音楽神の加護を持つ夫、美少女アイドル妻と共に芸能界を無双する 〜初心な妻を赤面させながらチートスキルで芸能界の頂点に立つ〜 作:のこのこ大王
柳 花蓮は、その情報をインカムで聞いた瞬間に『ヤバい』と思った。
これが生放送でなければ、思わずその場で興奮して飛び上がっていただろう。
彼女にとっても、一宮 姫乃と柊 名雪の2人は青春そのものなのだ。
その2人が歌バトルでぶつかる。
あの頃の青春が返ってくる。
これで興奮するなという方が無理があるのだ。
それでも彼女はプロ根性で必死に表情を冷静な営業スマイルで固定する。
そして高らかに宣言した。
「防衛側! 水野エンターテインメントからは―――柊 名雪さんです!」
その言葉で再び会場とネット視聴者達は、興奮と大歓声に沸き立った。
『彼女って独立したんじゃ?』
『いつの間に水野エンターテインメントに?』
『馬鹿野郎!そんなことどうでもいいんだよ!!』
『そうだ!あの2大アイドル対戦が返ってきたんだぞ!!』
『あの頃の青春が返ってきたんだ!』
とにかく大騒ぎだった。
今までとは比べ物にならない―――大門の時をも超えそうな勢いだ。
特に名雪が不調に陥ってからは、コンサート所かテレビやネットからも姿が急激に減っていた。
ファンからも心配があったが、それでも誰もが芸能界という所を知らない訳ではない。
浮上するきっかけが無ければ、スグに沈んでいってしまう。
だが、彼女は帰ってきたのだ。
しかもこの大舞台に。
かつてのライバルと戦うために。
ドレスを着ていた一宮 姫乃とは違い、白いTシャツにジーパンという完全に私服だろうというラフな衣装で登場した柊 名雪。
彼女は、そんなことを気にすることなくマイクを手にして合図を送る。
曲が流れ始め、特大スクリーンに曲名が表示された。
『初恋』
作詞:美樹
作曲:美樹
彼女が歌を口にする前に、既に誰もが歌の世界に引き込まれていた。
その瞬間、その刹那に俺は相性度がハッキリと見えた。
『相性度―――100%』
彼女が口を開いた。
私はいつもの場所へと向かう。
アナタがいつも居た海の見える場所。
ここが2人の待ち合わせ場所だった。
生まれた日から、2人は一緒。
人生の全てがアナタとの記憶。
嬉しいことも、悲しいことも、全て2人の思い出。
アナタは覚えているかしら?
2人で通った学校生活を。
2人で見た初めてのホタルを。
2人で一緒に暮らした日々を。
アナタと誓った永遠の約束。
私はそんな全てを覚えている。
忘れられる訳がない。
だってアナタは、私の全てなのだから。
あの春の桜吹雪の道を。
あの夏の夜空に咲いた花火を。
あの秋のイチョウの黄色い絨毯を。
あの冬の極寒の雪原を。
私の人生は、アナタの人生。
永遠に私達は2人だと思っていた。
それほど光り輝く日々だった。
ふと空を眺める。
一瞬、強く風が吹いた。
20年間一緒だった私達。
だけどアナタは、私を置いて旅立ってしまった。
「俺を忘れて幸せになってくれ」
アナタはそう言ったけど、忘れられる訳がない。
私にとってアナタは人生そのもの。
生まれてからずっと一緒だった半身。
そして私は後悔したことなどない。
だって私にとってアナタを愛することは当然なのだから。
2人の日々は、思い出は、決して嘘でも偽りでもない。
悲しみに暮れる心も、あの日々があったからこそ耐えられる。
アナタを愛した日々があるからこそ、私はまだここに居る。
私がアナタを忘れない限り、アナタは決して死ぬことはない。
だからこれからも2人で生きよう。
私の心の中には、アナタが居るのだから。
2人を引き裂けるものなど存在しない。
今日も2人のお気に入りの場所へと向かう。
そこでアナタと思い出を語り合う。
他の誰が何を言おうが関係ない。
―――私の全ては、アナタだけのものだから
誰もが泣いていた。
それどころか、途中から観客達が全員歌っていた。
特大スクリーンに表示されるMVと一緒に表示される歌詞を見ながら。
会場全体が一体化したかのようになっている。
ネットでも似たような状態になっていた。
視聴者達は、誰もが歌を歌っていた。
ひたすら零れる涙をそのままに。
誰もが歌の世界で、その歌を口にする。
そんな世界も、やがて歌が終わることで消え去っていく。
しかし誰もが動けない。
口を開けない。
涙が止まらない。
まるで放送事故のような状態が続く。
それでも誰もがそんなことなど気にしていない。
司会の柳 花蓮ですら、ステージの横で号泣していた。
和田プロデューサーですら涙を流しながら椅子で呆然としている。
そんな時間がしばらく続いて。
ふと誰かが手を叩いた。
声を上げた。
立ち上がった。
そんなリアクションが少しづつ増えていって―――やがて会場は爆発したかのように大歓声が巻き起こった。
控室でそれを見ていた一宮 姫乃は、ようやく意識がハッキリすると涙を拭いた。
そして思った。
『羨ましい』と。
それは何も彼女だけじゃない。
歌を聞いた全ての歌手達が、そう思ったのだ。
自分の歌で観客全体が一体化して、歌を口ずさんでしまう。
それも聞きなれたものではなく、今初めて聞いた曲でだ。
それだけの一体感を生み出せる―――自分の歌で。
歌を聞いた全ての人の心を揺さぶり、感動させる。
まさにアーティスト達が目指し、望み、憧れる頂点だ。
その頂点に今日、柊 名雪は立ったのだ。
これを羨むなという方が無理がある。
気づけばアンコールを求める声が響き渡っていた。
番組史上初めてのことだ。
しかし誰もがそれが当然のことだと思っている。
それほどの歌だったからだ。
そんな中、ステージから降りていた柊 名雪は、ステージ横で大号泣していた。
何故なら今回の歌で彼女の願いが叶ったからだ。
『全ての人々の心を揺さぶる歌を歌う』
歌手になると、その夢を目指すと決めたその日からの―――人生の目標だったのだ。
それが今、叶ったのだ。
ただひたすらに嬉しくて、泣き続ける。
そんな彼女を、ステージにやってきた美結が見つけて声をかける。
抱き着いて号泣する彼女を、彼女は優しく抱きしめて宥め始めた。
周囲のスタッフ達も、その光景を温かい目で眺めている。
一時的に状況を落ち着かせるために、番組は長めのCMを挟んだ。
その間に全体を必死に立て直そうとする。
状況を確認した和樹は、気になって様子を見に来て理解する。
しばらくしてようやく落ち着いた名雪は、先に控室へと戻っていった。
周囲のスタッフが慌ただしく動いているのを確認しながら俺は美結に声をかける。
「問題ないか?」
すると美結は笑顔で言った。
「ええ」
2人は自然と抱き合うと、軽くキスをする。
「行ってこい」
そう言って彼女を送り出した。
彼女は笑顔でステージへと向かっていった。