サイボーグはファンタジーの夢を見るか⁉~異世界転移したサイボーグの無理矢理無双~   作:語尾砂漠

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第4話/異世界に着いたらすべきこと:冒険者になる

 朝食の席で、私はスープに手を付けるかどうかで悩んでいた。

 

 食事は必要ない。

 私に備わる三基の小型魔力炉は、この大陸の濃密な魔素さえあれば、無限に近い熱量を吐き出し続ける。

 栄養補給など、本来は無意味な行為だ。

 だが、サイボーグだからといって、心まで機械になったわけではない。

 人間は、温かいものを口にしないと、案外簡単に調子を崩す。

 

「冷める前に、食べんかい」

 

 向かいで麦粥をすすっていた老人——ボルドが、私の皿を顎で示した。

 数日前、森を抜けて辿り着いた麦畑の家主である。

 この街、ライダスの外れで、娘夫婦もおらず一人で畑を耕しているという。

 

 私はスプーンを持ち上げ、口に運んだ。

 塩気と、根菜の甘み。

 それから、乾燥した香草の香り。

 

 ……旨い。

 

「どうじゃ」

 

「悪くない」

 

「素直に旨いと言わんか。ほれ、嬢ちゃんを見習え」

 

 隣を見ると、レティが、三杯目のお代わりを頬張っていた。

 頬を膨らませたまま、こくこくと頷いている。

 一国の王女が、そんな顔で食事をしていいのだろうか。

 

「ふぁい、おいひいれす」

 

「飲み込んでから喋れ」

 

 ボルドは、可笑しそうに笑った。

 この数日で、私はこの老人が好きになっていた。

 詮索をしない。

 見慣れない服の理由も、レティの言葉遣いの丁寧さも、一切聞いてこない。

 ただ、寝床と食事を与えてくれる。

 

 その老人が、食後の茶を啜りながらぽつりと言った。

 

「……お前さんら、これからどうするつもりかね」

 

 レティの手が止まる。

 私も、カップを置いた。

 

「南へ向かうつもりでした。ですが、まだ、決めかねています」

 

「ふむ。まあ、そうだろうな」

 

 ボルドは湯気の向こうで、白い眉を上げた。

 

「じゃが、旅をするにも、街で暮らすにも、身分が要る。無い者は、関所で捕まるか、日雇いで搾り取られるのが関の山じゃ」

 

 それは、私も考えていたことだった。

 現状私たちは、この世界の戸籍にも、公的な記録にも、存在しない。

 亡国の王女と、異世界の軍人。

 どちらも、名乗れば面倒の種にしかならない。

 

「ならば、冒険者になるが良い」

 

「冒険者?」

 

「ギルドに登録すれば、身分証が貰える。魔物退治やら護衛やら、仕事も回してもらえる。旅の資金稼ぎにはうってつけじゃて」

 

 レティが、目を輝かせた。

 物語に出てくる職業に、憧れがあるらしい。

 

「イヴ、僕、やってみたいです!」

 

「待て、まだ決めていない」

 

「でも、他に道はありません」

 

 正論だった。

 私は小さく溜息を吐いた。

 

「……分かった。ただし、条件がある」

 

「はい?」

 

「お前が王女だということは、絶対に口にするな。名前も、『レティ』だけで通せ」

 

「……はい」

 

 彼女は、少し寂しそうに頷いた。

 それが彼女を守る最善の策だと、分かっているのだろう。

 

——

 

 ライダスの街は、石壁に囲まれた、中規模の交易都市だった。

 

 門をくぐると、朝市の喧騒が耳に飛び込んできた。

 野菜を山積みにした荷車、焼き菓子の甘い匂い、馬のいななき。

 行き交う人々は、獣の耳を持つ者もいれば、耳の尖った者もいる。

 この世界は、私の知る常識とはまるで違う。

 

「すごい……人が、いっぱいです」

 

「前を見て歩け。ぶつかる」

 

 とはいえ、人混みの注目を集めていたのは、むしろ私たちの方だった。

 

 すれ違う男たちが、揃って振り返る。

 その視線の先は、主にレティだ。

 小柄な体に、くりくりとした大きな瞳。

 旅の疲れを感じさせないほど、肌も髪も艶やかだ。

 ただ歩いているだけで、小動物のような愛らしさがある。

 

