飛べ!トビショック 〜ただのおっさん、ちょびっとだけ世界を救う〜   作:小路 参佑

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第7話

 「佐津川君。このところ不手際が多いんじゃないのか」

 有葉警察署の小会議室に、夕陽が低く射し込んでいる。

 今年で42歳になる厄年の交番警官 佐津川は、地域課長の叱責を受けていた。これまでに何度も現場でトビショックと鉢合わせしていながら、その度に聴取に失敗したり、バイクのナンバーを控え損ねたりしてきたからだ。それには多少なり佐津川の作為もあったのだが、そのことは誰にも話していない。

 「トビショックとかいうコスプレ男とやたらと遭遇して、振り回されとるようだな」

 「それは……。現在の派スツ所……派出ソ……交番の管轄が広いもので」

 「その者に感化されて、わざと現場から逃がしたという噂が立っている。市役所に投げればいいだけの生活困窮者と個人的な接点を持ったという話も聞いているぞ」

 「……」

 「否定しないのなら、肯定と受け取るが……いいのか?」

 「生活困窮者には切迫した事情を感じました。日曜の未明の事案でしたので、週明けまでの繋ぎが必要と判断して動きました。トビショック氏に関しては、自分は、信頼していい人物と考えております」

 「困窮者についてはいいだろう。だがコスプレ男が信用に足るかは君が判断することじゃない。そも、どこの誰か分からない人間を信用などできるものか」

 佐津川は喉まで出かかった西興建設の鳶工、唯野乙三の名を飲み込んだ。

 ブランコ事案のあと、双子の家の片付け中に、乙三は身分を明かしていた。なぜ氏素性を隠すのかまでは話し込めなかったが、佐津川はそれなりの理由があってのことだろうと察していた。

 「しかし彼には、我々が持て余した怪力の錯乱者を、ヒュウマニティ・バイブレイションなる技で救った実績が複数あります」

 「それだよ」地域課長が机に身を乗り出す。「錯乱者をハグして慈愛の波動を送り込み鎮静化するなどという噂話、胡散臭いにもほどがある。そんなオカルトめいたことを、現実主義の徒であるべき警察が認めるわけにはいかん」

 地域課長は露骨に眉間に皺を寄せた。

 「今の発言は聞かなかったことにしておく。絶対に他言はするなよ。コスプレ男に肩入れするなど、警察人生の致命傷になりかねんぞ」

 地域課長は佐津川に下がるようジェスチャーして、最後に付け加えた。

 「次に奴と遭遇したときは、バイクのナンバーでもなんでもいい、身元に繋がる情報を必ず押さえるように。いいか、必ずだぞ」

 佐津川は無言で頭を下げ、退室した。

 

 「なあ……トビショックって知ってるか」

 帰宅しての夕食後、佐津川は妻の由芽(ゆめ)に尋ねた。

 キッチンで洗い物をしながらのことだ。守秘義務を厳格に守る佐津川は、自身がトビショック関連の事案に対応した話は、家族にもしたことがない。

 「メタボな職人コスプレの人でしょ」

 由芽は呆れ顔を歪めた。

 「気持ち悪い。男同士で抱き合うとか、信じられない」

 リビングのソファでスマホをいじっていた一人息子の朝成(ともなり)が、その話に食いつく。

 「ウチの高校じゃ結構話題になってるよ。もしかして、父さん見たことがあるの?」

 「どんな風に話題なんだ?」

 「そりゃ完全なネタキャラだよ。お笑い枠かホモ枠。アークパーソンのほうは推してる女子もいるらしいけど」 

 「アークパーソン?」

 「アークマンのことだよ。自称『キチゲが溜まった人をキチゲマンにしてる』奴。知らないの?」

 「聞いたことがないな……」

 佐津川は首を横に振った。

 「へえー、警察でも知らないもんなんだ。まあ、ほとんどの人は本気にしてないもんな。風変わりなタレント扱い。SNSアカウントもあって、フォロワー増えてるよ」

 「トビショックもSNSにいるのか?」

 「まさか。いい感じにキモいからいじられてるだけ。アカウントがあっても人気出ないよ、きっと。怖いもの見たさでフォローする人はいるかもだけど」

 「朝成。よく知りもしない人のことを、気安くキモいとか言うものじゃない」

 「父さんは堅いなあ」朝成が笑い、由芽が乗っかる。「そうよ。実際にわけのわからない、気持ち悪い人じゃない。あなただって、不審者には気をつけろっていつも言ってるでしょ」

