飛べ!トビショック 〜ただのおっさん、ちょびっとだけ世界を救う〜 作:小路 参佑
都心の瀟洒なフレンチで、満子は鳴河の跡継ぎの
「満子さんが車の運転をお好きというのは意外でした」
カジュアルなスーツ姿の保文の言葉に、ドレスをまとった満子はフッと微笑む。
「女だてらにとお思いですか?」
「とんでもない。父や祖父がどう思うかは分かりませんが、私は話が合って嬉しいです」
満子は保文を悪い男だとは思わない。が、これと言って惹かれるものもなかった。社交界で無用に敵を作らないために、なにもかもを無難にまとめたような男だ。そこには深みも何もない。
そしてチラチラと顔を覗かせる、鳴河の当主や祖父の影。保文も自分と同じように、家のために生かされている存在なのだと憐れみを感じる。
やがて店の外が騒がしくなっていく。
満子と保文の目が自然とそちらを向いて、ともにガラス越しの光景に引き攣った。
「ハイごめんなー、堪忍なー!」
「離れてください、離れてー!」
トビショックと警官――佐津川だ――が、通りでひとりの女を先導している。
女はガシャガシャと忙しない音を立てていた。腰と両腕でいくつものフラフープを回しているのだ。全部で10個はあろうか。
満子はフラフープ女のただならぬ気配に、彼女がキチゲウーマンであることと、乙三たちは2代目マスカーバディを待っているのだと悟った。
「あれがキチゲマン……いや、キチゲウーマンってやつですか。初めて見た」
保文が驚きと妙な感動の入り混じった声を漏らす。
乙三は元木に無線を飛ばした。
「元木、ほんまに2代目は来てくれるんやろな」
「大丈夫です、来ます」
元木はビルの屋上で答えた。既に笛美には呼び出しをかけてある。
元木は乙三や佐津川に、2代目マスカーバディと知り合いであることは、まだ話せていない。話せばセーラーヴァルダとしての過去や、ミサンドリーに染まっていた理由を掘り返すことになりかねないからだ。それは笛美が元木を信用すればこそ話したことで、相手が誰であろうと、元木から話していいことではないと考えていた。
元木のスマホが笛美からのメッセージを受信する。
『こちらにもキチゲウーマン出現。浄化次第そちらに行きます』
元木は咄嗟に無線を発信した。
「……オツさん、2代目の到着が遅れそうです」
『なんでそんなことが分かるんや?』
元木は答えることができない。その視界の端に警察の人員輸送車が入り込む。
「KM専任部隊がそっちに向かってます!」
乙三は思わず無線に叫んだ。
「結局あの人らはヒュウマニティ・バイブレイションを使えへんはずや。また病院送りにするつもりやったらかなわん。どないしたらええ」
その言葉を耳にした満子は、保文が止めるのも聞かずに店を出る。
フラフープをぶつけられながら、満子はキチゲウーマンを抱きしめた。
「ね、落ち着こう。どうしたの? なにがあった……?」
フラフープを止められた女はその場にくずおれ、蚊の鳴くような小声で呟く。
「わ、わたし……ひどい便秘で……。でも、病院にかかるのは恥ずかしくて……」
「ああ……。そうね、女性だもんね……。お医者さんにだって、言いにくいよね」
満子は目線で乙三と佐津川に人を近づけさせないよう訴えた。他者から見れば些細なトラブルでも、当人にはデリケートな問題。それを野次馬に聞かせたくはなかった。
キチゲウーマンは続ける。
「便秘解消にフラフープを始めて……それでもこの2週間は効果がなくて……。もしかしたらわたし、死んじゃうのかもって、怖くなって……!」
「大丈夫、わたくしが一緒に病院に行ってあげる。優しい女医さんを知ってるから、安心して」
「……あなた、誰……?」
「本藤満子と申します」
「あの本藤家の……満子さん?」
「ご存知なの? 光栄だわ。じゃあ、これから病院に付き合ってくださいな。わたくしもこのところお通じがなくて、お医者さまに相談したかったの」
満子はフラフープ女を優しく立たせた。
傍らで立ち尽くしている保文に、満子は嫣然と微笑む。
「ごめんなさい、保文さん。急用ができてしまって」
