仮面ライダービャクア外伝 仮面ライダールキナ   作:霜降朽葉

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序之巻

穢れより現れし、悪意を持った闇が在り。

人々はその闇に恐怖した。

 

やがて人々は、闇に抗う鎧を生み出しこれに挑んだ。

 

──御伽装士(おとぎそうし)。

 

犠牲者の無念が込められた怨面を被り鎧を纏う英雄達。

古今東西、御伽装士達はあらゆる場所で穢れから生まれし悪意化神(けしん)と戦いその記録は人々により語り継がれてきた。

 

*1

曰く、暗く静かな日陰の中で人々を優しく見守る白い鴉。

曰く、夜に舞い朝を呼ぶ紫色した蝶の血脈。

曰く、固い絆で結ばれた灰色の鎧纏う三位一体の鎌鼬。

曰く、誰かを護りたいと硬い信念抱き羽ばたく空色の鳥。

 

 そして此処にも、一人の御伽装士が居た。

地を泳ぎ空を跳ね、戦場を紅白に彩る一匹の金魚。

これはそんな御伽装士の

決して大きな世界のうねりで無い、小さな町の物語。

 

 

*

 

 

──2021年6月、鉢中(はちなか)町。

 

 夏の夜気に包まれた町では、草むらのあちこちから虫達の鳴き声が聞こえていた。己の命を次代へ繋ぐため、彼らは声を張り上げ、懸命にその存在を主張する。そんな生命の営みを見下ろす月さえも、今夜は雲の向こうへと隠れてしまっていた。

 道を照らすものは、規則的に並んだ街路灯の明かりだけ。

 

 その頼りない光の連なりを辿るように、一人の警官が自転車を漕いでいた。年の頃は六十代辺りか。痩せた身体を窮屈そうに揺らしながら、ふらふらと夜道を進んでいく。制服を着ていなければ、近所を散歩する老人と見間違えてもおかしくない。いかにも町の駐在さんといった風貌の男だった。

 もっとも、その表情には職務に励む警察官らしい凛々しさよりも、目の前に広がる暗闇への警戒心が色濃く浮かんでいた。

 

 街路灯の光が届かない場所は、ひどく暗い。道の先に何が潜んでいるのかも分からない闇夜を、警官は気味悪そうに見回しながら進んでいく。自転車の車輪がアスファルトを擦る音ばかりが、やけに大きく耳に響いていた。

 

 近頃、この近辺では奇妙な事件が発生していた。初めは、街路灯が不規則に明滅を繰り返すというだけだった。

 点いたり消えたりを繰り返す明かり。故障かと思い、点検を行っても何の問題も見つからない。ところが、ようやく一件落着かと思った翌日には、今度は別の街路灯が明滅を始めたのだ。

 機器の故障にしては、あまりにも都合が良すぎる。かといって、自然現象と片付けるには不可解だった。

 何者かの悪戯なのか。それとも、もっと別の何かが原因なのか。正体を確かめるべく、町勤務の警察は夜間の見回りをする事となった。

 そして──交番の中で、最も勤続年数の長い彼がその大役(・・)に選ばれたのだった。

 

「ちくしょ〜アイツら、普段は俺の言う事全然聴かないくせにこう言う時だけ持ち上げやがって」

 

 情けない声で情容赦のない後輩達への呪詛を呟きながら、警官は夜道を巡回する。口をついて出るのは、恨み言ばかりだった。

 彼とて、決して不真面目な人間ではない。警察官としての責任感がないわけでもなかった。だが、残念ながら要領が良いとは決して言えなかった。真面目に仕事をしているつもりでも、どこか間が悪く、周囲の期待に応えきれない。そんな積み重ねが、いつしか部下達からの信頼を損なう原因になっていた。

 

 そして今回も、見事に貧乏くじを引かされたというわけである。

 普段は彼の言う事などろくに聞きもしない後輩達が、こういう時に限って勤続年数を持ち出し、さも適任であるかのように持ち上げてくる。その光景が目に浮かぶようで、余計に腹が立った。

 

 季節は夏。

 

