朝起きたら「断頭台のアウラ」になった元男性サラリーマン ~現代社会でお金を稼ぐ魔法なんて無いじゃない~   作:自分の性癖に素直になろう小説

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10話 アウラ(偽)、VTuberデビューしろ

 

 検索窓に「在宅 稼ぐ」と打ち込むと、世界はずいぶん親切に答えてくれた。

 

 アンケートモニター。ポイ活。データ入力。ハンドメイド販売。フリマアプリでの不用品販売。見出しだけを眺めていると、まるで未来への扉が次々に開いていくようだった。俺は一つ目の記事を開き、読み進め、そして三行目で閉じた。

 

 本人確認書類のアップロードが必要です。

 

 二つ目の記事も、四行目で閉じた。振込先の銀行口座の登録が必要です。三つ目は、住所の確認はがきが届きます。四つ目は、顔写真付きの身分証のコピーを提出してください。

 

(……待て待て待て。どれもこれも、「俺は佐々木琥太郎です」という前提で成り立ってるじゃないか)

 

 そうなのだ。この世界で金を稼ぐには、まず「誰であるか」を証明しなければならない。そして今の俺は、鏡の前に立つたびに別人としか言いようのない、角つきの、薄紫の髪の、日本人ではない何かだった。

 

 身分証の写真は、ごく普通の三十二歳の男である。この顔写真を見せたところで、疑われるどころか、通報される未来しか見えない。

 

「あなたたち人間の社会は、随分と窮屈にできているのね」

 

 口が勝手に毒づいた。窮屈なのは、俺が元の姿に戻れないからだ。社会のせいにしてはいけない。いや、でもやっぱり、ちょっとは社会のせいにしたい。

 

 

 

 

 

 十ほど記事を閉じたところで、ようやく、条件のゆるそうな候補が見つかった。

 

 動画配信である。

 

 解説サイトにはこうあった。必要なのは、パソコンとマイクとカメラ。それだけ。実名も、住所も、最初の段階では要らない。登録者数と再生時間の条件を満たせば、あとは収益化の申請ができる。

 

「……これよ」

 

 俺は思わず身を乗り出した。身分証がなくても、まずは始められる。戸籍のない人間にも、門戸は開かれている。

 

 そして、ふと、足元に目をやった。

 

 ゲーミングPCが、静かにファンを回していた。

 

 少し前に、ボーナスをつぎ込んで買い替えたばかりの、最新のグラフィックボードを積んだ自慢の一台である。あの時は、「新作ゲームを最高画質で遊びたい」という、ただそれだけの動機だった。それが今、全く別の意味で、俺の人生に光を投げかけている。

 

(あの時の俺、ありがとう。いや、七か月しか持たない貯金の原因の一つでもあるけど……やっぱりありがとう)

 

 

 

 しかし、この時の俺は、ゲーミングPCにローンが残っていることは心のどこかで分かってはいたが、今はそれどころではなかった。

 

 

 

 感謝と後悔が、胸の中で綺麗に半分ずつ混ざり合った。

 

 配信をやると決めた直後、最大の難関にぶつかった。

 

 顔である。

 

 配信者といえば、顔出し。画面の向こうの視聴者に、笑顔で手を振る。それが定番の姿だ。だが、俺には、そのどれもが無理だった。

 

 まず、身元バレ。自宅と元の職場、特に鬼塚課長が、この顔を見つけたらどうなるか。いや、見つけたところで「佐々木」と結びつけるのは不可能だろう。それは分かっている。分かっているのだが、世の中には「特定班」という恐ろしい人々がいる。背景に映った窓の外の電柱から住所を割り出したという話を、俺はネットで山ほど読んできた。

 

 そして、もうひとつ。こちらのほうが、俺にとっては本命の恐怖だった。

 

(フリーレンに見つかったら、どうする)

 

 あの原作の世界の、あの魔法使いは、魔族を見つけると、反射的に殺しにかかる。いや、ここは現代の日本だ。フリーレンがいるはずがない。先日の検索でも、出てくるのはアニメと漫画の情報だけだった。それは確認済みだ。

 

 それでも、怖いものは怖い。

 

