飛べ!トビショック 〜ただのおっさん、ちょびっとだけ世界を救う〜 作:小路 参佑
セーラーヴァルダにコテンパンに罵られて逃げられた佐津川を慰め、缶コーヒーを持たせてアパートに帰った乙三は、スマホの通知を見て腰を抜かした。初ポストに大量のコメントがついている。
『本物キターーー! 待ってました!』
『偽物乙。本物なら証拠うpはよ』
『アークパーソン様とジッジィをいじめるのやめて』
『ウホッ これはいいオヤジ』
『当方ホモ垢ですが、フォローしていいですか』
『や ら な い か』
「これは……思うてたよりカオスやな……」乙三はフリック入力に指を迷わせながら、ひとつひとつに返信していく。
『本物です。よろしく✌』
『この鳶装束の画像で証拠になりますか』
『トビショックはアークパーソンさんをいじめません。仲良くしたいと思ってます』
『いいオヤジですか。褒めてくれてありがとう(≧∇≦)』
『ホモ垢もどなたもホロー大歓迎です❗️』
『な に す る の?』
それはすぐに匿名掲示板で話題になった。
『SNSにまたトビショックを名乗る奴が現れてる』
『今回ちょっと本物ぽくね?』
『どこがだよ。アークパーソンと仲良くしたいとか書いてるぞ』
『ウホッ展開キタコレ』
『アークパーソンは無性別設定だからセーフ』
『自分からホモネタ振ってくる点では本物っぽい』
『いや、これホモネタ理解してなくね?』
『なにするのは草』
『ホローてwww 香り立つ昭和のオヤジ臭www』
『鳶装束の画像を過去の動画と比較してみた。傷みかたがまったく同じ。少なくとも鳶装束は本物と言わざるを得ない』
『mjd!?』
この流れにSNSのアークパーソンアカウントが反応した。
『子羊たちから本物と思しきトビショックアカウントの報告と、ブロックの勧めが続いておる。だが安堵せよ。我は覇道を征く者である。トビショックごとき、ブロックせずとも何ら問題ない』
『さすがはアークパーソン様! そこにシビれるあこがれるゥ!』
『どうもトビショックです。こんばんわ。ブランコ事案のときはお構いできず、誠にごめんなさい。よければ相互ホローお願いします』
これにアークパーソン界隈が乗った。
『トビショックの殴り込みキターーー!』
『トビショックは◯ね』
『むしろ生㌔』
『おまえら的にはセーラーヴァルダってどうよ』
『私女だけど、女がアークパーソン様の邪魔をするとかあり得ない』
『ワイ将、コスは嫌いじゃない。なお中身(ry』
『BBAは却下』
『なんでBBAって分かるんだよ。若いかもしれねーだろ』
『若かったらモチーフはプリキ◯アを選ぶんだよなあ』
『ワイの周辺ではセーラーヴァルダは人気あるやで』
『↑はバルダ本人』
『バルダじゃねーよヴァルダ!』
『↑ほらな』
『セーラーヴァルダがトラップに引っ掛かってて大草原不可避』
翌朝、現場の朝礼で乙三と顔を合わせた元木は、思わず眉をひそめた。
「オツさん、顔色悪いっすよ。飲み過ぎっすか?」
「……ゆうべ、SNSのやめどきが分からへんで……。おれ、入力が遅いやろ。初ポストのコメントに返信つけたりしとったら、いつの間にか朝になっとったんや……」
「……は?」
元木は慌ててスマホをチェックした。乙三とアークパーソン関連のポストが堰を切ったように流れてくる。
「……ツイ廃じゃん……。ダメだこの人……」
「けど粘った甲斐あって、アークパーソンと相互フォローして、ダイレクトメッセージするまで行けたで(^o^)v」
「……はぁ!? ( Д ) ゚ ゚」
「『悪の首魁ともあろう概念さんが、ただのメタボなおっさんごときにビビったりしませんよね』って煽ったら乗ってきた」
「完全にガキじゃないすか……」
「そこやねん。きっと概念とかなんとか、あいつが言うてることは全部ホンマの話なんや。生まれてからたいして日が経ってなくて、きちんと物事が分かってへんだけなんちゃうか」
「……嫌な予感。まさか、それをオツさんが教えるつもりっすか?」
