飛べ!トビショック 〜ただのおっさん、ちょびっとだけ世界を救う〜 作:小路 参佑
数日後の西興建設の現場。
休憩時間中、プレハブの休憩室内で、元木がスマホをいじりながら乙三に呟く。
「とりま、双子さんは銭湯の大将と佐津川さんのお陰でなんとかなりそうで良かったっす」
「せやな。銭湯の掃除やったら大将以外と接触せんでええから、ふたりの社会復帰に向いとるやろ。福祉団体との繋がりもできたしな」
「ただ……アークマンがまた勘違いしそうな火種がひとつ……」
「ん? なんや?」
「SNSのフォロワーが1000人を超えました……」
「は!? なんでや!」
「俺もびっくりしてますけど……ブランコの騒ぎが実質ファンミになっちゃったみたいで……」
「ファンミ?」
「ファンミーティングっす。あれをきっかけに『アークマンガチ勢』みたいなのが出来上がって、あちこちで推して広めてるとか……。ネットにはこんなイラストも……」
元木のスマホに、やたらと美化された細身で瞳キラッキラなアークマンやジッジィのイラストが表示されている。
「なんやこれ! ほとんど少女マンガやないか! おれが見たアークマンは、ただの
「見る者のイメージで違って見えるって言ったでしょ。アークマンはガチ勢が美化したファンアートを描くように扇動してます。自分の世間のイメージをイケメンに固定しようとしてるんでしょう。概念だから無性別、ってアピってるんで、こういう中性的な絵が多いんす」
「なんでやねん! なんでそうなんねん! あいつ、ほんまに
「……善悪の分水嶺、そこっすか……」
「ブンスイレイか范◯雀か知らんけども! 許せんやろ! おれなんかこんな不細工でずっとやってきたのに!」
「ハンブンジャクって何すか? 半分に足りない感じ?」
「半分弱ちゃう! 范文◯! 昭和のエキゾチックな女優さんや!」
「すんません、昭和の話は分かんないっす」
「元木かて平成生まれやろがい! じきに令和生まれに同じこと言われるぞ! ざまみれ!」
「はいはい。とにかく、アークマンが調子づかないことを祈りましょう」
「……それやな……」
乙三は溜息をついた。
その頃、アークマンはiPh◯neを前に眉をひそめていた。
「ジッジィ。SNSに珍妙なるダイレクトメッセージが来たのだが」
「拝見いたします」
『@absolute_kusoosu_shineshine_1:FF外から失礼します。当方「日本の鉄道を100%女性専用車両にする市民の会」と申します。無性別な「悪の概念」を自称されている@ARCH-MAN&ZIZZIE_beginners様が、アーク「マン」なる男性の優良性を誤認させるハンドルを名乗っておられる件について、当会はこれを極めて重大かつ深刻な性差別行為と認識しております。当会は、この全世界の女性に対する心の殺人を断固拒否し、貴ハンドルを「アークパーソン」へ可及的速やかに変更するよう要望いたします。もし当要望が受け入れられなかった場合は、同様の趣旨で活動している他団体と連携の上、貴殿を差別主義的アカウントとして運営に通報させていただきます』
「……これはどういう意味だ? 我にはさっぱり分からぬ。われがいつ女を侮辱し殺したというのだ? 否、そもそもすべての人間は、我の足元にも及ばぬ下等な存在であろう」
「まったくにございます」
「しかも同じような内容のDMが他に5通も届いておる」
「ご安心ください。こちらには1000人を超えるフォロワー、すなわちアークマン様の慈悲に縋る子羊どもがおるのです。5人10人の戯れ言など、取り合わぬが一番」
「うむ……そうだな。我としたことが、つい惑わされてしまった。……さて、日課のエゴサとコメントをするか……。……む?」
「……アークマン様?」
「……アカウントが凍結された……(;_;)」
「AIの誤判定なるものやもしれませぬな」
