サイボーグはファンタジーの夢を見るか⁉~異世界転移したサイボーグの無理矢理無双~ 作:語尾砂漠
——潮の満ち引きに似た音が、行ったり来たりしていた。
大きくなっては小さくなり、うねりをもって耳を劈く。
肉体はありとあらゆる方法で僕に痛みを伝えた。
「……じょうぶ……か⁉早く……しまッ…………きて‼」
白く光っては、人型の陰を移す視界。
なにか僕を呼ぶ様な声がして、何事かと辺りを見回せば少しずつその様子が見えて来た。
それと同時に、全く機能しなかった脳みそも感覚を取り戻しつつあった。
僕自身が何者で、何をしている途中で、どうなったのかをはっきりと思い出せ、全身の筋肉で素早く飛び上がり転がっている槍を手にする。
「エル‼早く!遺跡へ逃げ込むのです‼」
声を大きく上げる戦士のいう通りに森の深くなっている方向へ逃げ出そうとするも、既に追手はこちらの部隊を引き裂いていた。
行く手には戦乱が広がり、味方と敵が入り混じる。
こちらの部隊は2桁に満ちるかどうか、相手方は3桁を優に超える程と見える。
いくらこちらが少数精鋭だと言えども無理があった。
息を切らせて応戦する騎士や戦士の後ろを周り込み、僕を突け狙う様に突撃してくる兵士を掻い潜って森の奥を目指す。
「く……ここで我が国を断つつもりか!」
行先には数多くの敵兵士が木々の隙間を縫ってこちらへ向かってくる様が良く見えた。
「もしや敵は遺跡を制圧しているのでは⁉これでは逃げる先が——」
僕の言葉を塞ぐように別の親衛隊員が叫ぶ。
「あの遺跡に朝廷軍が入れる訳ございません!敵の攻撃を突破して何とか逃げ入るのです!」
この戦いに参加している我が方は皆年上かつ戦闘経験も豊富で、僕だけが若輩者だった。
「隊長とエルだけでも……私達が後ろを固めます!急いで!」
「さあ、私と共に走るのです!尽力いたしますが、万一の事があれば父君から習った剣技を思い出して下さい。」
馬は既に殺され、戦いながら進む為にも自軍の全てが戦闘態勢に移行して全員で遺跡に向けて突撃する他無かった。
敵の物量で圧倒する闘いに、1人、また1人と味方を抑えられ、逃げ込む先の遺跡前に着く頃には僕含めて4人となってしまっていた。
——リンドレィ遺跡。
我らの王国に古くから伝わる遺跡ではあったが、肝心な事になんのための遺跡かはまるで伝わっていない。
今回の作戦でも、マイナー且注目もされない唯森深くの廃墟でしかない場所、というだけで提案された場所だった。
そんな遺跡の前でも敵の怒号や剣のぶつかり合う音が大きく聞こえ、もはや僕等が殺されるのも時間の問題だ。
「早く遺跡の中へ!エル、王家のペンダントを使うのです!」
「使うって言ったって。」
固く閉ざされたツタの這う金属の門には鍵穴の1つもついてない。
戦士のいう通りにペンダントを取り出したものの、どうしようも無く鍵穴を探そうとした瞬間、その首飾りが光り輝いた。
「まさか、伝承が通じるとは。」
騎士の1人が呟くと同時に音を立ててその門が素早く開く。
「……ッ!すぐ追手が来ますッ早く入って門を閉じてください!」
急ぎ全員でその門をくぐるが、既に敵兵は茂みの中から続々と来ていた。
「貴様等の仲間は全員死んだ!往生際が悪いぞ!」
甲冑の敵戦士がぞろぞろと、遺跡の入り口を取り囲むかの様に僕等を追い詰める。
もはやここまでか、いや、或いは遺跡の中で戦いながら深部を目指すしかない。
「隊長!エルを頼みます!」
「ロマン王国に栄光あれ!」
犠牲無しに逃げる事は叶わない、そう思ったのが伝わってしまったのか、味方の2人が門の内から飛び出す。
「エル……‼」
「わかっている!頼みます、2人とも!」