「おれには人にものを教えられるほどの学はあらへん。あいつが望むんやったら、一緒に勉強するぐらいは考えんこともないけどな」
元木はひとまず胸を撫で下ろした。
「オツさんのことだから、お節介にやるって言い出すかと思いましたよ」
「怪異やろうが何やろうが、あいつは既にひとつの人格を持っとるからな。こんなおっさんの考えを押し売りしたら可哀想や」
「……オツさんはお節介じゃないっすね。とんでもないお人好しだ……」
「へ?」
乙三は小首を傾げた。
ある日、トビショックのSNSでのポストに、ひとつのコメントがつけられた。
『トビショックさんはよくホモネタに使われてますが、本当にゲイですか』
乙三は考えた末に、『ひ・み・つ✌』と返した。
それを知った元木は、現場のプレハブ裏で乙三を諌めた。
「これ、まずいっすよ。ゲイと認めたようなもんじゃないですか。ますますホモネタが増えますよ。どうするんすか」
「秘密なんやから、ゲイともノンケとも取れるやん」
「ノンケははっきりとノンケって書くんですよ! ゲイじゃないのにゲイ認定されたら困るでしょ」
「……それは、ゲイがネガティブなイメージやからか?」
「まあ……身も蓋もないことを言えば……そうっす」
「なら、このままでええ。元々ホモキャラ扱いやしな。単にギャグにしてる人が大半なんやろうけど、こういう質問をしてくる人は、多分ガチな気がするねん。そんな人に対してノンケですって言うたら、向こうにはゲイを拒絶しとるように見えてまうと思わへんか」
「言いたいことは分かりますけど、お人好しは程々にしてくださいよ。日本人全員を救う気ですか」
元木は次の瞬間には言い過ぎたと反省したが、撤回の言葉を口にできなかった。乙三が自らSNSを始めたことで、自分が必要とされなくなっていくような焦りや疎外感を覚えていたのだ。
「……どうなっても知りませんよ」
なぜ元木が怒っているのか分からずに戸惑う乙三を言葉で突き放し、元木はプレハブ裏を離れた。
この日も乙三はトビショックとして活動したが、元木はその場をいつものように俯瞰しながらも、とうとう一言も無線を発信できなかった。
数日後。
「なんでや! あの人は女性なんやから、救えるんはあんたやろ!」
小学生ほどの大きさの板状の木材が大量かつずらりと立ち並ぶ、異様な光景。ホームセンターの駐車場で、トビショックはセーラーヴァルダと対峙していた。
その脇をいかつい体躯の女性が無言で行ったり来たりしている。駐車場の出入口付近は身動きの取れない車でカオスになっていた。
「あいつ、身体は男じゃない! なんで私がオスに抱きつかなきゃいけないの!」
セーラーヴァルダはビシッとトビショックを指差した。「オスのことはハゲの担当!」
「ハ、ハ、ハゲ!? 誰がや! なにを根拠に!?」
「違うのならヘルメットを脱いでみせなさいよ! ネットじゃみんな言ってんだから!」
「あ、あんなんネタやろがい! いや、今はそんなんどうでもええ! とにかく、心が女の人なら、男のおれがヒュウマニティ・バイブレイションを決めるわけにいかんのや!」
「ハッ! 役立たず! これだからクソオスは!」
「人助けを拒否る奴に言われたないわ!」
駐車場の隅ではホームセンターの店員が切り出した木材をうず高く積み上げ、いかつい体躯の女性――否、女装した男性が、駐車場全体に黙々とそれを立てて並べていく。巨大ドミノ倒しを作っているのだ。
客たちは迷惑そうにしながらも、この前代未聞の巨大ドミノの完成と、それが崩れ去るエンターテインメントを期待を込めて待っていた。
乙三はせっせと板を運んでくる店員に悲鳴をあげた。
「店員さん! とりあえず木材を持ってくるのやめてんか!」
「しかし、もうお代を頂いてしまったので……」
「なんでやねーん! 普通こんな注文おかしいと思わへんか!? 何枚あるねん!」
「色々と行き違えてお受けしてしまったようで……。カッティングが済んでしまってるもので、お売りしないと当店が困ったことに……」
「あとは勝手にやんなさい、ハゲ!」
立ち去ろうとするセーラーヴァルダを引き留めようと、乙三は手を伸ばす。
