虚無の果実~雪風と真紅の魔王~   作:ヒロジン

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第12話 「2人の王女 ハルケギニアの『森』 ②」

プチ・トロワの主、イザベラの部屋に『森』へと通じるクラックが開いてから、半刻ほど経った。クラックの横では一体のライオンインベスが部屋の様子をじっと眺めていた。

 

 

『森』からやってきたガーゴイルが去ったあと、とりあえず戒斗は部屋の真ん中でガタガタ震えていたイザベラにタバサの換えの服を用意するように言った。元々着ていた制服は卵や泥にまみれ、とても着れたものではなかったからだ。

 

 

「はぁ!? なんでわたしが、そんなことしないといけないのよ!? 言っとくけど、わたしはあんたがやったこと許さないからッ!! 死刑……そう死刑だわ!! お父様に頼んで、あんたなんか死刑にしてやるッ!!」

 

 

勢いよくまくしたてたイザベラだったが、戒斗が思い切り睨み付けると『ヒィッ!?』と情けない声を上げ、腰を抜かしたまま後ずさった。

 

 

「わ、わかったわよ! た、多分、使用人の部屋に侍女が着ている服があるわ!!」

 

 

イザベラは震える手で、先ほど戒斗が入ってきたドアとは別のドアを指差した。

 

 

「そうか……タバサ、とりあえず着替えてこい。靴もブーツか何かに代えたほうがいいだろう」

 

「わかった。探してくる」

 

「あぁ……それから、イザベラ。貴様も早く着替えろ。その格好で森には入れないだろう」

 

「ちょ、ちょっと!! だから、なんでわたしもその変な裂け目に入ることになってるのよ!! 絶対に!! 絶対にわたしはそんなところに入らないわよ!!」

 

 

イザベラは必死に喚いた。ただでさえ、混沌とした状況で理解が追いついていないのに、これ以上は御免だという意志が表情に色濃く表れていた。

 

 

「そうか……言っておくが、この裂け目の先の森にはさっき俺が呼び出した怪物『インベス』が巣食っている。この裂け目を閉じるには、さっきのガーゴイルの操縦者をどうにかするしかないだろう。ここに残るのは構わんが……もし、裂け目からインベスがこの部屋に入った場合に、お前たちでどうにかできるのか?」

 

 

戒斗の言葉を聞いたイザベラの顔から血の気が失せた。この部屋に残ろうが、裂け目に入ろうが、先ほどの怪物に襲われる可能性は同じだということ理解したのである。

 

 

「あとあのガーゴイルの操縦者だが……まともなようで頭がイカレている可能性もある。指名された貴様が行かない場合……それはそれで面倒なことになるかもしれんぞ?」

 

「わ、わかったわよ!! 行くわよ! 行けばいいんでしょう!! カステルモール、死んでもわたしを守りなさい!!」

 

イザベラの言葉に戒斗と戦い気を保っていた最後の騎士「カステルモール」が「かしこまりました、殿下」と仰々しく一礼した。イザベラとしては自分に危害を加えようとした無礼者と同行するのは本来なら断固拒否するところだが、戒斗がこの場で一番状況を理解している人間で、かつインベスという怪物を従えていることから、彼と同行するのが最善の選択と判断した。

 

戒斗は別にイザベラの存在はどうでもよかったのだが、もし連れて来なかった場合、ガーゴイルの操縦者が面倒なことを起こす可能性があると考え、連れていくに越したことはないだろうと考えていた。ガーゴイルの操縦者からは敵意は感じなかったが、もし罠だった場合でも、タバサだけを守ればいいだけの話だからでもあった。

 

 

その後、イザベラはタバサともに、着替えのために隣室に入って行った。二人が退出した後、カステルモールから戒斗に杖を向けたことの謝罪があり、彼がタバサの父親『オルレアン公』の忠臣であったこと、ジョゼフの隙を探るため偽りの忠誠を誓っていることを聞かされた。

 

 

「そうか……貴様はタバサの父親の部下だったのか……」

 

「今の私があるのは、オルレアン公のおかげです……あの方への恩義に報いるべきなら、すぐにでも決起するべきでした……ですが……」

 

「ジョゼフに従う連中が意外に多かったというわけか……」

 

「わたしと同じような境遇の同僚の中にも、ジョゼフの権力に屈した輩もいます。表立って反抗の意を示したために、処刑された同僚も……お恥ずかしい話です。あなたのような力がわたしにあれば……表立ってシャルロット様のご助力となれるのですが……わたしにはその力がなかった……偽りの忠臣で敵の目を欺き、隙をさがすことしかできない……」

