サイボーグはファンタジーの夢を見るか⁉~異世界転移したサイボーグの無理矢理無双~   作:語尾砂漠

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第3話/最後の記録+α

 中佐の居室は艦の最上層、艦橋のすぐ裏にあった。

 

 一般の乗員や戦闘兵は、そこへ立ち入ることが出来ない。

 通路の突き当たりには、静かに光る認証パネルがあり、その前に、銃を構えた衛兵が二人立っていた。

 

「……猫?」

 

「艦の慰安用ロボです。給仕と清掃の権限があるので、各区画を巡回しています」

 

 私はジェイスが送ってくれた偽装IDを、パネルに送信した。

 愛玩ロボット。

 艦内のあらゆる扉に対する、軽微な通行権限。

 

 衛兵たちは顔を見合わせたが、艦の混乱もあってか、それ以上は追及しなかった。

 

 扉が音もなく開く。

 

 私は、猫の足取りで中へ転がり込んだ。

 

 そして、息を呑んだ。

 

 部屋は、広かった。

 壁一面に、古書が整然と並んでいる。

 棚は天井まで届き、背表紙は、艦の公用語ではない古い文字で書かれたものが大半を占めていた。

 

 隅には、石像や陶器、壁掛けの織物。

 名画の複製も何枚か見える。

 それらはすべて規則正しく、几帳面に配置されていた。

 

 戦艦の中に持ち込むには、あまりにも不似合いな量だった。

 これから戦いにいくと言う戦艦に、古文書や石像を持ち込むバカがいるだろうか。

 エネルギー砲の直撃やミサイルの被害で揺れた時が、このコレクションの最期となるだろうに。

 

「ようこそ、イヴェット・ハリス大尉」

 

 部屋の奥で、男が振り返った。

 

 ダグラス・ゲレスハイム中佐。

 五十代、白髪まじりの短髪、穏やかな顔つき。

 軍服の襟元は、一分の隙もなく留められている。

 彼は、猫型ロボットを見ても、少しも驚かなかった。

 

「入り口の衛兵は、通すように言っておいた。猫の姿とは、これは愉快だ」

 

「……私が来ると、分かっていたのですか」

 

「君の本体が、いま整備中であることは把握している。そして、君が疑問を抱えていることもね。さあ、座りたまえ。猫が座れる椅子は無いが」

 

 私は、床に座り込んだ。

 小さな体では、視線の高さが中佐の膝のあたりにしか届かない。

 それが妙に、腹立たしかった。

 

「中佐。質問があります」

 

「いいだろう。時間はあまり無いが、答えられるものには答えよう」

 

 彼の声は、まるで、ティータイムの雑談でも始めるかのように穏やかだった。

 

「——なぜ、私たちウイスキー隊を、リンドレィ号に合流させたのですか」

 

「君たちが必要だったからだ」

 

「必要?」

 

「対人戦闘に特化した、強力な人型サイボーグ。そして、それを専門に運用する熟練の部隊。この艦の汎用性と組み合わせれば、ある種の作戦には最適な布陣になる」

 

 彼は書架から一冊の本を抜き取り、指先で表紙をなぞった。

 

「他には?」

 

「なぜ、この艦の魔道エネルギーを、勝手に引き出しているのですか。ブリッジでもコンソールルームでも、貴方の勝手な振る舞いに皆呆れていましたよ。」

 

 脳裏に浮かぶロン提督やリッグスの言葉、そしてエネルギーの抽出を示す数値の揺れ。

 あの量は個人が消費するには莫大なものだ。

 ただ巨大なパソコンをスタンドアロンに動かしたい、とか決戦兵器を稼働させたいなんて量ではない。

 

「ほう。そこまで調べたか、優秀だな」

 

「答えてください」

 

「いいだろう。この居室に集めている」

 

 私は、周囲を見回した。

 壁、床、天井。

 古書と芸術品の隙間に、細い配線が、まるで血管のように這っているのが見えた。

 

「一体——何を⁉これでは少しの魔術的狂いで自爆しますよ⁉」

 

「それを狂い無しに行うのがこのダグラス、と言う訳だ。伊達に中佐の位に上っている訳では無い。」

 

 中佐の部屋はまるで血の通った心臓だ。

 そしてそれらをまとめ運用している血は、魔道エネルギー。

 常人ではこれを整えるばかりか、保つ事さえ難しい。

 

 私はこの目の前の狂った男を刺激させない様、あえて違う線から切り込んだ。

 

「なぜ中佐が合流して最初の戦闘でこれほど都合よく、敵に囲まれたのですか」

 

 中佐の口元が、ほんのわずかに、持ち上がった。

 

「それも、答えねばならんかね」

 

「答えなければ、私たちはあなたの部下であることを疑います」

 

「ははは」

 

 彼は、笑った。

 不機嫌になるでも、威圧するでもなく、本当に楽しそうに笑った。

 

「まったく、君のような部下を持てて、私は幸せ者だ。……では、最後の質問を聞こう」

 

「なぜ、この艦を駆って、辺境の惑星に遠征しているのですか。『惑星第84号』、通称レトワース。軍の資源調査の対象ですらない、何もない星です」

 

 彼は、私の質問を1つずつ、噛み締めるように聞いていた。

 そして全てが終わった後、静かに口を開いた。

 

「いいだろう。全てを話そう」

 

——

 

「この世とは別の世界——異世界へ繋がる門が、レトワースにある」

 

 最初の言葉の意味が、理解できなかった。

 

「……冗談を、仰っているのですか」

 

「冗談ではない。私は、数十年かけて、その門を活性化させるための遺物を集めてきた。この部屋にあるのは、そのほとんどだ」

 

 彼の手が、壁の石像を指す。

 織物を、陶器を、古書を指す。

 

