飛べ!トビショック 〜ただのおっさん、ちょびっとだけ世界を救う〜   作:小路 参佑

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第18話

 その朝、乙三が現場に出勤すると、ゲートで警備員が何者かと悶着をしていた。

 他の作業員たちが視線を浴びせながらも素通りしていく中、乙三はカブを停めて「どないしたん」と声を掛ける。

 「こちらの方が、朝一番からずっとゲート前に張り付いておられるので、ご用件をうかがっているところでして……」

 警備員が遠回しに不審者だと伝えたのは、女性受けが良さそうな、中性的な顔立ちの男だった。スーツ姿で、年齢は二十歳前後というところだ。

 スーツの男は乙三の顔を見るなり「あっ」と小さく声を漏らし、警備員に現場の作業終了時刻を確認すると去っていった。

 「顔見知りの方ですか?」

 警備員に問われた乙三は、「いや。全然知らん人や」と首を傾げるしかなかった。

 そして夕方。

 帰途についた乙三のカブに手を振って停めたのは、朝のスーツ姿の男だった。

 「あの! トビショックさんですよね!」

 スーツの男は興奮気味に声を弾ませた。

 「ちょっ!? 声でかいて!」

 乙三は辺りを見回し、「とにかくショバを変えるで」と近場の公園までカブを押した。

 あずま屋のベンチにふたりで腰掛けると、スーツの男は切り出した。

 「SNSでトビショックさんにゲイかどうか質問したアカウント、覚えてますか? あれ……僕なんです」

 妙に低い、押し殺したような声だ。

 男は打ち明けた。トビショックが西興建設のヘルメットを被っていること、活動地域が主に有葉市であることから、現在西興建設が手掛けている有葉市とその周辺の物件を総当たりでチェックした、と――。

 「はー……。まさかそないな形で特定されるとはなぁ……」

 風鈴生首事案でネットに顔バレしながらもここまで特定されずに来れたのは、果たして運が良かったのか人気がないだけか――そんなことをぼんやりと考える。

 「お気づきかもしれませんけど……僕、ゲイで……」

 「そうか……。なんとなくそうかなとは思った……」

 「それで……トビショックさんの、大ファンなんです……」

 「……へ?」

 乙三は反射的に間抜けな声を発した。

 「こんなハゲかけのデブのおっさんやのに……?」

 乙三とて、若い頃は元妻の佳子(よしこ)にサービス半分で素敵と言われる程度の見た目ではあった。が、それ以外では外見を褒められた経験などまるでない。今日はエイプリルフールだったかと思えてくる。

 「それがセクシーなんです。僕にとっては……」

 「せ、せ、せ、セクシー!?」

 乙三は信じられない思いと、それでも湧き上がる感激とでぐちゃぐちゃになりながら、途方に暮れもした。もし性指向を秘密と答えたせいでこの男を誤解させたなら、自分はノンケだときっぱり伝えて、この男と一緒に傷つかねばらならない。それが犯した罪への罰ではないかと感じる。

 「その……申し訳ないんやけど……。おれは……」

 「言わないでください。分かってます」

 「えっ……?」

 「あのとき、僕を……ゲイの人たちを傷つけないように、秘密って言ってくれたんですよね」

 スーツの男は立ち上がった。

 「やっぱりトビショックさんは想像通りの人でした。お話しできて良かったです。……もう現場にお邪魔するような真似はしませんから」と、公園の外に走り出す。

 「お、おい……!? 君の名前は!? おれは唯野乙三や!」

 「本藤(もとふじ)満(みつる)です! さよなら!」

 

 公園の外に出た満は、植栽に隠れるように停まっていた高級セダンの後部座席に乗り込んだ。

 「いいよ、出して」

 運転手に告げると、ハイブリッド車は静かに走り出した。

 やがて車は郊外の豪邸の敷地に入った。本藤家は県内有数の企業を抱える地元の名士である。

 帰宅した満を使用人が迎える。

 「旦那様がお待ちでございます」

 「先に着替えるよ」

 満は自室に入った。モノトーンで統一され、スポーツカーのポスターが張られた、男性然とした部屋だ。

 「帰ったのか、満」

 満の父が部屋の外から話し掛ける。

 「おまえの希望通り、市長を言いくるめておいた。もうあのコスプレ男たちに警察が関わることはない。……あとはおまえが約束を守る番だ」

 「分かってる。名前を満子(みつこ)に戻して、女として生きるよ」

 満はスーツをベッドの上に脱ぎ捨てていく。肌着のシャツの下には、何重にもさらしが巻かれていた。それを外すと、たわわな乳房が露わになる。

 「それでいい。おまえが女として男を愛するぶんには、何の問題もない。おまえの性癖にはさんざん振り回されてきたが、これでお祖父様も納得してくださるだろう」

 満は小さく呟く。

 「政略結婚の道具にしたいだけじゃないか……」

 満はウォークインクローゼットから女物の着替えを取り出す。

 その一番奥に隠すようにして、マスカーバディのボディースーツがひっそりとハンガーに吊るされていた。

 

 〈アークパーソン様とジッジィを愛でるスレ part13〉

 『祝 アイドルユニット AtoZ 結成1か月 記念パピコ』

 『今更だが片割れが爺さんって攻めすぎだろ』

 『初楽曲「侵略★君のハートはわが領土(ラブゾーン)」2.8万回再生おめ』

 『ベタベタのAI作曲にへろへろボーカルで2.8万行ったの草』

 『むしろ怖いもの見たさというか』

 『アンチはカエレ!』

 『最近アークパーソンの予報外のキチゲマンがちょこちょこ出てるからな。ガチで占い師やめてアイドル転向くるんじゃね?』

 『占い師てwww』

 『まああのイミフな悪の概念キャラとキチゲ出現を当てるだけじゃ、伸び悩むの最初から見えてたしな』

 

