オーバーロード 現地人に転生した弱体鈴木悟さん 作:モモンガ・アインズ
ラナーがモモンと出会った衝撃的な誕生日パーティーから二年の月日が経った。ラナーはレエブンに貰った誕生日プレゼントを有効活用しようと考えたのか、それまで以上に本の虫へと変わっていく。それまでも読書が好きだとは知られていたが、彼女の知識欲は止まるところを知らなかった。
その噂は王宮を飛び出て、今では誕生日パーティーは須く本関係の贈り物が山を成していた。だがほとんどが本の形をしたゴミだったので、それらを贈ってきた貴族どもを軽蔑して話したくもないと思っている内心を知るのはレエブン侯とモモン、それに次兄のザナックだけ。
ラナーは本が好きなだけの、ただの王女というペルソナを被りつつ、モモンへ愚痴と知識の共有をすることでストレスを溜め込まず、健康的に過ごすようになった。モモンとの公然の密会についてはランポッサが許可を出しているために誰も文句を言うことなく二年もの間、続けられている。
最も、文句を言った貴族やメイドの何人かはモモンが配置した上級死霊の手によって謎の病気に罹るようになり、自然と彼女の元を離れるようになったために苦言を言われることがなかっただけだ。
その日もラナーは読み終わった本を書庫へ返すために廊下を歩いていた。本はもちろん後ろのメイドに持たせて王宮の廊下を歩いていて、途中でザナックに会ったので世間話をしつつ書庫へ向かうと、二人が会いたくない長兄のバルブロが大股で廊下を下品に歩いていた。
王子としての気品もなく、王子なのに武勇を求めて体を鍛えて、かといって民のために魔物を倒したりしない。ただ見栄のために剣を振っている裸の大将がラナーのことが気に食わなかったのか向かってきた。
ラナーはめんどくさくなりつつも、嵐が去るのを待つようにか弱いただの少女になりすました。
「おい、ラナー!お前は女なんだからそんな無駄なことをするな!礼儀作法だけ学んで大人しくしていろ!目障りだ!」
「ご、ごめんなさい。バルブロお兄様。でもわたし、本が好きで……」
「まあまあ、兄上。ラナーには好きにさせようじゃありませんか。彼女が読むのは物語ばかり。帝王学を学んでいるわけでもない。面倒な王候補が勝手に脱落するのですから、放っておけば良いではありませんか」
「フン!ではお前は俺の脅威になると言いたいわけか?」
「滅相もない。私についた二つ名は『自堕落王子』ですよ。見てください、このふくよかな体を。私はのんべんだらり、穏やかに食事を摂って生きていたいだけなのです。父上や兄上のように武勇を知らしめる王などとてもとても」
「そうだろう!ガハハハ!お前らはそうやって好きに生きていろ!この王国はこのバルブロが統べるのだからな!」
ザナックのおべんちゃらに気を良くしたのか、高笑いをして去っていくバルブロ。
ラナーとしては屈辱だが、ザナックに助けられた形だ。ザナックはラナーの異常な知性を把握しているからこそ自身が王になった時に助けてもらおうと考えてこうして何度か手助けをしている。
事実、バルブロにあまり邪魔をされていないのもザナックのおかげと呼べる事案がいくつかあった。
「それではな、妹よ。俺は腹が減った。食堂で今日のおやつでも摘んでこよう」
「あら、ずるいですわ。わたしの分は取っておいてくださいね?」
「料理長が用意した量によるな」
(貸し一だ)
(はいはい。いつか高く請求してあげますとも)
ザナックは指を一本見せつけながらお付きの人間と去っていく。数年ほどこんなやり取りをしていれば、兄妹だからか言葉にしないコミニュケーションくらいはこなせるようになっていた。
適当に今度助言をして借りを返しておこうと思いつつ、書庫へ入って目当ての本をメイドに取らせる。
メイドもただ家から派遣されているだけで、家へ報告することもないただの怠惰な女だったこともあり、借りていく本がどんなものかわからないままラナーの指示で本をいくつか本棚から抜いていく。主な仕事が本の運搬ともなれば飽きもするだろう。
