朝起きたら「断頭台のアウラ」になった元男性サラリーマン ~現代社会でお金を稼ぐ魔法なんて無いじゃない~   作:自分の性癖に素直になろう小説

11 / 11
11話 アウラ(偽)、バズれ

 

 二回目の配信から三回目の配信までのあいだに、俺はひとつだけ決意した。

 

 画角の調整である。

 

 初配信の反省会を一人で開いた結果、「カメラに映る範囲が思ったより広い」という事実に、ようやく目が向いたのだ。胸のあたりまで映り込んでいる。アバターが映るだけなら関係ないと先送りにしていたが、万が一ということもある。

 

(今日こそ、ちゃんと直そう)

 

 そう思って、配信ソフトの設定画面を開いたのが、三回目の配信の開始二十分前だった。

 

 そして、この二十分前という中途半端な時間が、命取りになった。

 

 ソフトの画面には、見慣れない項目がずらりと並んでいた。「ソース」「シーン」「レイヤー」。どれもこれも、横文字の羅列だ。社畜時代の俺は、エクセルの関数なら何とか戦えたが、こういう映像系のソフトは完全に門外漢である。

 

「ええと、カメラの範囲を狭めるには……この目のマークを押せばいいのかしら」

 

 目のマークを押した。画面のどこかが、ぱっと切り替わった気がした。

 

 いや、気のせいだろう。たぶん。

 

 時計を見る。開始まで、あと五分。

 

(まあ、いいか。プレビュー画面を見る限り、特に問題はなさそうだし)

 

 実は、プレビュー画面など、ろくに見ていなかった。俺の目は、台本を表示した別のモニターに釘付けだったのだ。

 

 カチッ。

 

 配信を開始するボタンを押した。

 

「ごきげんよう。ダン子の家計簿ちゃんねるよ。三回目の配信になるわ。今日は、前回の続きとして、私の食費について詳しく語ってあげる」

 

 画面の隅で、同時視聴者数の数字が「5」になった。前回より、二人増えている。

 

 ここまでは、いつも通りだった。

 

 コメント欄に、最初の違和感が流れたのは、開始から二分ほど経った頃である。

 

『あれ?』

 

『映像変わった?』

 

『アバターは?』

 

 俺は、台本を目で追ったまま、軽く首をかしげた。

 

「アバター? 何の話かしら。いつも通りの、かわいらしい私でしょう」

 

『いや、かわいらしいっていうか』

 

『本物……?』

 

『え、ちょっと待って』

 

 コメントが、じわじわと増えていく。五人だった視聴者が、十人になり、二十人になる。俺は、嬉しさ半分、不審さ半分で、ようやく台本から顔を上げた。

 

 そして、配信画面のプレビューを、初めてまともに見た。

 

 そこには、薄紫の髪と、濃い紫の瞳と、頭の左右から堂々と生えた角を持つ、とんでもない美少女が、きょとんとした顔で映っていた。

 

 茶髪のフリー素材の少女は、どこにもいなかった。

 

 いるのは、アウラ本人だった。

 

「…………」

 

 時間が止まった。

 

 いや、止まったのは俺だけで、配信は止まらなかった。コメントは、津波のように流れ続けている。

 

『うおおおお』

 

『アウラ様!?』

 

『コスプレのクオリティ高すぎない?』

 

『角どうやってつけてるの』

 

『声がアニメのままなんだが』

 

(待て、待て、待て、待て、待て)

 

 内心の俺は、完全にパニックだった。いつの間に切り替わったのか。あの目のマークだ。あれのせいだ。どうしてあんなものを押してしまったのか。

 

 しかし、パニックの度合いが高まれば高まるほど、口は勝手に動く。

 

「な、何かしら。突然、騒がしいわね。私の顔に、何かついているとでも言うの?」

 

『角がついてますw』

 

『その堂々とした態度、完璧すぎる』

 

『アウラ様の演技が板につきすぎてる』

 

『断頭台のダン子ってそういうことか』

 

 最後のコメントを見て、俺は心臓が止まりそうになった。

 