 あと二ヶ月もすれば、この町が一年で最も賑わう鉢中東真祭が行われる。

 町の人々にとっては待ち遠しい祭りであり、若い警官仲間にとっても、それは同じだった。やれ他所から来る女の子にナンパするだの、彼女に告白するだの、仕事そっちのけで浮かれた話に花を咲かせている。

 ある意味では、平和な光景だ。町が平穏で、若者達が祭りを楽しみにしている。それ自体は、警察官として喜ぶべきことなのだろう。

 しかし、そんな連中の尻拭いをさせられている身としては、素直に微笑ましく眺めているわけにもいかなかった。何が悲しくて、こんな薄気味悪い夜道を一人で巡回しなければならないのか。そう考えると、恨み言の一つや二つも口にしたくなる。

 

 こんな損な役回り、さっさと見回りを終わらせよう。異常がないことを確認して、交番へ戻る。そうすれば、少なくとも今夜はもう、暗い夜道を自転車で走り回らずに済むはずだ。

 警官はそう自分に言い聞かせ、ペダルを漕ぐ足に力を込めたその時。

 

 

 警官の真上にある街路灯が、明滅を始めた。

 

 

「ひぃっ!?」

 

 思わず、情けない悲鳴が口から飛び出した。心臓が跳ね上がり、肩がびくりと震える。

 よりにもよって、自分の頭上である。これまでにも街路灯の明滅は何度か確認されていたが、いざ自分がその真下に立っているとなると、話はまるで違っていた。

 何が起きているのか。故障か、それとも誰かが悪戯をしているのか。考えようとするものの、頭の中では嫌な想像ばかりが膨らんでいく。

 

 そして異変は、それだけでは終わらなかった。並ぶ街路灯全てが明滅を始めたのだ。遠くに見えるものも、すぐ近くのものも、次々と明かりを点けては消し、消しては点ける。

 その明滅は、まるでケタケタと男を嗤うかのようだった。規則正しく並んでいたはずの光が、不規則に乱れていく。暗闇が迫ったかと思えば、次の瞬間には白々しい光が辺りを照らし出す。その繰り返しは、まるで人ならざる何者かが、こちらの反応を面白がっているかのようだった。

 

 妖怪変化の類。

 

 そんな言葉が、警官の脳裏をよぎる。

 馬鹿馬鹿しい。そんなものがいるはずがない。そう思おうとしたところで、明かりが消えるたびに胸の奥から湧き上がる恐怖までは、どうにも抑えられなかった。

 

 光と闇を交互に映す不気味な街路灯の明かりは──やがて、一つ残らず消えた。町から光が失われた。

 道も、建物も、見慣れたはずの景色も、すべてが一瞬にして黒く塗り潰される。頭上に広がる夜空さえ、月明かりのない今夜は底の見えない穴のようだった。

 気付けば、虫のコーラスも止まっている。先ほどまで耳に届いていた鳴き声が、嘘のように途絶えていた。

 自転車の車輪が止まる。

 警官は暗闇の中で、息を呑んだ。

 

「わあああっ!!?」

 

 恐怖が限界を超え、悲鳴となって弾けた。

 覚束無い手つきで懐中電灯を取り出し、スイッチを入れようとする。しかし、指先が震えて思うように動かない。焦れば焦るほどスイッチを押し損ね、余計に混乱してしまう。

 早く点けなければ。

 何でもいいから、この暗闇を照らしてくれ。

 頭ではそう分かっているのに、身体が思い通りにならない。警官は懐中電灯を握り締めたまま、暗闇の中で無様にもたついていた。

 

 だが、そんな彼の恐怖を他所に、突如として街路灯は何事も無かったように点灯しだした。

 

「えっ!?」

 

 あまりにも唐突な復旧だった。

 先ほどまでの異常が嘘だったかのように、街路灯が道を照らしている。見慣れたアスファルトも、道沿いの建物も、何一つ変わった様子はない。

 警官は呆然と辺りを見回した。

 何だったのだ、今のは。

 原因は分からない。だが、少なくとも明かりは戻った。暗闇に何かが潜んでいるのではないかという恐怖も、光が戻ったことで少しばかり薄らいでいた。

 ひとまず、事態は収まったらしい。

 警官はようやく肩の力を抜き、肺に溜め込んでいた息を吐き出した。

 

