音楽神の加護を持つ夫、美少女アイドル妻と共に芸能界を無双する 〜初心な妻を赤面させながらチートスキルで芸能界の頂点に立つ〜 作:のこのこ大王
一宮 姫乃は、ステージに近づくにつれ、先ほどの大門との会話を心の奥に一度しまい込んでいた。
そうしなければ、歌に影響すると理解していたからだ。
一度立ち止まって大きく深呼吸をして気持ちを切り替えると、ステージへと上がる。
柳 花蓮が紹介を始める。
「さあ、次は二階堂エンターテインメントです! 何と彼女の登場だ! 『国民の初恋』一宮 姫乃さんです!」
紹介と共に観客もネット視聴者も大いに盛り上がる。
『ヤバい!二階堂は本気だ!』
『絶対エースを初回で投入するなんて!』
『これは流石に相手は勝てないだろ』
『一宮 姫乃が見れるだけで満足だ!』
『今年は一体どうなってるんだ!?』
大きな騒動と共に彼女は宣言する。
「水野エンターテインメントを」
それを聞いた柳 花蓮も歴が長い人間だ。
他事務所が集団で水野エンターテインメントを叩こうとしていることに気づく。
しかしそれを指摘した所で意味などない。
むしろ先ほどから全て水野エンターテインメントは勝利を重ねている。
こうなったら逆にどこまでやれるのかが気になっていた。
「なんとっ! 二階堂エンターテインメントの攻撃も水野エンターテインメント狙いです!」
これを聞いて流石にネットの一部も、状況を理解し始めた。
だがネット民も大半が柳 花蓮と同じような考えだ。
水野エンターテインメントがどこまでやれるのか?
誰もがそう考え始めた頃、一宮 姫乃の準備が整い、合図が送られる。
流れてくる曲で観客もネット民も盛り上がり始めた。
何故ならそれは、彼女の代表曲だからだ。
本当に、二階堂エンターテインメントは、勝ちにきたのだと。
それはある日、スマホが光ったことで始まる。
確認すれば、それは懐かしい相手からの連絡。
まだ世間を知らないあの頃。
世界が輝きに満ちていると信じていた時間。
大勢の中の1人としてアナタに出会った。
流れる日々の中で、アナタに恋をした。
それは暖かな木漏れ日の中に居るよう。
ずっとこの日々が続くと信じていた。
でも卒業して、互いの道を歩み始めると違った。
世の中を知って、現実を知って、アナタは変わってしまった。
それが2人の別れになる。
何度も後悔して、何度も泣いて。
そんな日々を思い出しながらも、初恋の彼に会いにいく。
懐かしいアナタの姿。
懐かしいアナタの声。
一気にあの頃の思い出が蘇る。
あの頃を愉しく話、思い出の世界に浸る。
でも、それは決して長くはない。
もう互いに家庭があるのだから。
だから、ここでお別れ。
ずっと心に引っかかっていたあの頃に、その想いに、そしてアナタに。
心からの『さようなら』を。
例えまた代わり映えの無い日々に戻ろうとも。
私が選んだ道なのだから。
アナタが選んだ道なのだから。
もう2人の道は交わることはないかもしれないけど。
決して後悔だけは残さない。
だから。
精一杯の『別れの言葉』を。
そして。
心からの『感謝の言葉』を。
―――そして、さようなら……あの時の私。
歌が終わると会場では鳴き声が溢れていた。
やがて拍手がまばらに起き始めると、スグに大歓声となって会場を包んだ。
ネットでも称賛のコメントで溢れかえる。
代表曲だけあって、何度聞いても素晴らしいと。
控室で聞いていた俺も驚いた。
かつて聞いた時は相性度が82%だった。
しかし今回は90%にまで上昇している。
あの頃よりも、更に歌の技術が上がっていたのだ。
美結も驚きの表情で歌を聞いていたぐらいだ。
だが、俺が声をかけるよりも先に、柊 名雪が控室を出ていく。
その顔は、自信に溢れていた。
一方、ステージから降りて控室に戻る一宮 姫乃は疲れていた。
代表曲は、確かに素晴らしい曲で自身も気に入っているが、歌うとなるとかなりの体力を削られてしまう。
それだけの名曲ということではあるのだが……。
などと考えていると、向こうから柊 名雪が歩いてきた。
彼女は複雑な心境になる。
かつて同期のアイドルとして、ライバルとして仕事をしてきた。
同じくアーティストになってからもそれは同じだったと思っていたが……。
気づけば、いつの間にか自分は今の代表曲と共に順調に駆け上がり―――柊 名雪は、足踏みをしていた。
いつの間にか、2人をライバルと呼ぶ人は減っていく。
何だかんだあって2人は連絡先を交換し、時には下らない話をするほど仲が良かった関係も、次第に疎遠になっていく。
そして。
いつの間にか柊 名雪の視線はライバルであり友人を見る目から、羨望と嫉妬と憎しみを含んだ複雑な目に変わっていることに気づいた。
だが、それに気づいた所でどうしようもない。
芸能界という所は、極端な話……そういう所なのだから。
だからこそ、久しぶりに出会った彼女に、どこか後ろめたさのようなものがあった。
―――だか
目の前から歩いてきた彼女は、まるで別人のようだった。
かつてアイドルの頃、初めて彼女に出会った頃のような―――圧倒的な自信に満ち溢れてる。
「久しぶりね」
彼女から声をかけてくるとは思っておらず、その変わりようもあって思わず言葉に詰まる。
それを見て苦笑した彼女は、言葉を続けた。
「悪いけど、今日は勝たせて貰うわ」
それだけを告げると、彼女はそのままステージへと歩いていった。
それはまるで私のことなど、どうでも良いというような感じで。
もっと言えばライバルだとすら思っていないような、今までのことなど無かったかのような……そんな雰囲気だった。
そこでふと松島 門に言われた言葉を思い出す。
『今日の『彼女』は―――キミでは止められないだろうからね』
その言葉を思い出し、振り返る。
圧倒的な自信と共にステージへと歩く柊 名雪を見つめる。
―――かつて憧れた、その圧倒的自信に満ち溢れた後ろ姿を。