このメイドが完全に作業として何も気にせずに本を抜く様子を見て、今日ようやく本命の本を手に入れた。偽装用に興味のない本も二冊ほど選び、とにかく本だから読みたいと思われるような選別をした。
その本を部屋に戻って読む。タイトルは『リ・エスティーゼ王国建国年表』と『建国貢献編纂史』。
この国は王族とされた人物と、建国のために奮闘した元商人たちによって出来上がった国だ。元々あった国が割れて王国と帝国に別れたのだが、この成り立ちが精々250年前のこと。法国などに比べれば歴史などいくつかの本で遡れてしまうほど、あってないようなものだ。
そしてどれだけ建国に貢献したかが貴族のステータスになっている。その貢献度が高かったから六大貴族と呼ばれる大貴族がおり、実際国を支えてきたために彼らの声を無碍にできない。そして王国の歴史上、没落や取り潰しで貴族ではなくなった家はあっても、新しくできた貴族の家はない。どれだけ戦争で功績を上げても、貴族になれるわけではなかった。
そして王家に所蔵された本は検閲されて正しくない物や不都合な本は焚書にされる。王家の書庫にある本となればある程度の正当性は確保されている。
この本なら、モモン・ナインズ・ウール・ゴウンという下級貴族出身の丁稚の正体に迫れると思ったのだ。
ラナーにも王族としての教育や出なければならないお茶会などがあったために全部の時間を読書に費やせなかったこともあり、本の内容を精査するには数日を擁した。それだけの時間じっくりと、読み飛ばしがないようにしっかりと読み込んだことで彼女は結論を出した。
ゴウン家なんて貴族の家は存在しない。レエブンによるでっちあげだと。
(やはりあなたは貴族ではなかった……。そういうことなのですね。モモン
ラナーはモモンの正体を暴こうと様々な書物と王宮での噂話を集めた。その結果、ラナーがまだ小さい時にランポッサが一時期だいぶ憔悴していたという話と、レエブン侯の領地で村が丸ごと消える大事件があったというのだ。
普通の貴族の領地ならあまり気にしないが、六大貴族の領地であり、しかもレエブン領は王都からも近い場所だ。そんなところで賊の襲撃があってそこそこ大きい村が消えたことで、当時王宮は紛糾した上に、各貴族へ自領の調査と自衛が通達された。今のレエブン侯の父親が生き残りの村民を僅かばかり救出し、素性も知らない大規模な野盗に襲われたとしか情報がなかったので、警戒のしようがなかった。
しかもそれから似たような事件も起きていなかったために、国外へ逃亡したとか、帝国の仕業だとか、そんな根も葉もない噂が流れたくらいに忘れられた事件でもある。野盗なんていくらでもおり、国内で動く大規模な悪い集団やそれこそ国々を練り渡る世界的に指名手配されている悪党もいる。
最近市政でも話題になっている『八本指』などもいるため、モモンのいた村を襲撃した相手の正体はラナーでも判別がつかない。ラナーの頭脳が優れていても、実際に見てもいない過去の事件の調査などできないのだ。子供のラナーは事件の資料などを集めたら怪しいこともあって、彼女は事件のことを調べるよりもモモンの正体を確かめることを優先した。
そちらの成果はきちんとあったわけだ。
そもそも、ランポッサの浮き名は王国では有名な話。長女とバルブロはは正妻の子。次女とザナックとラナーは側室の子だ。しかも全員母が違うという、ある意味王らしい子供の作り方だった。一国の王なのだから一夫多妻であっても咎められることはないのだが、子供を為さなかった側室も多く、離宮の数も多い。
昔は武勇を立てて、それはもうモテたらしい。早くに王座に着き、崩れゆく王国をどうにか留めた王は求婚の嵐に見舞われて、婚姻はもちろんのこと、それ以外にも手を出していたとは民草にも知られるほどだった。子供の出生率がよろしくないことから、産めよ増やせよの精神は大事だ。農村では子供も立派な労働力になる。
