飛べ!トビショック 〜ただのおっさん、ちょびっとだけ世界を救う〜 作:小路 参佑
夜の公園の女性用トイレに入ったセーラーヴァルダは、笛美の姿に戻って出てきた。
「本当に……笛美さんなんすね」
呆然としている元木に、笛美は頷いた。
「元木さんのほうは……トビショックとどういうご関係なんですか」
「会社の先輩で……俺はサポーターをやってます……」
「前におっしゃった、トビショックに似てる先輩さんって……」
「先輩がトビショックっす。すみません、騙す形になって……。オツさん……先輩は身バレできない理由があって、俺から身元を辿られるとまずかったんで、人には言えなくて」
笛美が元木に抱く感情が何なのかは、笛美自身にも分かっていない。笛美に長く根を下ろしてきた男性不信は、一朝一夕にどうにかなるものではないからだ。
同時に笛美はショックを受けてもいた。それが何に対するショックなのかも、笛美には分からない。トビショックと繋がりがあったとて、ここまでに見てきた元木の人物像を何ら否定するものではない。なのに、笛美の心はひどくざわついている……。
「さっきは先輩に味方してくれて、ありがとうございます」元木は感謝を述べた。
笛美は『そんなつもりはなかった』と言いかけて、やめる。おおよそはマスカーバディの言葉に反発しての行動だったが、結果的にトビショックを支援する形になったのは事実だ。なにより、それを口にして嫌われたくはなかった。
「俺、セーラーヴァルダを男嫌いのアイコンみたいに捉えてて、ちゃんとバックボーンを持っている人間として見れてなかった気がします。本当に失礼なことをしました。ごめんなさい」
深々と頭を垂れた元木に、笛美は言葉を失った。自身も男性全体に対して女性を虐げる敵だという思い込みをぶつけてきたからだ。
謝罪しなければならないのは、むしろ自分のほうだと笛美は感じた。元木は笛美の男性嫌悪に、男として当たり前の反応を返したに過ぎない。
「わ、私……」
笛美の声は震えていた。ごちゃごちゃに入り乱れた感情が笛美に涙を溢れさせる。
「笛美さん……」
うろたえる元木に涙の理由を説明できない笛美は、思わず背を向けて走り去った。
元木は笛美を追うことができなかった。私服の笛美はなんら悪印象のない女性なのに、セーラーヴァルダのことは手に負えないミサンドリストと感じていた――そんな人を見る目への自信のなさが、元木の足をその場に釘づけたのだった。
アークパーソンとジッジィは、瞬間移動でアパートに帰還した。
「我らがあれほどに人気だったとは」
「まったくでございますな」と揃ってホクホク顔をする。
ふたりがコーヒーの残りを冷蔵庫にある麦茶やポン酢で魔改造して「どう手を加えてもまずい」「人間は味覚まで劣っておりますな」と呆れていると、乙三がほうほうのていで帰り着いた。
「おい、なんやねん! さっきの騒ぎは!?」
アークパーソンとジッジィはきょとんと顔を見合わせる。
「トビショックにセーラーヴァルダ、マスカーバディまで揃っておって、キチゲマンもふたり……。なんだか賑やかで楽しそうだと思って覗いてみたのだ」
「そんな理由かよ! 」
「我らは実体化が進めば、瞬間移動できなくなりそうでな。今のうちに楽しんでおかねば。それでコスメショップからの生配信に今から行くとコメントしたのだが、短時間であんなに集まりおって……我ながら驚いたわ✌」
「アークパーソン様。わたくしの人気もささやかながらお役に立ったかと(*´ェ`*)」
「うむ。ふたりでアイドルグループを組むのも良いかもしれぬな。『アーク&ジッジィ』とか」
「悪がアイドルグループってどういう了見やねん……」
「分かっておらぬな。悪だからこそ善以上に啓蒙し、子羊どもを集めねばならぬのだ」
「一生わかりたくねぇ」
「ときに……マスカーバディというのは面白い生き物だな」
乙三は首を傾げた。