 そして、残りの視線は、私に向けられていた。

 

「おい、あの黒髪……」

 

「見たことない服だな。どこの国のだ?」

 

「美人だが、目つきがおっかねえ……」

 

 聞こえている。

 聴覚センサーの感度を下げるのを忘れていた。

 

「イヴ、みんな、見ています」

 

「分かってる。気にするな」

 

 私は、ジャケットの襟を立てた。

 目立ちたくないのに、目立つ。

 サイボーグの宿命だ。

 

 冒険者ギルドは、街の中央広場に面した、三階建ての石造りの建物だった。

 入口の上には、剣と杖を交差させた紋章。

 その隣には、小さな星形の聖印が掲げられている。

 

「あれは、女神教の印です。ギルドは女神様の加護を受けて活動する、という建前になっているのです」

 

「宗教か」

 

「この大陸では女神教以外の信仰は、邪教として扱われます。……気をつけてください」

 

 レティが声を潜めた。

 私は頷き扉を押し開けた。

 

 途端に、熱気と酒の匂いが、顔に吹きつけた。

 

 広い一階は、酒場と受付が一体になっていた。

 屈強な男たち、ローブ姿の魔術師、弓を背負った猫耳の少女。

 壁一面の掲示板には、依頼書が所狭しと貼られている。

 

 彼らが、一斉にこちらを向いた。

 

「……」

 

「…………」

 

 静寂。

 そして、ざわめき。

 

「おい、見ろ、新入りか」

 

「あの小さい子、かわいいな」

 

「隣の姉ちゃん、すげえ美人だぞ」

 

 勘弁してくれ。

 

 私はレティの手を引いて、足早に受付へ向かった。

 

——

 

 受付の女性は、栗色の髪を三つ編みにした、愛想の良い娘だった。

 名札には『ミーナ』とある。

 

「ようこそ、ライダス冒険者ギルドへ! 新規登録ですね?」

 

「はい、二人分、お願いします」

 

 渡された用紙に、名前と出身地を書く欄がある。

 レティは少し考えてから、丁寧な文字で『レティ』とだけ書いた。

 出身地は『南部ファルサー』。

 私も、ペンを取った。

 

『名前:イヴ』

『出身:空の上』

 

 レティが、ばっと私の手から用紙を奪い取った。

 

「な、なにを書いているのですか!」

 

「事実だが」

 

「イヴ!」

 

「はは、冗談冗談。」

 

 彼女は大慌てで消し、『アシュワース』と書き直した。

 ……どこだ?

 そう言えば当然だが地名なんてものに全くのアテが無い。

 変な冗談を記入したのは僥倖だったな。

 

 受付のミーナは、目をぱちぱちさせている。

 

「あの、お二人は、姉妹ですか?」

 

「違う」

 

「友人です! 旅の途中で出会いました!」

 

 レティの必死な弁明に、ミーナは笑いを堪えながら、用紙を受け取った。

 

「それでは、まず、ステータスの測定を行います。奥の『鑑定の間』へどうぞ」

 

 案内された部屋の中央に、石の台座が据えられていた。

 その上に人の頭ほどの大きさの、青い水晶盤が浮かんでいる。

 

「これは『鑑定水晶』です。手をかざすと、あなたの現在のレベルや能力値、習得しているスキルを自動で読み取ってくれます」

 

 ゲームか、と思った。

 おそらくそれは、魔素を媒体にした簡易スキャナーなのだろう。

 私の時代の技術の劣化版だ。

 

「では、レティさんからお願いします」

 

 レティは緊張した面持ちで、水晶に手をかざした。

 青い光がゆっくりと脈動する。

 やがて水晶の表面に、金色の文字が浮かび上がった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

名前:レティ

種族:人間

職業:剣士

レベル:17/80

 

HP  :312 / 312

MP  :88 / 88

攻撃 :145

防御 :96

敏捷 :133

魔力 :71

知力 :128

 

【スキル】

・古流剣術(初伝)

・カウンター

・フィーラチャージ

・燕二段

・不屈

・統率の素養

 

【称号】

・(一部閲覧不可)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「……これは、すごい」

 

 ミーナの声が、思わず上擦った。

 