「た、助かったぁ〜」

 

 心の底から安堵し、思わず情けない声が漏れる。

 どうやら、先ほどの騒ぎは終わったようだ。そう自分に言い聞かせながら、警官は乱れた呼吸を整えた。

 そして、何気なく頭上の街路灯へと視線を向け──

 

 

──ソレ(・・)と目が合った。

 

 

『イヒヒヒヒ……今宵の飯はお前かァ?』

 

 聞こえてきたのは、ネットリとした声だった。

 まるで怪談の語り部が、恐ろしい妖怪の正体を明かす場面でも演じているかのような、粘りつく不気味な声音。

 その声の主は、そこにいた。

 化け物だった。

 

 一言で言えば、巨大なヤモリ。

 しかし、ただ大きいだけのヤモリではない。その体躯は人間の成人男性ほどもあり、街路灯の上に張り付く姿には、自然界の生き物とは思えない異様さがあった。

 何よりも奇妙なのは、その尻尾だ。

 そこには、街路灯の電球が付いていた。

 常識では考えられない光景を前に、警官の思考は完全に停止した。

 

 巨大なヤモリの化け物は、こちらを見下ろしている。

 その目に宿るのは、知性なのか、悪意なのか。それとも、目の前の人間を単なる餌としか認識していない、獣じみた食欲なのか。

 少なくとも、友好的な存在でないことだけは明らかだった。

 

 

化

神

化

け

家

守

 

 

「ぎゃあああ!!」

 

 警官は腰を抜かしながらも、必死に逃げ出した。

 もはや、職務だの責任だのと言っている場合ではない。頭の中は恐怖で真っ白になり、ただ一刻も早くあの化け物から離れたいという一心で、脚を動かす。

 だが、相手は逃がしてくれなかった。

 バケヤモリは街路灯をアスレチックの様に掴みながら先回りする。

 長い手足を器用に動かし、街路灯から街路灯へと移動するその姿は、見た目に反して恐ろしく機敏だった。地上を逃げる警官など、追い詰めるのは容易いと言わんばかりである。

 光の届く場所を選んで逃げているつもりでも、頭上から追ってくる相手には意味がない。

 逃げ道を塞がれた警官は、必死に進路を変えた。だが、焦りで足元がおろそかになっていたのだろう。やがて、その脚が縺れ、彼は無様に地面へと転んだ。

 

『イヒヒ。追いかけっこはもう終わりか?』

「あ、あぁ……」

『安心せい! ワシは肉の選り好みはせんでな。皆平等に、ぺろりと一呑みにしてくれようぞ』

 

 バケヤモリが、ゆっくりと口を開けた。

 その口は、あまりにも大きかった。

 涎に濡れた口内はぬらぬらと光り、顔の端まで裂けた口が、獲物を迎え入れるかのように広がっていく。

 成る程、これなら人ひとりを丸呑みにする事も可能だろう。

 そんな場違いな理解が頭をよぎったのは、目の前の光景があまりにも現実離れしていたからかもしれない。

 

 警官は逃げようとした。

 だが、転んだ身体はすぐには動かず、脚にも力が入らない。這いずることさえままならないまま、巨大な口が迫ってくる。

 助けを呼ぼうにも、喉は恐怖に塞がれていた。

 声にならない叫びすら、その大口に呑み込まれ──彼の人生は終わりを迎える。

 

 

『うげっ!』

 

 

 ……迎える事は無かった。

 けたたましいエンジン音が夜の静寂を切り裂いた。

 横合いから飛来した何かが、バケヤモリの身体に激突したのだ。

 巨体が後方へと吹き飛ばされる。予想外の衝撃を受けたバケヤモリは、受け身も取れずに地面へと叩きつけられ、そのまま勢いよく転がった。

 警官は、何が起きたのか理解できずに目を見開いた。

 今、自分を呑み込もうとしていた化け物が、突然吹き飛ばされた。

 一体、誰が。

 何が、自分を救ったのか。

 

 その答えは、乱入者が地面へ着地したことで明らかになった。

 それは、鉄錆色したバイクを駆る鋼の騎士だった。

 夜の街路灯の下、重厚な機械の輪郭が鈍い光を反射する。

 