だが、王族の場合は問題が多い。求婚されるということは相手の娘もそれなりの立場を持っていることが大半だ。国外からの求婚がなかったのはある程度の救いだっただろう。国内だけで関係は完結し、だからこそ数々の貴族の権力闘争の種となった。
戴冠式の直後は王国を一つに纏め上げたというのに、様々な貴族から嫁を貰った結果貴族同士の時期王の選定について口を出されて、実際に派閥が出来上がるほどの分断を招いた。その争いと他国との戦争によりストレスを溜めてメイドや市井の者にも手を出す荒れっぷりを見せた。第一王子のバルブロが産まれるまでに時間がかかったことも原因ではある。
王という注目される立場の浮いた話関連の噂なんて止められるはずもない。誰がお手つきになっただの、どの子が愛されているだの。王を失墜させようとする貴族派閥もいるのだから、社交界ではメジャーな話題だった。流石に既に誰かと結婚しているような人間とはそういった関係にならなかったが、王国の沈み具合と協力しないで私腹を肥やすばかりの貴族に怒りを覚えて、感情を御せないまま関係を持ち、愛に溺れて発散するしかなかった。
その愛がハニートラップの類でも構わないほどに、一時期狂ったように欲に溺れていた時期がある。殺されなかったのは、実は法国の手助けがあったためである。豊潤な土地を持つ王国が二代続けて愚王のせいで崩壊すれば人類の生きられる重要な国家が一つ消滅することを意味する。そのために風花聖典が派遣されて、よっぽど問題のある刺客からは守られていた。バルブロが産まれた時点で、あとは王国に舵を取らせたが、手を引いた風花聖典の目は法国に戻っても澱んでいたと言う。
そしてバルブロが産まれてからは次期王への忖度として彼はわがままに育ち、そして王の素質がないことを悟った。帝王学の授業はつまらないと抜け出して王としての勉強を全くせず、体を動かすことばかり。次期王を良いようにコントロールしたい貴族派閥は神輿は軽い方が良いとしてそのままのバルブロをむしろ良しとした。結果として勉強を強いる父親に反発し、自由にさせてくれる貴族派閥に懐くことになる。
バルブロがダメだと気付いて側室へと身を委ねて、逃避行をする中で、ランポッサはたまたま南方から商売に来ていたラナという商人の娘を欲した。この時のランポッサは気でも触れていたのだろう。彼女の父親を言いくるめラナを手籠にし、そのまま彼女は身籠った。このことに激怒した南方の商隊は王国に近寄らなくなり、珍しい品が届くことがなくなった。
バルブロ以降子宝に恵まれず、できれば男児が欲しかったがために暴走したランポッサの失態に最初に気付いたレエブンが国交の問題になるとして彼も私財を払って南方との交渉をどうにかして、国交断絶とラナの身柄を王国に留めること、そしてラナに対する不自由のない金銭の授受を条件にレエブン領での拘束をもぎ取った。ラナも傷物になった上に、好いていたデイビットが彼女の側にいると言ってくれた。最悪の事態が起きたものの、娘の幸せと、産まれてくる子供に罪はないとして南方の商隊はどうにか溜飲を飲み込んだ。
そうしてランポッサの求める男児が産まれたわけだが、彼に王位継承権などあるわけがなく。貴族も国も知らない王家の血を引く子供でしかなかった男児はそのままレエブン領でただの子供として育てられることになる。
このことを知っているのはレエブンだけかと思われたが、南方の物を欲しがった王女達には知られてしまい、彼女達の口を塞ぐためにもランポッサは我儘を聞き、またストレスを溜めるという悪循環。この頃には鮮やかだった金髪はすっかりと白髪に変わってしまっていた。
娘達には弱みを握られ、レエブンにも貸しができ。王の後継は居らず。
ようやくザナックが産まれて、後継問題も解決したのだと更に箍が外れ、ラナーが産まれて。忘れられない黒髪の少女に似た名前を自分の娘につける始末。この事実にラナーは悍ましさが全身を包み、ランポッサに自主的に近付かなくなるほどだ。
この辺りの噂話は王宮では有名だ。王宮に商売に来ていた商人の娘を孕ませた。その娘の名前に似た名前を付けられた第三王女。ラナー本人にも関わることだったのでラナーの耳に届くには時間が掛からなかった。
