飛べ!トビショック 〜ただのおっさん、ちょびっとだけ世界を救う〜 作:小路 参佑
心に引っ掛かりを覚えながらも、乙三はトビショックとしての戦いを続けた。
アークパーソンの倫理がどうであれ、キチゲの解放を続けていたし、キチゲマンにはヒュウマニティ・バイブレイションを浴びせてやらねばならなかったからだ。
でなければ、たとえキチゲの解放が精神の破綻を防ぐガス抜きであったとしても、彼らは社会的な居場所を失うことになるだろう。
この日もトビショックに偏心した乙三は、ドタドタと地下足袋を鳴らして夕刻の大型スーパーに駆けつけた。
店内の客の移動を妨げるように、何十台ものショッピングカートが延々と繋げられて通路を塞いでいる。近隣の他店のものまで使っているようだ。
その列をなおも伸ばし続ける敵(?)を見て、乙三は途方に暮れた。それはキチゲマンではなく、キチゲウーマンだったのだ。
「毎日毎日毎日毎日! あたしは飯炊き係でもクリーニング屋でもないっつーの! あんたたちみたいな主婦が男をつけあがらせるからっ!」
20代後半とおぼしきカート女は、髪を振り乱して女性客たちを怒鳴りつけた。
乙三は特小無線で元木を呼ぶ。
「おい、これ、どないしたらええねん」
『参ったっすね。ヒュウマニティ・バイブレイションはセクハラになるかも』
夕飯の食材を買い求めていた客たちの視線は、いまや乙三とカート女に集中している。
――こないなったら、たとえ世間に白い目で見られることになっても……。
乙三の考えを読んだかのように、元木の声がイヤホンに弾ける。
『変な気を起こさんでくださいよ! トビショックのやらかしは、佐津川さんを追い詰めることになるんすから!』
「なんでや!?」
『今までオツさんを取り逃がしたことになってるんすよ? そのオツさんが犯罪的なことをやらかしたら、捕まえられなかった佐津川さんが責められるに決まってるでしょ』
「くっそー!」
やむなく乙三は伸び続けるカートの列を分解して、カート置き場に戻していく。いつしか警備員もそれに加わり、カートを繋ぐ女とカートを戻す乙三&警備員の、いつ終わるとも知れない不毛な争いが続く。
「あんたたち卑怯よ! ふたりががりで!」
やがて女は疲弊しペースを落とし始めたが、カートのバリケードがなくなったところで、ヒュウマニティ・バイブレイションによる解決はできない。
そのときだった。
「役立たずのクソオスは下がってて!」と、細身の影が乙三の隣をすり抜けた。セーラー服になぜかロンググローブとロングブーツを合わせ、ベネチアンマスクを着けた女――。
「ヒーリング・エンブレース!」
セーラ◯ムーン――否、セ◯ラーVジェネリックと言うべきか――は、カート女に抱きついた。まるっきりヒュウマニティ・バイブレイションである。
「クソオスなんかに尽くさなくていい。あなたはあなたの人生を歩まないと」
ジェネリックセーラ◯Vはカート女に囁いた。
「で、でも……あたしにはまだ小さい息子もいるし……」
「どんなに可愛い男の子だって、10年もすれば立派なクソオス。きっとあなたを裏切る。そうに決まってる」
「そう……? そうかな……?」
「そうよ。男の子が家事を手伝ったことある? あなたが病気でも、食事を作れって言うんじゃない?」
カート女は頷いた。
「でしょう。男はそういう生き物なの。女を搾取することしか考えてない。帰って夫に離婚届をつきつけてやりなさい。もう男の時代なんて終わりにしなきゃ」
ジェネリックセーラーVは懐から離婚届の用紙を取り出し、カート女に手渡した。
乙三は床にぺたんと座りこんでいるカート女とセー◯ーVに声を掛ける。
「お疲れさん。なんか手伝うことあるか?」
「クソオスは下がっててって言ったでしょ」
ベネチアンマスクの下の目が険しくなる。
「この
「そうか……。確かに、おれじゃあ女性の気持ちは分かってやれへんかもな。助かったわ……。名前だけ、聞いてもええか?」
「セーラーヴァルダ。女性という闇に囚われた星々に、光をもたらす者」
「なんすか、さっきのコスプレ女」
定食屋で夕食を摂りながら、元木は乙三に不満を漏らした。
「まあ、おれらに女性を救えへんのは事実やからな。女のキチゲマン……キチゲウーマンか、を任せられるのはええことや」
「悔しくないんすか? あんなボロカス言われて」
「この仕事をしとったら謂れのない批判を受けることはまあまああるけど、おれは鳶工の仕事もトビショックの活動も気に入っとるからな。どうでもええ」
「そういうもんすか?」
「元木かて警官になっとったらヤカラに絡まれとったかもしれんけど、そんなん気にならへんやろ?」
「……まあ、そうかも……」
「人にきつう当たらんとおれへんのは、自分に不満を抱えとる人なんとちゃうか。知らんけど」
乙三は「ほら、冷めるで」と、豪快にどんぶり飯をかきこんだ。
「元木。SNSの設定って、これでええんか?」
ある日の午後。現場での休憩中、乙三は元木にスマホを差し出した。型遅れだが、新品だ。
「どうしたんすか、これ」
「1円のやつに機種変した。前のケータイ(ガラホ)じゃSNSのアプリが動かへんから」
「アークパーソンですか」
乙三は頷いた。
「あいつときちんと話してみたくなったんや。それにキチゲ解放予告をいちいち元木に教えて貰うのも気が引けとったし」
「俺、オツさんのサポートをやめるつもりはないっすよ」
「それはアテにしとる。自分でできることは自分で、ってだけや」
