朝起きたら「断頭台のアウラ」になった元男性サラリーマン ~現代社会でお金を稼ぐ魔法なんて無いじゃない~   作:自分の性癖に素直になろう小説

24 / 24
24話 ダン子、再び

 

 その常連は、毎日同じ時間に来る。

 

 夕方の五時四十分。ヘッドホンを首にひっかけた二十代後半くらいの男で、買うものも決まっている。エナジードリンクが一本と、ホットスナックケースのからあげ棒が一本。それだけだ。

 

 俺がこの店のレジに立つようになって二週間、会話らしい会話はゼロ。無口、目も合わない、財布を出すのが早い。コンビニ店員から見れば、理想の客である。

 

「いらっしゃいませ。ポイントカードはお持ちかしら。なければ作りなさい、損はさせないわ」

 

 口から出たのは、いつもの接客だった。

 

 俺の頭の中ではちゃんと「ポイントカードはお持ちでしょうか」と言っているのに、舌だけが勝手に大魔族をやる。二週間経っても、これだけは慣れない。ちなみに、作りなさいと命令されて本当に作った客が、すでに三人いる。

 

 男は黙ってスマホのバーコードを差し出した。ピッ、と電子音が鳴る。ここまでは平和だった。

 

「……あの」

 

「何かしら」

 

「……ダン子、さん?」

 

 からあげ棒を持った俺の手が、空中でぴたりと止まった。

 

 VTuberダン子。断頭台のアウラを縮めた、あの名前。勢いで名乗って、勢いで配信して、勢いでチャンネルごと消して、俺の中では「なかったこと」になっていたやつだ。そう、なかったことになっていたのだ。少なくとも、俺の中では。

 

「ひ、人違いではないかしら」

 

 声が裏返らなかったのは、大魔族ボイスの無駄な安定感のおかげである。

 

「私はそんな名前、聞いたこともないわ。からあげ棒が冷めるわよ」

 

「……そう、ですか。すみません」

 

 男は小さく頭を下げ、袋を受け取った。自動ドアの前で一度だけ振り返り、ぼそりと付け足す。

 

「声が、すごく似ていたので」

 

 ドアが開いて、閉まった。俺はからあげ棒のホットスナック袋を握りしめたまま、三十秒ほど息をするのを忘れていた。

 

 セーフだ。たぶんセーフだ。声が似ているだけの他人で押し通せる。そう自分に言い聞かせて、その日はなんとか閉店まで乗り切った。

 

 

 

 

 甘かった。

 

 翌日の五時四十分、男は当たり前のような顔で自動ドアをくぐってきた。エナジードリンクとからあげ棒をカゴに入れるところまではいつも通りだ。ただ、今日は右手にスマホを握りしめていて、しかも指の関節が白くなっている。

 

 覚悟の決まった人間の握り方だった。

 

「……すみません。昨日のことなんですが」

 

「何のことかしら。ポイントカードなら今日も作れるわよ」

 

「僕、SNSに流れていた動画をもう一度見ました」

 

 聞いていない。こっちは何も聞いていないのに、男は堰を切ったように話し始めた。

 

「最初の挨拶です。『ひれ伏しなさい』の『なさい』の、語尾の跳ね方。あれが、いま『作りなさい』って言った時のものと完全に同じなんです。上がり方の角度も、跳ねたあとの息の抜き方も」

 

「……語尾の跳ね方で人間を特定する人間がいるの?」

 

「ASMRならたくさん聞いています。唯一の僕の自慢なんで」

 

 胸を張って言うことではない。

 

「き、気のせいよ。大魔族ふうの話し方なんて、世の中にいくらでもあるでしょう」

 

「ありません」

 

 即答だった。さっきまでのぼそぼそ声はどこへ行ったのか。

 

「それに、角です」

 

 男の視線が、俺の頭の上に向いた。制服の帽子の左右には、店長が穴を空けてくれた(善意のかたまりのような人だ)。そこから、巻いた角が二本、堂々と突き出している。

 

「公式設定画だと、右の角の二つ目のカーブが、ほんの少しだけ内側に入るんです。切り抜きのダン子さんの角もそうでした。いま帽子から出ているのも、その角度で、完全に一致します」