 その上に跨がる騎士の姿は、異形の化神とはまた違う意味で、現実離れしていた。

 赤いアンダースーツの上から、金魚の尾鰭を彷彿とさせる流れる様な紅白の装甲が、肩、腕、腰、膝と配置されている。

 それらは単に身体を覆う鎧というだけではなかった。曲線を描く装甲の一つ一つが、まるで水の中を泳ぐ金魚の動きをそのまま形にしたかのように、しなやかな印象を与えている。

 胸には、太極図の様に泳ぐ金魚の彫刻が掘られた美麗な胸当てが装着されていた。

 紅と白。相反する二つの色が、互いを引き立てながら一つの意匠を成している。

 そして、その顔。

 金魚を上から見たような形の面で素顔が隠され、それを中心とした仮面が顔全体を覆っていた。

 人の顔を思わせる部分は、どこにもない。

 それでいて、無骨な怪物のような威圧感とも違っていた。流れるような装甲の曲線は、まるでひとりでに舞う羽衣、或いは素顔を隠した踊り子を彷彿とさせる。

 

 鋼の騎士。

 その姿は、異形の化神が支配する夜の中にあって、あまりにも鮮やかな紅白の彩りを放っていた。

 

「逃げて下さい!」

 

 警官にかけられた騎士の声は、驚いた事に少女のものだった。

 つい先ほどまで、目の前では人間を丸呑みにしようとしていた化け物が暴れていた。街路灯の明かりが照らす夜道は、いつの間にか命のやり取りが繰り広げられる戦場へと変貌している。そんな凄惨な光景には、あまりにも似つかわしくない声だった。

 しかし、その声には怯えも迷いもなかった。

 凛としていて、決意に満ちている。目の前の化け物がどれほど恐ろしい存在であろうと、決して退くつもりはない。そんな確かな意志が、声の響きから伝わってくる。

 

 その勇ましさがそうさせたのだろうか。

 警官はコクコクと頷き、一目散に逃げ出した。

 先ほどまで腰を抜かしていた身体に、どこからそんな力が湧いてきたのか。ともかく、今はあの化け物から離れることだけが頭にあった。自分を救ってくれた騎士のことも、目の前で何が起きているのかも、今は考えたくなかった。

 

 警官の背中が遠ざかるのを見届ける間もなく、騎士は正面の敵へと向き直る。

 

『お、おのれ御伽装士め! よくもワシの晩餐を……!』

「お前が人を喰らう事は無い。御伽装士ルキナ、参る!」

 

御

伽

装

士

 

ル

キ

ナ

 

 ルキナ。

 そう名乗った騎士は、乗っていたバイクから降りると、バケヤモリへ向かって歩み出した。

 その足取りに躊躇いはない。

 人を喰らおうとした化神を前にしても、恐怖に呑まれる様子は微塵もなかった。むしろ、先ほどまでの警官の危機など最初から分かっていたかのように、落ち着き払った動きで敵との間合いを詰めていく。

 

 そして、最初の一撃。

 挨拶代わりとばかりに繰り出された掌底が、バケヤモリの顔面を捉えた。

 巨体がぐらりと揺れる。

 だが、ルキナの攻撃はそれで終わらなかった。掌底を打ち込んだ勢いを殺すことなく、続けざまに肘打ちを叩き込む。さらに身体を捻り、回し蹴りを放った。

 流れるような連続攻撃だった。

 一つ一つの動作に無駄がなく、攻撃から次の攻撃へと移る動きにも淀みがない。まるで一連の動作そのものが、ひとつの舞を形作っているかのようだった。

 紅白の装甲が夜の明かりを受けて翻り、そのたびにバケヤモリの身体が揺さぶられる。

 対するバケヤモリは、反撃する間もなく攻撃を受け続けていた。

 

『舐めおってからに!』

 