 バレている。チャンネル名の由来が、あっさりバレている。あれだけ「完璧にごまかせている」と思っていた名前が、実は全然ごまかせていなかった。

 

(いや、でも、ダン子は誰がどう見てもアウラだよな。俺が浅はかだった……)

 

 ここで素直に「間違いでした」と謝って、配信を止めればよかったのだ。

 

 しかし、俺の指は、緊急停止のボタンの場所すら思い出せずにいた。

 

「ふ、ふん。わ、私は、最初から、そのつもりだったのよ。あなたたち、ようやく気づいたのかしら。遅いわね」

 

 完全に、自爆だった。

 

『ガチ勢だ』

 

『役作りが徹底してる』

 

『これはバズる』

 

 視聴者数が、百を超えた。

 

 その頃には、「検証班」と呼ばれる人々が、続々とコメント欄に集まり始めていた。

 

『これCGじゃないよね?』

 

『背景の揺れ方が自然すぎる。リアルタイムの映像だ』

 

『角の根元、皮膚と繋がってない? 継ぎ目が見えない』

 

『誰か画面キャプチャして拡大してくれ』

 

 俺は、息を呑んだ。

 

 世の中には、こういう人たちがいるのだ。画像を拡大し、フレームを一コマずつ止め、真偽を検証することを生きがいにしている人々が。そして、本物の角を前に、彼らの検証は、どんどん核心に迫っていく。

 

 そこへ、ひとつのコメントが流れた。

 

『ていうか、動くたびに、胸元の揺れが物理演算とは全然違うんだが』

 

 ん?

 

『確かに、これ、衣装の下に何もつけてないのでは?』

 

『検証班です。ノーブラ確定です』

 

『マジで?』

 

『マジで』

 

 俺の思考が、真っ白になった。

 

 ノーブラ。

 

 その単語の意味を、俺は一瞬で理解した。理解した上で、全身の血液が顔面に集まってくるのを、はっきりと感じた。

 

(あ、あああああ!?)

 

 

 

 思い出した。通販の下着は入らなくて返品した。

 

 思い出した。「まあ、一時的なものだ。まあ、いいか」と自分に言い聞かせた。

 

 思い出した。あの時、「一時的」の後に続く期間を、一切、考えていなかった。

 

 

 

(いやいやいや、よくないだろ、全然よくないだろ、俺!)

 

 しかし、現実は容赦がない。コメント欄は「ノーブラ」の話題で、完全に盛り上がっていた。

 

『この子、気づいてないのかな』

 

『気づいてて、あえて堂々としてるなら、それはそれで強い』

 

『さすが断頭台のアウラ。羞恥心すら超越している』

 

 いや、違う。羞恥心がありすぎて、頭が真っ白になっているだけだ。

 

 そして、口である。

 

「そ、それが何だと言うの!? あなたたち、下賤な人間の価値観で、私を測らないでちょうだい!」

 

 完璧な、尊大さだった。

 

 その時に胸を張ったのもよくなかった。ぷるんと揺れるのがしっかりと配信されて、コメント欄の流れが加速する。

 

 声は上ずり、耳まで赤くなっているはずなのだが、コメント欄の反応は予想の斜め上だった。

 

『堂々としすぎてて草』

 

『アウラ様、強い』

 

『これはもう本物』

 

『登録しました』

 

『登録した』

 

『登録完了』

 

 登録者数のカウンターが、目まぐるしく回り始めた。

 

 十人、五十人、二百人。俺は、頭を抱えて、画面を見つめていた。

 

(止めなきゃ、止めなきゃ、止めなきゃ)

 

 ようやく、配信終了のボタンを見つけた。震える指でクリックする。

 

 ぷつん、と画面が暗転した。

 

 部屋に、静寂が戻った。

 

 俺は、椅子の背もたれにずるずると沈み込み、天井を見上げた。

 

「…………終わった」

 

 何が終わったのか、自分でも分からなかった。たぶん、いろんなものだ。

 

 

 

 

 

 

 翌朝、恐る恐るスマホを手に取った。

 