2人の突撃と共に僕と隊長は薄暗い遺跡の中心へ向けて走った。
もはや戦いに勝利は見えず、命を紡ぐ防戦も難しい状況になって数か月。
この命もこれまでと何度思った事だろうか。
だが、僕を慕う人々の血によって幾度も延命させられ、こうして僕はまだ生かされたいた。
「ハアッ……ハアッ!ロッド……ここからの起死回生を思いつけます?」
息を切らせて、暗い遺跡の中で膝をつく。
全くの暗闇かという事も無く、経年劣化で崩れた天井や、壁に出来たひび割れの至る所から弱く光が入り、それが視界を保っていた。
意味の分からない謎の鉄板や、複雑という事は分かるがそれ以外が分からない謎の石造。
壁には人型を模して作ったであろうレリーフや、床には奇妙光る線が輝き見当もつかないナニカを示していた。
怒号や甲冑の音は遠く、僕等を探し回って遺跡を巡っている敵兵の立てる音が微かに聞こえていた。
決して油断はできない。
「今は考える時ではございません、なんとかこの遺跡を突破し追撃をかわしながら、コンテルノ王国下の街に逃げるのです。」
「それをいうならこの遺跡から生きて出なくては。道は合っているのですか?」
ロマン王国親衛隊隊長、ロッド・フークが僕に近寄り途中で手渡した槍を立てながら手をかしてくれた。
「いいや、最早何も分かりませんが、分からなくとも前に進まなければなりますまい。」
道中モンスターには遭遇しなかったからこの先もそうに違いない。
そう思い込んでロッドと共に走る。
目的は無く、目印も無く、唯、後ろから聞こえる僕達を追い詰める足音から逃げるためだけに。
統一された内観。
洗練された遺跡内部の様相。
逃げている間にもこの意匠が伝わる。
余分な装飾は無く、あるとすれば必要だからこそ有るデザイン。
通路に障害物は一切なく、朽ちていても尚転ばずに走ることができていた。
我が国に伝わるリンドレィ遺跡の情報はその伝承が続く割には中身の判明しないものだ。
——祖であり全である。
——真に危機が迫った時以外に訪れてはならぬ。
その伝承を元に、この遺跡の鍵を管理していた僕や僕の先祖は今の今まで踏み入る事は無かった。
だが、今ならばそれも許されよう。
僕は身に迫る敵意を背に感じながらも、目の前に広がる我が国が秘匿していた重要な遺構から希望を感じていた。
遺構は下へ、下へと続く。
入り口はこの遺跡にとって上部に位置していたらしい。
何度目かの階段を下ろうとする時、ふと脳裏に過る。
危機が迫った時に来訪を許される国家が秘匿していた遺跡。
これは十分にチャンスなのではないか。
先祖より伝わる遺跡と伝承を利用し、何らかの伝説的な神具を手に入れ、それで追手を始末出来れば。
堂々と国境を越え安全なコンテルノ王国へ入国できるのではないだろうか。
「フゥ……ロッド。」
「シッ、もっと声を抑えて……いかがされましたか。」
僕は息も絶え絶えだったが、流石は親衛隊隊長だ。
呼吸体躯何一つ乱さずこちらを向く。
「ロマン王家にある伝承、その1つリンドレィ。この場の謎を解けば奴らの鼻を明かせる事ができるやもしれません。」
「馬鹿な事を仰らないでください。もし貴女が天才考古学者であって今から遺跡の謎を解明した所で、封じられている何かが有用かどうかも怪しいのです。」
全くの正論で返されてしまっては面目も無い。
「この出口があるかどうかも怪しい遺跡を何の手掛かりも無く彷徨うよりか、何か、特別な何かを手に入れた方がよいのでは?」
何かとは何かだ。
目の前には情報の無い遺跡、後ろには何百という敵軍。
武器だろうが防具だろうが、或いは攻城兵器でも換金が期待できる財宝でも構わない。