「ああ、構わないよ。また改めてお話ししましょう。次はもっとあなた好みの店で」
保文もフッと笑みを返す。それは満子に関心を持った表情だった。
運転手に電話してフラフープ女と共に車を待つ満子に、乙三は背中を向けたまま囁いた。
「また助けてもろて……」
「いえ……」
「『初代』は幸せにしてはりますか……?」
「えっ」
満子は絶句した。
「さっきのハグ……初代譲りに見えたもんやから」
「そう……。彼女は不自由なく暮らしています」
「そうですか。……どうか、よろしゅうお伝えください」
「はい」
やがて満子とフラフープ女を乗せたセダンがゆったりと発進する。
満子は保文に軽く手を振ったが、乙三のほうは見なかった。
乙三のアパート前に監視の車が常駐するようになって数週間。
「トビショックは我々の敵ではないんでしょう? 検査も本人が言い出したことって聞きました。監視する意味なんてあるんでしょうか」
運転席の若い監視係が、助手席の年嵩の男に尋ねた。
「さてな。上にすれば、勝手に動かれたくないってのはあるだろうさ。散々メンツを潰されたわけだからな」
「メンツもなにも、最初の頃は警察がKMを問題視しなかっただけじゃないすか」
「身内批判は上に睨まれるぞ。……少し寒いな。便所が近くなってかなわん」
エンジンを切った車内は、日没を過ぎるとみるみる冷えていった。
しばらくして、フーディーを着た美青年と白髪に口髭の執事風の老人が窓をノックする。
「任務ご苦労であるな。我とトビショックからの差し入れだ。ありがたく受け取るがいい」
アークパーソンが尊大に告げ、ジッジィが紙コップふたつを被せた魔法瓶を差し出す。
「あ……どうも……」
若い監視員が反射的に受け取ると、アークパーソンとジッジィは部屋に戻っていった。
「なんだよ、受け取るんじゃないよ」
年嵩の男が諌める。
「だって、監視してるのバレちゃってますし」
若い監視係が魔法瓶の中身を確かめると、ホットコーヒーの芳香と湯気が立ち上る。
「アツアツじゃないか。一杯頼む」
年嵩は紙コップを手に取った。
「異物とか入れられてないですかね」
「おまえが敵じゃないって言ったんだぞ。毒を盛るならもっと怪しまれない方法にするだろうさ。おれは貰うぞ。安月給の身には飲み物代だってバカにならないんだ」
年嵩の男はコーヒーを吹いて冷ましながらすすった。
「結構濃いな。眠気覚ましにいい」
「じゃあ、自分も……」
若い監視係も続いた。
乙三の部屋で、窓からその様子を見たアークパーソンがクククと笑う。
「やつら今宵はカフェインの利尿作用でトイレが近くて大変であろうな」
「悪の首魁らしい巧妙な罠でございます」とジッジィ。
「トビショックよ。もし奴らがここにトイレを借りに来ても、貸してはならぬぞ」
乙三が呆れる。
「特濃コーヒーを作れなんて言うから、なんやろと思うたら……そういうことかいな」
「悪の概念たる我を、居候の親戚ごときに見ておるらしいのが気に食わぬのだ」
「実際、居候やないか(´・ω・`)」
「さあ、ジッジィ。3曲目の続きを作るぞ。思いっきりキャッチーなサビにするのだ!」
「ははっ」
蛍光灯に照らされるジッジィの影が、一段と薄らいだ。
〈アークパーソン様とジッジィを愛でるスレ part19〉
『AtoZの3rdデジタルシングル、遂にリリース! 今回は当たって欲しい!』
『今日びボーカルをデジタル補正してないの、好感持てる』
『アークパーソンは自信と自己愛の固まりだからなwww 補正なんてもってのほかだろwww』
『アンチは出てけ◯すぞ』
『信者こえーwww』
〈AtoZ新譜『いつも♡いっしょ』〉
♪ ボクはアークさ アークパーソン
♪ 今日もジッジィと わるだくみ
♪ 悪の首魁は シャレじゃない
♪ 侵略するョ ハニーのハート
♪ 日本を征服 世界を制覇
♪ いつも ハニーたちと 一緒だよ
♪ わたくしジッジィ ジッジィでございます
♪ あすもアーク様と わるだくみ
♪ 悪の概念 シャレでない
♪ 侵略します あなたのハート
♪ 日本を征服 世界を制覇
♪ いつも アーク様に 忠誠を
♪ どこにいても なにをしたって