 通知が、止まらなかった。

 

 SNSの通知欄は、ありえない数字の羅列になっていた。「いいね」と「リポスト」と「フォロー」と「リプライ」が、洪水のように押し寄せている。画面をスクロールしても、スクロールしても、終わらない。

 

 配信の切り抜き動画が、すでに数十本、投稿されていた。タイトルは、どれもこれも、似たようなものだった。

 

「【悲報】フリー素材のはずが本人が映る事故が発生」

 

「クオリティが高すぎる断頭台のアウラ様コスプレイヤー現る」

 

「このコスプレ、何者?」

 

 再生数は、数十万。数百万の動画もある。

 

 俺は、チャンネルの管理画面を開いた。

 

 登録者数、三万二千人。

 

 一晩で、三万人増えたのだ。

 

「……え」

 

 声が裏返った。

 

 いや、喜ぶべきなのだろう。これは、数字の上では、大成功だ。収益化の条件が、登録者千人以上と、再生時間数千時間。登録者数は、とっくに条件を超えている。

 

 しかし、再生時間のほうを見て、俺は愕然とした。

 

 まだ、足りない。

 

 昨日の配信は、たった数十分。これでは、総再生時間は、必要な数字の足元にも及ばない。つまり、収益化の申請は、まだできない。

 

(……バズったのに、一円にもならないのか)

 

 俺は、静かに目を閉じた。

 

 この時点で、すでに、嫌な予感はしていた。

 

 そして、予感は的中した。

 

 SNSのコメント欄を、さらに下へスクロールしていくと、見覚えのある書き込みが並び始めたのだ。

 

『背景の壁紙、どこかで見た気がする』

 

『窓のカーテンの隙間から、電柱の影が見えた。影の向きから、方角を割り出せるかも』

 

『遠くで聞こえてた電車の音、あの路線っぽいな』

 

『特定班、集合!』

 

 俺は、スマホを取り落とした。

 

 特定である。とうとう、特定班が動き出したのだ。

 

 画面のこちら側で、顔面蒼白になった。壁紙。電柱の影。電車の音。どれも、自分では気にも留めなかった要素ばかりだ。しかし、特定班にとっては、それらすべてが、立派な手がかりになる。

 

(もし、ここがバレたら)

 

 家に、人が来る。窓の外に、カメラを構えた人が立つ。いや、それだけならまだしも、元の職場の人間が、この動画を見つけたらどうなるか。後輩が、あの徹夜明けの目で、この動画を見たら。鬼塚課長が、この動画を見たら。

 

 そして、何より。

 

(フリーレンが、この動画を見つけたら)

 

 現実のフリーレンがいるはずはない。いるはずはない。でも、万が一、もし、本当に。

 

 俺は、パソコンを起動し、チャンネルの管理画面を開いた。

 

 迷いは、なかった。いや、あった。ものすごくあった。

 

 三万二千人の登録者。数百万回の再生。これだけの数字を前に、「削除」のボタンを押すのは、あまりにも惜しい。もし、このまま配信を続ければ、収益化の条件を満たせる日が、そう遠くない未来に来るかもしれない。

 

 でも、それ以上に、怖かった。

 

 自宅の住所がバレる未来が。元の職場の人間にバレる未来が。そして、世界のどこかにいるかもしれない、あの白髪の魔法使いに、バレる未来が。

 

「……ごめんなさい」

 

 つぶやきは、いつものアウラ口調ではなかった。いや、口調は尊大なままだったが、声の奥が、かすかに震えていた。

 

 設定画面を開き、スクロールして、一番下の項目を探す。

 

 チャンネルの削除。

 

 クリックすると、確認のダイアログが出た。

 

『この操作は元に戻せません。本当にチャンネルを削除しますか?』

 

 俺は、画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。

 

 窓の外から、朝の鳥の声が聞こえる。部屋の中には、パソコンのファンの音だけが響いている。

 

 その沈黙の中で、俺は、涙目で、マウスをクリックした。

 

「うう、さようなら、三万二千人の私のファンたち……!」

 