 顔を出して、ネットに晒して、「この魔族は、ここにいます」と世界中に宣伝する。その行為が、どうしても、自分の首を自分で差し出す行為にしか思えなかった。

 

「ならば、顔を隠せばいいのよ」

 

 口が、妙に得意げに言った。

 

 検索窓に、「顔出しなし 配信」と打ち込む。出てきたのは、画面上に、アニメ調の少女や少年が、本人の動きに合わせて笑ったり瞬きしたりする、いわゆるVTuberの紹介だった。

 

「これよ。これなら、私の素顔を見せずに済むわ」

 

 そう、VTuberである。

 

 カメラで撮った自分の表情の動きを読み取って、画面上のキャラクターに反映させる。つまり、画面に映るのはあくまでも作り物の顔。本物の俺、いや私、いや、本物のアウラの顔は、一切出ない。

 

 完璧だ。これは完璧な作戦だった。少なくとも、この時点の俺は、そう信じて疑わなかった。

 

 ところが、ここでまた、現実の壁が立ちはだかった。

 

 お金である。

 

 オリジナルのアバターを作るには、イラストレーターに依頼して、さらに動かすためのモデリングをして、という工程が必要らしい。相場を調べると、軽く数万円から数十万円。七か月しか猶予のない俺に、そんな余裕はない。

 

「……ならば、自作よ」

 

 結論は早かった。でも、絵は描けない。三次元のモデリングなど、論外だ。

 

 ここで、検索結果の隅っこに、ひとつの救いが現れた。

 

 フリー素材のアバターである。

 

 誰でも無料で使える、配布されているキャラクターの顔。条件を守れば、配信に使ってもよいらしい。俺は、迷わずダウンロードのボタンを押した。

 

 ファイルが開く。画面に現れたのは、茶色いボブヘアの、ごく普通の笑顔の可愛い少女だった。目はぱっちり、口角は上がっていて、どこをどう見ても「感じのいい女の子」としか言いようのない顔である。

 

(……普通だな)

 

 とても、普通だった。普通すぎて、個性のかけらもない。

 

 実はこのアバター、フリー素材として配布されているだけあって、ネット上にはすでに山のように使用者がいた。少し検索しただけで、同じ顔の配信者が、何十人と出てくる。まるで、どこかの学校の制服のような扱いである。

 

(これじゃ、他の配信者と区別がつかないんじゃ……)

 

 そんな不安が頭をよぎったが、すぐに振り払った。いいんだ。目的は有名になることじゃない。顔を隠すことだ。まずは、匿名で、安全に、少しでも収入を得る。それが最優先だ。

 

 チャンネル名は、「ダン子の家計簿ちゃんねる」にした。

 

 「断頭台のアウラ」から適当に取った名前だが、これなら、まさか原作のあいつとは結びつかないはずだ。うん、完璧にごまかせている。我ながら、実にいい名前をつけた。

 

「ふふ、これで私の素性は、誰にも分からないわ」

 

 そう言った自分の声が、一瞬、鏡の中の自分の顔と重なった。鏡の中の少女は、にんまりと笑っていた。

 

 

 

 

 

 台本を書くことにした。

 

 いきなり、ぶっつけ本番で喋れる自信はない。そもそも、俺は人前で話すのが得意ではない。会議での発言も、毎回、前の晩にメモを作って暗記していたくらいだ。

 

 メモ帳アプリを開き、キーボードを叩く。

 

『みなさん、こんにちは。ダン子の家計簿ちゃんねるです。今日が初配信です。至らない点もあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いします』

 

 我ながら、実に丁寧で、礼儀正しく、かつ、どこにでもありそうな挨拶だった。

 

 そう、台本の中の俺は、何も間違っていなかった。

 

 試しに、声に出して読んでみた。

 

「皆の者、よく聞くがいいわ。私がダン子よ。今日、初めてこの場に姿を現してあげたのだから、ありがたく思いなさい。至らない点があっても、まあ、大目に見てあげるわ。せいぜい私に、ついてきなさい」

 

 一度、音声を止めた。

 

 台本を見る。「みなさん、こんにちは」と、ちゃんと書いてある。

 

 もう一度、読み直した。

 