 

「コスプレの角など、どれも似たようなものよ!」

 

「普通のコスプレ角は左右対称です。着脱式だと、毎回位置もずれます。でも、すごく自然なんです……本当の角のように」

 

 この男、角の巻き方を測量している。

 

「…あなた、細かすぎて気持ち悪いわよ」

 

「よく言われます」

 

 この男は強い……。後、やっぱり、キモイ……(※女子に言われたら死ぬ魔法)。

 俺は内心で白旗を振りはじめていた。いや、まだだ。声も角も状況証拠にすぎない。決定的な証拠さえ出なければ、シラを切り通せる。小市民は、最後の一線で粘るものなのだ。

 

 男はそんな俺の期待を、静かに踏み越えた。

 

 スマホの画面がこちらに向く。そこには、見覚えがありすぎる顔があった。俺の顔だ。いや、アウラの顔だ。あの日の配信を切り取った画像で、その上に、太字のキャプションが躍っている。

 

『リアルノーブラアウラ様』

 

「…この呼び名で拡散されていた人は、この人だけなんです」

 

 男の声は、驚くほど優しかった。優しいぶん、トドメの威力は倍増していた。

 

 頬が、耳が、角の根元まで、一気に熱くなるのがわかった。

 

「だ、誰がノーブラよ!」

 

 気がついたら叫んでいた。レジ台を両手で叩いていた。

 

「今はちゃんとつけているわ! きちんとしたものを、きちんと身につけているのよ! 失礼にもほどがあるでしょう!」

 

 静寂が落ちた。

 

 店内BGMだけが、無神経に明るい曲を流し続けている。行列の二番目に並んでいた常連のおばあちゃんは、缶詰を持ったまま完全に固まっていた。三番目の女子高生は、見てはいけないものを見た顔でスマホの画面に視線を逃がした。

 

 男だけが、ゆっくりと、深く頷いた。

 

「…確定、ですね」

 

 自白とは、こういう気持ちなのか。取り調べ室の刑事ドラマでは何度も見たが、自分でやってみると、笑えるほど一瞬だった。

 

 そして悪いことに、俺の叫び声は、バックヤードで検品中の店長の耳にも、きれいに届いていたらしい。

 

 奥のほうから、ガタン、と何かが倒れる音がした。

 

 

 

 

 バックヤードの扉が開いて、山花田店長が転がるように出てきた。両手には検品中だったおにぎりの箱が抱えられている。足元には、さっき倒れた牛乳ケースが三つ。

 

「アウラさん、いまの声は何だい。誰かに絡まれたのかい。大丈夫かい」

 

 店長の心配は、いつも一直線である。

 

 俺は答えられなかった。喉の奥に、ノーブラという単語の残骸が引っかかっている。代わりに口を開いたのは、さっきの男だった。

 

「あ、いえ。僕が悪いんです。その、こちらの方が、配信をされていたことがありまして」

 

「はいしん」

 

「VTuberです。登録者もそれなりにいて、切り抜きも拡散されていて。今はもうチャンネルないみたいですけど……」

 

「ぶいちゅーばー。きりぬき」

 

 店長は、知らない単語を一個ずつ復唱しながら、真剣な顔で頷いた。頷き方は完璧だ。ただ、目の奥がまったく追いついていない。たぶん今、頭の中で「テレビに出ている人」というフォルダに全部放り込んでいる。

 

「つまり、ええと」

 

 店長の顔が、ぱっと輝いた。

 

「有名人なのかい! すごいじゃないか、アウラさん!」

 

「違うわ。有名人ではないの。もう、やめたのよ。全部消したの」

 

「やめた? そうか、そうなのか」

 

 笑顔が、すっと曇った。

 

「…事務所とか、大丈夫だったのかい。変な大人に、騙されたりしていないかい」

 

 どこから事務所が出てきたのかはわからない。ただ、店長の脳内では、なにか芸能界の闇に巻き込まれ、ここへ逃げてきた不憫な少女の物語が、すでに第三章あたりまで進んでいるようだった。