変数、アドバンテージ、そういったものが無ければじわじわと殺されるだけだ。
「仰ることも分かります、唯、今は逃げ——」
「どうし……」
ロッドがその口を閉じると、矢が数本、半歩先を射る。
「居たぞ!追え!殺せ!」
怒号が聞こえると同時に二本三本と足元へ矢が刺さる。
「逃げるのです!エル!一目散に!」
迫る殺気に腰の剣を抜き放ち、後ろに払えば、我が心臓に向い飛ぶ矢が墜ちる。
「クソッ!」
飛来する矢を何本か叩き折ると同時に身を翻して通路の奥へ奥へと必死に進む。
「エル!こちらの部屋へ!」
空いている扉へ滑り込む様に入ると、甲冑の音がどんどん増して聞こえてきた。
「……計画変更です、エル。」
「ハアッ……ハアッ!何故⁉」
「どのように奴らが攻め入ったかは謎ですが取り囲まれている様です。——先程のロマンある話、それを実現して見せてください。」
ロッドのそれは実質上の敗北宣言だ。
この部屋に逃げ込んだ時点でどうにもならないという事を悟ったらしい。
故に残された希望は唯一人。
この僕だ。
「この、よく分からない部屋で何らかの大発見をして、生きてここを出ると⁉」
「それが出来なきゃここで終いです。」
辺りを見回すと、今までの部屋や通路と違い物が散乱していた。
何らかの工具、或いは術具なのかそれらの全てが僕には理解できず、方々にあるスイッチというスイッチを押して回る。
「システムチェック……エラー、対象起動に必要な世紀手順を確認できません。」
女性の声を模した様な不可思議な声が大きく鳴った。
「エル、私は最後の囮として時間稼ぎに出る。私の命はどうでもよい、とにかく生きる為に死力を尽くせ!」
「ロッド!」
呼び止めた声は、閉まりゆく扉の音に掻き消された。
重たい扉の向こう側で、鎧の音と、ロッドの吠えるような声が混ざる。
剣戟は数度。
それから、嫌になるほど静かになった。
膝が笑う。
泣いている暇など無い、それは彼が最後に残した命令だった。
「……ロマンある話、ですか。ええ、やりますとも」
袖で顔を拭い、僕は部屋の中を振り返った。
散らかった工具。壁一面の、意味を成さない光の帯。
そして部屋の最奥に、棺のような金属の寝台がひとつ。
先程の女の声が、また響く。
「対象軌道に必要な世紀手順を確認できません。代替手順を検索……王家認証、確認。管理者権限を暫定委譲します」
首元で、ペンダントが熱を持つ。
光の帯が一斉に走り、寝台を覆っていた霜のような白が剥がれていく。
「イヴェット・ハリス、コフィンより始動——離れてください。」
扉の外から、斧が叩きつけられる音がした。
一度、二度。
「クソッ、びくともしねえ!」
「炸裂魔法を使う、術士が来るまで待て!」
僕は剣を握り直し、寝台の前に立った。
何が出てくるのかは分からない。
神でも、怪物でも、ただの骸でもいい。
どうか、僕の味方であってくれ。
扉が弾け飛ぶのと、寝台の蓋が開くのは、ほとんど同時だった。
——
目を開けると、最初に見えたのは泣き出しそうな顔の少女だった。
視界に走る文字列。
——起動シークエンス開始。
人工ニューラルネットワーク、正常に同期。
生体維持バイタル、すべて基準値内。
各種センサー、焦点確認。
周囲の環境をスキャン中……。
プロトコル、ロード完了。
思考と身体の同期、自立モードへ移行。
『イヴェット・ハリス』、オールグリーン。
——システム起動。
「おい、そこの……お前は誰だ」
「そ、それは僕の台詞です!」
少女は剣を構えたままだ。
その背後で、粗末な鎧の男たちが、半壊した扉から雪崩れ込んでくる。
状況把握。
敵対勢力、八。
