サイボーグはファンタジーの夢を見るか⁉~異世界転移したサイボーグの無理矢理無双~ 作:語尾砂漠
中佐の居室は艦の最上層、艦橋のすぐ裏にあった。
一般の乗員や戦闘兵は、そこへ立ち入ることが出来ない。
通路の突き当たりには、静かに光る認証パネルがあり、その前に、銃を構えた衛兵が二人立っていた。
「……猫?」
「艦の慰安用ロボです。給仕と清掃の権限があるので、各区画を巡回しています」
私はジェイスが送ってくれた偽装IDを、パネルに送信した。
愛玩ロボット。
艦内のあらゆる扉に対する、軽微な通行権限。
衛兵たちは顔を見合わせたが、艦の混乱もあってか、それ以上は追及しなかった。
扉が音もなく開く。
私は、猫の足取りで中へ転がり込んだ。
そして、息を呑んだ。
部屋は、広かった。
壁一面に、古書が整然と並んでいる。
棚は天井まで届き、背表紙は、艦の公用語ではない古い文字で書かれたものが大半を占めていた。
隅には、石像や陶器、壁掛けの織物。
名画の複製も何枚か見える。
それらはすべて規則正しく、几帳面に配置されていた。
戦艦の中に持ち込むには、あまりにも不似合いな量だった。
これから戦いにいくと言う戦艦に、古文書や石像を持ち込むバカがいるだろうか。
エネルギー砲の直撃やミサイルの被害で揺れた時が、このコレクションの最期となるだろうに。
「ようこそ、イヴェット・ハリス大尉」
部屋の奥で、男が振り返った。
ダグラス・ゲレスハイム中佐。
五十代、白髪まじりの短髪、穏やかな顔つき。
軍服の襟元は、一分の隙もなく留められている。
彼は、猫型ロボットを見ても、少しも驚かなかった。
「入り口の衛兵は、通すように言っておいた。猫の姿とは、これは愉快だ」
「……私が来ると、分かっていたのですか」
「君の本体が、いま整備中であることは把握している。そして、君が疑問を抱えていることもね。さあ、座りたまえ。猫が座れる椅子は無いが」
私は、床に座り込んだ。
小さな体では、視線の高さが中佐の膝のあたりにしか届かない。
それが妙に、腹立たしかった。
「中佐。質問があります」
「いいだろう。時間はあまり無いが、答えられるものには答えよう」
彼の声は、まるで、ティータイムの雑談でも始めるかのように穏やかだった。
「——なぜ、私たちウイスキー隊を、リンドレィ号に合流させたのですか」
「君たちが必要だったからだ」
「必要?」
「対人戦闘に特化した、強力な人型サイボーグ。そして、それを専門に運用する熟練の部隊。この艦の汎用性と組み合わせれば、ある種の作戦には最適な布陣になる」
彼は書架から一冊の本を抜き取り、指先で表紙をなぞった。
「他には?」
「なぜ、この艦の魔道エネルギーを、勝手に引き出しているのですか。ブリッジでもコンソールルームでも、貴方の勝手な振る舞いに皆呆れていましたよ。」
脳裏に浮かぶロン提督やリッグスの言葉、そしてエネルギーの抽出を示す数値の揺れ。
あの量は個人が消費するには莫大なものだ。
ただ巨大なパソコンをスタンドアロンに動かしたい、とか決戦兵器を稼働させたいなんて量ではない。
「ほう。そこまで調べたか、優秀だな」
「答えてください」
「いいだろう。この居室に集めている」
私は、周囲を見回した。
壁、床、天井。
古書と芸術品の隙間に、細い配線が、まるで血管のように這っているのが見えた。
「一体——何を⁉これでは少しの魔術的狂いで自爆しますよ⁉」
「それを狂い無しに行うのがこのダグラス、と言う訳だ。伊達に中佐の位に上っている訳では無い。」
中佐の部屋はまるで血の通った心臓だ。
そしてそれらをまとめ運用している血は、魔道エネルギー。
常人ではこれを整えるばかりか、保つ事さえ難しい。
私はこの目の前の狂った男を刺激させない様、あえて違う線から切り込んだ。
「なぜ中佐が合流して最初の戦闘でこれほど都合よく、敵に囲まれたのですか」
中佐の口元が、ほんのわずかに、持ち上がった。
「それも、答えねばならんかね」
「答えなければ、私たちはあなたの部下であることを疑います」
「ははは」
彼は、笑った。
不機嫌になるでも、威圧するでもなく、本当に楽しそうに笑った。
「まったく、君のような部下を持てて、私は幸せ者だ。……では、最後の質問を聞こう」
「なぜ、この艦を駆って、辺境の惑星に遠征しているのですか。『惑星第84号』、通称レトワース。軍の資源調査の対象ですらない、何もない星です」
彼は、私の質問を1つずつ、噛み締めるように聞いていた。
そして全てが終わった後、静かに口を開いた。
「いいだろう。全てを話そう」
——
「この世とは別の世界——異世界へ繋がる門が、レトワースにある」
最初の言葉の意味が、理解できなかった。
「……冗談を、仰っているのですか」
「冗談ではない。私は、数十年かけて、その門を活性化させるための遺物を集めてきた。この部屋にあるのは、そのほとんどだ」
彼の手が、壁の石像を指す。
織物を、陶器を、古書を指す。