「なんか……寂しいもんすね」
「? なにがや?」
「手がかかるばっかりの子供と思ってたら、だんだんと親を頼らなくなってきた感じというか……」
「えぇ……(´・ω・`)」
「てか、ハンドルとアカウントが『トビショック @to_be_shock_honmono』になってるんすけど!?」
「あかんか?」
「いろんな意味でパニックが起こりそうっす。ネットじゃトビショックはホモネタが鉄板だし。ちょっと前になりすましが現れたときも、誰かが絡むときはホモいじり一色で」
「そんなことになってたんか」
「あまりにホモホモしつこいので、なりすましがキレてイジってきた連中に低学歴煽りをしたら、それまでに上げてた画像から自宅と本名を特定されて、垢消し逃亡しました」
「おれは人様を低学歴煽りできるキャラやないねんけどなあ」
「警察まで本物じゃないかって自宅に聴取に行ったっぽいっすよ。また同じことになるかも……」
「けど、アークパーソンと接触するにはこの名前が一番やろ?」
「また偽物だって思われるか、敵認定されてブロックされるんじゃないすか?」
「とにかくやってみるわ」
「なら、この設定で問題ないっす」
元木はスマホを返した。
「じゃあ初ポストや。『有葉市を中心にトビショック活動をやっているおっさんです。一応本物です。よろしく』と……」
「こっちのスマホでも見えました。……『トビショック活動』とか『一応本物』てなんすか 」
「なんとなく……。自分でヒーローを名乗るんも違うしなって」
「……あ、アークパーソンが新ポストしてます」
『アークパーソンより、迷える子羊どもにキチゲ予報を授ける。本日18時頃、有葉第六中学校の半径1km圏内にキチゲが振り切れる者が現れるであろう』
「口調が元に戻っとるやん」
「AI噛ますのが面倒になったんでしょう」
「キチゲ予報てなんやねん。天気予報並みにカジュアルにしやがって。そのせいで最近は野次馬を巻いて帰るのが大変なんや。手のかかる子供ってのは、こいつみたいなんを言うんやで」
「いや、オツさんも大概っす」
「……あ、そう……(´・ω・`)」
「……しけたな、今回は勘が裏目に出てしもた」
予告の時刻。偏心した乙三は、元木のもとへカブを走らせていた。アークパーソンが予告したエリアでキチゲマンを手分けして探していたところ、元木寄りの地点に現れたのだ。
乙三が律儀に信号待ちをしていると、スマホに元木からのメッセージが着信する。
『セーラーヴァルダ出現。佐津川さんも現着。偏心解除よろ』
乙三は仕事用のコンプラ作業服に着替えて現場に向かった。市立図書館の男性用トイレ前である。
「どんな具合ですか」
乙三は少し離れた場所で様子を見守っている佐津川に声を掛けた。唯野乙三の姿なら、表立って接触しても佐津川に上長の圧力がかかることはない。
「あのKMが……いや、キチゲウーマンだからKW……? ともかく、あの女性が男性用トイレの入口にどこからか掻き集めたトイレットペーパーを積み上げて封鎖しまして。『男が近づけば水をかけてドロドロにして掃除を大変にする』と……。身柄を確保しようにも女性警官の手配がつかず参っていたところ、あの女性……セーラー……なんでしたっけ」
「セーラーバルダやね」
「そうそう、セーラーバルダが説得して、今しがたヒーリング・エンブレイスなる技を出したところです」
セーラーヴァルダがキッと乙三と佐津川を指差す。
「こら! そこのクソオスども! 『セーラーヴァルダ』と『ヒーリング・エンブレース』だ! 間違えるな!」
「唯野さん……。自分、なんか間違えました?」
「さあ……? おれもなんか間違えた?」
「さあ……? 元木さんから聞いたとおり、気難しそうな女性ですね」
「チッ! これだからクソオスだって言うの! 女性を尊重する意識がまるでない! ダボがっ!」
セーラーヴァルダは乙三たちへの鬼の形相とは裏腹に、40歳前後のキチゲウーマンには同情的な目を向けて、背中をやさしくさすった。
「どうしてクソオスのトイレなんか占拠したの? 教えて……?」
「男性用トイレは回転が早いから……。女子には『青木まりこ現象』があるのに、トイレの待ち時間が長くて、不公平なのが悔しくて……! 男性用トイレも回転が悪くなって、みんな漏らせばいいと思ったの……!」
「そうね、それは男が悪いわ。あなたは正しい。男が支配している世の中なのだから、女子トイレの回転を早くできないなら、男は全員漏らすべきよ。あるいは男は女に漏らさせようとしているのかも知れない。今は警察もいて分が悪いけれど、いつか男どもにも漏らさせて苦しませてやりましょう」
「なんか滅茶苦茶いうてへんか、あのふたり」と乙三。
「自分は公務員ですので、ジェンダーが関係する話はコメントしづらいです……」
「まあ一応解決したみたいやし、元木から帰るってメッセージ来たし。おれも帰るわ」
その場を離れようとする乙三に、佐津川が表情を曇らせる。
「もう少しここにいてくれませんか。あのふたりが相手では、男の自分がひとりで何を言っても、あの剣幕で押し切られそうで……」
「事情聴取でもしはるんか?」
「上がセーラーヴァルダのことを『厄介なのが増えた』とおかんむりで……。図書館の業務妨害にはなったんで、注意ぐらいはしておかないと……」
「どっちを注意するんや? キチゲウーマンを? セーラーヴァルダを?」
「……どっちでしょう……?」