セーラーヴァルダは乙三を一喝した。
「触ったらセクハラで訴えてやる!」
「ぐっ……!」
そこへ、唐突に女性の高笑いが割って入った。
「役立たずはあなただよ、セーラーヴァルダ!」
糞詰まりになっている車の隙間を人影が抜けてくる。
居合わせた男性客の何割かが、ゴクリ、と息を呑んだ。その人影が、キャット◯ーマンか峰不◯子かというボディースーツ姿の、引き締まった肢体の仮面の女性だったからだ。
「いきなりなに!? あんた誰よ!?」
「ボク……? ボクは……そうだなぁ、『マスカーバディ』とでも呼んでもらおうかな」
男性客の一部が『ボクっ娘かよ!』と、テンションを上げる。
セーラーヴァルダは鼻で笑った。
「マスカーバディ? おかしな名前! 養生テープのツールかなにかのつもり?」
「あなたは分からなくていいよ。トビショック、ここはボクに任せて」
「えっ……? あ、ああ……、頼むわ」
呆気にとられた乙三は、そんな言葉しか出てこない。
マスカーバディは「ソラス・コクーン……!」と叫び、ドミノに夢中なトランス女性を背中からそっと抱いた。
「あなたは心と身体が一致しなくて、どこにも居場所がなかったんだね……」
トランス女性から滂沱の涙と枯れた声が溢れ出す。
「わ……私……、自分がどこにも、存在してないような気がして……!」
「そうなんだね……。自分自身が自分の居場所になれないって、つらいよね」
「そう……そうなのっ……。私、鏡の中の自分がイヤでイヤで……心と身体のギャップを感じるたびに、ドミノ倒しに集中して気を紛らわせてきたの……。でも、普通のドミノ倒しじゃ、もう目をそらせなくなって……っ!」
「大丈夫。その服もメイクも、とっても似合ってるよ。さあ、気が済むまで、全部吐き出して。ボクはここにいるからね」
「ああっ……! ありがとう……!」
セーラーヴァルダはチッと舌打ちして背中を向けるが、誰も反応しない。
「……なによ!? 今日は誰も追いかけてこないの!?」
その場の人間全員の視線が、マスカーバディとトランス女性に注がれている。
「死ね! クソオスどもはみんな死ね! クソオスにおもねる女も死ね!」
捨て台詞を残して、セーラーヴァルダは姿を消した。
マスカーバディはトランス女性の苦難に満ちた半生を傾聴しながら、何度も拝む乙三に静かに頷いてみせる。
それを遠巻きに見ていた客のひとりが、ぽつりと呟いた。
「……で、ドミノ倒しはいつやるの?」
その日の夜には、ホームセンターに居合わせた客たちによる、マスカーバディを扱った動画が次々とネットにアップロードされた。
〈女性ヒーロー・マスカーバディ! ホームセンターに爆誕!〉
『女性なのにヒーローとはwww』
『本命キタコレ』
『ぴったりボディースーツのボクっ娘とか、完全に刺しにきてるな』
『俺もハグされたい』
『セーラーヴァルダが一瞬で霞んでて草』
『あいつ性格最悪だしな。どう考えてもマスカーバディ一択』
『アークパーソン様、敵ばっかり現れて可哀想』
『むしろ喜んでんじゃね? 遊びみたいなもんに大の大人が3人も付き合ってくれてんだぞ』
『遊びじゃない! アーク様の壮大な野望を遊び呼ばわりしないで!』
『言われてみれば、アークパーソンって割とトビショックとかの都合を考えてキチゲマン出してる気がするな。社会人が働いてる時間帯を避けてる感ある』
『実はアークパーソンも社会人説』
『24時間ネットに張り付いてるっぽいから、それはない』
『なんで知ってんだよ。さてはおまえニートだな』
『この動画の最後のところ、マスカーバディがトビショックにアイコンタクトしてね?』
『マジかよ……マジだ』
『トビショックにもとうとう春が来たんか』
『マスカーバディは俺の嫁。ハゲデブ親父には絶対に渡さん』
『ニートはトビショック未満の生き物だと自覚しろ』
パリッとしたシーツを敷いたベッドで動画を眺めていた元木は、スマホを枕の横に放って、深い溜息をついた。
「……Masker Buddy……。仮面の相棒、か……」