武装は剣と斧、弓が二。
こちらは私とそして守るべき対象が、一人。
最後の項目を、なぜ私はすんなり受け入れたのだろう。
寝台から身を起こす。
己の強化骨格に備わった最新小型魔力炉3基。
そして全身の人工筋肉と超合金の骨が久方ぶりの命令に応えた。
「伏せていろ、お嬢さん」
私は床を蹴った。
この文化レベルの人間兵士を相手にするには充分すぎた。
先頭の男の斧を素手で受け止める。
金属が拉げる感触、驚愕に見開かれた目。
腹に一撃入れると、男は壁まで吹き飛んで動かなくなった。
残りが悲鳴を上げて後退る。
「ば、化け物……!」
「くそ、応援だ、応援を呼んでくる!」
いや、サイボーグなんだが。
そう訂正する前に、彼らは仲間を引きずって逃げ出していた。
静寂が戻る。
私は、床にへたり込んだ少女を振り返った。
「怪我は」
「……ありません。貴女は、一体」
「帝国軍特殊強襲部隊所属、イヴェット。イヴでいい」
私の名乗りを受けてか、少女は立ち上がり涙を拭って、背筋を伸ばして名乗った。
「ロマン王国第一王女、レティシア・エル・ロマンと申します。……レティ、とお呼びください」
目の前で名乗った甲冑の少女。
それとは対照的な私の姿に既に困惑していた。
あの日、最終的に私の身体は最新の戦術サイボーグとして最高の武装を積んでいた筈だが、今は人間にしか見えない外見に帝国軍人の服を着崩したオリーブドラブのジャケットとボトムズだ。
これでは武装は腰に佩いた高周波ブレード一本という事になる。
「……来ます!今度は先遣隊より余程手ごわい相手が来るでしょう!」
レティは剣を構え直し、今度こそは戦う姿勢だ。
泥と血に汚れてなお、刃には優雅なレリーフが刻まれている。
構えは、少女のものにしては驚くほど静かだった。
広域スキャンが、通路の先に熱源を次々と描き出す。12、15、いや20近い。
《ソナー:敵影20》
「私の左後ろにつけ。前には出るな、死角から来る相手だけを斬れ」
「……はい」
返事と同時に、扉があった場所へ黒い影が雪崩れ込んだ。
「いたぞ!王女だ、あの小娘を逃がすな!」
先頭の兵が剣を振り上げる。
私は一歩踏み込み、その手首を掴んで捻り上げた。
骨の鳴る嫌な音がして、剣が床に落ちる。
そのまま男を盾にして、後続の突きを受け止めた。
「くそっ、仲間ごと——」
狭い通路が味方に働いた。
幅が足りず、彼らは一度に三人ずつしか入ってこられない。
人数の優位は、ここでは意味を成さなかった。
「イヴェット!」
レティからの叫びで反射的に身をよじると、彼女の剣から鋭い斬撃が飛び出し、団子状態になっていた敵兵たちを薙ぎ切った。
前に出る。
二人、三人と殴り飛ばし、壁を蹴って天井近くまで跳ぶ。
上から兵士の背後に降り立ち、そのまま二人の頭を掴んで叩き合わせた。
通路の奥で、指揮官の舌打ちが聞こえた。
「弓兵、構え! 化け物は後でいい、あの娘を射抜け!」
矢が、一斉に番えられる。
狙いは私ではなく、後ろに立つレティだった。
間に合わない、とカンが告げる。
私と彼女の間に飛び込めば、矢の何本かは確実に私が受ける。
迷いは無かった。
私は彼女の前に身を投げ出し、高周波ブレードを抜き放つ。
放たれた矢は私の斬撃の前に次々に叩き落され、意味も無く矢は地に落ちた。
私は床を砕く勢いで駆け出した。
通路の兵士たちが、波のように左右へ吹き飛ぶ。
壁に叩きつけられる音、悲鳴、折れた槍が転がる音。
最後に、指揮官と思わしき男と目が合った。
恐怖で顔を歪めた男は、剣を捨てて後ずさった。
「貴様ほどの戦士が亡国に仕えるなど……。」
「理由なんてちっぽけなモンだ、おまえの兵達と同じく、な。」