♪ ボクらはいつでも 繋がって
♪ 侵略するョ みんなのハート
♪ 日本を征服 世界を制覇
♪ ボクと ジッジィが 行くからね
「見ろジッジィ! 再生数が2曲目の倍のペースで伸びておるぞ!」
アークパーソンはiPh◯neを手に、乙三の部屋で踊るようにはしゃいだ。
「アークたちはバラードよりコミックソングが受けるんやな」
乙三が軽く拍手し、飲み会中だった元木と、見張りの目をかすめて来た佐津川も手を叩く。
「コミックソング? ふざけるな。純然たるJ-POPである」
「そうなんか……って、ジッジィ! やっぱ影が薄くなっとるぞ!」
「む……?」アークパーソンも眉をひそめた。
ジッジィは儚げな笑みを浮かべる。
「承知しております。3曲目の完成が間に合って、良うございました」
「間に合うたって……どういう意味や、それ」
「わたくしはアークマン様の孤独を埋めるために生まれた分身にございます。しかるに、今のアークマン様には、トビショック様、元木様、佐津川様に、ファンの子羊たちがおられます。マスカーバディ様や外の見張りの方々も、いざとなれば力をお貸しくださるでしょう。わたくしの役目は終わったのでございます」
アークパーソンの顔がみるみる青ざめる。
「なにを言っておる! ふたりで実体を手に入れて、悪の帝国を築くのであろうが!」
アークパーソンはジッジィに抱きついた。決して消えさせまいとするように、強く。
だがそれでも、ジッジィの姿は刻一刻と薄れていく……。
「ジッジィは、アークマン様との毎日が、本当に楽しゅうございました。エクレア、美味しゅうございましたなあ……」
意想外のことに、乙三はもちろん、元木も佐津川も言葉が出ない。
「待て! おまえがいなければ、エクレアだって美味くないではないか……!」
「ありがとうございます。そのお言葉だけで、ジッジィは生を受けた意味がございました」
「ジッジィ……」乙三、元木、佐津川が呟く。
「おさらばでございます。皆様、アークマン様のこと、何卒よしなに……」
ジッジィの姿が完全に消滅し、アークパーソンの腕が空を切った。
「ジッジィ……。いやだ……。ジッジィ……!」
乙三は嗚咽するアークパーソンの肩を抱いてやるしかできなかった。
それから何分経っただろうか。
「……そんなに泣かないでくださいませ。アークマン様に、涙は似合いませぬ」
どこからかジッジィの声がして、アークパーソンはもちろん、乙三たちも室内を見回した。
「ジッジィ!? どこにおるのだ、ジッジィ!?」
「ここにございます」
アークパーソンは自分の胸を押さえ、ジッジィの声で話していた。
「えっ……? なんや、どないなっとんねん」
乙三が目を白黒させる。
「そうか……」アークパーソンは合点がいったようだった。「ジッジィはわが分身ゆえに、我の中に戻ったに過ぎなかったのだ」
「左様にございます」
「……いや待てや」
乙三はアークパーソンにジト目を向ける。
「それやったら、さっきはなんで大騒ぎしたんや!?」
「うむ、すっかり忘れておった」「わたくしも、失念してございました」
アークパーソンが不◯家のペコちゃんのような顔をする。
「うっかりさん的な……? テヘペロ」
乙三はアークパーソンの頭をはたいた。
「ちくしょー! おれの涙を返せ! ……でも良かった!ヽ(TДT)ノ」
「……ただ、問題はある」
アークパーソンは神妙な面持ちになる。
「? なんすか?」と元木。
「ジッジィとふたりのユニットという形では活動できなくなってしまった」
「まだアイドル路線を諦めてないんですね……」
佐津川が遠い目をする。
「……そうだ!」
アークパーソンが膝を打つ。
「これからは、ひとりでふたりの『レボリューショナリー・コンセプト・ダブル・マインド・アイドル』として活動することにしよう!」
「よろしゅうございますな! さすがはアークマン様!」とジッジィの声。
「「いや、普通に社会が混乱するからやめて?(´・ω・`)」」
乙三と佐津川が同時にツッコみ、「Double mindsは優柔不断の意味っすよ」と、元木は冷静に付け加えた。