 

「そういう話ではないのよ! 誰にも騙されていないし、むしろ私は一人で勝手に自滅しただけで……」

 

「いいんだ、いいんだ。言いたくなかったら言わなくていいんだ」

 

 店長は、おにぎりの箱を抱えたまま、優しい目で何度も頷いた。聞いてほしい。

 

 説明すればするほど話が盛られていく。俺は途中で諦めた。大魔族とは、言い訳が下手な生き物である。

 

 そんな俺たちを見て、男は手を挙げた。

 

「あの、僕は誰にも言いません。推しの生活を邪魔したくないので。ただの客として、これからも通います」

 

「…変わった人間ね、あなた」

 

「推しの活動を応援するのが、僕の趣味なので」

 

 男は、からあげ棒を大事そうに抱えて去っていった。後ろ姿が、妙に清々しかった。悪いやつではない。ただ、角の巻き方を測量するだけだ。

 

 秘密は、保たれた。

 

 常連の彼は、約束通り誰にも言わなかったのだと思う。問題は、世の中の目撃者が、彼一人ではなかったことだ。

 

 

 

 

 

 

 事件は三日後に起きた。夕方のピークを過ぎた頃、スマホを構えた客が、レジ横の通路をうろうろしているのが見えた。ずいぶん長いこと迷っている商品があるのだなと思っていたが、見ていたのは商品ではなく俺だった。角の穴付き帽子をかぶって、真顔で肉まんの補充をしている俺だった。

 

 翌朝、シフトに入ると、店の前に人が立っていた。

 

 一人ではない。三人。五人。いや、開店前から八人ほどが、微妙に距離をとって並んでいる。みんな、ちらちらとこちらのガラス窓を見ている。

 

「…店長。今日は何かのセールかしら」

 

「いやあ、それが私にもわからなくてね」

 

 店長の声が、不安と嬉しさの半々だった。

 

 昼前には行列ができ、昼には完売が出た。ホットスナックケースは三十分で空になり、店長がバックヤードのフライヤーを二台目まで総動員した。肉まんの蒸し器は、俺が補充するそばから空になっていく。レジを打つ手が、一定のリズムを保てなくなった。

 

 客の層も一変した。開店時間にスーツで来ていたサラリーマンは減り、代わりに、リュックを背負った若い男女が増えた。みんな、商品を一つ買う。それだけだ。会計を終えると、名残惜しそうに視線を送ってから、店を出ていく。

 

 レジの横には、店長の手書きの貼り紙が増えた。

 

『店内でのお写真撮影は、ご遠慮ください。 店長』

 

 筆跡が、やたらと丸い。優しすぎて、一切の威圧感がない。実際、効果は半分くらいしかなかった。

 

「アウラさん、人気者ねえ」

 

 常連のおばあちゃんたちが、列の後ろでにこにこと笑う。

 

「うちの孫も、あなたの写真を見て、ここに来たいって言っていたのよ」

 

「そ、そう。それは光栄だわ」

 

 内心の俺は「いやいや、おばあちゃんのお孫さんにまで届いているのか」と蒼白である。口は勝手に「光栄だわ」と角を揺らしながら笑う。

 

 

 

 

 夕方、売上の日報を見た店長が、小さくガッツポーズをしていた。

 

「前の週の倍だよ、アウラさん。倍。本部の人も、見に来るかもしれないって」

 

 そういえば、近所の店が統廃合されるという噂を、ちらっと聞いたことがあった。この店も、売上が落ちれば危ないらしい。それが今、店長の肩の力が、目に見えて抜けていた。

 

 レジの向こうで、嬉しそうに笑う店長。補充に走り回る足取りは、ここ数日のどれよりも軽い。

 

 それを見ていると、胸の奥が、きゅっとなった。

 

 役に立っている。俺が、この店の役に立っている。サラリーマン時代、いくら残業しても、こんな実感は一度もなかった。

 

 その一方で、背中の奥のほうには、別の冷たいものも流れていた。

 

 写真が出回っている。顔が出回っている。もしこれが、元の自分と、どこかで結びついたら。もし、会社の誰かが見ていたら。もし、あの親切な常連のように、誰かが「完全一致」を見つけてしまったら。