 ようやく体勢を立て直したバケヤモリが、怒りの声を上げる。

 その尻尾が、しなる鞭のように動いた。

 いや、鞭というにはあまりにも太く、先端に備わった電灯は鋭い光を放つ。街路灯を思わせるその形状は、今や獲物を仕留めるための槍そのものだった。

 バケヤモリは尻尾を勢いよく伸ばし、ルキナへと突き立てる。

 ルキナは迫り来る一撃を見極めると、前転してその軌道から逃れた。

 直後、彼女が先ほどまで立っていた場所の背後で、鈍い破壊音が響いた。

 尻尾の一撃を受けた電柱が、へし折れていたのだ。

 その威力に、ルキナの意識が一瞬だけそちらへ向く。

 人間の身体など、まともに受ければひとたまりもないだろう。改めて確認するまでもなく、あの尻尾は危険な武器だった。

 

 だが、敵もまた、そんな隙を見逃すほど甘くはなかった。

 尻尾が再び動く。

 先ほどの一撃に続く追撃が、ルキナの身体を狙って迫った。

 間一髪。

 ルキナは身を捻り、紙一重でそれを回避する。

 頬を掠めるような距離を、巨大な尻尾が通り過ぎていった。あと僅かでも反応が遅れていれば、無事では済まなかっただろう。

 しかし、回避に成功したからといって、状況が好転したわけではない。

 バケヤモリの尻尾は、まだその先端をルキナへ向けていた。

 

『これでも喰らえぃ!』

 

バケヤモリは尻尾のライトを点灯させ、更に出力を上げる。

 電球が不気味な光を放ち始めた。

 ただ周囲を照らすための明かりではない。そこに込められた力は、明らかに攻撃のためのものだった。

 光が強まるにつれて、周囲の空気までが熱を帯びていく。

 やがて尻尾から、高熱の怪光線が放たれた。

 一直線に夜道を走る光線が、地面を焼き払う。照射されたアスファルトは音を立てて融解し、黒く濁った液体のように崩れていった。

 *2あの光線に当たると危険だ。

 そう判断するには、目の前で起きている現象だけで十分だった。

 ルキナは間合いを測りながら、次の行動を探る。

 近付こうにも、あの光線がある限り容易ではない。遠距離から攻める手段がなければ、相手の攻撃を避け続けるしかないのだ。

 だが、そんな状況を楽しむかのように、バケヤモリは笑い声を漏らした。

 

『イヒ、これでは近付けまい。このまま焼き尽くしてくれるわ!』

 

「甘い! 退魔道具、龍神の刃尾鰭!」

 

 ルキナの声が、夜道に響き渡った。

 その瞬間、彼女の腹部に飾られたベルト状の装甲が光を放つ。

 光の中から、前方に回転する得物が現れた。

 ルキナはそれを手に取る。

 姿を現したのは、龍が彫られた薙刀だった。

 長い柄の先に備わった刃は、街路灯の明かりを受けて鋭く輝く。刀身に刻まれた龍の意匠は、ただの装飾というよりも、何かしらの力を宿しているかのような存在感を放っていた。

 

 ルキナは薙刀を構え、腰を落とす。

 先ほどまでの軽やかな身のこなしとは打って変わり、地面を踏み締めたその姿勢には、これから放つ一撃への力が凝縮されていた。

 そして、一気に駆け出す。

 高熱の怪光線が待ち構える間合いへ、迷いなく踏み込んでいった。

 

『武器を出したところで同じ事!』

 

 バケヤモリが再び尾から怪光線を照射する。

 光線がルキナを捉えようと走った。

 だが、彼女はそれを前転で回避する。身を低くして光線の軌道を潜り抜けると、そのまま転がる勢いを利用して立ち上がり、敵との間合いを一気に詰めた。

 攻撃の届く距離。

 ルキナは薙刀を振りかぶり、斜めに刃を走らせた。

 

「ハッ!」

『げえっ!!』

 

 鋭い斬撃が、バケヤモリの身体を捉える。

 その身から火花が散った。

 しかし、ルキナは一撃で手を止めない。薙刀を引き戻すと、続けざまに二撃、三撃と刃を振るった。

 振り下ろし、斬り上げ、そして再び斬り込む。

 バケヤモリは反撃しようとするものの、攻撃を受けるたびに身体を揺さぶられ、思うように動けない。先ほどまで優位を誇っていた怪光線も、懐に潜り込まれてしまえば十分に力を発揮できなかった。