「その歳でレベル17そしてその限界値!騎士団の見習いでも、ここまで来る人はなかなかいませんよ」

 

「い、いえ、そんな。父に剣を教わっただけで……」

 

「その父君は、さぞ名のある剣士だったのでしょうね。しかも、剣術スキルに加えて『統率の素養』まで。十分すぎる資質です!」

 

 褒められて、レティの耳が赤くなっていく。

 その様子が可愛らしくて、私はつい、口の端を上げた。

 

 称号が「一部閲覧不可」になっているのは、気になった。

 

 おそらく、王家の血筋に関する各種項目が伏せられているのだろう。

 以前、彼女は王宮かどこかで身分を伏せる術でもかけてもらったのだろうか。

 

「では、次はイヴさんですね」

 

 私の番だった。

 

——

 

 イヴが水晶に手をかざした瞬間、レティは嫌な予感を覚えた。

 

 水晶が、鳴ったのだ。

 高く、澄んだ音ではなかった。

 金属を擦り合わせるような、耳障りな悲鳴。

 

「え……?」

 

 ミーナが、目を見開く。

 水晶の青い光が、みるみる赤く染まっていく。

 文字が浮かんでは崩れ、また浮かぶ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

名前:イヴ

種族:――ERROR

職業:――

レベル:1/999

 

HP  :9999+ / 9999+

MP  :(測定不能)

攻撃 :8,412

防御 :9,980

敏捷 :6,255

魔力 :――ERROR

知力 :――ERROR

 

【スキル】

なし

 

【称号】

なし

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「な、なんですか、これ……」

 

 ミーナが、水晶に駆け寄った。

 台座の周囲に、小さな火花が散っている。

 

「れ、レベル1……スキル無し……? それなのに、能力値がおかしい。測定器の故障?でも、レティさんの時は正常だった……」

 

「少し調子が悪いのでは?」

 

 イヴは涼しい顔で言った。

 

「もう一度、やってみるか」

 

「は、はい……」

 

 ミーナは、別の水晶盤を持ってきた。

 結果は、同じだった。

 

 いや、もっと悪かった。

 水晶盤は手をかざした途端に、ぴしりと亀裂を走らせ、次の瞬間粉々に砕け散った。

 

「きゃあっ!」

 

 ミーナが悲鳴を上げて、尻餅をつく。

 部屋の入口で見守っていた冒険者たちが、ざわめき始めた。

 

「おい!今の見たか」

 

「レベル1で、攻撃値が八千……? そんな馬鹿な」

 

「種族が、読み取れなかったぞ」

 

 誰かが、ぽつりと呟いた。

 

「……人間じゃ、ねえんじゃねえか」

 

 空気が、凍りついた。

 

「あの、イヴは——」

 

「まさか、魔軍の『オートマタ』じゃないのか!?」

 

 別の誰かが叫んだ。

 その一声が、決定打になった。

 

 ギルド中に、けたたましい警鐘が鳴り響く。

 壁の魔石が赤く点滅し、階下の酒場から、無数の足音が駆け上がってくる。

 

「敵襲だ! 魔軍の手先が紛れ込んでいるぞ!」

 

「武器を取れ!」

 

 あっという間に、剣が、槍が、杖が、イヴへ向けられた。

 十、二十、いや、それ以上。

 

「待ってください!」

 

 レティは、イヴの前に飛び出した。

 両手を広げ、彼女を背に庇う。

 

「イヴは、魔軍の手先なんかじゃありません!僕の命の恩人です!」

 

「どけ、お嬢ちゃん!そいつは危険だ!」

 

「危険じゃありません!本当に彼女は、僕を助けてくれたんです!」

 

 声が、震えていた。

 それでも、一歩も引かなかった。

 

 彼女の背後で、イヴが、ふっと息を吐く気配がした。

 ゆっくりと両手を挙げる。

 

「……レティ。落ち着け」

 

「でも、イヴ!」

 

「抵抗はしない。ここで暴れたら、本当に魔軍の手先にされる」

 

 イヴは、周囲の冒険者たちに視線を巡らせた。

 その目は、怒っていなかった。

 むしろ、困っているようにも見える。

 

「悪いな。測定器がこちらの体質を理解できなかっただけだ。……さて、どうするつもりだ?」

 