「そして必要な魔道エネルギーを、この部屋に注ぎ込む。レトワースの近郊で儀式を行えば——リンドレィ号ごと、異世界へ渡ることになる」
私は、言葉を失った。
戦艦ごと、異世界へ。
そんな荒唐無稽な話を、この人は、いたって真面目に語っている。
「なぜ……そんなことを」
「帝国の上層部は長引く王国との戦争に、終止符を打つ手段を探しているのだよ。軍需も、兵力も、すでに限界が近い。そこで、藁にもすがる思いでオカルトに傾倒した」
彼は、自分の胸に手を当てた。
「その第一人者が、私だ」
「異世界に、何があるというのですか」
「超常のエネルギー。あるいは超常の兵器。それをこの世界に持ち帰り、王国を打倒する。あるだろう、伝説の龍だの、無限のエネルギーだの、無敵の武具、とかな。」
彼の目が、静かに光る。
狂気ではなかった。
それは確信だ。
「君たちを選んだ理由も、同じだ。異世界を掌握するには、強力な戦力と、移動の足が要る。ウイスキー隊とリンドレィ号は、うってつけだった」
「……では、敵に囲まれているのは」
「レトワースとの間に、私はパイプを持っている。王国の保持する防衛網を、ツテを頼りに無視して進んだ結果だ。つまり、これは必然だよ」
頭の中で、何かが音を立てて切れた。
「必然、だと……」
私は、猫の口で叫んだ。
「あなたの作戦のために、護衛艦が何隻沈んだと思っているのですか!多くの兵が死んだ!それなのに、その作戦が、オカルトだと!?」
「そうだね」
「上官として、許されない失態です!」
「その通りだ」
彼は、少しも動じなかった。
叫ぶ私を、静かに見下ろしている。
「だが、イヴェット。いまの君に、私をどうこうする手段があるかな」
その一言で私は、はっとした。
猫型ロボットの小さな爪。
何の武装も無い、愛玩用の機体。
目の前の中佐は、軍服の下に拳銃を持っているだろう。
私は、無力だった。
「……」
「責めたければあとで、いくらでも責めたまえ。だが、この作戦は成功する。君は、君達は手のひらを返すに違いないさ。」
彼は懐中時計を取り出して、文字盤を見た。
「作戦を執行する。それまでに君の本体を、万全にしておくといい。生きて帰る可能性は十分にある」
「……ジェイス少尉からの伝言があります。私は、あなたが信用できないと」
「結構。何とでも言わせておきたまえ」
彼は、書架へ向き直った。
それが、会見の終わりを示す合図だった。
——
どうやって、武器庫へ戻ったのかはよく覚えていない。
通路の灯りが、遠くに霞んで見えた。
猫の足取りは、いつもより重かった。
「……ただいま」
「おかえり。どうだった中佐殿は。」
ジェイスは、整備台の側から顔を上げた。
私は、中佐の部屋で聞いた全てを、1つ残らず伝えた。
彼は、黙って聞いていた。
途中で一度だけ、眼鏡を外して、目元を押さえた。
「……そうか」
「そうか、じゃない。あの人は狂っている」
「ああ、分かってる。分かっていたさ」
ジェイスは、工具を整備台に置いた。
その手がわずかに震えていた。
「悔しいが、俺たちはあの人の部下だ。しかも今は敵に囲まれている。ここで中佐に逆らったところで、何の意味も無い」
「だが……!」
「イヴ。聞け」
彼は、私の頭に手を置いた。
猫型の機体に、その体温は伝わらない。
それでも重さだけは、伝わってきた。
「どんな形で作戦が流れても、俺たちは、生き延びなきゃならない。そのためのお前の身体だ、フルスペックの機体だ。この作戦、開始時点が定かじゃあない、今の内に精神を本体に戻しておいた方がいいな。」
「……今、戻れば」
「ああ。戻れば何があっても、お前は戦える。俺が、そうしてみせる」
その言葉は、技術士官としての誓いだった。
同時に、戦友としての願いでもあった。
「分かった。……頼む」
私は、整備台の上の自分の身体を見た。
幾重にも重ねられた武者鎧の様な姿、各部位に仕込まれた無数の武装。
小型魔道炉特有の紫色の光が、それを遮らずに体内で脈動している様が見えた。
再会は、ほんの数秒で済むはずだった。
「ジェイス」
「ん?」
「もし、これが最後になったら」
「ふ、お前らしくもないな。第一、そんな事を言うのは俺の役目だっただろ。」
彼は、笑った。
いつもと同じ、疲れた、けれど優しい笑顔だった。
「大丈夫だ。目を覚ましたら、また、俺の小言を聞かせてやる」
私は、笑い返した。
猫の顔で、笑えているかは分からなかった。
視界が、白く染まっていく。
接続が切れる直前、遠くで音声ガイダンスが響いた。
『——イヴェット・ハリス、システムのオフライン作業を始めます。』
もう一度だけ、ジェイスの横顔を目に焼き付ける。
そして、私は、意識を手放した。
世界が、遠ざかる。
警報の音も、機械の駆動音もすべてが、潮が引くように静かになっていく。
最後に聞こえたのは艦のシステムでよく聞く、あの優しい女性の声だった。
『——おやすみなさい、イヴェット・ハリス』
それが、私の覚えているリンドレィ号の最後の記憶になった。