「これでは我の悪事と威光を世に知らしめることができぬではないか! やっとカッコかわいい系ファンアートが描かれるようになってきたというのに!」
「ゆうべアップロードされたわたくしのイラストは、美しすぎて少々こそばゆうございましたが」
「我に内緒で『もう少し脚を長く』『切れ長の目に』などとウッキウキでコメントしておったくせに」
「お見通しでしたか……。恐れ入ります」
「よい。とにかく凍結解除の申請をせねば……!」
作業の合間に、乙三と元木が仮設トイレ前で鉢合わせする。
「オツさん。アークマンのSNSアカウントが凍結されました」
「なんやそれ。あいつ、ガチな犯罪予告でもやらかしたんか」
「分かりません。ポストが読めないんで」
「はよ凍結解除されんと、あいつらの動きが分からんのは困るな……。おれらに何かできることはないんか? 凍結解除の嘆願とか」
「聞いたことないっす。てか、悪のアカウントが凍結されて、なんで俺らが困ってんすかね」
「ちっ、巧妙やないか……。さすがは悪と言うしかあらへん……」
「計算でわざと凍結されるって聞いたことないっすけど」
「しゃーないな……あいつら有葉市専門みたいなところあるし、自主パトロールでもするか……」
「警察はヒュウマニティ・バイブレイションを使えないっすからね」
「おれ自身、ヒュウマニティ・バイブレイションがどういう理屈の技で、なんで使えるか分かってへんけどな 」
「マジっすか……。不安にさせないでくださいよ……(-_-;)」
夜になると、ネットの匿名掲示板に〈【悲報】アークマン様のSNSアカウント、凍結される【絶望】〉なるスレッドが立てられた。
『ちょ、アークマン様のアカウント凍結されてるんだけど!?』
『トビショックの嫌がらせ説』
『トビショックはSNSやってないだろ。おっさんだし』
『全世界のおっさんたちへの熱い風評被害w』
『アークマンガチ勢がいるのに、なぜトビショックガチ勢はいないのか』
『ヒント:デブい鳶のコスプレおやじ』
『おまけにハゲという噂w』
『なにひとつ人気出る要素がないの、むしろ見事まである』
『なんでコスプレって言い切れるんや?』
『まともな建設会社はあの格好じゃ現場に入れんのよ。西興建設も「弊社規定の作業服ではございません」って声明出してる』
『アークマン凍結の件だが、どうやらあたおかな団体が「マン」を名乗るのは女性差別だって通報しまくったらしい』
『しょうもなさすぎて草』
『アークマンは自分で悪の概念だとか無性別を謳ってるから残当』
『マジか。どんだけ厨二病だよwww』
『本人に会ったガチ勢に言わせると、マジで人間離れしてたらしいが』
『そういう芸風だろ。無性別の悪の概念がSNSなんかするかよwww』
『おまいら、垢凍結解除されたぞ』
『キターーー(゚∀゚)!!』
『なにこれ。名前が「アークパーソン」に変わっとる』
『日和りやがったwww』
『我はアークマン改め、アークパーソンである。覇道を征く者として、弱き民草に想いを馳せた結果、その意を汲んで改名するに至った。迷える子羊たちよ、なお一層我に忠義を尽くすがよい』
『まさかの本人降臨www』
『強がりすぎてて大草原』
『想いを馳せたのはノイジーマイノリティにだろw』
アークマン――もといアークパーソンは、iPh◯neを操作しながら臍を噛んでいた。
「おのれ……人間の分際で言いたい放題を言いおって」
ジッジィが慰める。
「アークマン様の御使命は、社会の歪みを解放し、愚かな人間どもを混乱に陥れること。そのためにはSNSごときのトラブルに時間や意識を取られるべきではございません」
「ジッジィは我をアークマンと呼んでくれるか」
「もちろんでございます。わたくしにとっては、アークマン様は永遠にアークマン様……!」
「ジッジィ……!」
感激したアークパーソンは、ジッジィとひしと抱き合って、違和感を覚えた。