 

 

両の拳を強く握りながら、このうえなく悔しそうな表情でカステルモールは搾り出すようにそう呟いた。目の前の若い騎士が感じている自分の無力を憎む気持ちが、戒斗にも伝わってきた。

 

「カステルモールと言ったか……貴様には中々見所がある。貴様自身がそう思うのなら、一刻も早く強くなれ。どこの馬の骨とも知れん俺よりは、貴族の貴様が味方にいたほうが他の連中の印象としてはいいだろうしな……」

 

「そうですね……そういえば、お名前を伺っていませんでした。お聞かせ願えないでしょうか?」

 

「駆紋戒斗だ。この世界『ハルケギニア』とはまた別の世界からやってきた」

 

「異世界……ですか?」

 

「そうだ。タバサとはたまたま知り合ったんだが……お互いの目的のために協力関係をとっている。俺の目的……どうせあとで話すことになるだろうから、その時に聞いておけけ……」

 

 

戒斗がそう呟いたところで、部屋にタバサが入ってきた。泥や卵白は洗い流され、女性の使用人が着る仕事着に着替えていた。靴もいつもの学院指定の靴から、出掛け用のブーツに履き替えていた。細部のデザインこそ違うが、魔法学院の使用人の衣服とそう違いなく、戒斗の脳裏にはシエスタが一瞬浮かんだ。

 

 

「シャルロット様……」

 

 

無言で戒斗たちのそばまでやってきたタバサの足元に、カステルモールが傅いた。

 

 

「憎き『無能王』の娘を欺くためとはいえ、貴方様に杖を向けるという大罪を犯した愚か者をどうかお許しください……わたしの忠義はいつ如何なるときも真の姫殿下である貴方様にあります……」

 

「別に気にしてない。だいじょうぶ」

 

 

タバサはカステルモールにいつもの抑揚のない声でそう言った。

 

 

「イザベラはどうした?」

 

「今着替えてる……愚痴ばかりで、着替えるのが遅い」

 

「そうか……タバサ、カステルモール。いつでも全力で戦えるように構えておけ。ここから先は……何が起きるかわからんぞ」

 

 

戒斗は依然開き続けているクラックの先に広がる『ヘルヘイムの森』を見ながらそう言った。インベスの姿は未だ見えないが、かつて地球に繋がった森と同じような状況なら、中は無数のインベスが巣食う魔窟となっているはずだからだ。

 

 

「……カイト」

 

「なんだ?」

 

 

戒斗の言葉にタバサは一瞬の間をおいて口を開いた。

 

 

「あなたの気持ちは嬉しかった……でも、今後あんな真似はやめて。まだわたしは、かあさまを救えてないから……」

 

 

母親を救うため、タバサは心を閉ざし、体に湧き上がる怒りと母親を救い出すという意志を雪のように冷たい氷のように固めることを選んだ。心を閉ざし、知識を吸収し、あらゆる敵と戦って強くなる。国王……つまり、『ガリア王国』そのものという巨大な敵に一人で立ち向かうために、幼く力のなかった彼女はそうするしかなかたのである。

 

一方で、駆紋戒斗という男がとった行動はその真逆だった。己の内に沸きあがった怒りを一切隠すことなく、紅蓮の炎のように耀かせ、火山から湧き出るマグマのように溢れさせることを選んだ。国王……つまり『ガリア王国』にたった一人で宣戦布告したのである。

 

 

タバサにはそんな戒斗の行動をとても羨ましく思っていた。全く見知らぬ、身よりもいない場所においても、自分を全く偽ることのない彼の在り方と王国という巨大な存在に平然と立ち向かっていける彼の強さと力を……自分もすぐにでも同じようなことができたらと考えてしまった。

 

だが、同時に喪失感も感じていた。母親を救い出すために、今までの自分が積み上げてきたものが全て無駄だったのではないか……そんな空虚な想いを感じずにはいられなかった。

 

そして何よりも……父の仇を討つのは自分だという戒斗にも話していない彼女の意地があった。戒斗との協力関係はあくまで母の救出までである。そこから先は……他人には絶対に譲れなかった。

 

 

「……わかった……お前の気持ちは受け取った……」

 

 

戒斗の言葉にタバサは頷いた。

 

 

「ですが、カイト殿。あのイザベラが、自分に牙を剥いた貴方を許すとはとても思えません……この裂け目のことも気になりますが、一刻も早くこの場を立ち去られたほうが……」