「ふざけるな! 衛兵を呼べ!」

 

 誰かの叫びに応じ、鎧姿の衛兵たちが、乱暴に部屋へ入ってきた。

 イヴの手首に、鈍い光を放つ枷が嵌められる。

 『魔封じの枷』。

 魔力を持つ者の力を封じるための道具だ。

 

 ぎり、と金属が軋んだ。

 

 イヴは、微動だにしなかった。

 ただ、枷の継ぎ目が少しずつ歪み始めている。

 彼女が、わずかに力を込めただけで。

 

「お、おい、枷が……」

 

「壊れそうだぞ、早く連れていけ!」

 

「イヴ!イヴ!」

 

 レティの叫びは、人々の怒号にかき消された。

 衛兵に腕を引かれ、イヴが部屋の外へ連れ出されていく。

 留置所へ、連れていかれてしまう。

 

 どうすればいい。

 僕には、彼女を助ける力が、何もない。

 父さま、ロッド、どうか——

 

 その時だった。

 

 バァン!

 

 ギルドの正面扉が、蝶番ごと吹き飛びそうな勢いで開け放たれた。

 階下の喧騒が、一瞬で静まり返る。

 

 私は衛兵に引きずられ、階段の上からその光景を見下ろしていた。

 

 入口に、山のような男が立っていた。

 

 身の丈は、二メートルを優に超えている。

 岩のような筋肉。

 ジャラリと剃り上げた頭。

 顔を斜めに走る傷痕。

 肩には、自分の背丈ほどもある巨大な猪を担いでいた。

 

 狩りの帰り、といった風情だ。

 

「——なんだ、この騒ぎは」

 

 低い声が、ギルド中に響いた。

 大声を出したわけでもないのに、床が震えるような迫力があった。

 

「ぎ、ギルドマスター!」

 

「お帰りなさい!」

 

 冒険者たちが、一斉に姿勢を正す。

 衛兵たちも、慌てて直立した。

 

 ギルドマスターと呼ばれた男は、猪をどさりと床に下ろし、ぐるりと周囲を見渡した。

 

「警鐘が鳴りっぱなしで、ガキどもが武器を振り回している。説明しろ」

 

「そ、それが、新規登録者の測定で、異常が……」

 

「モンスターの疑いのある女が、紛れ込んでおりまして!」

 

 男の視線が衛兵に引かれた私へ、ゆっくりと向けられた。

 

 鋭い目だった。

 戦場で、何度も死線を潜り抜けてきた者の目だ。

 私は、まっすぐに、その視線を受け止めた。

 

「……ほう」

 

 男が、にやりと笑った。

 獰猛で、愉快そうな、獣のような笑みだった。

 

「こいつぁ、面白ぇ」

 

 男は、大股で階段を上がってきた。

 一歩ごとに、板が軋む。

 

 私の目の前で立ち止まると、無遠慮に私の顔を覗き込んだ。

 それから衛兵に向かって、短く告げた。

 

「枷を外せ」

 

「し、しかし……!」

 

「外せと言っている」

 

 衛兵は、怯えた顔で枷の鍵を開けた。

 私は手首をさすりながら、目の前の巨漢を見上げた。

 

「ゴルド・ブラムだ。ここの主をやっている」

 男は岩のような拳で、自分の胸を叩いた。

 

「全員、武器を下ろせ。話は俺の部屋で聞く」

「マスター! しかし、その女は——」

 

「俺の言うことが、聞けねえか!」

 

 ギルド中の空気が、ぴりりと張り詰めた。

 その一言だけで全員が、一斉に武器を下ろした。

 

 階段の下からレティが、涙目で駆け寄ってくる。

 私は小さく笑って、彼女の頭に手を置いた。

 

「大丈夫だ。泣くなって」

 

「だ、だって、イヴが……」

 

「ほら、話を聞いてくれるそうだ。行くぞ」

 

 ゴルドは私たちを見下ろし、顎で奥の扉を示した。

 

「お嬢ちゃんたち、ついて来い。……おまえらの『正体』に、興味が湧いた」

 

 冒険者になるだけの話が、どうしてこうなる。

 

 この世界は、どうにも私を放っておいてはくれないらしい。

 私からすれば好都合だ。

 私もこの世界を放っておくつもりもない。

 

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