アークパーソンはハッとして、自分とジッジィの身体を交互にパタパタと叩く。
「……わずかながらだが、我らのエネルギー体の密度が上がっておりはせぬか?」
「は……。わたくしも感じております。概念である我々が、実体を得つつあるのやもしれませぬな」
「我らが……実体だと……!?」
「人間どもの我々への認知が増すほどに、姿態が固まり実体化する……我々が概念であればこそ、起こり得ることです」
「えっ……。ならば、ガチ勢にもっとイケメンなイラストを描かせねばな!」
「左様でございますな。おかしな姿で固定されては一大事ですし、美麗なイラストは我々の認知度にも貢献いたします。そうですな……ファンアートの募集イベントなど企画されてはいかがでしょう」
「良い考えだ! だが我々は概念ゆえ、金を扱えぬ。賞品は出せぬぞ。どうする」
アークパーソンとジッジィはしばし考え込んだ。
「……たとえば、優秀作の制作者にはアークマン様とのオンラインデート権を下賜なさる……というのはいかがでしょう」
「なんと! 元手のかからぬ素晴らしい案ではないか! ジッジィ、そちも
「いえいえ、アークマン様こそ……!」
「「ふっふっふっふ……!」」
ふたりの笑いが埃の舞う暗闇――打ち捨てられた廃工場にこだました。
「アークマンとジッジィのイラストコンテスト!?」
甘いものに囲まれた宅飲みの最中、乙三は素っ頓狂な声をあげた。
「SNSで作品を募集してるんすよ」と元木。「3位までの入賞者は、オンラインデート権が貰えるって」
「なんてやつらや! 賞品のひとつも出さへんのかい! イラストをタダ取りなんて、誠意のカケラもないやないか。悪や! まごうことなき悪! しかもデートって言葉選びに下心を感じる!」
「デートに関しては、なんも考えてないんじゃないすか。あいつら概念ですから、下心があったとしても手が出せるとは……そうか!」
元木は膝を打った。
「あいつらは歩くときも浮遊してるっぽかったし、物理的な力をほとんど使えないんだとしたら、自分たちで迷惑行為をせずにキチゲを解放して回ってるのが腑に落ちます。賞品を出さないんじゃなくて、出せないんだ。金を稼ぐ力がないんすよ、きっと」
「……元木ぃ!」
乙三は顔を真っ赤にして、ガッと元木の手を掴んだ。
「おまえ、ほんまに頭ええな! おれひとりやったら、そんなん思いつかんかったわ! おれはいま、猛烈に感動しとる!」
「え……? いや、もう酔ったんすか!? まだビール一缶ですよ?」
「ええやないか! 人生なんて酔うたもん勝ちや! ええとこだけ見て生きとったらええのや!」
「急に哲学めいたこと言い出すの、温度差で風邪引きそうになるんすけど」
「せや! おれらもイラストに応募しようや」
「……なるほど。締め切りまでひと月ありますし、ファンを装って入賞できれば、アークマン……アークパーソンから色々聞き出せそうっすね。あいつらが最終的に何をしたいのかも分かってないし」
「絵やったら、おれもちょっとは描けるんや。施設では『おえかきオツちゃん』て呼ばれとったんやで」
「施設……?」
「ああ。ガキんときは施設におってん。おかんが育てられん言うてな」
気まずそうな元木をよそに、乙三は上機嫌で仕事用の3色ボールペンを手に取った。チラシの裏に、モヤシが絡み合ったような奇怪なクリーチャーを2体描きあげる。アークパーソンとジッジィのつもりらしい。
「へへっ……どうや!」
「これは……。なんというか……田◯誠一画伯を超える逸材……。てか今日びはデジタルで描かないと。募集されてるのもSNSですし」
乙三の返事はなかった。ちゃぶ台に突っ伏して寝息を立てている。
「……オツさんがヒュウマニティ・バイブレイションを使える理由……なんか分かった気がします……」
元木はタオルケットを乙三の背中に掛けてやった。