 

「そうだな。だが、このクラックの件で話は変わった。あのガーゴイルの操縦者はこの森の正体を知っていた。ならば、優先度はこちらが上だ。俺が暴れた件は最悪、あの女を黙らせればどうにかなるが……この件は放っておくと取り返しがつかない可能性があるからな」

 

 

未だイザベラが着替えている部屋とクラックの先の森を交互に一瞥しながら、戒斗はそう呟いた。その言葉にタバサも同じ想いだった。

 

 

「……それほどまでに、我々が今から入る場所は危険ということですね……このカステルモール、命に代えてもシャルロット様をお守りします!」

 

 

そんなやりとりの数分後、タバサと同じような姿に着替えたイザベラが部屋に入ってきた。

 

 

「着替えてきたわよ……ったく、なんで高貴なわたしがこんな汚らしい格好をしなきゃいけないのよ……」

 

「無駄口はそこまでにしておけ……待たせたな」

 

 

戒斗はクラック横でじっとこちらを見つめていたインベスにそう言った。インベスはふるふると首を横に振ると、そのままクラックを踏み越えた。

 

 

「……これから先、言っておくことが2つある。1つはいつ戦いになってもいいように警戒を怠るな。それから……森の中に実っている『果実』は絶対に食べるな……あの化け物と同じ存在になりたくなかったらな……」

 

 

その言葉の後に、戒斗、タバサ、イザベラ、カステルモールの順で、4人と1体は異次元に広がる森へと足を踏み入れた……

 

 

************

 

 

裂け目を越えて森へと入ったわたしが、まず思ったことは……『不気味』ただその一言に尽きる。辺り一面にうっすらと白い霧が立ち込め、周りには見たこともない樹木が所狭しと生い茂っている。地面はサラサラとした砂地の部分と岩盤のような固い部分があり、これまた奇怪な見た目の植物に覆われていて中々に歩きにくかった。カイトからの指摘でブーツを履いてきて正解だったと思う。

 

一番先頭を行くインベスはゆっくりと森の奥へと向かって歩いていく。全員が緊張しているのか、誰も口を開くことなくただただ足を動かしていた。辺りを警戒していたわたしの目に、樹木に絡まっている蔦から生えている『果実』が目に留まった。

 

 

他の植物も派手な色をしていたが、その果実は血のような赤い薄皮に覆われていた。とても食欲が出るような色ではないのだが……何故だろう。わたしはその実をとても美味しそうと思ってしまった……

 

手に取って薄皮を剥いてみると、中からはライチの実に良く似た半透明なピンク色の果肉が顔を出した。口から思わず涎がこぼれそうになった……カイトが何か言っているような気がしたけど……今はどうでもいいような気がした………

 

…………食べたい…………食べたい…………

 

 

食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい

食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい……

 

 

「タバサ!! しっかりしろッ!!」

 

 

ふと気がつくと、カイトがとても慌てた様子でわたしの手を掴んでいた。わたしはあの果実を両手で口に運ぶ寸前という状態だった。その瞬間に、カイトから聞いていた『ヘルヘイムの果実』の話を思い出した。

 

 

「ッ!!?」

 

 

思わず手に持っていた果実を地面に落としてしまった。全身から血の気が引いていくのがわかった。あろうことか、わたしはあの果実を無意識のうちに口にしてしまうところだった。あの果実を食べれば、その毒でインベスになってしまうと聞かされていたにも関わらずだ……すぐ隣ではイザベラが同じように果実を口に運ぼうとして、わたしと同じようにライオンインベスに右腕を掴まれていた。いきなり腕を怪物に掴まれてびっくりしたのか、彼女は素っ頓狂な声を上げて腰を抜かしていた。

 

 

「……ごめんなさい……」

 

「気にするな……そっちも大丈夫なようだな……」

 

 

イザベラとカステルモールの様子を確認したカイトは、安堵のため息をつきながらそういった。顔浮かんだ冷や汗を拭いながら、カステルモールが口を開いた。

 

 

「恐ろしい果実ですね……我々の本能に直接働きかけられているようでした……貴方の『手を離せッ!!』という声がなければ、今頃口にしてしまっているところでしたよ……」

 

 

彼の言葉に同感だった。わたしはカイトから直接掴まれるまで、我を失っていたのだ……そう思うと恥ずかしかった。

 

 

「……やはりつけていたほうが安全か……タバサ、イザベラ、受け取れ……」

 