 今度は、一文字ずつ、ゆっくり、丁寧に、口に出した。

 

「み、みなさん、こんにちは」

 

 そこまでは、ちゃんと言えた。

 

「……ダン子の、家計簿ちゃんねる、よ。今日が初配信……だから、至らない点があっても、私は、一切、気にしないわ。それより、あなたたち」

 

 だめだった。最後で、全部、台無しになった。

 

 緊張すればするほど、尊大さが増していく。そして、この「緊張」という燃料が、配信という状況で足りなくなることはまずないだろう。

 

(これ、本番で、絶対にやらかすやつだ)

 

 俺は頭を抱えた。ついでに、頭の角が机の角にごつんと当たった。

 

「痛っ……」

 

 ちなみに、これは普通に痛かった。

 

 

 

 

 

 練習は、日が暮れるまで続いた。録音しては聞き返し、聞き返しては頭を抱え、また録音する。その繰り返しだ。

 

 一時間が経った頃には、自分の声を聞くのに少し慣れてきた。二時間が経った頃には、「どうせ尊大になるなら、いっそ開き直ってしまえ」という境地にたどり着いた。

 

「みなさん、こんにちは」という台本の文字を、「ごきげんよう」に書き換える。もう、そのほうが早い。

 

 そして、ここで一つ、俺は大事な設定を確認した。

 

 カメラである。

 

 VTuberは、自分の表情をカメラで読み取って、キャラクターに反映させる。だから、カメラは必須だ。パソコンの上に設置した小さなカメラが、俺の顔を、少しだけ広めの範囲で映している。顔だけを映すつもりで調整したはずだが、思った以上に画角が広く、胸のあたりまで映り込んでいた。

 

(まあ、画面に出るのはアバターだけだから、関係ないか)

 

 そう思って、画角の調整は後回しにした。

 

 ちなみに、スウェットの下は、まだ、あの状態である。

 

 

 

 

 

 初配信の日が来た。

 

 部屋の窓には厚手のカーテンを引き、背景に何も映り込まないよう、壁際に椅子を置いた。マイクの位置を整え、アバターの表示を確認し、配信ソフトの「配信開始」のボタンの上に、マウスのカーソルを置く。

 

 心臓が、うるさかった。

 

 緊張で喉が渇き、水を一口飲む。それでも、まだ渇いている。

 

(落ち着け、俺。見ているのはせいぜい数人だ。いや、ゼロかもしれない。ゼロなら、それはそれで気が楽だ)

 

 深呼吸を、三回。

 

 カチッ。

 

 画面の右上に、「配信中」の赤い文字が点灯した。

 

「ご、ごきげんよう。ダン子の家計簿ちゃんねるよ。今日が、記念すべき初配信。私の声を、ありがたく聞きなさい」

 

 声が、思ったよりも張りがあった。いや、張りすぎている。

 

 画面の中では、フリー素材の茶髪の少女が、俺の口の動きに合わせて、にこにこと口を開閉している。表情は優しいのに、声は完全に女王様。そのギャップが、すでにちょっとシュールだった。

 

 コメント欄は、真っ白だった。

 

「……」

 

 しばらく待つ。誰もいない。

 

 そう思った矢先に、ぽこん、と小さな音がした。

 

『こんにちは』

 

 コメントが、ついた。

 

(来た……! 人間だ……!)

 

 思わず、椅子の上で背筋が伸びた。

 

「よく来たわね。名前は何というの? 特別に、私が覚えておいてあげるわ」

 

『態度でかくて草』

 

 続いて、もうひとつ。

 

『声かわいいのに偉そうw』

 

 同時視聴者数は、三人。三人である。これが俺の、記念すべき初観客だった。

 

 俺は、ごくりと唾を飲んだ。そして、台本の次の項目を、ちらりと確認する。

 

 近況報告。

 

 近況。つまり、最近あったこと。

 

(……会社を辞めて、アウラになって、鬼上司を魔法で従わせて、退職して、公園で野草を食べた)

 

 言えるわけがない。

 

 俺は、頭をフル回転させて、「話せる範囲」の近況を探した。

 