 最後にルキナは、身体を半回転させながら薙刀を横薙ぎに振るう。

 重い一撃を喰らったバケヤモリは、大きく吹き飛ばされた。

 地面を転がった巨体が、ようやく動きを止める。

 ルキナは薙刀を構えたまま、敵の様子を窺った。

 倒したのか。それとも、まだ動けるのか。

 油断はしない。

 これまでの戦いで身に付けた心得なのか、彼女はすぐに追撃を仕掛けることなく、相手の出方を見極めようとしていた。

 

 やがて、バケヤモリがよろよろと立ち上がる。

 その身体は傷付き、先ほどまでの余裕も消え失せていた。

 だが、完全に戦意を失ったわけではないらしい。

 

『おのれぇ……忌々しい御伽装士があああぁ!!』

 

 怒りに任せた咆哮が、夜道を震わせる。

 激昂したバケヤモリは大きく口を開き、その口や背中から黒い靄の様なものを大量に放出した。

 それは煙のように広がりながら、周囲の景色を侵食していく。

 黒い靄が地面を這い、空気を覆い、街路灯の光さえも呑み込んでいく。まるで、目に見えない穢れが世界そのものへ染み込んでいくかのようだった。

 やがてそれは、ルキナを含めた周囲を覆い尽くし、世界を穢れの闇に侵していく。

 夜道が、異界へと変わり始めていた。

 ルキナはその様を、凛として佇みながら見つめていた。

 黒い靄に包まれてなお、その姿勢は崩れない。

 薙刀を握る手にも、敵を前にした眼差しにも、揺らぎはなかった。

 

 

*

 

 

「ひぃ……ひぃ……!」

 

 ルキナによって逃がされた警官は、ヘトヘトになりながらも夜道を逃げていた。

 肺が苦しい。喉が焼けるように痛い。長年の運動不足を呪いたくなるほど、脚は重く、思うように前へ進んでくれなかった。

 それでも、立ち止まるわけにはいかなかった。

 背後に何がいるのか。あの化け物が追ってきてはいないか。

 振り返って確かめる余裕すらなく、警官はただ前へと走り続けた。

 

 ふと、視界の端に映る空の色が、異様なことに気付く。

 振り向けば空は赤黒く色付き、月は見えなくなり周囲には妖しげな風が吹く。

 つい先ほどまで、見慣れた町の夜空だったはずだ。それが今では、まるで血を溶かし込んだような色に染まっている。

 風が肌を撫でる。

 夏の夜風とは思えない、ぞっとするような感触だった。

 周囲の景色も、どこかおかしい。

 見慣れた道を走っているはずなのに、いつもの町とは違う場所に迷い込んでしまったかのような違和感がある。建物も道路もそこにあるはずなのに、何か決定的なものが欠けている。

 

 まるで自分一人が異界に呑み込まれたかの様な気味の悪さを感じながら、警官は生存本能のままに走った。

 考えている暇などなかった。

 今はただ、この場所から逃げなければならない。

 

「わっ!」

 

 突如として、警官は何かにぶつかり、尻餅をついた。

 勢い余って身体が後ろへ傾き、地面にしたたか尻を打つ。痛みに顔をしかめる余裕もなく、警官は慌てて顔を上げた。

 そこに居たのは、高校生くらいの男の子だった。

 突然現れた人影に驚いたものの、警官はすぐに別の感情に駆られた。

 

 人間だ。

 

 少なくとも、目の前にいるのは化け物ではない。

 この奇妙な世界に迷い込んでからというもの、人の姿を見たのは初めてだった。自分以外にも人間がいる。その事実だけで、張り詰めていた心がわずかに緩む。

 警官は、どこかぶっきら棒な様子の少年へ縋り付いた。

 

「おいおっさん、危ねーだろ。ちゃんと前見て走れ」

「ば、ばばばは化け物!化け物が出たんだ!!」

「……おっさん、夢でも見たんじゃねぇの? 化け物なんて居るわけ無いだろ」

「夢なんかじゃねえ、確かに見たんだ! トカゲみたいな化け物と金魚の鎧武者が!!」

 