 

カイトはそう言うと、わたしたちに何かを差し出した。それはセンゴクドライバーのバックルだった。先のフーケの一件で、カイトがオスマン氏から譲り受けた変身機能のついていないものだ。

 

 

「なにこれ……どう使うのよ?」

 

 

イザベラの問いに、カイトは腰に当ててみろ、と促した。わたしと彼女は言われた通りに、バックルを腰に当てた。すると、バックルの右端から銀色のベルトが自動的にわたし達の腰に巻かれた。

 

 

「タバサ、そこの果実を手にとってみろ」

 

 

わたしとイザベラが言われたとおりに果実を手に取ると、光と共に果実が錠前へと変わった……ヒマワリの種を模したロックシードだった。このときわたしは、わたしが今食べようとしていた果実がロックシードを加工する前のものであったことを理解した。よく見てみれば、茎の部分など形に面影があった。

 

 

「これは……」

 

「それを着けておけば、果実を口にすることはないだろう……カステルモール、手元にあるドライバーはその2台だけだ。なんとか自制しろ」

 

「わかりました……姫殿下、そのベルトがあれば大丈夫かと思いますが、くれぐれもお気をつけを……」

 

「ふ、ふん! よくわかんないけど、お前に言われなくてもわかっているわ……」

 

 

そのやりとりがあった後、わたしたちは再び歩き出した。カイトもわたしもインベスの襲撃に備えて、辺りを警戒していたのだが……インベスどころかわたしたち以外の気配以外何も感じなかった。

 

 

歩いている間、わたしは1つ気になることがあった。先ほどのガーゴイルの操縦者のことだ。あのガーゴイルは森に通じる裂け目の向こうからやってきた……つまり、あのガーゴイルの操縦者はインベスが巣食うこの森にいるということになる。現に目の前のライオンインベスを手懐けているようだ……それは、あのガーゴイルの操縦者がインベスを従えるほどの力を持っているということだ

 

 

……目の前を行くカイトの様子から見て、わたしの推測は当たっているのだろう。わたしたちは、今からどんな存在と会おうとしているのか……そして、あのガーゴイルの主の目的はなんなのだろうか……

 

 

そんなことを考えていると、先頭を歩いていたライオンインベスの足が止まった。目の前は岩盤が剥き出しになった岩肌がそびえ立っていた。高さは10メイル以上あるだろうか……見上げるだけで首が痛くなりそうだった。

 

 

『いらっしゃい。今開けるからちょっと待ってね……』

 

 

突然、ガーゴイルの操縦者の声と同じ声が辺りに響き渡った。同時に目の前の岩肌の一部に金色の光でできた長方形型の輪郭が現れ、次の瞬間にはその輪郭に沿って通路が現れていた。

 

 

『さぁ、入って……』

 

 

わたしたちは道中の順番の通りに通路に入っていった。最後尾のカステルモールが通路に入った数秒後、輪郭に沿って天井と足元から板状の壁がせり上がり、出口を塞いだ。

 

 

「……なんか、気味が悪いわ……」

 

「同感です……なんというか、無機質この上ないですね……」

 

 

わたしも2人に同感だった。通路は鉄のような灰色の金属で造られており、天井にある白い光を放つ細長いランプのようなもので明るく照らされていた。任務の関係で、色々な建造物に入ったことはあるが、ここまで無機質な内装は初めてだった。

 

 

「ユグドラシルの研究所のようだな……しかし、自動ドアに電灯か……ハルケギニアにあっていい技術ではないな……」

 

「デントウ?」

 

「天井で光っているアレのことだ。もっとも、電力で動いているかはしらんがな……」

 

 

デンリョク……カイトが以前話してくれたのだが、彼の居たチキュウではデンリョク……つまり、雷が動力源として使われているそうだ。彼の持っている『スマホ』や『オンガクプーイヤー』などもそのデンリョクで動いており、この世界でいうところの平民も普通に使っているのだそうだ。

 

チキュウの技術の水準は、ハルケギニアと比べて極めて高度なのだ。この施設がチキュウと同じかそれ以上の技術で造られたのなら、わたし達を招いたここの主は一体何者なのか……

 

 

そんなことを考えていると、通路の奥から足音が聞こえてきた。カイトが一層警戒を強めたのを感じ、わたしも杖を構えなおした。

 

 

「……いらっしゃい。ようこそ、私の城へ……歓迎するわ。レオ君もお疲れ様」

 

 