 恒例の乙三宅での作戦会議(飲み会)で、佐津川が眉をひそめる。

 「じゃあ予告忘れやイタズラで唯野さんを困らせてるんじゃなくて、本当にアークパーソンと無関係なKMがいる……?」

 「本人はそう言うとるで」

 乙三はアークパーソンをちらりと見た。

 「ストレスの振り切れた人間が奇行に走る話は、昔からありますし」と元木。

 佐津川はアークパーソンに聞こえないよう声を潜める。

 「悪の概念ですし、嘘を言ってる可能性は?」

 「勘違いはしょっちゅうしよるけど、嘘はつかへん奴や。あいつら昔の特撮の配信を見て悪を研究しとるんやけど、自己肯定感チョモランマやから、ワルモンが搦め手を使う話では『三流のすること。悪の品位を貶めてる』ってプリプリしとる」

 元木がビールを口にする。「言われてみれば、アークパーソンが予告しなかったキチゲは前から少しはあったんすよ。ただ最近はそれが目立つようになってきた」

 「だとすると、状況は思うより深刻かもしれません。自分でキチゲを振り切れずに限界まで追い詰められた人は、最悪の選択肢を取る可能性もあるってことですから」

 「せやな……」

 「もっと戦力が欲しいところですね。このところセーラーヴァルダが音沙汰ありませんし」

 佐津川が何気なく出したセーラーヴァルダの名に、元木の肩がピクリと反応する。佐津川は続ける。

 「マスカーバディもキチゲウーマン事案にしか現れなくなりました。……唯野さん、何かやらかしたんじゃないでしょうね?」

 「えぇ……おれのせいかいな?(´・ω・`)」

 その隣でアークパーソンとジッジィがiPh◯neを元木に見せつける。

 「見ろ、元木! 『侵略★君のハートはわが領土』、発表1か月にして2.8万再生である!」

 「へぇー……って、3分の動画なのに平均再生時間が1分もないじゃないすか」

 「元木様。初楽曲でございますし、充分に健闘と言えるのでは……?」

 「うむ! 2万8千もの子羊どもがわが足元に跪いたのだ!」

 「それ、ワンコーラス聴かないで切られてるってことっすよ? アナリティクス見る限り、リピ率も低いし、SNSのフォロワーもこのところ頭打ちなんでしょ?」

 「むむむ……見ておれ、まだこれからよ! 第2弾もAIに作らせているところゆえ!」

 「すぐに無料枠を使い切ってしまいまして、なかなか進んでおりませぬが」

 「トビショックが課金せぬからな」

 「それもおれのせいかよ!? ……ときに佐津川さん。最近現場に駆けつけるの早いけど、ええんか? もう『取り逃した』って言い訳はできへんのやろ?」

 「それが不思議と、課長の突き上げがなくなりまして。上からなにか言われたっぽいです」

 「そらええことや。上の人らにもおれらの活動が認められたんやな」

 「確かにKM事案が増えてきて、警察としては猫の手も借りたいところがあります。ただ、上が妙にざわついてるというか……なにか他にも理由がある気がして……」

 佐津川は警察官としての勘が訴えるなにかを、うまく言語化することができなかった。

 

 

 翌日。

 現場の仮設トイレから出てきた元木は、顔面蒼白で駆けてくる乙三に「大変です!」とスマホを突きつけた。

 が、乙三は取り合わずに仮設トイレに飛び込む。「こっちも大変なんや!」

 中から聞くに耐えない音が響く。元木は構わずに声を被せた。

 「ヤバいキチゲが出てます! ネットで生配信中っす!」

 「なにーっ!?」

 仮設トイレのドアがバンと開く。乙三は会社支給のカーゴパンツを膝まで下ろしたままだ。下着は……。

 「先に済ますこと済ませてくださいよっ!」

 元木は悲鳴をあげた。

 「お、おう……元木さん、手元ヨシ!」

 乙三は元木が指を挟まないよう指差確認してから、ドアを閉じる。

 「……こっちにはアークからメールもなんも来てへんけど、そっちにも行ってへんな?」

 「来てません。SNSにも予報なし。イレギュラーなやつっす」

 「で、どんなキチゲマンや?」

 「キチゲウーマンっす! 女がネコ(土砂などの運搬用の手押し一輪車)を押してるんす! 3才の深型!(大型のもの)」

 「ひとりで? そら頑張っとんなあ。けど、言うほどヤバいか? 現場が終わるまで放置でも、なんとかなるんちゃう? 女やったらマスカーバディかて動いてくれるやろ」

 「それが、ビーズを満載して国道の真ん中を歩いてるんす! あんなもの、なにかのはずみでぶち撒けられたら……!」

 「ビーズ!? 国道!? アカンやつやんけ!」

 乙三はトイレを飛び出すと「早退するわ!」とプレハブの現場事務所に駆け込む。

 「俺も行きます!」

 元木が乙三を追いかけると、現場責任者の関谷(せきや)が、乙三に渋い視線を向けていた。

 「また早退か。理由は?」

 「あー……えーと……」

 「ここんとこちょくちょく早退しとるが、どっか身体を悪くしてるのか?」

 自然発生的なキチゲマンは、アークパーソンと違ってタイミングを選ばない。乙三は放置すると危険なキチゲマンには、そのたび現場を抜けて対応してきたのだった。

 「……痔や! 切れ痔が悪化して、パンツが真っ赤っ赤なんや! ほな!」

 乙三は脱兎のごとく事務所を出ていった。

 「俺も!」元木が続く。「俺もパンツが真っ赤なんで早退します!」 

 関谷はふたりの背中を呆然と見送るしかなかった。

 「……何なんだ、あいつら……」

 

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