朝起きたら「断頭台のアウラ」になった元男性サラリーマン ~現代社会でお金を稼ぐ魔法なんて無いじゃない~   作:自分の性癖に素直になろう小説

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18話 バイト面接なんて楽勝じゃない(※楽勝ではないの意)

 

 午後三時ちょうど。サンライズマートの裏口の前で、俺は深呼吸を三回やった。

 

 緊張している。たまらなく緊張している。三十二年生きてきて、面接というものには何度か挑んだことがある。だが、今回は事情が違う。履歴書の名前は偽名で、顔は別人で、頭には角が生えているのだ。確認すべき項目が多すぎて、心臓が勝手に走り出していた。

 

 そして、俺は緊張すればするほど、口調が偉そうになる。

 

 ドアをノックして、返事を待たずに開けてしまった。

 

「面接に来てあげたわよ」

 

 やってしまった。いきなり「来てあげた」である。

 

 事務所は、思っていたよりも狭かった。事務机、発注用の端末、防犯カメラのモニター、壁には朝日のロゴ入りカレンダー。その机の向こうに、丸みのある穏やかな顔つきの中年男性が座っていた。この人が、店長だろう。

 

 慌てて頭を下げようとして、帽子の存在を思い出した。脱ぐと、角が堂々と現れる。まあいい。コスプレです、で押し通す。

 

「アウラ・ダントゥーダイよ。履歴書はここに」

 

 差し出した履歴書を、店長は受け取った。受け取ったまま、動かなかった。

 

 目が、俺の顔に釘付けになっている。

 

「……君」

 

「何かしら」

 

「この前の夜の、公園の」

 

 心臓が、跳ねた。いや、跳ねたどころではなく、宙返りを決めた。

 

「な、何のことかしら。人違いではなくて?」

 

「その声。『警察を呼んだわよ』って、あのとき言ってくれた」

 

「気のせいよ。私は、そんな勇ましいことは言わないわ」

 

 言った。完全に言った。しかも同じ声色で、同じ尊大さで、今この瞬間もやっている。否定すればするほど、同一人物である証拠を積み上げていくだけだった。

 

 店長は、ふっと目尻を下げた。

 

「恥ずかしがらなくていいんだよ」

 

「恥ずかしがってなんかいないわ」

 

「あの夜は、本当に助かった。僕一人だったら、どうなっていたことか」

 

 話が通じていない。通じていないのに、なぜか店長の中では全部つながっていくらしい。

 

「警察の人も、通報してくれた子を探していてね。連絡先を知りたいって言われたけど、お礼を言いたいだけだからって、それ以上は何も伝えていないから」

 

 着信履歴の、あの知らない番号が脳裏をよぎった。冷や汗が背中を伝う。かけ直さなかった電話の持ち主が、まさか店長の口から出てくるとは。

 

「名乗り出たくない事情が、あるんだろう。大丈夫。君の居場所は、誰にも言わないよ」

 

 店長は、そう言って、深くうなずいた。

 

 違う。事情はあるが、その事情ではない。しかし訂正しようにも、どこから訂正すればいいのか分からなかった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 山花田伊織は、目の前の少女を、あらためて観察した。

 

 顔立ちが、すごい。雑誌のモデルかと思うほどに整っている。薄紫の髪に、深い紫の瞳。角は、手の込んだカチューシャだろうか。やけにしっかりして見える。

 

 ただ、服が。

 

 白いワイシャツは、どう見ても成人男性のサイズだった。肩の縫い目は二の腕まで落ちている。袖は何度も折り返してあるのに、まだ手の甲にかかっている。スラックスの裾も、同じように何重にも折ってあった。ベルトには、元からあった穴の隣に、後から自分で開けたらしい穴が増えている。

 

 靴も大きい。歩くたびに、かかとが浮いていた。

 

 男物の服。お兄さんのお古だろうか。お父さんのだろうか。それとも誰かに借りているのだろうか。外国から来たのなら、頼れる家族が近くにいないのかもしれない。

 

 それなのに、シャツには、きっちりアイロンがかかっていた。

 

 山花田の胸の奥が、きゅっと締めつけられた。

 

 服を買う余裕もないのに、面接のために、できる限りの身なりを整えてきたのだ。一枚しかないシャツに、丁寧に蒸気を当てて。

 

 最初は高校生くらいかと思っていた。だが、サイズの合わない服のせいで、余計に幼く見える。中学生にまで見えてきた。そうなると、頭の片隅に、よくない言葉が浮かんでしまう。

 

 育児放棄、という言葉だ。

 

 山花田は、静かに決意した。この子を、ちゃんと雇ってあげよう、と。

 

 

 

 

 ***

 