「……終わった、のですか」
背後で、レティが剣を下ろす気配がした。
「今はな。」
「そう、ですか」
彼女はそれきり黙り込んだ。
振り返ると、少女は剣を握ったまま、通路の奥を見つめていた。
先ほど、ロッドが出ていった扉の方向だった。
「行くか」
「……はい」
重い足取りで、彼女は歩き出した。
私はその半歩後ろを歩いた。
前に出て庇うべきか、黙って任せるべきか、判断がつかなかったからだ。
ロッド・フークは、扉から数歩の場所にいた。
壁に背を預け、折れた剣を膝に乗せて座っている。
その周りに、鎧姿の死体が6つ、7つ。
老いた親衛隊長は、まるで眠っているようだった。
ただ、流れ出ていた血だけが、それが眠りではない事を示している。
「……ロッド」
レティは膝をつき、男の手に自分の手を重ねた。
声は震えていなかった。
肩だけが、小さく揺れていた。
私は少し離れた壁際で、通路の先に意識を向けた。
音と熱源を拾う。さっきの連中の気配は、まだ遠い。
泣く時間くらいは、ある。
それを口に出さなかったのは、彼女が泣いているのかどうか、確かめる勇気が無かったからだ。
「イヴェット」
やがて、レティが言った。
「僕達は上階の入り口からここまで来ています、それは敵も同じでしょう。どこか別な出口があるか分かりますか。」
「私の知っているリンドレィと同じであるならば……ついて来い。」
歩を進めようとしたが、ある事に気が付いた。
彼女の心。
あの戦士を悼む心を忘れていた。
「遺跡の外に、埋める場所を探そう。それくらいの時間は、作ってやる」
「……ありがとうございます」
言葉の最後で、とうとう少女の声が揺れた。
私は聞こえなかったふりをして、先に歩き出した。
——
遺跡の外に出ると、空は薄青く染まり始めていた。
夜明け前の森は、思いのほか静かだった。
湿った土の匂い。
名前も知らない虫の声。
視界のスキャンが、枝の間から遠く立ちのぼる煙を拾う。
彼女は近くの木の根元に膝をつき、素手で土を掘り始めた。
「おい、手が」
「道具が無いのです。……お願いします、やらせてください」
「馬鹿な事を……私に任せろ。」
人の役に立つための改造、それが本来のサイボーグの在り方……そんな決まり文句が頭に過った。
土を掘り返す。
二人で作った浅い穴に、老兵の亡骸をそっと横たえた。
レティは、折れた剣の柄を握ったロッドの手を、胸の上で組ませる。
それから土を一握り掬って、静かに顔に被せた。
「……お世話になりました」
それが、彼女の弔いの言葉だった。
それ以上は、何も言わなかった。
土をかけ終えるまで、私たちは黙っていた。
最後に、大きな石をひとつ運んで墓標にする。
「行こう」
私は言った。
「ここにいても、また朝廷が来る」
「……どこへ、でしょう」
レティは立ち上がり、膝の土を払った。
声は落ち着いているように聞こえたが、視線が定まっていない。
「僕は、コンテルノ王国へ向かうつもりでした。ロッドと、そう決めていたので。……ですが、それも、もう」
彼女は、遺跡を、森を、空を、順に見渡した。
それから、笑おうとして失敗した。
「何も、無くなってしまいました」
その一言が、胸に刺さった。
私にも、同じものがあった。
目覚めてから、まだ数時間。
それなのに、何度も同じ穴を覗いている。
戦友たちは、どこにいる。
あの日の作戦は、どうなった。
システムの記録は、メンテナンスの終了と同時に意識を移し替えた瞬間で途切れている。
通信を試みても、何の応答も返らない。
私たちは、どちらも置いていかれた側だった。
「レティ」
「はい」