ラナという自分の名前に似た哀れな少女がいて。その少女が産んだ、顔も名前も知らない兄がいて。それが誰かはわからないまま、あの四歳の誕生日パーティーで全てのピースが集まった。
ラナーよりも歳上の少年。ラナーに似た知性を持つ、レエブン侯の丁稚という身分。そして誰も知らない家名。ペスペア侯の妻である元第一王女へ殺気を向けていた理由。
答え合わせに二年もかかってしまったが、それだけの時間を費やすに相応しい難題だった。
答え合わせができて、その日はもう何もする気になれず。早めの就寝をすることにした。部屋からメイドが全員出ていったことを見て、王族の警備や管理にしては杜撰この上ないことだが、殺されても価値のない立場だからこその放任だろうと考えるラナー。
女性の王など、この世界にほぼいない。歴史上で見れば数人はいるが、皆無と言ってもいい。そして王女の利用価値は他国への貢物程度。正統後継者は兄が二人いるために、ラナーまで王冠が転がってくるはずもなく。となれば、殺されても支障はないのだ。
何もかもがどうでも良くなって、モモンから貰ったペンダントへ手を伸ばす。王族が着けるには無骨なデザインなため普段はポケットに入れている、大切な贈り物。それをちゃんと首から下げてベッドに寝転び、いつものように念じる。それだけでレエブン領にいる彼と繋がれるのだ。
兄だと気付いたのは一年ほど前のこと。確証はなかったものの、ほぼほぼ答えに行き着いていた。それでも確信がなかったために兄とは心の内でも呼ばず。でも今からは兄と呼びたかった。
彼に繋がったのは数秒後。どこか慌てた様子だった。
《ラナー?こんな時間にどうかした?珍しい、というか初めてじゃないか?》
《ちょっと話したくなってしまって。モモンは今、何をしているのですか?》
《あー、善行?いや、これって善なのか?ただの討伐依頼……。いや、依頼すら受けてないから独断行動か?》
《もしかして、冒険者として?》
《プレートも付けてないけどね。今竜王国に来てて、ビーストマンを倒してる。結構後方の集落を襲ってるよ》
《はい?》
二年も会話をしていればどんなことをやっているのか話していたので、モモンが冒険者をやっていることは当然把握していたラナーだったが。
どうして他国の、しかも国難の原因たる亜人を狩っているのか、ラナーの頭脳でも理解できなかった。
理由はただ単に、アンデッド作成の死体の調達に限界が来たため。エリアスに死刑囚などを回してもらっていたものの、国外にも手を伸ばす『八本指』の監視の目が足りなすぎて、一気に手に入れるために倒しても問題ない相手を考えて、ビーストマンが選ばれた。
ビーストマンが仕方なく人間を襲っているのならモモンも計画を変えたが、ただの弱肉強食、弱者を甚振りたい支配欲によるものだとわかってモモンは討伐を決定。
竜王国との前線からは遠いために竜王国にもビーストマンの他の集落に気付かれることもなく多数の死体をゲット。結果的には竜王国への援助にもなるために、善行になるだろうとモモンは割り切っていた。
ラナーにアンデッド作成の話はしていなかったので、ただの腕試しと伝えて取り留めのない会話をしながらビーストマンを殲滅するモモン。ラナーも片手間にやっている冒険者稼業のことは聞いていたが、ビーストマンの集落を夜襲とはいえ一人でできてしまうモモンの強さを、ここで初めて知る。
(本人はやっと白金級になれたと言っていたけど……。いえ、年齢を鑑みればそれでもかなりの速さ。だというのに本当の実力はアダマンタイト級?……お兄様は、何者なの?王族の中でもかけ離れた実力。あまりにも突拍子のない突然変異。南方の血?それとも──わたしと同じ、異端者?)
ラナーの場合は頭脳が、モモンの場合は戦闘能力が。とにかく際立った才能として現れていた。
その共通点からラナーはますますモモンに興味を抱く。
この世で唯一理解し合える、同族として。