 錯乱しながらも、警官は少年に見たままの事実を必死に伝えた。

 トカゲのような化け物。金魚の鎧武者。

 口に出してみると、我ながらとんでもない話だった。普通に考えれば、そんなものが現実にいるはずがない。自分だって、普段ならこんな話を信じるわけがなかった。

 

 だが、実際に見たのだ。

 巨大なヤモリの化け物が、目の前で自分を喰らおうとした。そこへ現れた鎧の騎士が、自分を救ってくれた。

 あれが夢や幻だったなどと、どうして思えるだろう。

 少年はその様子を、冷めた目で見つめ──。

 

「いいや、そんなものはたちの悪い夢(・・・・・・)だ。だから……」

 

 

 ──警官の前に、人さし指を出した。

 

 

「次に起きた時には、全部忘れな。オン・バサラ」

 

 少年の指先に、小さな火が灯った。

 それは、あまりにも唐突な出来事だった。

 指先で揺らめく火を目にした瞬間、警官が何かを考えるよりも早く、その火が弾ける。

 次の瞬間、警官の意識は途切れていた。

 崩れ落ちる身体を見下ろし、少年は軽く頷いた。

 

「これでよし」

 

 まるで、ちょっとした厄介事を片付けただけのような口調だった。

 少年が空を見上げる。

 そこには、先ほどまでの異様な光景など存在しなかった。

 赤黒く染まっていた世界は幻のように消え、天には綺麗な澄んだ星空が輝いていた。

 先ほどまで吹いていた妖しげな風も、いつの間にか止んでいる。夜空には何事もなかったかのように星々が瞬き、町は静かな夜の姿を取り戻していた。

 少年はそれを確認すると、意識を失った警官を背中に負ぶさった。

 

「よっと……って軽っ! おっさん、ちゃんと飯食って寝てるか? じゃぱにーずびじねすまんなんて、今時流行んねえぞ」

 

 背負った警官の軽さに、少年は思わず声を上げた。

 先ほどまでの手際の良さや、指先に火を灯した不可思議な術を見ていると、ただの高校生とは思えない。しかし、本人はそんなことなど気にも留めていない様子だった。

 冗談を口ずさみながら、少年は警官を背に、人の営みが照らす町へと向かい歩いていく。

 その足取りは軽い。

 まるで、今夜の出来事など大した問題ではなかったかのように。

 後には、何事もなかったかのように虫たちの演奏が夜道に響いていた。

 

 

 

原作:石ノ森章太郎

(仮面ライダーシリーズ)

 

二次創作:マフ30様

(仮面ライダービャクア)

 

三次創作:霜降朽葉

 

 

 

 

仮面ライダールキナ

 

 

 


・化神絵巻

 

《バケヤモリ》

 

外見:ヤモリ

道具の種類:街路灯の先端

道具化した部位:尻尾

悪事:街路灯の明かりを操り、暗闇に紛れて人間を喰らう

 

 ニホンヤモリに似た姿を持つ化神。主に街路灯が多く隣接する道路等に発生しそこを拠点とする。尻尾の先についた電灯を明滅させる事で周辺の街路灯の明かりを着いたり消したりを繰り返し、恐怖に怯えた人間を頭上から丸呑みにしてしまう。

 この尻尾の電灯は出力を上げる事で危険な殺人ライトと化し、攻撃に転ずる事が出来る。暗天下では地面に尻尾を突き刺す事で、巨大化させて出現させる事も出来る。またこの尻尾は刺突武器としても用いられ、その一撃は御伽装士であっても油断ならない。

 尻尾は同時に弱点でもあり、ここを斬られると大幅に弱体化する。

*1:
白背景にシルエットで殺陣をやっているイメージ

*2:
デンジャーなライト




仮面ライダービャクアシリーズをご覧の皆様、偶然本作を見られた皆様、始めまして。霜降朽葉と申します。

この度、マフ30様の作品仮面ライダービャクア並びにそのスピンオフ作品を全て見せて頂いた中で、自分もこの世界で物語を紡ぎたいと考えこの度参加させて頂く事となりました……大丈夫?ビャクアシリーズ唯一の汚点として歴史に名を残さない?

物書きとしてはまだまだ未熟者ですが、自分の書きたい物語をこの世界の中で描いていきたいと思いますので、どうか宜しくお願い致します。
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