飛べ!トビショック 〜ただのおっさん、ちょびっとだけ世界を救う〜 作:小路 参佑
「息子から聞いてはいましたが、これが悪の首魁のSNSですか……。イメージしてたのとだいぶ違います」
佐津川は唸るように、呆れ声を出した。
「そうなるっすよねー……」と元木。
アークパーソンのファンアートコンテスト。その入選作品発表の日である。
仕事上がりの夜、乙三、元木、佐津川の3人は乙三のアパートに集まり、テレビに出力したスマホの画面に見入っていた。
「アークパーソンは『自称』悪の首魁で、概念っす。人間のキチゲを解放できる奴なのは間違いないとして、それ以外のことは俺らもあんま分かってないんで、このイラストコンテストで3位までに入賞して、特典のオンラインデートで探りを入れようって作戦っす」
「しかし、このテンションは、どうも……」
佐津川はアークパーソンのコメントを指差す。
『ハニーたち、とうとう結果発表だョ★彡 みんなの力作に順位をつけるのは忍びないけど、楽しんでいってネ!(^^♪ 1位のハニーもビリのハニーも、みんな愛してる! 』
「……気にせんとき。気にしたら負けや」
「俺らもまあまあ悩んだっす……」
乙三が元木のスマホを操作する。
「30位からのカウントダウン形式や。いくで」
乙三は無料サーバーに作られた特設サイトをゆっくりとスクロールさせていく。
「唯野さんはどんなイラストを投稿したんです?」と佐津川。
「おれはスキャナとかペン入力できるやつを持ってへんから、紙に描いたのをケータイ(ガラホ)のカメラで撮って送ったんや」
ゲッ、と元木が呻く。
「あの田辺◯一画伯超えのやつを!? あのまま!?」
「『おえかきオツちゃん』と呼ばれた神童の、40ン年ぶりの新作で自信作や。他の応募者のエフェクトばりばりの絵には見栄えで劣るけど、味わいは負けてへん! アークパーソンがアートの本質の分かる奴なら、選ばずにおれんはずや!」
「酔った勢いで言ってたんじゃなかったんすね……」
自信満々の乙三に元木は頭を抱え、佐津川は意味がわからずにきょとんとする。
「ここから10位圏内や……まだおれの絵は出てきてへんな……。こりゃほんまに3位入賞あるで」
「……」
元木は沈黙した。佐津川は「みんなうまく描くもんですね」と感心している。
3位以上のイラストはどれもさすがの出来栄えだ。元木が「おっ」と唸る。
とうとう乙三のイラストは現れないまま、特別賞まで確認が終わった。
「……くそ、3位どころか30位までにも入れへんかったか……。アークパーソンの奴、見損のうたわ」
「でもオンラインデート権はゲットできたし、いいじゃないすか」
「へ? どういうこっちゃ」
元木は3位の作品を指差した。
「これ、俺が描きました」
それはいかにもアークパーソンとジッジィが喜びそうな画風のイラストだった。美麗なふたりが手を取り、笑顔で夕陽の海岸線を走っている。
『第3位:@chikachika_motomotoさん アークパーソンからのラブメッセージ:ボクとジッジィのキラキラと、スウィートな関係性が伝わってくるョ♪ ステキに描いてくれてありがとう、ハニー! 』
「……おまえなぁ」
乙三は元木に詰め寄る。
「これのどこがアークパーソンとジッジィやねん……って、ちゃう! そこやない! こんな画力があるんやったら、さっさと言わんかい!」
「画力なんてないっすよ。AI禁止のレギュレーションだったんで、AIにアークパーソンの好みを伝えて生成させたのを、必死でトレースしました。塗りの再現にめちゃめちゃ苦労したっす」
「……やっぱ
『アークパーソンからの総評:初めてのコンテストで、こんなにたくさん応募してもらえるとは思わなかった! ハニーたちのホットなパッションとハートウォーミングを感じられて、本当に嬉しかったナ だから今回、応募作品はぜーんぶ入選にするョ! ホントにありがとう! またネ★彡』
これでアークパーソンとサシで接触できる――元木と佐津川はオンラインデートの質問を考えなければと盛り上がるが、乙三はふたりをよそに、まだテレビとスマホに齧りついていた。
「おかしい……おれのイラストが入選作品にあらへん……」
乙三が作品一覧を延々とスクロールさせていくと、最後の最後に、隔離するような長い空白のあと、一点だけ『残念! 選外★』と書かれたイラストが現れる。
カメラで撮ったためにシワと影が載り、チラシの文字が裏写りしている暗い背景。そこにアークパーソンとジッジィをイメージした(あくまでイメージ)、しなびたモヤシが絡み合ったようなクリーチャーが2体――乙三の作品だ。
「なんやねん! 全員入選とちゃうやんけ! おれだけを貶めるような罠を仕込みよって、やっぱアークパーソンは悪や! 極悪や……!」
憤慨する乙三に、元木は「これは仕方ないっすよ……」と溜息まじりに応じ、佐津川も深く頷いた。
「で、オンラインデートは誰がやります?」
元木はスマホをテレビから外しながら訊いた。