「なんやいきなり。特殊能力でも持ってるって言うんか? てか生き物言うな。失礼やろ。おれやおまえらのケツ持ちをしてくれてる人やぞ」
「さきほど実物をこの目で見て確信したのだが……」
「あのけしからんおっぱいか? あれは確かに特殊能力かもしれん。ずるいよな、大概の男はあれだけで癒されてまうやろ……」
「マスカーバディも男だが?」
「そうそう、パイオツカイデーな男……ってなんでやねん! どう見ても女性やないか。声も喉仏も手も、ちゃんと女やったぞ。女装の男やったら、その辺は絶対に誤魔化せへん」
「肉体は確かに女だ。だが我には魂の形が見えた。あの者の本質は、間違いなく男だ」
「おまえ、悪やからっておれをかついどるんとちゃうやろな?」
「トビショック殿。このジッジィにも、マスカーバディ殿は男性に見えましてございます」
「……どういうこっちゃ……(´・ω・`)」
乙三が少し考え込んで、「まあ男やとしても、マスカーバディはマスカーバディやな」と悩むのをやめたとき、玄関のブザーがミ゙ィ゙ィ゙ーと壊れそうな音で鳴った。
「はいはーい」
乙三が扉を開けると、うなだれた元木が立っている。
「……すんません。なんか今日は、ひとりの部屋に帰りたくなくて……」
「おう、あのあとどうしたか気になっとったとこや」
乙三はコスメショップのどさくさのせいで、元木がセーラーヴァルダと逃げたことを知らない。
「泊まりたかったら泊まってったらええ。前より狭くなっとるけどな」
「狭くなるってなんすか……」
元木は顔を上げて絶句した。
「元木か。古くて狭くて汚いが、ゆっくりしていくがいい」とアークパーソン。隣ではジッジィがウンウンと頷いている。
「はあ!? なんでこのふたりがここにいるんすか!」
「あー、すまん。なんやバタバタしとって言うの忘れとった。例のアジトの廃工場が取り壊されるっていうんで、ウチに来たんや」
「いやいやいやいや、概念なんだから公園にでも住ませとけばいいでしょ?」
「エクレア食えるぐらいには実体化してきとるんや」
「意味がわからない……」
「そういうわけだ、元木」アークパーソンは笑った。「我らはいずれ有葉市いち有名なアイドルになるゆえ、おまえもせいぜい便宜を図っておくがいい。我は物覚えがいいので損はないぞ」
「アイドル!? しかも有葉限定って、スケール小っさ!」
「むろんいずれは世界を狙っておる。調べた限り、ショ◯カーをはじめとする悪の組織は、いきなり壮大すぎる目標を立てるがゆえに頓挫するのだ。我は現実路線で段階的に目標を実現していくことにしておる」
「なんかビジネス書みたいなことを語り出した……」
「アークマン様、ファイトっ! 」ジッジィが胸に掲げた両拳をぐっと握る。
「元木は、もう晩メシ食うたんか?」
「はあ……一応……」
「おれはまだなんや。なんか出前を取るから、軽く付き合うてくれ。今から作るの面倒くさい。何がええ?」
「我はエクレアを所望す」
「おまえに聞いてへん! 食費がかからへんと油断しとったらこれや……。大体、エクレアの出前なんてあるわけないやろ」
「Ub◯rにはあったぞ。コーヒーを注文したときに見た」
「余計な知恵ばっかりつけやがって(;_;) もうええっ、みんな好きなもん取れ! 元木も気分が落ちとるんなら甘いもんが効くで」
「……うす」
元木は既にUb◯rのアプリを開いているアークパーソンのiPh◯neを覗いた。
「うわ、ひどい画面。バキバキっすね」
「うむ。回線契約もないのだ。最新のiPh◯neを調達するようトビショックに言ってくれ」
「なんでおれがおまえの回線まで契約せなあかんねん! しかも最新機種て! おれのスマホすら型落ち1円のやつやのに!」
「必要経費だろう? キチゲ予告のためだ」
「経費? トビショックの活動は一銭にもなってへんわ! その話はええから、さっさと注文するぞ。おれはめっちゃ腹が減っとんねん」
こうして元木の波乱の一日は終わりを告げた。