通路の奥から現れたのは、長身の女性だった。声からして、ガーゴイルの操縦者と同一人物だろう。身長はかなり高く、カイトよりも少し高い。二十歳くらいの風体で、にっこりと笑ったその表情とおっとりとした声質から妙に大人びた印象を受けた……。

 

格好はなんとも奇妙な格好だった。染みひとつない白いシャツとズボンに、これまた白い長袖の上着を羽織っていた。肩までかかるほどの金色の髪からのぞく両耳には、リンゴを模したような金色の小さなピアスがついていた。あとあまり関係ないことだが、シャツの上からでもわかるくらい身体の一部分が大きい……友人に負けていないのではないだろうか……

 

 

「貴様があのガーゴイルの操縦者か?」

 

「えぇ、そうよ……はじめまして、皆さん。わたしは『ヴェルザンディ』……気軽に『ヴェル』って呼んでもらって構わないわ。それから、この子はレオ君。半年くらい前に出会ったんだけど、まだ知性が残ってるみたいだったから、今はここでわたしの手伝いをしてもらっているの」

 

 

笑顔を浮かべながら、ヴェルザンディと名乗った女性は頼んでもいないのに自分とインベスの自己紹介を始めた。わたしとカイトの視線が合わさった……どうやら同じことを考えていたようだ。目の前の女性からは戦闘の意志は全く感じられない。構えていたこっちが馬鹿らしくなってきた……無論、油断はするつもりはないのだが……。カステルモールもわたし達と似たような心境のようで、イザベラは完全に頭の理解が追いつかなくなったのか、キョトンとした表情で目の前の女性を見つめていた。

 

 

「とりあえず、廊下で立ち話もなんだから場所を変えましょう? こっちへ来てくださいな」

 

 

そう言うと、彼女はわたし達に背を向けて通路の奥に歩き出した。わたし達は無言でついていった。しばらく歩くと通路はそこで終わっていた。ヴェルザンディと名乗った女性が通路の突き当たりの壁の一部分にあったパネルを指で操作すると、突き当りの壁が真っ二つに両側に裂け、10人ほどが入れる何もない天井の低い部屋が現れた。

 

 

「……驚いたな。これは『エレベーター』か?」

 

「あら、ご存知なのね。名称は特に決めてないけど、上下の空間の移動用に作った昇降機という意味なら間違ってないわ……」

 

 

ショウコウキ……よくわからないが、言葉通りなら、部屋が上下に動くということだろうか? 彼女に促されるままにわたし達は全員部屋に入った。最後に部屋に入った彼女が、部屋に内側にあるパネルを操作すると、両側に開いてあった壁が再び閉じ、次の瞬間に宙に浮いたような感覚がした。どうやら部屋ごと地下に潜っているようだ。となりでは、イザベラが驚いたような表情をしていた。

 

 

1分ほど経ったあと、再び目の前の壁が両側に開き、白い壁の部屋へと繋がった。部屋はかなり広く、中央に長方形のテーブルが置いてあった。壁際に置かれた棚にポットやカップがあることから、どうやら応接間のような部屋だと感じた。

 

 

「さぁ、座ってちょうだい。今、飲み物を用意するわ……心配しなくても、毒なんて入ってなし、もちろん『森の果実』も使ってないわ」

 

 

そう言いながら、彼女はカップとソーサーの隣においてあった黒い金属製の箱の前に移動した。箱の前面には小さな銀色の管が上部についたくぼみがあり、そこに彼女はガラスでできた丸いポットを設置した。そして箱の上部のパネルを操作すると、箱から何かが磨り潰されるような音が聞こえ、しばらくして管から黒みがかった茶色い液体がポットにたっぷりと注がれた。彼女はそれを大きなトレーにのせたカップに人数分注ぐと、席についたわたし達の前に置いた。

 

 

「なにこの黒い水? いい香りはするけど……」

 

 

イザベラがカップの中を覗き込みながら、そう言った。確かにいい香りはするが、「お茶」でも「酒」でもない……これはなんだろうか?

