[殺してほしい人間がいるの!]
明るい口調で物騒なことを言う目の前の人物。
寝室と比べ、ほとんど散らかっていないリビングで足の低いテーブルを挟み、向かい合って座わる佐藤と少女。
テーブルには窓から差した、太陽の光が落ちていた。
どこでバレたかまったくわからないが少なくとも俺のことを殺し屋だと確信している。
[....俺は生まれてこの方殺しなんてしたことないんだが?]
それでも、一縷の望みに賭けて誤魔化しを掛けてみた。
[嘘つかなくてもわかってるよ!だって見たし。君が女の人を殺してるの。]
誤魔化しに対し、少し身を乗り出し嬉しそうにそう言う少女。
薄々思っていたが、この子。イカれている。
殺しを目撃したにも関わらず、何も思わない。挙句の果てには殺した張本人の自宅へと訪問する始末。表情に恐怖や緊張と言った感情は見られず、嬉しそうな顔が少女のおかしさを加速させている。
[このこと、誰かに話した?]
[話してないよ!だって、殺されちゃうでしょ?]
殺し屋をやっている事を言いふらされているのであれば、殺さなければならないのでそう聞くと、当然だと言ったようにそう言う。
殺されるかも知れないと分かっているのにここへ来たと言う事を知り、少女イカれポイントへと加算した。
[......名前は?]
完全にバレていたので、誤魔化しを諦め話を聞くことにしたが、名前がわからないのは不便なのでそう聞く。
[私?私は乃愛だよ!君は?]
[佐藤]
[下の名前もっ!]
乃愛に聞き返され、無愛想にそう答えると、身を乗り出し不満そうに下の名前も聞かれる。
[..........]
いつもの真顔だが、何処かが違う真顔。目か、口か、眉か、はっきりとはわからないが、ほんの少しだけ違う顔で手元に目線を下ろし黙り込む。
[ちぇ〜釣れないの〜]
真顔で黙る佐藤に対し先程の不満より更に不満そうな表情で口を尖らせながら言う。
[.....それで、誰を殺して欲しいって?]
これ以上聞かれても困るため話題を避け、本題に入る。
[てことはっ、やってくれるの?!]
[...まだやるとは言ってない。話を聞いてからだ。]
再び身を乗り出し、キラキラとした目で聞かれ、これまた無愛想にそう返した。
[私のお母さんを殺して欲しいの。]
感情の見られない顔でこちらを見ながら冷たい口調でそう言う乃愛。
先程まで表情豊かで年相応だったはずの少女の無感情な顔で只事ではないと悟る。殺し屋である事、死ぬかも知れない事を知りながら、訪ねてくる時点で只事ではないことは察していたが、ようやく確信した。
[.........なんで?]
母親を殺して欲しいと言われ、首を傾げながらそう聞く。
[私にはお父さんがいたの。けど.......5年くらい前.....事故に遭って....死んじゃったんだ.....]
少し震えた声でぽつぽつと話す。
[それからお母さんはどんどんおかしくなって.....私に暴力までしてくるんだ....]
無感情な顔から悲しそうな表情になっていく目の前の少女。その顔を隠すように俯いてそう言う。
[お母さんさ......お父さんがいなくなってから、ずっと悲しそうなの.....]
沈んでいた空気が更に沈む。
[だから......お母さんを天国に送ってくれない?]
顔を上げ、こちらの目を見てそう言う少女。その目には大粒の涙が流れていて、その涙がぽつぽつとテーブルに溢れる。
[..........]
[お願いします。]
涙を溢しながらも、頭を下げてそう言う。
[..........わかった。]
窓から差した太陽の光で、テーブルに溢れた涙が輝いてる。
痛々しい少女の様子を見て、どうしようかと迷っていたが引き受けることにした。
憂鬱な空気が部屋に充満している。ふと窓の外を見ると憂鬱さとは真逆の快晴だった。
それから10時間ほど経った。快晴だった空は暗くなり星が見える時間帯。
吐く息が白くなる程寒く、厚着してきたがそれでも少し冷える。持ってきたトートバックを左肩から右肩に持ち変えた。
所々にある街灯に照らされ隣を鼻歌交じりでスキップする少女、訪ねてきた時の服の上に、俺が貸した防寒着を着ていて快適そうだ。
これからだというのに10時間程前のことが嘘だったと思ってしまうほどご機嫌な表情を見て再び、少女イカれポイントに加算しておいた。
こんな時間に少女と男が2人、職質間違いなしな組み合わせだ、前世でも今世でも。
[ほんとに、いいのか?]