「コンテルノ王国とやらは、安全なのか」
「少なくとも、朝廷の手は及んでいない筈です。ロッドは、そう言っていました」
「なら、そこまでは付き合う」
彼女は驚いたように私を見た。
「……よろしいのですか? イヴェットには他の目的があるのでは……」
「何も分からずに放り出されたんだ。考えるにしても探すにしても、情報が要る。ここがどこかも分からん状態じゃ、動きようがない」
私は肩を竦めた。
「それに、お前を一人にしたら、三日と持たずに捕まりそうだしな」
「なっ……失礼な」
レティは頬を膨らませた。
それから、堪えきれなくなったように、ふっと笑った。
泣き腫らした目に、ほんの少しだけ、年相応の色が戻っていた。
「……では、道中、よろしくお願いします。イヴェット」
「イヴでいい。呼びにくいだろ」
「でしたら、僕のことも、レティ、と」
「もう呼んでる」
二人で顔を見合わせる。
どちらからともなく、小さく笑った。
この笑いが、お互いの孤独をほんの少し軽くした事に、私たちはまだ気づいていなかった。
それから二日、私たちは森を歩いた。
朝廷軍の巡回を避け、獣道を選んで南へ進む。
レティは王家の娘とは思えないほど、野宿に慣れていた。
数か月の逃亡生活が、彼女を鍛え上げたのだろう。
私は、周囲の地形をスキャンしながら歩いた。
高度、植生、水源。
どれも、見覚えのあるデータとは一致しない。
星図も、方位も、頭の中の記録と噛み合わない。
まるで、よく似た別の惑星に降ろされたかのようだった。
「イヴ」
二日目の夜、焚き火を挟んで、レティが言った。
「あなたの故郷は、どんな所でしたか」
「故郷、か……」
答えようとして、言葉に詰まった。
帝国の軍人にとって、故郷とは帰る場所ではなく、守るべき場所を指す。
だが、そう答えるのはどこか違う気がした。
「空の上にある、でかい国だ。街も、船も、全部金属で出来てる」
「空の、上に……」
「冗談みたいだろ。でも、本当だ」
レティは、目を輝かせて聞いていた。
その様子が、遠い昔の誰かに似ていた。
「いつか、見てみたいです。イヴの故郷を」
「……そうだな」
それが叶うかどうかは、分からない。
あの国が、今も空にあるのかさえ、私には分からない。
焚き火が、ぱちりと爆ぜた。
夜空には見慣れない星々が、静かに瞬いていた。
——
三日目の朝。
森の切れ目で、私たちは小さな丘に出た。
眼下に、麦畑が広がっている。
その向こうに、石造りの家々がちらほらと見えた。
「小さな街、ですかね」
「ああ。人の気配はある。……奴等の気配は無いが、どうするかな」
私はスキャンを走らせ、念のため周囲の熱源を確かめた。
民間人が、数百。
武装した者はいるが好戦的ではなさそうだ。
「寄っていくか」
「はい。食料と、情報を」
私たちは丘を下った。
麦畑の脇を通ると、畑仕事をしていた老人が、ぎょっとした顔でこちらを見た。
その視線が、私の服に注がれていた。
オリーブドラブのジャケット、見慣れない縫製。
この世界にはない衣類だろう。
「……旅の者かね」
「ええ。南へ向かう途中です。少し、休ませていただけませんか」
レティが丁寧に答えると、老人は少し迷った後、頷いた。
「うちで良ければ。粗末な飯しか出せんがの」
「十分です。ありがとうございます」
まだ私には今何が起こっているか理解が出来ていない。
目が覚めたらファンタジーの世界で、仲間も作戦も敵国も消え失せて、目の前で起きた別な人間同士の戦いに介入してしまった。
ただ一つ。
この世界は、私が思っているよりずっと広くずっと古いのだという予感だけが、胸の奥でゆっくりと育ち始めていた。