 

 

 

「『コーヒーノキ』という種類の豆みたいな果実を煎って潰した飲み物よ。ハルケギニアでは馴染みないと思うけど、東方では嗜好品として飲まれ始めているわ。結構苦いけど、いい香りとお茶とはまた違う苦味があって美味しいわよ。苦いのが苦手なら、お砂糖を入れるといいわ」

 

 

そう言いながら、彼女は四角く固められた砂糖が入った器をテーブルに置いた。とはいえ、いきなり飲めと言われても抵抗があった。数秒後、初めにカップを手に取ったのはカイトだった。

 

 

「……毒は入っていないようだな」

 

「そう言ったわよ……それで、お味はいかが?」

 

「コーヒーは久々に飲んだが、こいつは中々のものだな……」

 

 

どうやら、カイトはこの飲み物を知っていたようだ。テーブルに座っているインベスも、器用にカップを持って口に運んでいた。どうやら毒も入っていないようなので、好奇心から私たちもカップを手に取った。

 

 

「……美味しい……」

 

 

口に入れた瞬間、複雑な味わいの苦味と鮮烈な香りが口と鼻いっぱいに広がった。お茶とはまた違う美味しさに、脳と舌が喜ぶのを感じた。

 

 

「なるほど……確かに美味しいですね」

 

「へぇ、いいじゃないこれ。確かに苦いけど……うん、砂糖を入れたらいいかんじね!

 

 

イザベラは器に入った砂糖をカップの液体と混ぜて飲んでいた。というか、さらっと砂糖が出てきたが、あんな大量の砂糖一体幾ら分くらいになるのだろうか……

 

 

「気に入ってもらえたみたいで嬉しいわ……さて、お話をしたいのだけれど、そういえば名前を伺っていなかったわね……順番に伺ってもいいかしら?」

 

「……駆紋戒斗だ」

 

「……タバサ……」

 

「イザベラ・ド・ガリア……ガリア王国の第一王女よ、覚えておきなさい!!」

 

「カステルモールと申します」

 

「うん、覚えたわ……カイト君にタバサちゃん、カステルモール君にイザベラちゃんね……イザベラちゃんがガリア王国のお姫様ってことは、タバサちゃんもそうなのかしら? で、カステルモール君は騎士さんってところかしら?」

 

 

ニコニコと笑いながら、彼女はそう言った。わたしは驚いた……彼女の言葉はほぼ真実を捉えていたからだ。

 

 

「違うわよ! カステルモールは私の部下だけど、この人形娘はわたしの召使いよ!」

 

「そうなの? でもタバサちゃんとイザベラちゃんは姉妹か従姉妹よね? 髪がガリア王家特有の綺麗な青だし、顔立ちも良く似ているわ……もしかして、家の問題に触れてしまったかしら? タバサちゃんの名前も偽名みたいだし……」

 

 

事実を突きつけられたイザベラは、何も言い返せなかった。

 

 

「それからカイト君は……うん、あなたはかなり異質ね。服の材質や作り方がハルケギニアのそれとは違うわ。昇降機やコーヒーも知っていたみたいだし、なによりも『森の果実』を加工したその錠前……もしかして、『別の世界』から来たとか?」

 

 

その通りだった。しばらく黙っていたカイトが口を開いた。

 

 

「……そうだ。俺は地球という別の世界からやってきた。ここに来たときは貴様も同じかと思ったが、違うのか?」

 

 

カイトの事情を知らないイザベラは驚いた表情を見せた。

 

 

「私は違うわ。長いこと生きているけど、生まれたのはこの大陸よ。『チキュウ』ね……ハルケギニアはたまにこことは違う異世界に繋がるけど、そんな名前だったんだ。それにしてもカイト君……貴方の文明も『森の侵略』を受けていたみたいで、驚いたわ。しかも私の『マスター』がやった方法とは全く違うカタチで『森』の力を利用しているみたいだし……」

 

「ヴェルザンディ……質問もいいが貴様は一体何者か、それを先に俺たちに話せ。俺たちをここに呼んだ理由も合わせてな……」

 

「そうね……カイト君以外はちょっとびっくりしちゃうかも知れないから、落ち着いて聞いてね」

 

 

カイトの問いに、そう言って彼女は一旦言葉を区切り、カップの中身を一口飲んだら後にこう切り出した。彼女の言葉の通り、カイト以外のわたしを含めた三人は文字通り驚愕することになる。ヴェルザンディと名乗った彼女の……あまりに突拍子もない言葉に……

 

 

「……改めまして、わたしはヴェルザンディ……貴方たちが始祖と呼んでいる『始まりの男 ブリミル』の手で作られた『人造人間』よ……」

 

第13話に続く

 




いかがだったでしょうか?

オリジナルキャラクター「ヴェルザンディ」の登場で、
物語をようやく大きく一歩動かせます。

彼女は一体何者なのか、今ハルケギニアになにが起こっているのか
次回以降にご期待ください

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