「そして必要な魔道エネルギーを、この部屋に注ぎ込む。レトワースの近郊で儀式を行えば——リンドレィ号ごと、異世界へ渡ることになる」

 

 私は、言葉を失った。

 戦艦ごと、異世界へ。

 そんな荒唐無稽な話を、この人は、いたって真面目に語っている。

 

「なぜ……そんなことを」

 

「帝国の上層部は長引く王国との戦争に、終止符を打つ手段を探しているのだよ。軍需も、兵力も、すでに限界が近い。そこで、藁にもすがる思いでオカルトに傾倒した」

 

 彼は、自分の胸に手を当てた。

 

「その第一人者が、私だ」

 

「異世界に、何があるというのですか」

 

「超常のエネルギー。あるいは超常の兵器。それをこの世界に持ち帰り、王国を打倒する。あるだろう、伝説の龍だの、無限のエネルギーだの、無敵の武具、とかな。」

 

 彼の目が、静かに光る。

 狂気ではなかった。

 それは確信だ。

 

「君たちを選んだ理由も、同じだ。異世界を掌握するには、強力な戦力と、移動の足が要る。ウイスキー隊とリンドレィ号は、うってつけだった」

 

「……では、敵に囲まれているのは」

 

「レトワースとの間に、私はパイプを持っている。王国の保持する防衛網を、ツテを頼りに無視して進んだ結果だ。つまり、これは必然だよ」

 

 頭の中で、何かが音を立てて切れた。

 

「必然、だと……」

 

 私は、猫の口で叫んだ。

 

「あなたの作戦のために、護衛艦が何隻沈んだと思っているのですか!多くの兵が死んだ!それなのに、その作戦が、オカルトだと!?」

 

「そうだね」

 

「上官として、許されない失態です!」

 

「その通りだ」

 

 彼は、少しも動じなかった。

 叫ぶ私を、静かに見下ろしている。

 

「だが、イヴェット。いまの君に、私をどうこうする手段があるかな」

 

 その一言で私は、はっとした。

 猫型ロボットの小さな爪。

 何の武装も無い、愛玩用の機体。

 目の前の中佐は、軍服の下に拳銃を持っているだろう。

 

 私は、無力だった。

 

「……」

 

「責めたければあとで、いくらでも責めたまえ。だが、この作戦は成功する。君は、君達は手のひらを返すに違いないさ。」

 

 彼は懐中時計を取り出して、文字盤を見た。

 

「作戦を執行する。それまでに君の本体を、万全にしておくといい。生きて帰る可能性は十分にある」

 

「……ジェイス少尉からの伝言があります。私は、あなたが信用できないと」

 

「結構。何とでも言わせておきたまえ」

 

 彼は、書架へ向き直った。

 それが、会見の終わりを示す合図だった。

 

——

 

 どうやって、武器庫へ戻ったのかはよく覚えていない。

 

 通路の灯りが、遠くに霞んで見えた。

 猫の足取りは、いつもより重かった。

 

「……ただいま」

 

「おかえり。どうだった中佐殿は。」

 

 ジェイスは、整備台の側から顔を上げた。

 私は、中佐の部屋で聞いた全てを、1つ残らず伝えた。

 

 彼は、黙って聞いていた。

 途中で一度だけ、眼鏡を外して、目元を押さえた。

 

「……そうか」

 

「そうか、じゃない。あの人は狂っている」

 

「ああ、分かってる。分かっていたさ」

 

 ジェイスは、工具を整備台に置いた。

 その手がわずかに震えていた。

 

「悔しいが、俺たちはあの人の部下だ。しかも今は敵に囲まれている。ここで中佐に逆らったところで、何の意味も無い」

 

「だが……!」

 

「イヴ。聞け」

 

 彼は、私の頭に手を置いた。

 猫型の機体に、その体温は伝わらない。

 それでも重さだけは、伝わってきた。

 

「どんな形で作戦が流れても、俺たちは、生き延びなきゃならない。そのためのお前の身体だ、フルスペックの機体だ。この作戦、開始時点が定かじゃあない、今の内に精神を本体に戻しておいた方がいいな。」

 

「……今、戻れば」

 

「ああ。戻れば何があっても、お前は戦える。俺が、そうしてみせる」

 

 その言葉は、技術士官としての誓いだった。

 同時に、戦友としての願いでもあった。

 

「分かった。……頼む」

 

 私は、整備台の上の自分の身体を見た。

 幾重にも重ねられた武者鎧の様な姿、各部位に仕込まれた無数の武装。

 小型魔道炉特有の紫色の光が、それを遮らずに体内で脈動している様が見えた。

 

 再会は、ほんの数秒で済むはずだった。

 

「ジェイス」

 

「ん?」

 

「もし、これが最後になったら」

 

「ふ、お前らしくもないな。第一、そんな事を言うのは俺の役目だっただろ。」

 

 彼は、笑った。

 いつもと同じ、疲れた、けれど優しい笑顔だった。

 

「大丈夫だ。目を覚ましたら、また、俺の小言を聞かせてやる」

 

 私は、笑い返した。

 猫の顔で、笑えているかは分からなかった。

 

 視界が、白く染まっていく。

 接続が切れる直前、遠くで音声ガイダンスが響いた。

 

『——イヴェット・ハリス、システムのオフライン作業を始めます。』

 

 もう一度だけ、ジェイスの横顔を目に焼き付ける。

 

 そして、私は、意識を手放した。

 

 世界が、遠ざかる。

 警報の音も、機械の駆動音もすべてが、潮が引くように静かになっていく。

 

 最後に聞こえたのは艦のシステムでよく聞く、あの優しい女性の声だった。

 

『——おやすみなさい、イヴェット・ハリス』

 

 それが、私の覚えているリンドレィ号の最後の記憶になった。

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