「最近の私はね、そう、少し環境が変わったのよ。長年勤めていた職場を離れて、今は、新しい道を探しているところなの」

 

『おお』

 

『転職活動中ってこと?』

 

「まあ、そうとも言えるわね。そこで、現実的な問題として、家計の見直しをしているわけよ。だから今日は、私の家計簿を、みんなに読み上げてあげるわ」

 

 いや、何を言っているんだ俺は。

 

 なぜ、初配信の内容が、家計簿の読み上げなのか。台本を書いた時の俺は、本気でそれが面白いと思っていたのだろうか。いや、他に話せることがなかっただけだ。

 

 でも、もう、言ってしまった。引き返せない。

 

 俺は、ちゃぶ台の上から持ってきた家計簿アプリの画面を、じっと見つめながら、読み上げを始めた。

 

「まず、家賃。四万円。これは、毎月の固定費として、私の収入に大きくのしかかっているわ。次に、光熱費。電気とガスを合わせて、約八千円。通信費が、約七千円。食費は、……」

 

 一項目ずつ、淡々と、威厳たっぷりに、読み上げていく。

 

 コメント欄が、少しずつ動いた。

 

『なにこれ』

 

『家計簿の読み上げ配信、初めて見た』

 

『なぜか聞いてしまう』

 

『貯金は?』

 

 貯金。

 

 俺は、一瞬、口を閉じた。貯金の話は、いちばん触れたくないところだ。しかし、コメントで聞かれてしまった以上、答えないわけにはいかない。

 

「……貯金は、あるわ。少しだけど。ただし、このまま収入がなければ、七か月で尽きる計算よ」

 

『えっ』

 

『やばくない?』

 

『頑張れ』

 

 優しい言葉が、いくつも流れてきた。

 

 正直、ちょっと、目頭が熱くなった。

 

(俺、今、他人に励まされてる……。ネットの顔も見えない人たちに……)

 

 いや、泣いてはいけない。いま泣いたら、キャラクターが崩壊する。

 

「べ、別に心配してくれなくてもいいのよ。私には、私なりの考えがあるのだから」

 

 声は震えていたが、それすらも、「照れ隠しの尊大さ」として、視聴者には受け取られたらしい。

 

『ツンデレかよ』

 

『かわいい』

 

 そのあとも、細かい出費の読み上げが続き、四十分ほどで、予定していた内容は尽きた。

 

「……以上よ。今日は、この辺りにしておいてあげるわ」

 

 配信を終了するボタンを押した瞬間、全身から力が抜けて、椅子の背もたれにぐったりと沈み込んだ。

 

 画面の隅に、配信の統計が表示されている。

 

 最大同時視聴者数、三人。チャンネル登録者数、一人。

 

 一人、である。

 

 でも、この一人は、確かに俺の配信を見て、登録してくれた人だ。なんだか、ちょっとだけ、嬉しかった。

 

(収益化には、登録者が千人必要だって書いてあったな……)

 

 画面を見ながら、俺は、遠い目をした。

 

 千人まで、あと九百九十九人。

 

 そして、その九百九十九人が、思いもよらない形で、一気に押し寄せてくることになるのだが、それは、もう少し先の話である。

 

 




>コメントや評価、お気に入り登録ありがとうございます!
 皆様のおかげで、目標だったランキングに入ることができました!(感謝の極み)

 実は投稿して数日後にランキング入りしていたのですが、一気に増えたPVにアワアワしてしまい、当日は何位に入っているのかよく分かっていませんでした……!
 改めて、たくさんの応援をありがとうございました!!

 なお、作中の分かりづらい部分などは、気付き次第ちょくちょく直させていただいております。気軽に読めるお話ですが、たまに作者の性癖が漏れてしまうのはご容赦ください。

 続きが気になると思ってくださったら、ぜひ評価やお気に入り登録で応援していただけると嬉しいです!
 現在10話目ですが、完結までどうぞよろしくお願いいたします!


>本作の表紙試作品です(AI作)。冒頭の1シーンで、現在の表紙にも流用しています。尚、AIさんが勝手に「働きたくないコップ」を生成したのでびっくりしました(笑)。そんな指示していない……(怖っ)。

【挿絵表示】


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