 

「アウラさん、今日もお疲れさま。無理はしないでね」

 

 店長が、缶コーヒーを一本、差し出してくれた。

 

「…ありがとう。いただくわ」

 

 受け取った缶は、あたたかかった。手の中で、じんわり熱が広がる。

 

 この居場所は、守りたい。でも、人気者になればなるほど、居場所そのものが危うくなる。小市民の俺は、まるで両手に天秤を持たされたような気分で、その缶コーヒーをゆっくり飲み干した。

 

 そして、この時点の俺は、まだ知らなかった。

 

 行列の中には、「人気者の看板娘」を目当てに来る客だけではなく、もっと別の種類の客が、ちゃっかり混ざり始めていたことを。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

セレスちゃんねる ~TSして四百年、異世界の英雄が地球へ生配信を始めました~(作者:セレスちゃんねる)(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

かつて日本で暮らしていた、一人の男子高校生。▼そんな彼が異世界エルセリアで絶世の美少女となり、気づけば四百年以上もの歳月が過ぎていた。▼幾多の冒険を経て、不老の英雄となったセレスティア。▼剣と魔法の世界を自由気ままに旅していた彼女は、長年の魔術研究の末、ついに遠い故郷である地球へ映像と声を届ける方法を発見する。▼「エルセリアの大地から、こんにちは!」▼美しい…


総合評価:3584/評価:8.48/連載:11話/更新日時:2026年11月08日(日) 11:30 小説情報

マンハッタンカフェの奇妙な現実来訪(作者:灯火011)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

こっちでカフェさんになっちゃったおっさんのお話。▼70話ぐらいでお届けしました。▼2026/11/01、0340。エピローグにて完結。


総合評価:5332/評価:8.82/完結:71話/更新日時:2026年11月02日(月) 23:49 小説情報

TS女神の地球救済政策 ~26年かけて異世界を救った元勇者、絶世の女神になって帰還したら地球が滅びかけていたので、ダンジョン災害で救います~(作者:TS女神)(オリジナル:現代/冒険・バトル)

高校二年生だった高瀬悠真は、気まぐれな邪神によって異世界へ放り込まれた。▼そこは魔王によって人類が最後の一国まで追い詰められた、滅亡寸前の世界。▼それから二十六年。▼勇者となった悠真はついに魔王を倒し、さらには自分を異世界へ送り込んだ邪神まで撃破する。▼しかし、その代償――というより邪神からの余計な置き土産によって、悠真は絶世の美女神へと姿を変えてしまった。…


総合評価:3401/評価:8.5/連載:30話/更新日時:2026年11月08日(日) 07:05 小説情報

うちの美少女アバターに重い過去なんてありません!(作者:もろきゅー)(オリジナル:ファンタジー/コメディ)

突然、剣と魔法の異世界へ転移してしまった俺。▼俺に与えられた能力は、なんと《キャラクタークリエイト(女性限定)》。▼自分好みの女性キャラクターを複数作り、その姿を自由に切り替えながら冒険できるという、キャラクリ好きの俺にはもってこいの能力だった。▼せっかくなら理想のキャラクターを作ろうと、俺はまず金髪碧眼の美しい姫騎士を作成する。▼もちろん、キャラクターには…


総合評価:3905/評価:8.65/連載:7話/更新日時:2026年11月08日(日) 07:00 小説情報

TS聖女、現代に帰還しアイドルになる(作者:ぶりブリザード)(オリジナル:現代/コメディ)

クラスごと異世界に召喚されようとした中学生の白絃優は、召喚者との交渉の末単独で召喚され、召喚の影響で性転換し聖女アリサとして魔王や邪神と戦い抜いて異世界を救い、そして聖女の姿のまま現世に帰還する。▼この物語はそんな彼女が、現世にて何故かアイドルになってしまうお話。▼カクヨム、なろうでも掲載しています▼カクヨム https://kakuyomu.jp/work…


総合評価:2431/評価:8.12/連載:11話/更新日時:2026年11月08日(日) 08:46 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>