機」

 

『二度も言わせンじゃねェ』

 

「おっと、失礼」

 

独立番号は口元を緩めた。

 

だが、すぐにその表情を引っ込める。

 

「……それでな。子供が巻き込まれてた」

 

『……』

 

「建物の瓦礫が落ちてきてよ。ちょうど下にいたんだ。だから、ちょいと助けた」

 

『アンチスキルは何してやがった』

 

「避難誘導。全員を守れるほど人手があったわけじゃねぇだろうし、あれは仕方ねぇよ」

 

独立番号は、今日の光景を思い返した。

 

崩れかけた建物。

 

泣き叫ぶ子供。

 

必死に人々を誘導する隊員たち。

 

そして、地割れで宙に跳ね上げられた瓦礫。

 

「子供を助けたあと、アンチスキルの隊員と少し話したんだ。RSPK症候群についても、そこで聞いた」

 

『そいつは何て言ってた』

 

「原因はまだ分からないことが多い、って感じだったな。少なくとも、自然災害として片づけるのは無理があるらしい」

 

『……チッ』

 

電話の向こうで、彼が舌打ちした。

 

『面倒な話だな』

 

「まったくだ。おかげでバイクも砂埃まみれだぜ。洗車したばっかだったのによ」

 

『そっちかよ』

 

「大事だろ。愛車が汚れたんだぞ?」

 

『知るか。バイクにでも慰めてもらってろ』

 

「おう、あとでたっぷり愚痴を聞いてもらうさ」

 

独立番号は枕元に置いたヘルメットへ目を向けた。

 

ふと、思い出したことがある。

 

「そういや、今日の隊員……どっかで見たことがあると思ったら、前にAIMバーストと戦ってた連中の一人だったんだよ」

 

『AIMバースト?』

 

「ああ。ほら、道路が吹っ飛んだ日にいた、あのデカブツ」

 

『……あァ、あれか』

 

「話を聞く限り、今回の現象と無関係とも言い切れねぇんじゃないかと思ってな」

 

『根拠は』

 

「ねぇよ」

 

『切るぞ』

 

「待てって!仮説だよ、仮説!すくなくともこのミサカは科学者じゃねぇんだ。思いついたことを口にしてみただけだぜ、とミサカは開き直ってみる」

 

『開き直ってンじゃねェ』

 

「いやぁ、アッ君は今日も厳しいねぇ」

 

独立番号は笑った。

 

しかし、彼は笑わなかった。

 

『……ガキは、無事だったンだろうな』

 

「ん?」

 

『助けたってガキだよ。無事だったのかって聞いてンだ』

 

独立番号は少しだけ目を丸くした。

 

それから、ゆっくりと笑みを浮かべる。

 

「おう。母親のところまで送り届けた。怪我もなさそうだったぜ」

 

『……そうか』

 

「なんだよ。心配してくれたのか?」

 

『ブッ殺すぞ』

 

「照れんなって、アッ君」

 

『テメェ、今すぐ居場所を言え』

 

「やだね。こわーい」

 

『……チッ』

 

いつものやり取り。

 

いつもの悪態。

 

けれど、独立番号は知っていた。

 

彼は、ああいう男だ。

 

口では何と言おうと、子供が巻き込まれたと聞けば、まずその安否を確かめる。

 

そのことを指摘すれば、きっと本気で怒るだろうけれど。

 

「ま、そんなわけで。今日の報告は以上だ」

 

『報告ってほどの内容でもねェだろ』

 

「いいじゃねぇか。情報共有ってやつだ」

 

『テメェが勝手に喋ってただけだろうが』

 

「細けぇことは気にすんな」

 

『……一つ聞く』

 

「ん?」

 

『そのRSPK症候群とやら、これからも追うつもりか』

 

独立番号は、すぐには答えなかった。

 

窓の外で、バイクのエンジン音が遠ざかっていく。

 

今日見た光景が、脳裏に浮かぶ。

 

空中に浮かぶ瓦礫。

 

ひとりではどうにもならない状況。

 

そして、助けを求める小さな手。

 

「……さあな」

 

独立番号は、いつもより少しだけ静かな声で答えた。

 

「厄介事に首を突っ込む趣味はねぇんだ。こっちはこっちで、いろいろ事情があるんでね」

 

『だったら放っておけ』

 

「そうできりゃ苦労しねぇよ」

 

『……』

 

「ただ、まあ」

 

独立番号はヘルメットを手に取った。

 

「目の前で誰かが困ってたら、見捨てるのも寝覚めが悪いだろ?」

 

『……くだらねェ』

 

「だろ?ミサカもそう思うぜ」

 

『だったら最初から関わるな』

 

「それができたら、今ごろもっと楽な人生送ってるさ」

 

独立番号は小さく笑った。

 

その言葉に、彼は何も返さなかった。

 

しばらくの沈黙。

 

やがて、電話の向こうから低い声が聞こえた。

 

『……無茶すンじゃねェぞ』

 

「おや?」

 

『聞こえなかったなら忘れろ』

 

「いやいや、今の録音しとけばよかったな。アッ君が優しい言葉をかけてくれた記念に――」

 

『切る』

 

「はいはい、悪かったって!」

 

通話が切れる寸前、独立番号は笑いながら付け加えた。

 

「じゃあな、アッ君。また何かあったら連絡するぜ」

 

『連絡してくンな』

 

ぷつり。

 

通話終了。

 

「……相変わらずだな、あいつ」

 

独立番号はスマートフォンを枕元に放り投げ、再びベッドに寝転がった。

 

天井を見つめる。

 

RSPK症候群。

 

能力者の暴走。

 

子供たち。

 

そして、あの不自然な地震。

 

「……嫌な予感しかしねぇ」

 

そう呟いて、目を閉じる。

 

明日になれば、今日のことも少しは忘れられるだろう。

 

そう思いたかった。

 

けれど、学園都市という街は、そんなささやかな願いを叶えてくれるほど親切ではない。

 

独立番号はまだ知らない。

 

今日の地震が、これから自分を巻き込んでいく事件の、ほんの入り口にすぎないことを。

 

そして、その事件の裏側にいる人間が、子供たちを使って何をしようとしているのかも。

 

ただ一つ確かなのは――。

 

「……明日は平穏でありますように、っと」

 

その願いが、たぶん叶わないということだった。




今更ですが電話相手の『彼』についてはキャラ崩壊アリとご承知の上よろしくお願いします。

あと原作改変要素としてひとりでに走り出す自転車がありますが、単純な地震と同じ事象では部外者の主人公がポルターガイストに気づくのは難しいと考えたためです。

二話のタイトルは『Green day』のアルバム名『Warning』からです。1番好きなのはChurch on Sundayです

日常回はどのタイミングで入れるべき

  • 日常の章を作るべき
  • 時系列に沿って入れるべき
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