 画面が暗転し、「チャンネルを削除しました」という素っ気ないメッセージが表示された。

 

 ちなみに、収益はゼロである。

 

 一円も、入っていない。

 

 俺は、椅子に座ったまま、深いため息をついた。

 

「……今回の収穫は、『ノーブラ』という言葉の恐ろしさを知ったことだけね」

 

 口から出た言葉は、あくまでも尊大で、あくまでも的を射ていた。

 

 そう、それが、最大の問題だった。

 

 配信のコメント欄で、あれほど堂々と指摘された、あの事実。胸のサイズが合わない下着を返品して、「一時的なもの」と放置したあの一件。

 

 バズりの余韻も、チャンネル削除の喪失感も、全部すっ飛ばして、頭に残ったのは、その一点だけだった。

 

(さすがに、このままじゃダメだ)

 

 俺は、静かに立ち上がった。

 

 貯金は、あと七か月。その中から、ちょっとだけ、出費を覚悟する日が来たらしい。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

セレスちゃんねる ~TSして四百年、異世界の英雄が地球へ生配信を始めました~(作者:セレスちゃんねる)(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

かつて日本で暮らしていた、一人の男子高校生。▼そんな彼が異世界エルセリアで絶世の美少女となり、気づけば四百年以上もの歳月が過ぎていた。▼幾多の冒険を経て、不老の英雄となったセレスティア。▼剣と魔法の世界を自由気ままに旅していた彼女は、長年の魔術研究の末、ついに遠い故郷である地球へ映像と声を届ける方法を発見する。▼「エルセリアの大地から、こんにちは!」▼美しい…


総合評価:1466/評価:8.62/連載:4話/更新日時:2026年10月25日(日) 11:30 小説情報

SF仙女武侠伝 無自覚TSサイボーグ、江湖武林を逝く!(作者:モリーマ)(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

科挙に落ち続け、書いた物語は酷評され、家督まで弟に奪われた。▼挙げ句の果てに宦官にされかけ、家を飛び出した李景承、三十八歳。▼神仙や武侠の物語を愛してやまない男は、流れ流れて辺境の雑兵にまで落ちぶれていた。▼そんな彼が偶然出会ったのは、伝説の神獣・白沢。▼家宝の宝珠と引き換えに念願の仙丹を手に入れた景承は、ついに超常の力を獲得する。▼ただし、なぜか肉体は絶世…


総合評価:2144/評価:8.88/連載:12話/更新日時:2026年10月24日(土) 11:30 小説情報

マンハッタンカフェの奇妙な現実来訪(作者:灯火011)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

こっちでカフェさんになっちゃったおっさんのお話。▼20話ぐらい。だったんだけどのびのび。


総合評価:4429/評価:8.7/連載:63話/更新日時:2026年10月25日(日) 21:00 小説情報

覇気だけが全てを凌駕する世界で「斬れぬものなど、あんまり無い!」(作者:麦らァのみょん)(原作:ONE PIECE)

魂魄妖夢としてTS転生したら目覚めた場所はワンピースの世界、最弱の海イーストブルー。▼流れで麦わらの一味に誘われてとりあえず半霊探しの旅に出る。▼


総合評価:1759/評価:8/連載:12話/更新日時:2026年10月22日(木) 12:00 小説情報

俺の異能が中華ゲーだった ~34歳無職、ガチャで引いたキャラに変身して働きます~(作者:パラレル・ゲーマー)(オリジナル:現代/冒険・バトル)

YouTubeでも朗読動画を公開中!▼YouTubeで「俺の異能が中華ゲーだった」と検索してみてください。▼ ブラック企業を辞めて十一ヶ月。実家で無職生活を送っていた34歳の森川直哉の前に、ある朝突然、ゲームのような画面が現れた。▼ その名も《因果集結クロニクル》。▼ キャラクターガチャ、武器ガチャ、レベル、スキル、限定バナーに天井――どう見ても現代の中華系…


総合評価:8425/評価:8.44/連載:75話/更新日時:2026年10月26日(月) 11:30 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>