 「それは、そうだが……」

 佐津川は洗い物の水音に紛れて、深い溜息を漏らした。

 

 

 ある日の夕刻。交番バイクで警ら中だった佐津川は、自転車で走る元木を見掛けて、呼び止めた。

 「あ……佐津川さん。お疲れっす」

 佐津川をどこか憧れの目で見る元木に、佐津川は後ろめたさのようなものを感じた。

 警察という組織は、基本的に後手でしか動けない。佐津川が携わった範疇でも、そのために防ぎようがありながら防げなかった事件は少なくなかった。それは佐津川が警察官になって果たしたかった人助けとは乖離するものだった。

 「お仕事帰りですか。唯野さんはどうされてます?」

 「相変わらずキチゲマンを見つけちゃハグしてますよ。あの人、妙に鼻がきくんすよね」

 「そのようですね。巷も慣れてきてるのか、トビショック任せにして通報しない人がいるようで、署内で問題になってます」

 「最近はギャラリーが多くて撤収が大変だってボヤいてます」

 「唯野さんは、どうしてあんな活動を始めたんでしょう」

 「オツさんがトビショックを始めたのって、夢のお告げのせいらしいんすよ。俺も最初はバカなこと言ってるなって笑ってたんすけど、最近は本当に弱ってる人を嗅ぎ分ける勘みたいなものを持ってて、それが夢を見させたのかもなんて思ったり……」

 元木は自嘲する。「ヤバいっすね、俺。オツさんに毒されてきてるかも」

 「いえ。元木さんのそういう理解があるから、唯野さんもトビショックを続けられるのだと思います。元木さんもヒーローですよ。……羨ましい」

 「えっ?」

 「……いえ、なんでも」

 電器店のショーケースに収まったテレビが、市議会の中継を流している。

 議員のひとりが警察署長を相手に質問しているところだ。

 『では、有葉警察署ではキチゲマン……もとい、外因性精神的累積……なんだっけ……』

 市会議員が老眼鏡を掛け、手にした書類をポツポツと読み上げる。

 『外因性、精神的、累積型、重圧解放、症候群、罹患者……が引き起こした事件事故の全数は把握していない、ということでしょうか』

 「……なんすか、今の呪文」

 元木が苦笑いしつつ佐津川に尋ねる。

 「外因性精神的累積型重圧解放症候群罹患者。公文書にキチゲマンとは書けないので考え出したんだとか」

 「ははっ、お役人は大変っすね」

 「現場じゃKМと呼んでますよ。政治家だって裏じゃキチゲマン呼びしてるでしょうね」

 テレビ内で議論が続く。

 『えー、ご指摘の件につきましては、外因性精神的累積型重圧解放症候群罹患者にかかる事案の通報率が低下していることに起因するものでありまして、署としては外因性精神的累積型重圧解放症候群罹患者事案を決して軽視しているものではなく……』

 『実態として、外因性精神的……累積型重圧解放……症候群罹患者事案における実務を、警察ではなく氏素性の知れない民間人が無償で負っている点が、由々しき問題だと申し上げております』

 『有葉警察署といたしましては、外因性精神的累積型重圧解放症候群罹患者事案には、限られたリソース内で対処しなければならないのが実情でありまして……』

 『そのせいで外因性精神的るいせ……ああもうっ! キチゲ! キチゲマン! キチゲマン事案が増える一方なのが問題なんですよ! その度に、どこの馬の骨とも知れないホモ親父が出張ってきて解決してるというのに、警察は情けなくないんですか!? SNSでもたびたび話題になって、有葉市の品位を著しく貶めてるんですよ!』

 議長が割って入る。

 『不規則発言は控えてください』

 

 その夜、匿名掲示板にスレッド〈【悲報】有葉市議会、とうとうキチゲ連呼してしまう〉が立てられた。

 『外因性精神的累積型重圧解放症候群罹患者事案って、早口言葉かな?』

 『むしろ漢文』

 『目が滑って読めない』

 『議員がキチゲ連呼はクソワロタwww』

 『今回は名前出なかったけど、ホモ親父ってトビショックのことだよな』

 『じきに議会でトビショックの名前が出てくると思うと胸熱』

 『アッーーー!!』

 

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