飛べ!トビショック 〜ただのおっさん、ちょびっとだけ世界を救う〜 作:小路 参佑
次の日曜日、乙三と元木はアークパーソンが指定した住所に向かった。市のはずれの廃工場だった。
「遊びに来たで!」
乙三は声を張り上げ、三三七拍子で扉を叩いた。
「なんすか、それ」元木が苦笑する。
「合図や。ときどき人間がここらを歩き回るとかで、紛らわしいらしい」
扉の向こうでジッジィの声がした。
「いらっしゃいませ」
しばらくカチャカチャと子供が解錠に手間取るような音がして、ようやく扉が開く。
「お待たせしました。わたくしどもは、あまり物理的な力を持ちませんもので……」
「……は? あんた、ジッジィ!?」
乙三と元木があんぐりと口を開いたのも無理はない。そこに立っているのが、燕尾服を着こなした落ち着いた佇まいの白髪の老紳士だったからだ。執事と聞いて多くの人間が真っ先に思い浮かべるであろう姿そのものである。ブランコ事案のときの、どこか茫洋として印象が定まらない姿とまるで違った。
「遊びに来たとは何事か。我とトビショックは敵同士であろうが」
乙三たちはアークパーソンの姿にも驚いた。フーディーを着た、中性的な顔立ちの年齢不詳な青年になっている。ジッジィ以上の変貌だ。
「おまえ、ほんまにアークパーソンか!? なんやその格好!?」
「我は概念ゆえ、我を認知している者どものイメージが、姿態に色濃く反映される。無論、その中にはおまえのイメージも含まれる。つまり、おまえの想像力の負けということだ」
「勝ち負けの問題ちゃうやろ……」
「そのためにファンアートコンテストをしたんすから」元木がフォローする。
「そっちの男は何者か」
「元木智夏人っす。よろしく」
元木は軽く頭を下げた。
「トビショックにとってのジッジィみたいなもんや」と乙三。
「分身か」
「逆やな。おれと元木、ふたり揃ってのトビショックや」
「フン……それでキチゲマンどもを退けてこられたというわけか」
「そうやな。……そうそう、おれの本名は唯野乙三や」
「トビショックで良い。慣れた」
「あ、そう……(´・ω・`)」
乙三は辺りを見回した。
「……それにしても、廃工場に住んどったとはなあ。施錠されとったやろ? どないして入ったんや」
「我とジッジィは概念ゆえ、施錠など意味はない」
建物の奥に進んだアークパーソンは、薄く開いた隣室の扉の隙間をスッと抜けようとして、一瞬引っ掛かる。
「つかえとるやん」
「SNSのフォロワーがだいぶ増えたのでな。人間どもの認知を得たぶん、実体に近づきつつあるが……まだまだだ。……で、話したいこととはなんだ」
「友達になりに来た」
「……」
「……友達になりに来た」
「……」
「……友達に……」
「聞こえておる。SNSでDMを申し出てきたときも呆れた愚か者と感じたが、それ以上だったとは」
「確かにアホやけど、そこまで言うか(´・ω・`)」
「馬鹿も休み休み言え。敵同士で友達になどなれるものか」
「そんなこと、誰が決めたんや。おれは敵やないと思うてるで」
「……? なら、なぜキチゲマンを退けてきた」
「そのまま放っといたら、あの人らの居場所がなくなるからや。おまえが人を憎んでへんなら、居場所を奪うまでせんでええやろ」
「……道理だな。だが我にはキチゲを解放させることしかできぬ。われが社会のひずみとして、この能力を持って生まれた以上は、キチゲ解放を続けるのも自然の
「そっすね」元木が口を挟む。「そこで、こういうのはどうっすか。アークパーソンさんがキチゲを解放させるときは、全件を必ず予告する。俺らには友達のよしみで、DMで詳細な場所と時間を知らせてくれると、もっといい」
「手間なことを言うものだな。我のメリットは?」
「憎んでない人間の居場所を奪わずに済むっす。寝覚めが悪いのは嫌っしょ?」
「我は概念ゆえ、眠らぬ」
「あー……。じゃ、人気が出るってのは?」
「なにっ!? それはまことか? SNSのフォロワーは増えるか!?」
「それはよろしゅうございますな、アークマン様!」とジッジィ。
「そこに食いつくんかい……」
乙三は白目を剥き、元木が続ける。
「頼りないトビショックのために、全予告でハンデを与えるってスタンスにすればいいんす。悪の首魁が優しげなところを覗かせたら、ファンはギャップ萌えでキュン死。フォロワーも確実に増えますよ。不良が隠れて捨て犬に餌をやるようなもんっすから」
「なるほど……『不良が気まぐれでいいことをすると普段から同じことをしている善人より評価される』理論は聞いたことがある。その話、乗ってやろうではないか!」
「……頼りない……? 捨て犬……?(;_;)」
「いちいちショック受けないでくださいよ」
元木は乙三の肩を面倒くさそうに叩いた。
数日後の夜。キチゲマンを浄化した帰り、乙三と元木は居酒屋で酒を酌み交わした。
「アークパーソンさん、律儀っすね。きっちり時間と場所を教えてくれてます。友達になれたのかどうかは、今ひとつはっきりしないっすけど」
「ええんちゃうか。おれらかて、友達とはなんや?って聞かれたら、はっきり答えられんしな。なんにせよ、さっさと解決できるおかげで佐津川さんの負担も減ったみたいやし、立場かて守れとる。万々歳や」
「オツさんの仕事と被らないように日時を選んでるっぽいすね」
「わざとか無意識かは分からんけど、そういう奴なんや。……SNSのキチゲ予報は、もうやめてもろてもええのかもしれんな」
「フォロワーが減るから駄目っす。ネットの連中はアークパーソンを悪の首魁じゃなく預言者みたいに思ってて、予報が一種のエンタメになっちゃってるんで。ざっくり予報したのが当たるぐらいが一番加減がいい」
「なるほどな。やっぱ元木はトビショックの頭脳担当や(^_^)」
「ただ……」元木がスマホでSNSをチェックする。
「騒ぎが大きくなる前にオツさんがキチゲマンを浄化しちゃうもんで、アークパーソンとグルだって言ってる人もいるっすね」
「まあマッチポンプっちゃあ、そうやからなぁ。キチゲ解放も浄化も、両方必要なことやし……」
乙三は元木のスマホを覗き込んだ。
「……このアカウント、もしかして……。前にセーラーヴァルダ本人って指摘されとった奴とちゃうか?」
「……ああ、確かに……」
元木は乙三と顔を見合わせ、溜息をついた。
セーラーヴァルダは焦っていた。
活動を始めた直後こそ話題の的になれたものの、マスカーバディの登場とともに人気は一気に失われ、いまやヴィランまがいの扱いだ。SNSや掲示板でどれほど自演して持ち上げようとも、「スーパーヒロインを名乗る資格はない」「ただのミサンドリスト」と相手にされない。
セーラーヴァルダはなぜ理解が得られないのかと臍を噛んだ。彼女にすれば、男が苦しむあらゆる事象は、この男性が支配し超優遇される社会において、男性が支払うべき当然のコストだった。彼女の認識では、だが――。
またトビショックの存在に対する不満も膨らむ一方だった。
ホモネタ一色の汚らしいクソオスの分際で、このところの手際はできすぎと感じていた。キチゲマンのストレスが奇行である程度解放され、かつ周囲に迷惑が広がりすぎない絶妙のタイミングで現れては、ヒュウマニティ・バイブレイションを放って事態を収拾していく。
それはヴァルダに強い屈辱と劣等感を与え、苛立たせずにいなかった。