「そら元木がやるのが一番やろ。元木の絵なんやし、あいつらに面割れてへんし」
「いやですよ。万が一オツさんみたいにゲイ認定されて広まったら、結婚できなくなりそう」
元木と乙三の視線が佐津川を向く。
「駄目です! 自分のほうがゲイ認定は致命的です! 妻も子もいますし、警察での居場所もなくなります! 同性愛には非常にうるさい組織なので!」
「オツさんでいいじゃないすか。みんなゲイと思ってるんだし」
「ホモと思われとるのはおれやなくてトビショックやろ! ちゅーか、おれがビデオ通話してトビショックやて感づかれたら、質問なんかしてられへんやないか」
「……じゃ、女装したらいいんすよ。通話は10分だけだし、厚塗りすりゃバレないっしょ」
「待てや。それ、雑すぎひんか!?」
「自分もそれがいいと思います」
「佐津川さんまで! 自分がやりたくないからって!」
「はい決定。民主主義国家日本バンザイ」「まったくです。この国の警察官であることを誇りに思います」
「ひでぇ(;_;) おれ、泣くからな! 泣いてやる!」
乙三はヤケ気味に買い置きのエクレアを食んだ。
そして、オンラインデート当日。
アークパーソンとジッジィは廃工場の一角を廃品で精一杯デコレーションし、それを背景に1位2位の応募者とのビデオ通話を済ませた。
「1位と30分、2位とは20分の会話……。簡単であろうと踏んでおったが、意外と長くて疲れるものだな」
「はっ。しかしその甲斐はございました。ファンアートコンテストとの喋り口のギャップに、子羊たちはメロメロでございましたぞ」
「うむ。我は悪の覇道を確実に進んでおる」
アークパーソンが低く笑うと、それを打ち消すように複数の人間の足音が外構を近付いてくる。
アークパーソンとジッジィは音もなく滑るように移動し、閉ざされた鉄扉のわずかな隙間から奥の部屋に身を隠した。
人間たちは表でしばらく何かを話したあと、工場内に立ち入ることなく去っていった。
「このところ妙に騒がしいな」
アークパーソンはデコレーションの前に戻ろうとして鉄扉の隙間に引っ掛かる。
強引にスポンと抜けると、アークパーソンは満足げに微笑んだ。
「見たか、ジッジィ。わが身体が物体に引っ掛かった」
「はい。アークマン様のお身体のエネルギー密度が、子羊どもの認知を得て増している証拠にございます」
「……む、電気が止められておるな。女優ライトがつかぬ」
「ブレーカーを上げていったのでございましょう。……戻してまいりました」
「よし。最後、3位の子羊と10分の面談だ。繋いでくれ」
ははっ、とジッジィがiPh◯ne8を操作する。
バキバキの画面に映し出されたのは、子羊とかけ離れた、真っ白に顔を塗りつぶした猪だった。
「アークパーソン様、ヨロピク! キャピッ」
「えーと……。ロン毛のマツコ・デ◯ックスか……?」
「違いますゥ。3位に入賞したチカチカでーす☆✌」
「その名の通りに映像がチカチカしておるな……。声も野太いというか……ワイルドである」
「育ち盛りの53さ……18歳ですからァ♡ ウフッ」
乙三側では元木がスマホのカメラの死角で「盛りすぎだろ……」と渋い顔をし、佐津川は小さく溜息をつく。
「ちょっと待て。アカウントのプロフィールには『20代ブルーカラー♂』と書いてあるが?」
「えっ!?」
乙三は動揺した。元木のアカウントなのに、プロフィールの修正を失念していたのだ。
「そ、それは……前世! 前世のプロフィールなの! アップデートするの、忘れてたぁ! キャピキャピ」
元木と佐津川は天を仰いだ。
「そうか、前世か。人間はつまらぬ生き物だが、前世や来世を備えておる点は侮りがたいな」
「あのあのっ♪ アークパーソン様って、概念なんですよねっ? どうやってお生まれになったんですかっ?」
「よくは覚えておらぬ。だが、なにか大きな鳥のようなものに連れられてきた気がする」
「コウノトリに運ばれてきたのかなっ? カワイイ♡」
「否、大きな鳥ではあるが、コウノトリほどではない。そうだな、鷹のような……」
マツコ・デラ◯クス――もとい白塗り乙三は、一瞬表情を強張らせた。トビショックとなったきっかけの、夢で見た神と符号するように感じたからだ。
「そ、その鷹さんの命令で、悪になったんですかァ?♪」
「命令など受けておらぬ。我は誰の命令も受けぬ」
「そうですよね、悪の首魁ですもんネ! ごめんなさぁい ウルウル」
「生まれたばかりの我にできたことが、おまえたちの言う『キチゲの解放』だけであったから、我は悪を名乗ることにしたのだ」
「えっ……」
乙三は絶句し、元木と佐津川は顔を見合わせた。
「じ、じゃあ、人間を憎んでるとかじゃ、ない感じ……?」
「人間は下等で愚かだ。だが、憎んではおらぬ。憎んでおれば、我はキチゲを解放することなく、人が心を病みきって自滅するのを待つであろう」
「そんな……」
乙三は残りの数分間、アークパーソンとなにを話したかを覚えていない。