 店長はやけに優しい目で、俺を見ていた。

 

 なんだろう。妙に温かい視線を感じる。ワイシャツの袖がずり落ちてきたので、さりげなく直したら、店長の眉がなぜか悲しげに下がった。解せない。

 

「それじゃあ、面接を始めようか。まず、志望動機から聞かせてもらえるかな」

 

 履歴書には、「地域のお客様に貢献したいです」と書いてある。それをそのまま読み上げるつもりだった。

 

 口が開いた。

 

「お金がいるのよ」

 

 違う。そうじゃない。履歴書に書いたほうを言うはずだった。

 

 店長は、一瞬だけ目を閉じて、うん、うん、と何度かうなずいた。目頭を押さえているようにも見えた。

 

「正直でいいね。大事なことだよ」

 

 なぜか合格した。

 

「勤務できる時間は、どれくらいかな」

 

「いつでも構わないわ」

 

「いつでも……」

 

 店長は、ペンを持つ手を止めた。

 

「学校は?」

 

「行っていないわ」

 

「そう……」

 

 事実だ。魔族に通う学校はない。しかし、店長の顔がどんどん沈痛になっていくのが分かる。

 

「ご家族は? 近くに、誰かいるのかな」

 

 今度は、嘘をつかなくていい質問だった。

 

「遠くにいるわ。……田舎に」

 

 実家の、佐々木の両親のことだ。事実としては間違っていない。けれど、店長の目の中で、何かがまた一段階、確信に変わった気がした。

 

「そうか。遠い国に、ご家族を置いて来たんだね」

 

「いえ、国というか、県の」

 

「いいんだ。無理に話さなくていい」

 

 話を、遮られた。

 

 履歴書の年齢の欄に、店長の視線が落ちる。二十歳、と書いてある。しばらく、そこを見ていた。それから、ゆっくり顔を上げた。

 

「……二十歳、なんだよね?」

 

「ええ、二十歳よ。見た目で判断するのは、感心しないわね」

 

「うん、そうだね。ごめんね……」

 

 店長は、何かを呑み込むように、深くうなずいた。信じてくれたのか、信じたふりをしてくれたのか、判別がつかない。

 

「食事はちゃんと食べてるかい?」

 

「食事は、本来は不要なのよ。魔族だから」

 

「そ、そうか。面白いことを言うんだね」

 

 店長は、笑った。笑ったが、その目の奥は笑っていなかった。まったく笑っていなかった。

 

「えっと……そのシャツ、サイズが少し大きくない?」

 

「問題ないわ」

 

 店長は、それ以上何も言わなかった。言えなかった、という顔をしていた。

 

 代わりに、店長は視線を、俺の頭の角へ向けた。

 

「その角、よくできてるね。何のキャラクターなのかな」

 

 来た、と思った。聞かれるとは思っていたが、なんと答えるべきか。コスプレです、までは用意していた。「断頭台のアウラ」と名乗るべきだろうか。そして、履歴書に書いた名前の「アウラ・ダントゥーダイ」が視界に入る。

 もう訳が分からないよ……。

 

「……私よ」

 

「うん?」

 

「だから、私。オリジナルというか、その、本人というか」

 

 店長の顔に、じわじわと理解が広がっていった。

 

「ああ、自分で考えたキャラなんだね。すごいなあ、そこまで作り込んで。日本語も上手だし、アニメが好きなんだね」

 

「……嫌いでは、ないわ」

 

 原作を最後まで読んだ人間として、そこは嘘をつけなかった。しかし、おかしい。『葬送のフリーレン』はアニメ化までしている大傑作なのに、この日本で知らない人間がいるのか?(いや、いない)

 

 しかし、店長は目を潤ませた。日本の文化を愛して、遠い国から、頼れる人もいないまま、ひとりで暮らしている少女。店長の頭の中で、そんな物語が、完成していくのが見て取れた。

 

 違うのだ。ほとんど全部が。

 

 ただ、この流れで違うと言い出せるほどの度胸が、小市民の俺にあるはずもなかった。

 

 店長は、ゆっくりと立ち上がった。

 

「よし。ちょっと、そこで待っていてくれるかな」

 

 事務所の奥のロッカーを開け、そこから制服の帽子を一つ取り出す。サンライズマートの、朝日のロゴが入ったキャップだ。それを手に、店長は俺の頭の角を、じっと見つめている。

 

「うーん」

 

 腕を組んで、少し悩んでから、店長は言った。

 

「ちょっとだけ待っててね。ハサミを取ってくるから」

 

 ハサミ。

 

 面接中に、ハサミ。

 

 俺は、反射的に両手で角を押さえた。

 

 え……まさか、切られるの……?

 

 

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