[....うん。いいの、もう。]
ご機嫌なスキップをする隣の乃愛へと聞くと、少し悲しそうな顔をしてそう言う。
[星、きれいだなぁ〜]
スキップをやめ空を見上げた少女が一言。
月明かりに照らされ幻想的、端麗な顔立ちも相まって物語から飛び出してきたと見紛ってしまう。
[ふふっ、見惚れちゃった?私、可愛いからね〜]
じっと見ていると、くるりと回り自信の溢れた口調でそう言った。
[うん]
[えっ..........]
自信満々な少女に正直にそう返すと、なぜか顔を背けて黙ってしまった。冗談だったのだろうか。少し耳が赤い気がする。
気まずい空気が流れて少し困ったが、再びスキップするのを見て、言ってはいけない事を言ったわけではないと安心できた。
鼻歌交じりにスキップする少女と、ただ歩く俺。時々、道の街灯に照らされたり、車が通ったり。所々にある電柱をくるりと回って避けたり、そんな少女を眺めたりして歩いていく。
[ここだよ。]
すると、足を止めて、こちらに振り返り決心したような表情でそう言う。
そこにあるのは2階建ての一軒家だった。周りの家とほとんど変わらない、なんの変哲もない一軒家。
月明かりに照らされる少女の、その表情を見て頷く。
頷くのを見た少女が鍵をポケットから取り出し、扉を開ける。
その扉の横には篠浦と書かれた表札があった。
玄関に入るとそこには、靴が一足分。そこへ少女と俺の脱いだ靴が加わる。靴入れらしき戸があり、その中にも靴が入っているのかも知れない。
乃愛について行き、進んでいるとリビングに着く。電気が消えており、少ししか見えないが、散らかっている。事故があった日からこんな感じなのだろうか.....そう考えていると悲しくなってくる。
[この上でお母さんが寝てると思う。私は.....ここで待ってるね。]
階段に着いた所で振り返りそう言う。
悲しそうな表情をしている。暗い部屋という事もあるのだろうが、今日で一番悲しそうな顔。
家に着いた時から喋っておらず顔が見えなかったがこんなに悲しそうな表情をしていたとは。
階段を登り突き当たりの部屋の扉を音が鳴らないように開け、入る。
衣服やゴミ袋などが散乱していて、部屋の端にベットの上で女性が眠っている。
腕で目を覆い、死んだように眠る少女の母親へ近づく。寝息が聞こえ死んでいないとわかった。
先程肩に掛けていたバックから取り出した銃を死体のように眠る女性の頭へと向ける。
少し重たいトリガーを引く。
反動を感じると同時に小さな銃声が響く。銃声とは思えない程小さな音が響いた後、穴の空いた頭部から赤黒い血が溢れて枕、マットレスを染めていく。
ポケットからスマホを取り出し電話をかける。
[佐藤です。個人的な依頼なんですけど......えぇ、そんなに.....はい、分かりました。お願いします。場所はーーー]
赤黒い血がマットレスを貫通し、木造りのフレームからポタポタと垂れていて、鉄の様な匂いと硝煙の匂いがする中、清掃業者を雇った。個人的な依頼なので当然自腹、それなりの額に顔を顰めた佐藤だった。
家を出て、隣を歩く少女をみる。
悲しそうな顔で星を見ている。
[これから、どうしよっかな〜]
そんな顔の少女が前を向き、言った。
[そうだっ!君の組織に入れてよっ!]
こちらへと顔を向け満面の笑みでそう一言。
街灯に照らされた笑みが、酷く綺麗だ。
[...連絡してみるよ。]
[えっ、ほんとっ?ぜったいに断られると思ってた!]
[まだ決まったってわけじゃないぞ。]
イカれ具合からして、素質があると考えていた、それも、結構前から。
その素質を見込み社長に連絡してみることを約束する。
その約束を聞き、嬉しそうに鼻歌交じりのスキップで隣を歩く、年相応の少女がいた。月明かりに照らされて。
ちょっと無理矢理過ぎたかもだけど許して。